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流出雑記 

12月7日

2008年12月08日 | Weblog
8時半起床。
下の妹のサッカーの試合を見に西京極のグラウンドへ。

10時半に阪急の改札前で母と待ち合わせて向かう。
サッカー観戦は寒かろうと母はカイロやら膝掛けやらいろいろ持参。
スポーツ観戦なんて久しぶり。
客席に入ると選手たちはアップしていて、その中に妹を見つける。
キーパーなのだが今回は控えらしい。
客席は日が当たり風もないので思ったより寒くなかった。
ユニフォームのグリーンや赤、芝生と褐色のトラック、ブルーやオレンジの客席その上に青空。客席の上の方から見るとミニチュアみたいな色合い。

関東の学校との試合。
女子選手は小柄だからか、グラウンドが広い広い。

走る女の子たちの日焼けした顔、発達した脹脛は格好良い。

あんなに走ってボールを蹴る機会が今後私にあるだろうかとふと思ったがすぐにないだろうと思う。

Jリーグがものすごく流行った私が小学校高学年の頃。ガンバ大阪、鹿島アントラーズ、ジェフ市原、私はヴェルディが好きだった。 カズ、武田、ラモス。

ミサンガも流行って、学校では禁止だったが皆足首に巻いて靴下で隠していた。
放課後男の子も女の子も皆混ざってサッカーをした。
パスをする時はインサイドで蹴る、トウで蹴ると強く飛ぶ、いろいろ教えてもらいながら遊んだ。
一度ゴール前にいて飛んで来たボールをダイレクトに蹴ったらそれがゴールしてしまったことがある。
そのとき、同じチームだった男の子に「いよっしゃあ!」と抱きしめられた。びっくりしたし周りもはやしたてた。
皆に熱心にサッカーを教えてくれる子だったが、きれると凶暴だった。
親が教育熱心で中学受験の為塾にいかねばならない日があり、文集にもっとサッカーがしたいと書いていたのを覚えている。

試合は前半、後半無得点で延長戦になる。
もう延長も終わるという間際のあっという間に敵がゴール。
試合は負けであった。

試合後母と阪急で河原町まで戻り2時頃遅い昼食。
高島屋のレストラン街で蕎麦やだと思って入った「田ごと」にはナントカ御膳 系のものしかなく、一番安いので1500円だった。おごってもらうが悪いので安いのにした。
その後地下でお土産によもぎ餅を買ってもらう。

それぞれ帰路につき、私は地下鉄で松ヶ崎に戻って、カビキラーとジャバ、米酢、かにかま、きゅうり、沢庵 買って5時前に帰宅。

帰ってすぐ炊飯準備。今日は巻き寿司を作る。
その間風呂掃除。風呂釜にジャバを注入し、浴槽の目地にカビキラーを吹き付ける。数分後流すと真っ白な目地に喝采。

炊けたごはんを酢飯にして冷ます。
よく熟れたアボカドと胡瓜を切る。薄焼き卵を焼く。
作ったのは アボカドかにかま巻き、かっぱ卵巻き、かにたま巻き、小鯛の笹漬け手鞠寿司、小松菜吸い物

今日は式場カメラマンの仕事のダーリンが8時過ぎに電話で会社の人とごはん食べてくると言う。
待っていたのと、せっかく…という思いで私はすねた。
ダーリンは帰って来た。