第5話のエンドパートはマーライオンと、路上に置かれたドリアンアイスだった。そう。出国してまず向かうのはあの国だ。
キマリたちは成田空港からシンガポールへと飛ぶ。利用するのもシンガポール航空である。作中ではSINGAPORE AIRLINESではなくSHANTHI AIRLINEと仮名が使われているが、中の仕様や機内食、客室乗務員の制服などは、ほぼ忠実に再現されている。シンガポールのチャンギ空港を経由して、目的地のオーストラリアへ行くのだ(南極への船には、日本からではなく、オーストラリアのフリーマントルから乗り込む)。
初見の時ぼくは、「せっかくの機会だから少し早めに出発して観光に当てたのかな」と思ったが、そんな悠長な話じゃなかった。日本からフリーマントル近郊への直行便がなく、これが最短ルートだからだ。とはいえ、仕事で渡航経験のある結月を除く3人には初の海外旅行であり、この回だけ見れば、仲良しのJK4人が旅先で繰り広げる爆笑紀行コメディーである。もちろんそんな中にも珠玉のエピソードを入れて、なおかつ大切な伏線をしっかり仕込んでくるのがこの作品なんだけど。
キマリは例によって元気溌剌で、めぐっちゃんとの件を引きずっている様子はない。この爽やかさがこのアニメの美点でもある。とはいえ、めぐっちゃんのことを失念したわけではない。待ち時間などを利用して現状報告のメールをずっと送っている。ただしその様子はリアルタイムで描写されることはなく、第10話の回想シーンで初めてわかる。
さて。この第6話はいわば第11話のための前哨で、メインとなるのは日向と報瀬だ。そしてキーとなる小道具はパスポート。だからファーストカットはこうなる。
成田空港のカウンターにて
さらに日向は、ムービングサイドウォークに乗っているとき、高校時代の部活仲間をたまたま見かけ、気を取られて躓いてしまう。これも11話への重要な伏線だ(しかし彼女はこのとき最後尾にいたため、ほかの3人は気づかない)。
キマリが「私、夢でよく見るの。私が飛行機でぇ、こうやって、キーン」などと、小学生みたいなことを言って両手を広げて飛行機の真似をし、そのままOPテーマに入って、明けるともう全員がシートに並んで座っている(報瀬が母へと送るメールの画像がちらっと映る)。とにかく描写の節約が巧いのだ。ちなみに考察サイトによると、機種はエアバスA380。
キマリが機内食のセロリをタマゴと交換しようといって報瀬に断られたり、報瀬がペンギンのドキュメンタリー映画を観て涕泣したり、ゲームに熱中したキマリが報瀬の席にはみ出したり、寝ていてデザートを貰い損ねたキマリがまた泣き寝入りしたり、もっぱらキマリを中心に、小ネタがテンポよく繋がれる。ディスプレイの使い方を説明したあと、たんたんとパソコンを打っている結月が印象的だ(彼女はいちばん旅慣れていて、年下ながら今回は終始つっこみ役に回る)。
成田からチャンギ空港までは6時間半ほどらしいが、作中で経過する時間はほぼ1分半。結局キマリはほとんど寝てたようである。
このシンガポール編はとにかく楽しい。とくに前半は「珍道中」と呼ぶにふさわしい。次のフリーマントルでも面白いエピソードはあるけれど、やはり大人組と合流すれば仕事も増えるし、そう浮かれてもいられない。でもこのシンガポールでは、とにかく4人が「旅を満喫している」という雰囲気が全面に出ている。
ターミナル3からMRT(地下鉄)でオーチャード駅へ。巨大ショッピングモール、アイオン・オーチャードもみえる。駅に程近いオーチャード・ホテルが3人の投宿先……なのだが、報瀬がビルの写真を撮ったり、キマリと日向が屋台でなんか買おうとしたり、なかなか先に進まない。結月のつっこみも追いつかず、ようやくホテルに着いた時には「ふええ……到着までにどんだけ時間かかってるんですか……」といった按配になる。土産物店にも寄ったらしい。
そんなもん買ってるからです!
なお、キマリの買った大きなサングラスは、OP映像にもちゃんと出てくる
予約したのは二部屋。二手に分かれてダブルベッドで2人ずつ寝る。報瀬、日向、結月がじゃんけんをして、負けた結月が「がっくし……」という感じになる。訓練のテントの中で判明した、キマリの寝相の悪さゆえである。「キマリさん……いっそもう、最初から床で寝ませんか……」
日向は備え付けの金庫を開けて「おーい、出かける前に貴重品だけ入れとくぞー」といい、パスポートがないのに気づく。だが、そこで騒ぐと観光の予定が台なしになるので、とりあえず内緒にしておく。この時点ではまだ、「そのうち出てくるだろう」と楽観していたのだ。
いったんホテルを出て、水上バスでマーライオン・パークへ。橋をくぐると、対岸の観光名所が次々と目に入ってくる。
わあー
マリーナベイ・サンズ
エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ
シンガポール・フライヤー
そして……
舘林でもそうだったが、ここシンガポールでも、みごとに風景が再現されている。
マーライオンの下まで来て、「思ったより、がっかりしないな」「そうだよね」と、がっかりしないことに逆にがっかりする日向とキマリ。「世界三大がっかり」のひとつなどと言われたマーライオンだけど、それは昔の話で、2002年に現在の場所に移されてからは、人気スポットになっている。
マーライオンをバックに記念撮影。日向が、「あー、なんかポーズ、なんかポーズ」と駄々をこねるので、こんな感じに。
結月「なんですか、これ?」
そうこうするうち夜になって……
チャイナタウンの料理店へ。チャーハンのボリュームにたじろぐ4人。本来は一皿頼んで銘々に取り分けるところだが、日本の感覚で、一人ずつ注文してしまったわけだ。さらにどーんと海鮮料理の大皿が置かれる。これもコミカルな「海外旅行あるある」だけど、旅慣れているはずの結月までが知らなかったのは、これまで友達がいなかったからだと思うと、ちょっぴりほろ苦くもある。
それでも全員いちおう平らげたらしい。これも若さのなせる業か。ぼくなんかの齢になると、そういうことのひとつひとつが眩しくみえる。
マリーナベイ・サンズのショッピングモール前で座り込む日向。おなかいっぱいで眠くなったのか、報瀬は横になっている。こういうことができるのも、シンガポールの治安の良さゆえだ。
人気の噴水ショー
ここで、キマリがドリアンアイスを買ってきて(どんだけ食うんだ)、コント風の一幕あり。
それからマリーナベイ・サンズのサンズ・スカイパーク展望台へ。その奥には宿泊者限定の屋上インフィニティプールがある。いちど撮影で入ったことがあるという結月に、日向がふざけて「まさか、セクシー水着グラビアですかあ⁉」といい、報瀬が真顔で「そ、そうなの?」と聞き返す。「違います!」と軽くキレてみせる結月。ほんとに息がぴったりだ。
コミカルなムードはこのあたりまで。BGMがしっとりした曲にかわり、眼下に広がる夜景を見ながら、キマリがまじめな口調になる。
「……私たちが見たことないところでも、知らない場所でも、いっぱいの人が、いっぱいの生活してるんだ。毎日毎日とぎれることなく……それってすごいことだよね……」
報瀬は「当たり前のことなんだけどね……」といい、結月が「でも、なんとなくわかります」と続ける。
もちろん目的は南極に行くことなんだけど、ここシンガポールだってただの中継地ってわけじゃなく、ここでこうしてわちゃわちゃするのも立派な「旅」なのである。ここでしか得られない体験が、ここでしか得られない感慨がある。そんなことを思わせる名シーンだ。それはまた、最後の13話への先触れにもなっている。
ただ、日向だけは「心ここにあらず」だ。あらためてパスポートを探したのだが、どうしても見当たらない。先ほどからおかしいと思っていた結月が、はっきりと不審をおぼえて日向にセマる。
日向さん……なにか隠してますよね?
う、ぐ、ぐ、ぐ……
というわけで、後半はさすがに、笑ってばかりもいられぬことになってくる(キマリだけは相変わらず豪快にボケをかましてくれるが)。