ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

再掲載 追悼・古井由吉

2020-09-29 | 純文学って何?
 「note」に移して削除しちゃった古井由吉さんの記事に、どういうわけか今になってアクセスが多いようで……。「記事がありません。」って表示が出て、無駄足になるんで申し訳がない。自分で書いたものなんだから別に差支えはないし、こちらにも再掲載しましょう。そのままコピペも芸がないので、少し書き足しておきます。

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dig フカボリスト。


e-minor 当ブログ管理人eminusの別人格。



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 こんにちは。e-minorです。

 digです。

 いや古井由吉さんがお亡くなりになってたんだね。ぜんぜん知らなくて、いま軽くショック受けてるんだけど。

 今年の2月18日だってな。

 ちょうどコロナ禍が広がってた頃だ。こちらのアタマもそっちのことでいっぱいだった……。なにしろ新聞とってないし、テレビも見ないからなあ……。そういう生活になって随分になるけど、今回初めて支障をおぼえたよ。

 なんで今になって知ったんだ?

 面白いツイートを見つけたんで、その人の投稿を遡ってたら、古井さんへの追悼の辞があった。それでネットを調べて、「ええっ。」てなもんだよ。ほんの2、3日前の話さ。digは知ってたの?

 おれもリアルタイムでは知らなかった。夏になる手前くらいだったかな。

 7月にdigと喋ったとき、大江健三郎さんの話になって、ぼくはこんなこと言ったよね。
「モダンうんぬんをいうなら、大江さんと同世代でもうひとり、古井由吉という巨匠がいる。お二人による対談集も出ているが、この方のばあい、デビュー作からすでに「私」が蜃気楼のごとく妖しく揺らめいていた。それはホーフマンスタールの「チャンドス卿の手紙」(1902=明治35)に源をもつと思うけど、「私(近代的自我)」の揺らぎがすでに生理的な前提としてあるわけだね。今や古井文学は日本語の極限に挑むかのような境地に達しているが、大江さんと古井さん、このお二人によって現代日本文学の水準が達成されてきたとはいえると思う。このお二方が厳然として聳えておられるから、ほかの作家たちは自分なりの器に応じて好きなことをやってられるってところはあるよ。」
 あのときはもう知ってたわけ?

 知ってたし、そっちもそれを踏まえて喋ってるもんだと思ってた。

 そうかあ……それにしても、いちおうネットのニュースには毎日いちどは目を通してるんだけどなあ。現代日本文学最高峰の作家の逝去が、トップニュースのヘッドラインにも入らんとは……

 この国における文学の現状を如実にあらわしてるわな。

 そんなだからぼくも、ついアニメの話に傾いちゃうわけだ……いや日本のアニメは世界に誇れる文化だけどね、その一方、ことばでつくる芸術に対する取扱いがぞんざいすぎるよ。

 憤懣はわかったから、もうちょい建設的なほうに行こうか。

 言いたいことが多すぎると、何から喋っていいかわからず、かえって下らぬ話をしてしまうもんだよ……
 そうだなあ。
 まず、古井さんの文章の魅惑を伝える一助として、手元にある著作から、とりあえず2つ引用してみようか。これは夢の情景を叙したものだが……。
「……たとえば、静まりかえった虚空に柔らかな光が遍くひろがる。水が見える。山が染まる。日が浮んで、照り輝かずに、過剰な輝きをむしろ吸い集めて、光り静まる。水中から花が咲き、蝶が群れ飛ぶ。空を横切る鳥の頭がふと赤光を集め、山肌の色が変る……」
エッセイ「湖山の夢」より
 もうひとつ。
「空には雲が垂れて東からさらに押し出し、雨も近い風の中で、人の胸から頭の高さに薄明かりが漂っていた。顔ばかりが浮いて、足もとも暗いような。何人かが寄れば顔が一様の白さを付けて、いちいち事ありげな物腰がまつわり、声は抑えぎみに、眉は思わしげに遠くをうかがう、そんな刻限だ。何事もない。ただ、雲が刻々地へ傾きかかり、熱っぽい色が天にふくらんで、頭がかすかに痛む。奥歯が、腹が疼きかける。互いに、悪い噂を引き寄せあう。毒々しい言葉を尽くしたあげくに、どの話も禍々しさが足らず、もどかしい息の下で声も詰まり、何事もないとつぶやいて目は殺気立ち、あらぬ方を睨み据える。結局はだらけた声を掛けあって散り、雨もまもなく軒を叩き、宵の残りを家の者たちと過して、為ることもなくなり寝床に入るわけだが。」
短編「眉雨」より

 ……稠密だな。

 息苦しいほどにね。理知的でありつつ耽美的というか、知的であることが美的であることに直結してるんだな。これは良質の哲学者の文章にも似ている。しかしこういう文章が纏綿とつづくわけだから、古井文学を読むには、正直それなりの体力がいる。しかし、ひとたび憑りつかれると、金輪際抜けられないね。定期的に読み返さずにはいられぬし、新刊が出たと聞いたらそわそわする。

 本もけっこう持ってたろ、文庫で。

 福武文庫ってのが昔あってね。福武書店はベネッセと社名を変えて路線転換しちまったが、80年代には文芸部門に力を入れてたんだ。「海燕」という文芸誌も出してたし、単行本でユニークな海外文学を紹介してもいた。それは文庫もしかりで、福武文庫っつったら当時はなかなかのラインナップだったよ。代表作の『槿(あさがお)』『眉雨』『夜の香り』あたりが出ていた。ぜんぶ発売当日に買った。

 『槿』なんて、いま講談社文芸文庫でけっこうな価格つけてるよな。

 そこなんだよ。古井さんの著作で入手困難になったものは、おおむねあそこが拾ってるんだけど、講談社文芸文庫はとにかく高い。2000円以上付けてたりするでしょ。そりゃ絶版になるよりはだんぜん良いけど、やはり文庫の小説ってものは高くとも1000円までで買えないと、若い世代が手を出せないじゃん。いや若い世代のみならず、ぼくみたいな貧乏人も困る(苦笑)。

 それは採算の取れるだけの市場を形成してないってことで、結局はさっきの話に戻るわな。

 「純文学の衰退」っていう、当ブログ創設いらいのメインテーマに帰するんだけどね。出版史的な証言として、もう少し続けると、集英社文庫も古井作品をわりと出してたんだよね。『山躁賦』『水』『行隠れ』が出ているな。短編集『水』はぼくなんか20代の頃にどれだけ読み返したかわからない。『行隠れ』も大好きだ。「若い人に古井由吉をどれか一冊」といったらたいてい「杳子」が上がるんだけど(『杳子・妻隠』として新潮文庫に収録)、ぼくは『行隠れ』のほうを薦める。

 上に画像貼ったやつだな。こちらは単行本の表紙だが。そうか。初の長編だったのか。

 純文学であり幻想小説でありミステリでありサスペンスであり……いろいろな意味でスリリングな一作だよ。主人公の青年の、姉への思慕が根底にある。シスコン気味のぼくにとっては、その点でも蠱惑的だったな。ただし入手が難しい。「杳子」だったら文庫でも電子書籍でも読めるんだけど、こっちは絶版だからね。河出書房新社の「古井由吉自撰作品 1」に入っちゃいるが、4000円近い。まあ図書館かな。ただ、ネクラ(死語?)っていったらこれほどネクラな世界もないんで、ライトノベルで育ったひとが生半可な気持ちで読んだら、おなかにもたれると思うけど。

 ライトノベルをポテトチップスだとしたら……

 脂身こってりのビフテキがいきなり前菜に出てくるフルコースっていうか。

 新潮文庫も『杳子・妻隠』のほかにいくつか出してただろ。

 『辻』だけは入手可能だが、ほかは残念ながら絶版だね。

 ……いや、いまスマホで確認してるけど、『櫛の火』『聖・栖(すみか)』『白髪の唄』『楽天記』と、ぜんぶ電子で読めるぞ。

 あっ、そうなのか。新潮社は頑張ってるな。それだけ需要もあるんだね。安心した。あと、文芸文庫じゃなく、ふつうの講談社文庫で出てた『野川』も電子書籍になってるね。600円ちょっとか。これならまあ……

 でも代表作とされる『山躁賦』と『仮往生伝試文』は文芸文庫でしか読めないんだな。

 そっちがなあ……。あ、でも『山躁賦』は電子になってるか。ただ『仮往生伝試文』は紙媒体のみで、価格が……

 税込み2200円。

 文庫の値段じゃないよなあ。

 まあ、どれか一作を読んで興味がわいたら、河出の「古井由吉自撰作品」を図書館で借りて順に読んでいくのが上策じゃないかね。

 でもやっぱり優れた作家はひとりでも多くの人に文庫で手元に置いててもらいたいんだよね。ぼくとしてはね。

 気持はわかるが、本の値段の話ばっかしてるのもどんなもんかね。なんかこのたびネットで「古井由吉」で検索かけて、いい記事を見つけたって言ってなかったか?

 そうそう。それを紹介しなくっちゃ。うん。Real Soundってサイトのなかの記事なんだけど、今年の3月10日付で、竹永知弘さんって方の一文なんだ。
https://realsound.jp/book/2020/03/post-519446.html
「古井由吉は日本文学に何を遺したのか 82年の生涯を新鋭日本現代文学研究者が説く」
 ぼくはこの竹永さんって方のお名前は初見だったんだけど、すばらしいねこれ。とても的確な紹介になってる。
 一部を(といってもメインの部分になっちゃうんだけど)抜粋させていただこう。では。





 50年に渡る古井由吉の営みを網羅的に説明することはむずかしい。ここでは作風の面から私流に4つに区分して、説明を試みようと思う。


①初期(1968年~1971年、代表作『円陣を組む女たち』『男たちの円居』)。
 デビュー作は、登山中の記憶喪失をめぐる短編「木曜日に」。小説家になる以前、古井はドイツ文学研究者としてロベルト・ムージルやヘルマン・ブロッホ、ニーチェなどの翻訳をおこなっており、その影響が濃いとされる一時期。「群衆の熱狂」や「共同体と個人」といったテーマを抽象的な物語内容と濃密な描写で追求する作品が多い。


②前期(1971~1980年、代表作『杳子・妻隠』『水』『櫛の火』『聖』3部作など)
 一定の物語性をもった作品が多く、入門するのにうってつけの時期だと思う(わたし自身がそうだった)。作家史的には、連作短編『水』や長編『櫛の火』のように古典的な物語風土に題材を借りた作品が多く、ドイツ文学由来の作風から抜け出そうという意思が見てとれる。連作や長編など、形式面の実験を積極的におこなった時期でもある。が、順風満帆であったわけではなく、のちのインタビューでは、この頃に「フィクションということに行き詰まった」と漏らしている。


③中期(1980年~1989年、代表作『山躁賦』『槿』『仮往生伝試文』など)
 そこで古井は自らの原点に立ち返り、ムージル的な「エッセイズム」の探求を開始する。このジャンル解体的な、かつ現在進行形の散文を古井は「試文」と呼んで概念化した。その結晶が連歌や説話、日記などを縦横無尽に引用しながら言葉がつむがれていく『山躁賦』と『仮往生伝試文』という記念碑的傑作である。変わりゆく文学状況のなかで、もっとも試行=実験を激化させた一時期だと言える。一方で「小説らしい小説」への「最後のご奉公」として書いたという『槿』も初期から続く「恋愛小説」の系譜の到達点として見逃せない。


④後期(1989年~2020年、代表作『楽天記』『白髪の唄』『野川』『辻』など)
 古井自身と重なる「私」が、老いや災害、記憶などについて思弁をめぐらす連作群。それぞれがすぐれた短編として成立していると同時に、たとえば単行本といった単位が消滅し、古井が書くすべてのものがひとつながりであるような境地に至っている。その中心にいるのは体を病み、老いた「私」。同じことを何度も繰り返し、執拗に書き続ける「私」の筆致は「私小説」というジャンルを抱えた日本文学全体の宿痾を明るみにしようとしている。


 以上、古井の試行錯誤のおおまかな見取り図である。「文学」の存立基盤をたえず問い直す、自壊さながらの実験の連続により「内向」という態度を貫いた小説家による作品の数々にふれるとき、わたしたちもまた「小説とはなにか?」を考えずにはいられない。自身の文学観をゆさぶってみたいと思うひとは、ぜひ手にとってみてほしい。




 引用ここまで。いやほんとに見事な紹介だ。ぼくとして付言すべきことはほとんどないな。この竹永さんは1991年生まれとのことで、つまりまだ20代ってことになるけど、こんな若い方が出てこられるのなら、この国の文化もまだ大丈夫かなって思う。

 後生畏るべしだよ。若い人で優秀なのは増えてるよ。おれたちの頃と比べて、多くの情報にアクセスしやすくなってることも大きいと思うが。

 ほんとにね。あ。いちおう念を押しとくと、『行隠れ』はもちろん②前期(1971~1980年)の作品だよ。

 今回はバナナフィッシュを中断して、急遽こういう話になったわけだが……

 でもさ、やはり文学ってものはみんなどこかで繋がっていて、上のほうで言った大江・古井両巨匠による対談集って『文学の淵を渡る』(新潮文庫)のことなんだけど、これを昨日改めて読み返してたら、ふしぎなくらい「バナナフィッシュ」に通底するところが見つかったんだよね。少しぼくのことばに変換するけど、「罪の暗い穴の底から抜け出して生還する」というイメージとか、あと、「生の営みのなかに自ずから死が混じりあっている」といったイメージとかね。「げに恐ろしきはブンガクなり。」って思ったね。

 晩期の古井文学はまことに生死が渾然となってる感じだった。たしかにあれが文学の神髄だと思う。哲学もそうだが、結局のところ文学ってのは「己の死」を僅かずつ先取りしていく営為じゃないか。そうすることで、かえって「生」の力を取り戻す。そうやってよろよろ歩いていくしかない。おれはそう思ってる。

 いい警句が出たね。それを〆のせりふにしようか。

 好きにすればいいさ。

 それでは、この談義を以って、当ブログとしての追悼の辞に代えさせていただきます。



世界名作アニメ劇場・全タイトルのリスト

2020-09-27 | 映画・マンガ・アニメ・ドラマ・音楽



 これも別のブログに掲載していた記事です。そちらのほうは、クラウド代わりってわけじゃないけど、ネットのうえにメモを置くつもりでやってたんですね。自分にとってそれなりに大事で、ほかの誰かが見ても役に立ちそうな情報を保存してました。「世界名作アニメ劇場」については、このブログでも何度かふれたことがあるので、ここに移しておきましょう。




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 ぼくなんかが子どもの頃には、「世界名作アニメ劇場」ってのがあってね。あれが毎週の楽しみだった。まあ、『フランダースの犬』なんて、むしろ「毎週の悲しみだった」というべきだけども……。いまの世相じゃ、子ども向けであの設定はありえないでしょうね。
 それはともかく、内容においても作画においても、世界的にみて最高といっていい水準だった。「ハイジ」なんて、ヨーロッパに逆輸入されて人気になったほどだからね(ただし本国のスイスでは必ずしも評価が高くないらしいが)。高畑勲、宮崎駿両巨匠をはじめ、のちに「スタジオジブリ」に集うスタッフもたくさん参加していた。「ジブリの前身」とまでいったら言い過ぎだけど、のちのジブリアニメを涵養する土壌となったのは間違いないでしょう。
 下にまとめたとおり、ほぼすべての作品が海外の児童文学を原作にしており、かつ、それらは「ピーターパン」など一部を除いてほぼすべてがリアリズムを基調にしていた。ここが最大の特徴であったと思います。ファンタジーではなかったわけね。
 ぼくはプリキュアシリーズに好感をもっていて、はからずもカテゴリまで設けてしまったほどだけど、本音をいうと、「子ども向け」の作品ってのはリアリズムで語られるのが望ましいと思ってるんですよ。その点については畏れ多くも故・高畑勲御大と同意見なんだ。つまり、ニホンという国が貧しい時代ならファンタジーに夢を託すのもよかったけれど、これだけ豊かになってきたら、もういちどていねいなリアリズムに戻ったほうがいいんじゃないかと考えてるわけです。こういうところは、やはり「純文学」の人間なんでしょう。
 むろん、現状はまったく正反対で、どちらを向いても「ファンタジーしかない。」と言うべき状況ですけどね。まあそれだけファンタジーってのは魅力的だってことですね。
 前置きが長くなりました。ウィキペディア先生を頼りに作ったリストです。①放映年度 ②タイトル ③総話数 ④作品の舞台 ⑤原作者名 ⑥(その原作者の国籍)の順になってます。


 1973年 山ねずみロッキーチャック 全52話  アメリカ ソーントン・バージェス(アメリカ)
 1974年 アルプスの少女ハイジ 全52話 スイス/ドイツ ヨハンナ・スピリ(スイス)
 1975年 フランダースの犬 全52話 ベルギー ウィーダ(イギリス)
 1976年 母をたずねて三千里 全52話 イタリア~アルゼンチン エドモンド・デ・アミーチス(イタリア)
 1977年 あらいぐまラスカル 全52話 アメリカ スターリング・ノース(アメリカ)
 1978年 ペリーヌ物語 全53話 フランス エクトール・アンリ・マロ(フランス)
 1979年 赤毛のアン 全50話 カナダ L・M・モンゴメリ(カナダ)
 1980年 トム・ソーヤーの冒険 全49話 アメリカ マーク・トウェイン(アメリカ)
 1981年 家族ロビンソン漂流記・ふしぎな島のフローネ 全50話 スイス/オーストラリア ヨハン・ダビット・ウィース(スイス)
 1982年 南の虹のルーシー 全50話 オーストラリア フィリス・ピディングトン(オーストラリア)
 1983年 アルプス物語・わたしのアンネット 全48話 スイス パトリシア・メアリー・セントジョン(イギリス)
 1984年 牧場の少女カトリ 全49話 フィンランド アウニ・ヌオリワーラ(フィンランド)
 1985年 小公女セーラ 全46話 イギリス フランシス・ホジソン・バーネット(アメリカ)
 1986年 愛少女ポリアンナ物語 全51話 アメリカ エレナ・ホグマン・ポーター(アメリカ)
 1987年 愛の若草物語 全48話 ルイーザ・メイ・オルコット(アメリカ)
 1988年 小公子セディ 全43話 アメリカ/イギリス フランシス・ホジソン・バーネット(アメリカ)
 1989年 ピーターパンの冒険 全41話 イギリス ジェームス・マシュー・バリー(イギリス)
 1990年 私のあしながおじさん 全40話 アメリカ ジーン・ウェブスター(アメリカ)
 1991年 トラップ一家物語 全40話 オーストリア マリア・フォン・トラップ(オーストリア)
 1992年 大草原の小さな天使 ブッシュベイビー 全40話 ケニア ウィリアム・H・スティーブンソン(イギリス)
 1993年 若草物語 ナンとジョー先生 全40話 アメリカ ルイーザ・メイ・オルコット(アメリカ)
 1994年 七つの海のティコ 全39話 七つの海 オリジナル作品
 1995年 ロミオの青い空 全33話 スイス/イタリア リザ・テツナー(ドイツ→スイスに亡命)
 1996年 名犬ラッシー 全26話 イギリス エリック・ナイト(イギリス)
 1996年~1997年 家なき子レミ 全26話 フランス エクトール・アンリ・マロ(フランス)




 かなり長いこと続いてたんだなあ。後半はさすがに知らないのが多い。初めは1年ものの大河だったのが、だんだん短くなっていったんですね。
 90年代半ば、「世界名作劇場終わる。」のニュースを聞いたときは、「ひとつの時代が幕を下ろしたなァ」と感慨に耽った記憶があります。
 今ではgyaoなどで大半のものは観られるし、ときどき期間限定の無料配信もしておりますが。


 なお、2000年代に、
 2007年 レ・ミゼラブル 少女コゼット 全52話 フランス ヴィクトル・ユゴー(フランス)
 2008年 ポルフィの長い旅 全52話 ギリシャ/イタリア/フランス ポール・ジャック・ボンゾン(フランス)
 2009年 こんにちは アン〜Before Green Gables 全39話 カナダ バッジ・ウィルソン(カナダ)
 の3作が制作・放映されたそうだけど、これらは地上波じゃなく、BSだったとか。




 あと、『おちゃめなふたご クレア学院物語』ってのがあったはずだと思ったら、これと『わたしとわたし ふたりのロッテ』は、「三井不動産アニメワールド」という別の枠だったらしい。ふーん。
 ついでなんでそっちもリストアップ。




 1989年~1990年 シートン動物記 全45話 アメリカ アーネスト・T・シートン(アメリカ)
 1991年 おちゃめなふたご クレア学院物語 全26話 イギリス イーニッド・ブライトン(イギリス)
 1991年~1992年 わたしとわたし ふたりのロッテ 全29話 ドイツ エーリッヒ・ケストナー(ドイツ)




 こちらも秀作でした。
 リアリズムってのは退屈になりがちだから、海外を舞台にすることで、子どもたちを楽しませるように工夫してたんだと思う。いろいろな土地や時代の風俗にふれて、好奇心を満たすことができたわけですね。それでいて、人情ってものはどこの土地、いつの時代でも普遍的なものだというメッセージも含んでいた。
 いまどきの児童にとってもきっと滋養になると思うんで、格段に進歩した今の技術で、また復活しないかなあと思うけど、どうしても地味になっちゃうんで、むずかしいでしょうねえ。










『女帝 エンペラー』 ラストで小剣(小刀)を投げた犯人は誰か?

2020-09-26 | 映画・マンガ・アニメ・ドラマ・音楽
 いまブログの整理をやっておりまして、これも以前に別のブログに掲載したものですが、よかったらお暇つぶしにどうぞ。映画の話です。この頃はまだ中国って国もそこまで危険じゃなかったですね……。

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  女帝 エンペラー。正しくは「エンプレス」ですが、これはあえてそんな邦題にしたそうです。
 2006年公開。中国と香港との合作映画。主演チャン・ツィイー。
 シェイクスピアの代表作『ハムレット』を、10世紀の「五代十国時代」を舞台に置き換えて翻案したアクション悲劇。
 いやアクション悲劇なんて言い回しは変だけど、ふつうの劇ならば役者の芝居で表現される内面のドラマや葛藤が、ド派手なアクションとしてビジュアル化されてるもんで、そう呼んでみたくなる。
 「あれではシェイクスピアが台無し」なんて評もあったようですが、「わずかでも隙を見せたら命がない。」という宮廷闘争の凄みが伝わってきて、ぼくは面白かったですね。いま思うとほとんどもうバトルファンタジー系アニメのようでもあった。
 チャン・ツィイーが主演だから、原作とは異なり、ハムレットではなく王妃ガートルードが話の中心となります。
 さてこの作品、ラストでそのチャン・ツィイー演じる婉(ワン)皇后の胸を、背後から飛来した小剣(小刀)が貫くというショッキングな結末を迎えるんだけど、はたしてその犯人は誰か、というのが公開当時に話題となった。
 ぼくも映画をみたあとアタマをひねり、ネットでも調べたんだけど、「女帝 エンペラー 映画 ラスト 犯人」で検索をかけても、なかなか上位に有意な記事がヒットしなくて、ちょっとイライラ。
 最近になって、ふと、そのことを思い出したんで、また紛れてしまわぬように、ここに書き留めておきます。
 皇后の側近のリン。どうやらこれが真相らしい。
 そもそもリンは新帝のスパイであった。
 つぶさに見返せば、劇中にヒントが散りばめられているそうな。
 なぜ新帝がワンの化粧の落としかたや、沐浴の順番を知っていたか。これはリンから聞いたわけですね。また、リンがワンに敵意をもっている表情を示すカットも、たびたび挿入されているとのこと。
 動機ですが、ワン皇后を殺めてもリンが権力の座につけるわけではないので、権勢欲とは無関係。
 愛憎がらみ。これが正解。リンはじつは新帝が好きだった。毒杯と知りつつ盃を仰いだ新帝の姿をみて、皇后に嫉妬を抱いたという次第。
 凄絶な権力闘争のお話が、最後には色恋沙汰で終わる、というところに皮肉がきいてるわけでしょう。








(期間限定記事)「坂道のアポロン」文化祭のシーン

2020-09-10 | 映画・マンガ・アニメ・ドラマ・音楽
(gyaoでの無料配信期間は終了しました。)







川渕千太郎(drs.)




西見 薫(pf.)


文化祭での即興ジャム・セッション。この場に居合わせた生徒たちは、北島マヤの「女海賊ビアンカ」を観ることのできた高校生たちと同じくらい幸運だったね。


 1960年代後半の佐世保を舞台に、ジャズを愛する高校生男子二人の友情を描いた青春もの。原作は2009年度版「このマンガがすごい! オンナ編」にて1位に輝き、第57回小学館漫画賞一般向け部門も受賞した折り紙付きの名作。2018年には実写映画化も。
 このアニメ版は2012年4月 から 6月にかけて放送。 全12話。音楽監督は菅野よう子さんで、幾多のスタンダードナンバーを見事にアレンジしている。
 作中の演奏シーンがどれも素晴らしいのだが、ことにこの7話の文化祭のシーンは「アニメ史に残る3分31秒」として話題になった。もちろんここに至る経緯を知ってから観るのが望ましいんだけど、gyaoでの無料公開が2020年9月15日までとのことで、とりいそぎ紹介まで。


 ジャズの魅力はアドリブだろう。同じ曲をやっても、ミュージシャン同士の感情の流れや、その場の雰囲気しだいで別物になってしまうこともある。まさに一期一会。アドレスを貼ったシーンは、ご覧になればおわかりのとおり、「電気系統のトラブル」という不慮のアクシデントでたまたま成立した。もちろんこの二人はこれまで何度も一緒に練習をしており、だからこそここまで息の合ったライブができたわけだけど、ここに至るまでの数日間は、行き違いが重なって気まずくなっていた。それがこのセッションで一気に解放される。カタルシスに満ちたシーンでもあるわけだ。



 この好評に気をよくした二人は、周りからの薦めもあって翌年の文化祭では最初から出演を決め、念入りに準備をするのだけれど、前日の夜に起きたアクシデントによって中止を余儀なくされる。ポシャってしまうわけである。卒業してからは互いの道を歩み、何年かのちの最終話で、薫が千太郎を離島の教会に訪ねる、という形で再会を果たす。そしてそのまま、当然ながら何ひとつ打ち合わせなどしていないのに、またしても偶然に、かつ圧倒的に、セッションが成立してしまう。それがアニメ版の最終話(12話)だ。


 お話の作り方としてもうまいし、何よりも、ジャズの本質を捉えた名シーンだと思う。繰り返しになるが、まさに一期一会。その時、その場所でなければ成立しない1度かぎりのもの。生前の中上健次は、「レコードをぶっ壊せ。」としつこく言っていたけれど、たぶんそういう意味だったんだと思う。まあ、どちらのシーンで使われた演奏も、プロのミュージシャンがスタジオ録音したものなんだけど、そこは言わぬが花ってことで。


 とにもかくにも、本編をお見逃しになった方は、とりあえずこの7話の文化祭のシーンだけでもどうぞ。おおむね16:00あたりから。

(gyaoでの無料配信期間は終了しました。)