佐藤浩市演じる「上総広常」は、群を抜いて魅力的だったので、第15話『足固めの儀式』での謀殺シーンは多くの視聴者にショックを与えたようだ。放映直後のタイムラインを見ていたら、「小学生の子供が泣き止まないんですけど。」といったツイートがあって、そういえば自分も幼いころ、両親の脇でドラマを観ていて、筋立てはよくわからぬし、役名も俳優じしんの名前もあやふやながら、何となく好感を抱いていたキャラが悲惨な最期を迎える場面で、いたく混乱した記憶があるな……と、微かな痛みと共に思い返した。
むろん深甚なショックを受けたのは子供ばかりではなく、「明日からまた仕事だってのに、なんて気分にさせてくれるんだ。」とか「よし、5月になったら上総広常の墓参りに行く!」とか「それにつけても頼朝はありえん。許すまじ。」「広常ロス。」といったツイートもみられ、かなり騒然となっていた。これほどに視聴者の心を揺さぶるとは、脚本の三谷幸喜、スタッフの皆さん、そしてもちろん佐藤さんをはじめ、主演の小栗旬も、頼朝役の大泉洋も、「冥利に尽きる。」というやつだろう。いかにもSNS時代の大河ではある。
ぼくは父君の三國連太郎の大ファンだったが、佐藤浩市はこれまで好きでも嫌いでもなかった。記憶に残っているのは、映画では、デビュウ間もない頃の『道頓堀川』(1982/昭和57)……これは映画館で観た……と、あとは『亡国のイージス』『のぼうの城』『KT』『清須会議』『Fukushima 50』『あなたへ』、あとは父の三國と本格的に初共演した『美味しんぼ』……この7本はテレビ放映で観た……くらいか。
テレビドラマではなんといっても同じ三谷脚本での大河『新選組!』(2004/平成16)の芹沢鴨だけど、これもドラマが序盤から中盤に差し掛かるところで組織全体の「足固め」のために暗殺される役どころで、今作のキャスティング発表の時から話題になっていた。むろん、たんに組織の地盤固めだけでなく、新選組のばあいは沖田総司(藤原竜也)、今回の「鎌倉殿」では小四郎こと北条義時と、「その殺害に加担することによって後進の少年が大人へと脱皮する契機を作る」という役回りを担っている点が物語論的には重要なのである。
総司のほうは実際に自らが刀を振るって事に及んだのに対し、今回の小四郎は頼朝とその謀臣・大江広元(栗原英雄)によって巧く操られただけだが、事後的に計画を知らされてから容認したわけだから、「謀殺に加担した」には違いない。
前回の記事でふれた『草燃える』(1979/昭和54)は、永井路子の一連の「鎌倉もの」が原作で、岩下志麻演じる政子を中心に、鎌倉幕府の草創期から、承久の乱の少し後までを扱っていた。『鎌倉殿の13人』は……大胆な言い方をするならば……その放送当時18歳だった三谷さんによる、『草燃える』の才気あふれるリメイクといえる。
『草燃える』で義時を演じていたのはこのたび平清盛役をやっていた松平健で、義時を中心にみるならば、あのドラマは、
「事情がよく分からないまま周囲に巻き込まれて『革命』に加わった坂東の純朴な若者が、稀代の政治家・源頼朝(石坂浩二)に側近として仕えて『政治の何たるか』を身を以て知り、自らも政争をくぐり抜けていくうちに、だんだんと人格が変わっていき、やがて老練・冷酷な独裁者となって次々と政敵を粛清していく話」
であった(その「政敵」には実父の時政も含まれる。さすがに命までは取らないが)。
いっぽうの政子は、政治向きには疎く、ひたむきに身内を愛する女性として描かれていた。そんな政子が、長女・長男・次男(・次女)ら全てに非業のかたちで先立たれるから悲劇性が際立つわけだ。
ぼくが前回「政治と権力の魔性」という言い方をしたのはこの義時のことで、その人格の変貌ぶりが鮮烈だった。なお前作の『黄金の日日』でその人格変貌を見事に演じたのは秀吉役の緒形拳だ。権力はひとを怪物へと変える。それが独裁であればなおさらだ。だから絶対にいかんのである(これはプーチン大統領のことを念頭において言っているのだが、むろんそれだけではない)。70年代後期の大河はその真理をしっかりドラマ化していた。
義時は、当年40になろうかという小栗さんが演っているから紛らわしいが、頼朝の「旗挙げ」(じっさいには目代の屋形を夜討ちしただけだが)のさい17、8歳。今でいえば高2か高3くらい。今話のラスト、長男の泰時が誕生した時点でもたかだか21くらいだ。三谷×小栗は、果たしてどんな義時像をつくりあげていくのか。このご時世、あまりSNS界隈を「ドン引き」させるのも得策ではなかろうから、「最愛の妻と子供たちを守るために、感情を殺して表向きはひたすら冷徹にふるまう。」くらいの線であろうか。それならば史実を曲げてまで新垣結衣さんを嫡男・泰時の母にキャスティングしたのも頷ける(正妻役の女優さんは別におられるようだけど)。
いずれにせよ、盟友・三浦義村(山本耕史。なお義時は最後までこの義村だけとは良い関係を保っていた)が指摘したとおり、義時が「頼朝に似てきている」、すなわち政治権力の恐ろしさを理解し始めているのならば、そして、頼朝の性格を目の当たりにして、この先どんなことをしてでも北条の家を守り抜く決意を抱き始めたとすれば、それはこのたびの広常誅殺~第一子誕生こそがその契機であったのは間違いなく、それゆえの佐藤浩市のキャスティングであったと納得できるわけである。
それで、その佐藤広常なのだけれども、第7回の「敵か、あるいは」で初登場したさい、父君の三國さんにあまりにもそっくりだったのでまず驚いたのだった。これまで佐藤浩市が三國連太郎に似ていると感じたことはなかった。しかし思えばぼくが初めて三國連太郎という俳優に魅了されたのは1981/昭和56年のオールスタードラマ『関ヶ原』での家康(森繁久彌)の謀臣・本多正信役であり、このとき三國さん58歳。いまの佐藤さんは61歳だから、そういうものなのかもしれない。血は争えぬということだ。
冒頭でも述べたが、この佐藤版・上総広常はほんとうに魅力的だった。じつはいったん視聴をやめようかと思ってたのだが、この人の登場ののちは日曜の夜が楽しみになった。むろん脚本と演者の力が大きいのだが、美術スタッフなども丹精を込めて仕事をしていたように思う。渋めの衣装がじつに似合うのである。
広常じしんがドラマの中で高言していたとおり、あの時点でキャスティングボードを握っていたのは彼だった。なにしろ頼朝は石橋山の合戦で大敗を喫して命からがら小舟で逃げ延びてきた身である。父の義朝ゆかりの豪族たちが少しずつ参集しつつあったとはいえ、房総の地で広常が本気で合戦を挑んでくればまず勝ち目はなかったろう。その大豪族の広常が敵対どころか味方になってくれたおかげで他の豪族も次々と傘下に加わり、頼朝の関東支配がやっと緒についたといえる。広常なくして後の頼朝はなかった。このことは誰よりも頼朝じしんが認めていた。
それで、ぼくはかねがね「房総半島にあれだけの勢力を誇った広常がなぜ頼朝に加担したのか?」について疑問をもっていたのだが、ドラマ化に併せてあちこちのサイトが特集を組んでくれるおかげで、いろいろ有益な情報を拾えた。こういうところが大河の功徳だ。そのなかで、いちばん得心できたのはこれである。
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源頼朝の危機を救った「両総平氏」 千葉常胤、上総広常【鎌倉殿の13人 満喫リポート】
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