ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

大江健三郎全小説・刊行はじまる

2018-12-01 | 純文学って何?

 今年の7月、「創業110周年記念企画」として、講談社から「大江健三郎全小説」全15巻の刊行がはじまった。これ、昨日までぼくは知らなくて、ひとから教えてもらってびっくりした。知ってたら、何はさておきすぐにブログに書いたろう。何といっても、これは文学ブログなのである(えっ、そうだったの?)。いやいや「宇宙よりも遠い場所」の話をしているばあいではない。

 pdf形式で出ている講談社からのウリ口上は次のとおり。

 

①レア作品の収録

雑誌初出以来、一度も書籍化されたことのない7つの短編およびいまや入手困難な6つの短編を収録。特に1961年の発表以来、政治的理由によって封印されてきた戦後文学最大のタブー、「政治少年死す」が初めて書籍化されます。つまり計13編のレア作品を収録。

 

②新しさ

今読んでこその意味。ブラックバイト、LGBTに引きこもり、テロリスト、落ちこぼれ、社会不適応者……現代に通じる数々の登場人物たち。半世紀以上前に書かれていたとは思えない先見性と新鮮さに瞠目。

 

③切実さ

大江さんは私小説家ではありませんが、作品の中心には私的な体験があります。たとえば『個人的な体験』は突然障害児の父となった若者の物語、『取り替え子(チェンジリング)』には長年の親友であり妻の兄である映画監督を自殺で失う作家の存在が描かれています。その胸に迫る切実さ。

 

④救いと癒し

大江作品の登場人物たちは、人生のさまざまな問題で苦悶しています。「現代人が抱える困難が描かれている」というのがノーベル賞の授賞理由。その上で、大江文学の目的は「その痛みと傷から癒され、恢復すること」。ここには「魂の救済」と「癒し」があります。

 

 

 さすがに的確な紹介である。とくに②に関しては、ぼくがこのブログでも何度か言ってきたことで(ここまで簡潔には言えなかったけど)、総じて異論はないし、付け加えることとて見当たらない(あえていうなら、「戦後文学最大のタブー」は深沢七郎の「風流夢譚」のほうじゃないか? ということくらいか)。

 さらに詳しい講談社の案内ページはこちら。

http://news.kodansha.co.jp/20170524_b01

 

 編集と、全巻の解説に携わった尾崎真理子さんによるさらに詳しい紹介文はこちら。

2018.07.16 圧倒的な体験が始まる——『大江健三郎全小説』刊行記念

(ここにアドレスを貼ったのだが、リンク禁止にしているのか、どうしてもページに飛べない。読みたい方は、「圧倒的な体験が始まる——『大江健三郎全小説』刊行記念」と検索窓に打ち込んで検索をかけてみてください。トップに出てくるはずです) 

 尾崎さんは長年にわたって大江さんを担当した編集者で、『大江健三郎 作家自身を語る』(新潮文庫)という貴重なインタビューも出している。

 ぼくも当該ページを見ながらこれを書いているのだが、タイトルを一覧するだけでも面白いんで、「初期作品群」を網羅した1~3巻までの目次をコピペしましょう。

 

 

大江健三郎全小説 第1巻

【収録作品】

奇妙な仕事/他人の足/死者の奢り/石膏マスク/偽証の時/動物倉庫/飼育/人間の羊/運搬/鳩/芽むしり仔撃ち/見るまえに跳べ/暗い川・重い櫂/鳥/不意の唖/喝采/戦いの今日/部屋/われらの時代

──初期作品群その1

 

 

大江健三郎全小説 第2巻

 

【収録作品】

ここより他の場所/共同生活/上機嫌/勇敢な兵士の弟/報復する青年/後退青年研究所/孤独な青年の休暇/遅れてきた青年/下降生活者

──初期作品群その2

 

 

大江健三郎全小説 第3巻

【収録作品】

セヴンティーン/政治少年死す──セヴンティーン第二部/幸福な若いギリアク人/不満足/ヴィリリテ/善き人間/叫び声/スパルタ教育/性的人間/大人向き/敬老週間/アトミック・エイジの守護神/ブラジル風のポルトガル語/犬の世界

──初期作品群その3

 

 

 いやあ。鬱屈した青春の陰りが色濃く立ち昇ってきますなあ。たしかに平成末の日本の現状にぴったりだ。

 当全集、まだ完結はしておらず、年を跨いで刊行は続く。電子書籍版も出ている。

 かれこれ30年あまり大江さんを読みつづけ、それとともに現代小説の動向にもいちおうの関心を払ってきた者として言わせてもらえば、大江さんレベルの作家は世界全体でも10人くらいしかいない。大江文学をきちんとしたフルコースのディナーとすれば、たいがいの作家は、サンドイッチやハンバーガー、立ち食いうどん、さらにはポテトチップスやポップコーンやチョコレート、そんなもんである。みんながまともな食事を摂らず、そんなもんばっか食ってるから、骨格も筋肉もふにゃふにゃになってにっちもさっちもいかなくなった。それで腐った連中が政治を壟断(ろうだん)して若者たちにむちゃくちゃな労働環境を押しつけ、日本の資産を世界に向けて売りまくったあげく、「人手不足」と称して大量に移民を入れて国を亡ぼす。それが2018年のこの国が向かっている先だ。

 こういう世の中だからこそ、大江健三郎はあらためて読み返されねばならないし、何度でも、新しく読みはじめられねばならない。