坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

弱者ちゃう、人間や。

2007年11月06日 | 坊主の家計簿
 11月6日

 食類  無添加ワイン      438円
     うどん          18円
     豆腐           69円
     法蓮草         100円
     カキフライ       118円
     大根          100円

 合計              843円
 11月累計          7036円

 「もう、あなたとは一緒に生きていけない!」
 といった場合に
  1 まきちゃんみたいに真冬にベランダに素っ裸で放り出されて、水をかけられて、閉め出される。
  2 「すまん。俺が悪かった。何が不満やってん。教えて呉れ。謝るし。もう一度やり直そう」
 の二つのパターンが考えられる。
 
 これを小沢氏にあてはめると、放り出すと怖い。よって、選択肢は2しかない。
 っちゅう事で、小沢氏は家中引き締めに成功。
 なんか、戦国大名でも同じような事があった気が。。。戦国大名家といっても利益集団だから裏切りなんぞ当たり前にある。家臣はそれぞれの『家』なわけやし。それぞれの『家』の利害でもって、どの主君に仕えるか?の話やし。
 主君側も「それやったら他のヤツをトップに持って来たらエエやんけ」と、強硬になった場合に、その大名家に仕える人達の中でトップに立つ、つまり神輿として担ぐ人材が居なければ改めて起請文なんぞを主君に提出して忠誠を誓う。裏切りの動きをみせた『家』をチェックする事が出来るし、その『家』は攻め滅ぼせばイイ。あるいは切腹させて、誰かにその『家』を継がせればイイ。国会議員なら選挙区という『家』。小泉氏もやってましたな。

 &、ここ数日、小沢キャンペーンだった気がする。私は政治に詳しくないので小沢氏の国連軍構想なんぞ殆ど知らなかったし、当然、論文も読んでない。でも、小沢氏の国連軍構想は『護憲派』に結構ウケる気がする。
 例えば、ミャンマーの軍事政権が腹立つからといって、国連決議で武力行使して民主主義国家、「ヒャッホー!」とアメ車に乗った兄ちゃんがコカコーラ片手にヘビメタ流しまくり国家にしようとしても、反対する中国なんぞがいる。国連常任理事国の反対があれば武力行使出来ないし。だから『多国籍軍』なんだろうし。
 そういう狙いが、今回の小沢氏辞意報道の中で解った。知る事が出来た。
 これは、次回の衆議院選挙で共産党が全ての選挙区から候補者を出すのを辞めた事に、当然有利に働くと思う。
 だって、少なくとも私には、森氏よりも、小泉氏よりも、自民党的な象徴が小沢氏なんだし。
 だが、ここ数日の『小沢特集』によって、小沢氏の国連軍構想が少し解ったし。
 これは、共産票が、別に民主党が各選挙区に護憲よりの候補者を出さなくとも、『小沢』の看板で票が流れる可能性大である。
 また、今回の騒動で政治不信がますます広がっただろうし、つまり投票率は下がるだろうし、そうなると組織票が強い。公明党は、自民・民主の同盟、大連合の事を面白いと感じないだろうし、公明党から自民党に流れる組織票は若干減る気がする。共産党の組織票はかなり民主党に流れると思う。
 今頃、頑張ってマーケッティングしてるのかな?
 確かに豪腕やな。小沢氏は。

 さっき、報道ステーションで小田実の事を少しやってた。
 ちなみに私は小田実に全く興味がない。一冊の本も読んでないし、弟子の辻元氏がキライなので『アホの元締め』ぐらいにしか思ってない。
 けど、なんやったけな。。。「小さな人間が、小さな人間の論理で闘う。それが民主主義」やったけな?そんな言葉を紹介してた。多分、違うと思うが、なんか、そんなん。
 それが『市民運動』なんだろうけど。そんなもんは、とっくに潰されてると思ってるし。NPOにしても、NGK、は、なんばグランド花月か、なんやった、NGOか。あれでアカンやろ。傲慢になり過ぎやな。ちょっと。高遠菜穂子支持の人達を見てたらよく解る。まあ、全てではないんやろうけど。

 選挙の面白い所は、政治に詳しくなく、無関心な人にでも参加出来ると云う事である。 
 立候補しなくとも、投票権はある。政治にどれだけ詳しい人であろうとも、どれだけ税金払っている人であろうとも、全く詳しくなく関心のない人と『同じ1票』しかない。
 政治に詳しくなく、「お前なんかに日本の政治が解るか!」という人でも、そういう事をいう人達と同じ『1票』を持っている。
 これは、かなり凄い。傲慢な事をいう人達に投票しなければイイんだから。他の候補者に投票すればイイんだから。だから、芸能人や、有名人が候補者になれば強いわけでんな。
 
 現時点では、20歳以上の『日本国籍を有する者』という限定付きだが、その人達の『票』は全く同じ重みしかない。票の軽重は全くない。
 『大きな人間』も『小さな人間』も、同じ1票しか持って居ない。

 どこかの政治団体に属している人はどれだけいるのだろうか?
 きっと、『属して居ない』人の方が多いと思うのだが。。。
 日々の生活の何じゃかんじゃで、政治には興味がない。詳しい事も知らない。
 でも、票がある。投票権はある。
 そこで、プライドを持っても良いのではないだろうか?
 そこで、プライドを持ったら何故ダメなんだろうか?

 「この人の顔って、なんかキライ」とか、「この人の名前は知ってる」とかの『愚民政治』の何が悪いのだろうか?
 愚民政治を批判するのはインテリなんだろうけど、逆に政党、特に大政党は愚民政治を大切にしている。イメージ戦略でんな。1票の大切さをよく知っているし。怖さも知っている。『正義』は『道具』でしかない事を、よく知り抜いている。
 
 『正義は道具』である、という人達と、『正義は正義である』の人達とでは勝負にならん。
 『正義は正義である』人達は、愚民を『愚民』としか思ってないのかも知れないし。
 愚民にも、同じ1票がある。という大政党、大衆政党に勝てるわけがない。負けたら、そりゃ、他人でなく、有権者でなく、その候補者、政党が悪いだけの話である。
 それが『1票』の重みである。それが民主主義である。
 
 正義の御旗が一番有権者をバカにしている。
 『社会的弱者の側に立つ』、という強者になる。その論理の『正義の御旗』だけで通じる事は民主主義によってなくならなければならない。
 愚民かも知れんが、様々な想いを抱き人生を生きているそれぞれの人達を『同じ権利を有する者』として尊重する論理が民主主義だろうが。
 
 インテリはすぐに愚民を見下す。愚民は愚民で、自分よりも下を見出そうとする。
 「あいつは差別者だ!」と、差別者の人権を考えない。人権を大事にする人達が、差別者に人権を与えない。
 それが、人間である。
 そんな、誰にでも、同じ、全く同じ、20歳以上の日本国籍を有する者としての限定はあるが、全く同じ『1票』しかない。
 被差別者にプライドがあるように、差別者にもプライドがある。あるひとつの論理からみたら『間違って居る』かもしれないが、それでも『1票』はある。

 小沢民主と福田自民。大連合まではいかなくとも、話し合いは始まっている。両党だけの話し合いで終わるのなら、国会なんぞ要らない。

 『弱者』
 『小さな人間』
 『小さくされた者』
 幻想である。私はここに生きている。

 宇都宮まきちゃんだって生きている。まきちゃんをバカにする人間を私は許さない。どういう風に許さないのかというと、なんとなく『敵』として、「ああ、この人達はまだ物事が解っておられない不幸な人達なんだ。。。」と憐れんでやる。
 っちゅう事で、まきちゃん最新動画
 http://jp.youtube.com/watch?v=vspnmr27t8Q
 http://jp.youtube.com/watch?v=5N7YXp65tHw&NR=1
 http://jp.youtube.com/watch?v=ClCDyR8AHdE
 http://jp.youtube.com/watch?v=mmQ404QLCyI