来年の2月まで週2回のペースで通う彫刻のアトリエは50代から70代の男女それぞれふたりが製作している。
4人は馴染みの製作メンバーで、アトリエの裏の水路に蛍が飛べば休憩中に皆んなで外へ出て、ええもんですなぁと眺めたりする。
今だいたい粘土で全身の大まかな形があらわれはじめている。製作はまじめになさっているが、ここでの休憩中の会話はおもしろい。
先日、名前についての話題になった。
最近の若い親は子供に妙な凝った名前を付けるというようなところから始まり、昔は田舎じゃ子沢山でいちいち名前を凝るどころか一郎二郎というふうに付けていったくらいだといちばん年長の男性が言う。
その続きに、留吉や留子のように名前に「留める」という漢字のついている人は、親がこの子で最後にすると決意を込めてつける名前だそうで、留が付いている人はまず末っ子なのだそう。子供の名前で親の決意を表明するとは。名乗る度にどことなく気恥ずかしいように思う反面、大人になってから親と名前の笑い話ができていいような気もする。
でも留吉のあとにまた授かる場合だってある。
そんなときは又吉や又八となるらしい。 その話しを思い出してポーズ中、台の上で思い出し笑いを懸命にこらえていた。
6ポーズのうち3ポーズ終わるとお茶を入れてくださる。それにはいつもクッキーやお煎餅がついてくる。ロールケーキだったこともある。
この前はコンビニのやけどどうぞ、と笹餅を出してくださった。
ちょうど5つ入りでひとついただく。買ってきてくれたのは女性で、もうひとりの女性と笹のかおりがしますね、と言いながら食べていると、買ってきた女性は食べたあとの笹をつまんで、でもこれ本物の笹と違うんちゃう?と言う。
ここから笹論争が巻き起こった。
笹の葉には確かにプラスチックっぽい質感があるが、私と一緒に食べていた女性は本物だと主張した。
その証拠にかおりがあるし、爪で葉の端をしごくと水がでますよと言ったが、や~そりゃ餅の水分を吸ってるんでしょうと切り返される。
プラスチックの葉が水分を吸うものかとさらに反論できる点を探して葉を裏返し裏返し観察する。
火を点けてみればすぐわかりますよと若い方の男性がライターで葉を炙ってみた。プラスチックなら溶けて異臭がするはずだ。
しかしこの葉は焦げているだけだった。やっぱり本物ですよとひとりの女性と私は証拠を前に胸をはった。
するとおもむろに年長の男性。わたしが子供の頃は百姓の家じゃあ田植えが終わるとねぎらいに餅をついたもんです。ちょうど今時分、笹の葉でこうやって包んでね。よく山に熊笹を採りに行かされましたよ。熊笹の葉はもっと厚かった。
何度も熊笹に触った手が本物でないというのだから反論のしようがない。
それにつられてなんとなく、まぁコンビニのもんやからプラスチックやろなというところに落ち着いてしまった。
でも間違いなくあれは本物の笹の葉だった。葉を捨てずにどこかに吊しておけば乾燥してカラカラになるはずだ、それを見れば、と帰り道に思いついた。
同じのを次の仕事のときに買っていってやろうかとも思ったが、帰りの電車に揺られているうちになんだかもうどっちでもよくなってしまった。
4人は馴染みの製作メンバーで、アトリエの裏の水路に蛍が飛べば休憩中に皆んなで外へ出て、ええもんですなぁと眺めたりする。
今だいたい粘土で全身の大まかな形があらわれはじめている。製作はまじめになさっているが、ここでの休憩中の会話はおもしろい。
先日、名前についての話題になった。
最近の若い親は子供に妙な凝った名前を付けるというようなところから始まり、昔は田舎じゃ子沢山でいちいち名前を凝るどころか一郎二郎というふうに付けていったくらいだといちばん年長の男性が言う。
その続きに、留吉や留子のように名前に「留める」という漢字のついている人は、親がこの子で最後にすると決意を込めてつける名前だそうで、留が付いている人はまず末っ子なのだそう。子供の名前で親の決意を表明するとは。名乗る度にどことなく気恥ずかしいように思う反面、大人になってから親と名前の笑い話ができていいような気もする。
でも留吉のあとにまた授かる場合だってある。
そんなときは又吉や又八となるらしい。 その話しを思い出してポーズ中、台の上で思い出し笑いを懸命にこらえていた。
6ポーズのうち3ポーズ終わるとお茶を入れてくださる。それにはいつもクッキーやお煎餅がついてくる。ロールケーキだったこともある。
この前はコンビニのやけどどうぞ、と笹餅を出してくださった。
ちょうど5つ入りでひとついただく。買ってきてくれたのは女性で、もうひとりの女性と笹のかおりがしますね、と言いながら食べていると、買ってきた女性は食べたあとの笹をつまんで、でもこれ本物の笹と違うんちゃう?と言う。
ここから笹論争が巻き起こった。
笹の葉には確かにプラスチックっぽい質感があるが、私と一緒に食べていた女性は本物だと主張した。
その証拠にかおりがあるし、爪で葉の端をしごくと水がでますよと言ったが、や~そりゃ餅の水分を吸ってるんでしょうと切り返される。
プラスチックの葉が水分を吸うものかとさらに反論できる点を探して葉を裏返し裏返し観察する。
火を点けてみればすぐわかりますよと若い方の男性がライターで葉を炙ってみた。プラスチックなら溶けて異臭がするはずだ。
しかしこの葉は焦げているだけだった。やっぱり本物ですよとひとりの女性と私は証拠を前に胸をはった。
するとおもむろに年長の男性。わたしが子供の頃は百姓の家じゃあ田植えが終わるとねぎらいに餅をついたもんです。ちょうど今時分、笹の葉でこうやって包んでね。よく山に熊笹を採りに行かされましたよ。熊笹の葉はもっと厚かった。
何度も熊笹に触った手が本物でないというのだから反論のしようがない。
それにつられてなんとなく、まぁコンビニのもんやからプラスチックやろなというところに落ち着いてしまった。
でも間違いなくあれは本物の笹の葉だった。葉を捨てずにどこかに吊しておけば乾燥してカラカラになるはずだ、それを見れば、と帰り道に思いついた。
同じのを次の仕事のときに買っていってやろうかとも思ったが、帰りの電車に揺られているうちになんだかもうどっちでもよくなってしまった。
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