ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

「これは面白い。」と思った小説100and more パート2  番外編 『六人の嘘つきな大学生』

2024-02-05 | 物語(ロマン)の愉楽
 30 六人の嘘つきな大学生 浅倉秋成 角川文庫
 
 



 

 今回は番外編です。作者は1989年の11月生まれとのことだから、この「『これは面白い。』と思った小説100and more」で紹介する方の中では、初の平成生まれになるのかな。
 official髭男dismとかking gnuとかYOASOBIとかVaundyとかAdoとか、さいきんの若い世代のつくるポップスの進化は目覚ましいけれど、エンタメ小説の領域においても、似たことが起こっているようですね。純文学のほうは、正直よくわからないけども……。
 発端は、2011(平成23)年、あの東北大震災が起こった年。成長著しいIT企業「スピラリンクス」の就職試験が行われ、その最終選考に、6人の大学生が残る。女性ふたりに男性4人。はじめ彼らには「6人で力を合わせてひとつの課題をやり遂げてください。その結果いかんでは、6人全員の内定もありえます。」と告げられるのだけど、彼らがミーティングを重ね、お互いの人柄や能力を認め合って、「ぜったいに6人で入社しような。」と意気投合しているさなか、とつぜん「選考方法が急遽変更になりました。合格者は1名だけです。最終選考日当日、本社にてグループディスカッションをしていただき、全員でひとりを選出してください。」というメールがとどく。
 そして当日、その最後のグループディスカッションの席上、ある「事件」が起こる……。
 こう書くといかにも、作中で登場人物のひとりが述懐するとおり「ソフトでチープなデスゲーム」を連想してしまいそうだけど、けっしてそんな安っぽい作品ではありません。
 特筆すべきは、本作が、「二転三転(いやもっともっと多いけど)する仕掛けを凝らした極上のミステリ」でありながら、同時に「いまどき珍しい純愛ラブストーリー」でもあること。もとよりその両者は別個のものではなく、ストーリーやトリックや人物描写、さらには作品のテーマそのものと見事に絡みあい、響きあいながら、全編を織りなしているわけですが。
 ざっとネットを見たかぎりでは、称賛の声は数あれど、その「純愛ラブストーリー」の側面に気付いている人がほとんどいないようなので、「もったいないなあ。」と思ってる次第。
 ポイントは、Bパートの主人公が「あの人」に向けてそっと呟く「ありがとう」ですね。この人が本当は誰のことが好きだったのか、それをきちんと見極めたうえで、あの「ありがとう」の真意がわかれば、感動はさらに膨らむでしょう。そうそう。それと、ラストにおける主人公のあの「決断」の意味。そこに込められた作者の皮肉……。
 「就活もの」としては、直木賞をとった朝井リョウさんの『何者』が有名で、あれも佳作なんだろうけど、読後感の重さでいえば、ぼくにとってはこちらのほうがずっと上でした。これほどキャラが「生きて」いる小説は、純文学プロパーでもなかなかないから。ただ本作は、芥川賞はむろん、直木賞をとるようなものでもないんだなあ。その理由を書くとネタバレに抵触するし、いろいろと角が立つので差し控えるけど、ともあれ本作が、ジャンルを超えた一流の「小説」であることは間違いありません。










「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その⑤ 「戦争にかかわる作品」02 日記・記録

2023-11-04 | 物語(ロマン)の愉楽
 さて、というわけで(委細は前回の記事を参照)、ようやくここでブックリストを更新するわけだけれども、のっけから乱暴な言い方をさせてもらうと、ぼくが「戦争にかかわる作品」の後半5冊をなかなか発表できなかったのは宮﨑駿のせいである。宮﨑さんの10年ぶりの新作『君たちはどう生きるか』のせいなのだ。
 ぼくはこの作品を観ていない。『千と千尋の神隠し』いこう、彼の全作を公開から一週間以内に観てきたぼくが、今回ばかりは劇場まで足を運ぶ気になれない。当ブログの「ジブリ」のカテゴリに、前作『風立ちぬ』への評論が7回分にわたって置いてあるけれど、あれは鑑賞ののち何年も経ってから書いたもので、ずいぶんソフトになっている。10年前、映画館から帰宅した直後に書いてブログに発表したものは、もっと激しい批判文だった。そのときはこのgooブログではなくocnブログだったので、あちらの閉鎖とともに記事も消え去ってしまったけれど、作品を観た直後にはぼくは相当腹を立てていたのだ。その理由は、「現代日本を代表するクリエイターで、多方面に大きな影響力をもつ宮﨑駿が、すでに人生の晩年に差し掛かっていながら、太平洋戦争の記憶に真正面から向き合おうとせず、結局はいつものファンタジーに逃げてしまった。」と感じたからだ。ぼくはそのことにたいそう失望した。
 もとより、彼にとっての同士であり盟友であり先輩でもある高畑勲氏が、すでに80年代バブル期に『火垂るの墓』というリアリスティックな秀作を残している(あまりに悲しいのでぼくはこれまで一度きりしか観てないけれど)。宮﨑さんがあれと同じような作品をつくることは、いろいろな意味でできないだろう。そのことは承知しているつもりだが、それにしたって、いくらなんでもあの描き方は甘すぎると思った。
 「風」からこのたびの「君たち」とのあいだには10年という歳月が横たわっている。政治的・社会的・国際的な動きは別にして、ことアニメ業界に限っていえば、このかんに起こった大きな出来事は、メジャーデビューした新海誠氏の大成功と、片淵素直監督による『この世界の片隅に』が製作・公開されたことだろう。このばあい、言及すべきは『この世界の片隅に』のほうになるけれども、この作品は、『火垂るの墓』のような実写に近い人物造形をせず、こうの史代さんの原作の描線を生かした漫画ふうのキャラで綴られている。そのことがかえって、庶民の平凡で穏やかな日常と、「戦争」という巨大な狂気との対比を際立たせ、作品のテーマをより広い観客へと届けることに寄与しているはずだ。そして、何よりも肝心なことに、『この世界の片隅に』はファンタジーではない。漫画ふうのキャラで綴られ、随所にファンタジックな趣向が凝らされてはいても、まぎれもなくリアリズムでつくられた作品である。
 いかに独立不羈の巨匠といえど、宮﨑さんが、この約20歳年少の後進監督の秀作を観ていないとは考えられない。そして、それを観たからには、従来の宮﨑タッチをあるていど改めて、より写実的な手法で「太平洋戦争下の庶民の日常」を描いてくれるのではないかと思っていた。つまり今度こそ、「いつものファンタジーに逃げ」ることなく、「太平洋戦争の記憶に真正面から向き合」ってくれるはずだと、ぼくとしては、ひとりで期待を大きく膨らませていたわけだ。
 前宣伝を一切しない、というプロデューサーの方針のもと、まるっきり事前情報のないまま公開日を迎えた『君たちはどう生きるか』であったが、ぼくが雑事に追われて映画館に行きそびれているうちに、ネット社会のありがたさ(もしくは恐ろしさ?)で、少しずつその内容が垣間見えてきた。もとより「そんなの一切顧みず、何はともあれ、一目散に劇場へと足を運ぶ」というのが然るべきファンのありようなんだろうけど、そこまで純真でないぼくは、来るべき鑑賞のよすがにしようと、できうるかぎり情報を集めた。そしてその結果として思ったのは、「なんだ、太平洋戦争下のニッポンを舞台にしたとはいっても、結局これは、またしてもファンタジーじゃないか?!」であった。がっくりきちゃったわけである。
 だから反撥として、このブログにおいては、ビジュアルではなく言葉によって、できるだけリアルで切実な「太平洋戦争の記憶」を伝えてくれるノンフィクションを紹介しようと思った。記録なんだから地味である。ファンタジーの対極に位置するものだ。読めばひたすら気が滅入る。だからこそ値打ちがある。そして、それと絡めて、『君たちはどう生きるか』への批判を盛大にやってやろうと思ってもいた。
 とはいえ、最初からいってるとおり、ぼくはこの作品を観てないのだ。本音をいうと、仮に来年か再来年あたりに「金曜ロードショー」で地上波初放送されることになっても、観る気になるかどうかわからない。それくらい、いまは嫌気がさしている。これは近頃アニメに飽きてしまったせいもあろうし、まあ、その時になってみなくちゃわからないけれども。
 だけどもちろん、どんな形であれ、じっさいに自分で観てもいないものを批判はできない(いや、何言ってるんだ今さんざんやったじゃないかと言われるやもしれぬが、さっきからやってるのは作品そのものに対する批判ではなく、あくまで、ぼくがネットから得た情報をもとに、自分なりの作品像を勝手に拵えて、勝手に嫌気がさしてるってことの説明である)。それで、とにかくにも劇場までは行かなくちゃ行かなくちゃ君たちを観に行かなくちゃ、でも傘がない、などと言っているうちに、はや夏も過ぎ、うかうかとしてると年も暮れようかという候になってきた。それで、このままではぜんぜんフツーに越年をしてしまうのは必定なので、とりあえず、エイヤッとばかりに筆を執った(実際には「パソコンのキーを叩いた」)次第なのである。
 いやいや、こうやって言語化すると、だいぶんすっきりした。なんだ、別にそんな大したことでもなかったな。もっと早くやっとくんだった。
 というわけで、なんだか前置きと本題との比重が入れ替わってしまった気もするが、 “「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その⑤ 「戦争にかかわる作品」” の後半5冊、小説ならざるノンフィクションの巻でございます。ウクライナに続いて今またパレスチナでも戦火が上がる。戦争の話はけっして過去のものにはなってくれない。いつだって現在進行形なのだ。




25 太平洋戦争日記 1~3 伊藤整 新潮文庫
26 敗戦日記        高見順 文春文庫
27 戦中派不戦日記     山田風太郎 ちくま文庫
28 ドキュメント 太平洋戦争全史 上下 亀井宏 講談社文庫
29 ガダルカナル戦記 1~4     亀井宏 講談社文庫



「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その④ 「戦争にかかわる作品」01

2023-08-31 | 物語(ロマン)の愉楽
 8月15日にあわせて「戦争文学」という括りで10作をリストアップしようとしたら、えらく時間がかかってしまった。候補作を眺めているうちに、「そもそもこれ、“戦争文学”なんて総称でまとめていいんかい?」というギモンが浮かんできたのだ。いわゆる正当な文学作品のみならず、通俗小説や、作家の日記、さらにはノンフィクションを小説ふうに再構成したものなども入れたかったからだ。
 それであれこれ考えあぐねていたのだが、結局のところ「戦争にかかわる作品」に落ち着いた。なんとも収まりがわるいけど、ほかに思いつかなかったんでしょうがない。
 メインストリーム中心の「戦争文学」のコレクションとしては、集英社から「戦争×文学」なる全20巻・別巻1の一大アンソロジーが出ている。このブログでも3年まえ(2020年)に紹介した。


集英社 「戦争×文学」全20巻・別巻1 リスト
https://blog.goo.ne.jp/eminus/e/731793868b1041edd8fae9b6e402d64c



 とても立派な、充実した選集なのだが、紙幅の都合上、とうぜんながら短編~中編しか載ってない。それにあくまで「文芸作品」に限られる。ぼくとしては、こういうのとはまた違うリストを作りたかったわけだ。
 8月15日には間に合わなかったが、なにもその日を過ぎたら先の大戦を偲んではいけないわけではない。というか、もっぱら8月に戦争のことに思いを馳せて、慰霊なり鎮魂なりの気持ちを抱くのはよいとして、それを過ぎたら来年までは綺麗さっぱり忘れ去ってしまうかのような戦後ニッポンの風習がおかしい。現代のぼくたちの生活はアメリカとの戦争に負けたところから始まっているわけで、今日のわれわれが抱える問題のすべては、78年前の敗戦と、それへと至るアジア太平洋戦争~日中戦争に起因しているのだ。だから「戦争にかかわる作品」を読むことは、懐古趣味でもお勉強でもなく、むろん自虐でも自尊でもなく、ごくふつうの読書経験なのである。




☆☆☆☆☆☆☆




21 俘虜記 大岡昇平 新潮文庫
 じっさいに従軍経験をもつ一流の文学者が帰還ののちにものした長編小説として、じゅうぶんに世界文学に伍しうるレベルだと思う。かつて大江健三郎さんが、「近代以降の日本の小説家の中からただ一人をもし選ぶとしたら大岡昇平」とインタビューで言ってらしたが、それはやっぱり「アメリカ軍との戦闘」を身を以て知り、その体験を文学として昇華したことの功績によるものであろう。上でも述べたとおり、まさにその決定的な敗北の経験こそが現代ニッポンの出発点であり、ぼくたちもむろんその延長線上に暮らしてるわけである。ほかに『野火』『レイテ戦記』もあるが、「どれか一冊」といえばこれになる。




22 黒い雨 井伏鱒二 新潮文庫
 これは6年前にもリストアップした。「なるべく前回との重複を避ける。」というのがひとつの方針だけども、それを破っても選ばぬわけにはいかない。淡々とした叙述がかえって胸に迫ってくる。映画化もされた名作だが、「反核」や「反戦」といったメッセージ性を別にして、何よりもまず文学として素晴らしい。




23 神聖喜劇 1~5 大西巨人 光文社文庫
 これも戦後日本を代表する長編小説のひとつで、何度か版元をかえて出ており、この光文社文庫版が決定版となっている。大日本帝国・陸軍内務班の実態を克明に描いた作品として野間宏『真空地帯』と並び称される大作だけど、読んで面白いのはこちらである。戦争もの、とくに先の大戦を描いた小説に対して「面白い」というのは不謹慎ではあるのだが、そういうことを差し置いて、とにかく面白いからしょうがない。




24 若き日の詩人たちの肖像 上下 堀田善衞 集英社文庫
 自伝的長編。堀田さんは上海にて敗戦を迎えたけれど、これはそこに至るまでのお話。すなわち「内地」において繰り広げられる(というほど波瀾万丈のストーリーでもないが)ひとりの「若き詩人」の生活録である。『黒い雨』とはまた別の、知識人のタマゴからみた「銃後」の日本が描かれているわけだ。しかしさすがに堀田さんだけあって、「詩人たち」というのはけして中二病的な言挙げではなく、その交友はまことに絢爛たるものである。モデルに擬せられているのは以下のとおり。
良き調和の翳(鮎川信夫)、白柳(白井浩司)、澄江(芥川比呂志)、ドクトル(加藤周一)、富士(中村真一郎)、成宗の先生(堀辰雄)、日伊文化協会詩人(福永武彦)、共産党氏(伊藤律)、荻窪の先生(井伏鱒二)……。





「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その③ 企業・経済小説

2023-08-11 | 物語(ロマン)の愉楽
 前回の山崎豊子『不毛地帯』(新潮文庫)から、偉大な女性作家の流れで繋ぐか、企業小説の流れでつないでいくか、二者択一で迷ったのだが、今回は後者のほうにしましょう。






☆☆☆☆☆☆☆




 企業小説といえば、岩波新書の近刊で、『企業と経済を読み解く小説50』なるブックガイドが出ている。著者は佐高信さん。






「高度経済成長期に登場した経済小説は、疑獄事件や巨大企業の不正など、多種多様なテーマを描き続けてきた。城山三郎『小説日本銀行』、石川達三『金環蝕』、松本清張『空の城』など、戦後日本社会の深層を描いた古典的名作から、二〇一〇年代に刊行されたものまで、著者ならではの幅広い選書によるブックガイド。」
 とのこと。


 以下、取り上げられた作品のリスト。


Ⅰ 巨悪の実態
原発利権
1 「原子力マフィア」の形成──『原子力戦争』田原総一朗
2 なぜ東電は潰れないのか──『ザ・原発所長』黒木亮
3 現役官僚による告発──『原発ホワイトアウト』若杉冽
4 電力の鬼と呼ばれた男──『まかり通る』小島直記
政財界の裏側
5 戦後最大級の疑獄事件──『小説佐川疑獄』大下英治
6 ロッキード事件の利益構造──『金色の翼』本所次郎
7 財界の総本山に迫る──『小説経団連』秋元秀雄
8 銀行に銀行を食わせる──『戦略合併』広瀬仁紀
9 使途不明金の明細書──『小説談合』清岡久司
10 汚職事件の曼荼羅図──『金環蝕』石川達三
11 インドネシア賠償需要の闇──『生贄』梶山季之
12 新興財閥と軍部の利権──『戦争と人間』五味川純平




Ⅱ 増大する資本と欲望
巨大資本をめぐる
13 外資系投資銀行の内幕──『小説ヘッジファンド』幸田真音
14 イケニエを決めたのは誰か──『ハゲタカ』真山仁
15 大口融資規制の暗闘──『頭取敗れたり』笹子勝哉
16 「物価の番人」の挫折──『小説日本銀行』城山三郎
17 予算編成の駆け引き──『小説大蔵省』江波戸哲夫
18 旧財閥に残る気風──『果つる底なき』池井戸潤
19 金融帝国のルーツ──『ザ・ロスチャイルド』渋井真帆
20 日本人発行のルーブル札──『ピコラエヴィッチ紙幣』熊谷敬太郎
欲望のゆくえ
21 触れてはいけない魔法のランプ──『小説総会屋』三好徹
22 「狙って潰せない会社はない」──『虚業集団』清水一行
23 ある闇金融の挫折──『白昼の死角』高木彬光
24 ローン破産という公害──『火車』宮部みゆき




Ⅲ 会社国家ニッポンのゆがみ
企業のモラルを問う
25 会社は誰のものか──『トヨトミの野望』梶山三郎
26 消費者vs経営者──『大阪立身』邦光史郎
27 経済大国の原罪──『19階日本横丁』堀田善衞
28 未知の商戦と孤独──『忘れられたオフィス』植田草介
29 日本人であること──『炎熱商人』深田祐介
30 取引先の破綻と回収──『商社審査部25時』高任和夫
31 安宅産業の消滅──『空の城』松本清張
32 「水潟病」の原因究明──『海の牙』水上勉
業界の深奥
33 金融資本としての生保──『遠い約束』夏樹静子
34 ホテルは社会の裏方──『銀の虚城(ホテル)』森村誠一
35 患者ファーストは可能か──『M R』久坂部羊
36 証券界と地下経済──『マネー・ハンター』安田二郎
37 量販よりも鮮度の保持──『小説スーパーマーケット』安土敏
38 食品加工業の暗部──『震える牛』相場英雄




Ⅳ 組織と人間
会社を告発する個人
39 自分の生き方を通す──『沈まぬ太陽』山崎豊子
40 現役記者の社長解任請求──『日経新聞の黒い霧』大塚将司
41 新聞は生き残れるか──『紙の城』本城雅人
42 研ぎ澄まされた感覚を保つ──『いつも月夜とは限らない』広瀬隆
43 ワンマン体制への叛旗──『管理職の叛旗』杉田望
44 組織内の不正を糺す──『会社を喰う』渡辺一雄
45 地位保全の訴え──『懲戒解雇』高杉良
社員という人生
46 死ぬくらいなら辞めていい──『風は西から』村山由佳
47 その人なりの価値基準──『ふぞろいの林檎たち』山田太一
48 社宅という残酷な制度──『夕陽ヵ丘三号館』有吉佐和子
49 「世間」に立ち向かう──『食卓のない家』円地文子
50 企業ぐるみ選挙の悲哀──『わが社のつむじ風』浅川純






☆☆☆☆☆☆☆






 錚々たるメンツではあるが、すでに新刊では入手できないものも多い。それに、経済・企業小説というのも裾野の広いジャンルだから、とうていこれで尽くせるものではない。そしてもちろん、仮にこういったフィクションを精読しても、それですべてがわかったことにはならない。現実ってものはさらにいっそう複雑怪奇で、生臭く、おぞましいものだ。
 ぼくはこのジャンルに手を出すのが遅かったため、あまり詳しくないのだが、それでも、このたび取り上げようと思っていた作品のなかで、何本かこのリストと被っているのがあった。
 すなわち、




15 炎熱商人 上 下 深田祐介 文春文庫
16 ハゲタカ 上 下 真山仁 講談社文庫
17 空の城 松本清張 講談社文庫




 『炎熱商人』は深田氏の直木賞受賞作。舞台はフィリピン。海外で奮闘する日本の商社マンを描いた古典として誰しもが名をあげる名作だ。氏の「※※商人」ものとしては、ほかに、若き日のデヴィ夫人を描いた『神鷲(ガルーダ)商人』、南米はチリが舞台の『革命商人』、北朝鮮の拉致問題をいち早く取り上げた『暗闇商人』がある。
 『ハゲタカ』は2度もテレビドラマ化されているのでご存じの方も多かろう。初めのドラマ化は2007(平成19)年で、まだライブドア事件の記憶が生々しい頃だった。
 『空の城』は、いわゆる安宅産業事件を描いたもの。清張さんの数多い作品の中からこれを選ぶのもどうだろう……とも思ったのだが、これも高校時代にみた山崎努・夏目雅子主演のNHKドラマ『ザ・商社』の印象が忘れがたいのだった。当時のNHKドラマ班は、原作・松本清張、演出・和田勉、主演・山崎努のトリオで社会の暗部を抉る問題作をいくつも送り出していた。




 あと、マネーの流れに興味があるので、黒木亮さんからは、『ザ・原発所長』でも、世評高い『エネルギー』でもなく、


18 巨大投資銀行 上 下 黒木亮 角川文庫


 を選ばせてもらった。


 佐高さんのリストにはないが、


19 マネーロンダリング 橘 玲 幻冬舎文庫


 も、情報量のきわめて多い金融サスペンスだ。


 そして、池井戸潤さんからはやはり、


20 オレたち花のバブル組 池井戸潤 文春文庫


 を。いわずと知れた『半沢直樹』の原作である。



「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その②

2023-08-04 | 物語(ロマン)の愉楽
11 蒼穹の昴 1~4 浅田次郎 講談社文庫
 清朝末、極貧の家に生まれた少年が、老婆の予言を真に受けて、自ら(!)去勢し宦官となって西太后に仕え、異数の出世を遂げていく。しかし歴史の激動は容赦なく大陸全土を揺るがし、彼の運命もまた……という一大ロマン。テレビドラマほか、宝塚で舞台化されたのも宜なる哉で、面白いのは請け合いだが、初読の際は、細部の考証の確かさに感心する反面、「お話の運びがどうも劇画調だなあ。」と正直おもった。しかしそれが現代エンタメのひとつの条件なのかもしれない。なお続編の『珍妃の井戸』『中原の虹』『マンチュリアン・リポート』『天子蒙塵』は未読。


12 鬼龍院花子の生涯 宮尾登美子 文春文庫
13 紀ノ川      有吉佐和子 新潮文庫
 宮尾さんは昭和元年生まれ、有吉さんは昭和6年で、じつは宮尾さんのほうが年長なのだが、ぼくなんかの感じだと、有吉さんの名は幼い頃から知ってたけれど、宮尾さんの名はだいぶ後になってから聞いた気がする。有吉さんが早熟でありすぎたために、デビューがずっと早かったせいだ。
 ここに挙げた二作にしても、『紀ノ川』執筆当時の有吉さんはまだ20代、いっぽう「鬼龍院」執筆時の宮尾さんはすでに50の坂を越えた中堅だった。ゆえに綿密さ、重厚さにおいて「鬼龍院」のほうが読みごたえはあるのだけれど、しかし絶大な才能をもった女性作家が故郷を舞台に描いた叙事詩(的長編)として、ぼくのなかでは両者は対になっている。
 宮尾さんには大正~昭和前期の土佐に材をとった秀作がほかにたくさんあるのだが、ぼくがことのほかこの作品を好むのは、高校生の時に観た五社英雄監督、夏目雅子・仲代達矢主演の映画の記憶が今もなお鮮烈だからだ。
 有吉さんはなにしろ多才だったので色々なジャンルに手を出した。そして53歳で亡くなってしまった。「川」シリーズとしては『有田川』『鬼怒川』『日高川』があるが、それらが『紀ノ川』の達成を凌駕しているといえるかどうかは判断が難しい。願わくばもっと長生きして、円熟の筆で新たな「川もの」を書いていただきたかった。


14 不毛地帯 1~5 山崎豊子 新潮文庫
 大本営の作戦立案参謀であった旧大日本帝国陸軍中佐が、シベリア抑留からの帰還ののち、総合商社にスカウトされ、商社マンとして高度成長期の国際社会で新たな戦いに挑む……。主人公のモデルには瀬島龍三が取り沙汰されるが、生前の作者はそれを否定していた……という挿話はウィキペディアにも載っている。山崎さんのような社会派には、モデル論争はどうしても付いて回る。これは骨太の企業小説であるとともに、戦中の日本と戦後ニッポンとを架橋する一種の日本人論・日本社会論ともいえるのではないか。





「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その①

2023-08-02 | 物語(ロマン)の愉楽
 指折り数えればじつに6年ぶりの第2弾。月日の経つのはまことに早い。前回の「『これは面白い。』と心底思った……」から「心底」の一語を抜いて、その分だけハードルが下がった。例によっていろんなジャンルが渾然となっているけれど、総じて前回よりはエンタメ寄りで、一般受けするリストになっていると思う。とりあえず10作めまで。あとは、随時ぼちぼち書き足していきます。










01 海賊女王 上 下 皆川博子 光文社文庫
 いまのぼくにとり、古今東西、あらゆる作家の中での最高峰が皆川さん。前に『聖餐城』をリストアップしたので、面白さにおいて双璧と思えるこちらのほうを挙げておきましょう。


 02 聖痕 筒井康隆 新潮文庫
 筒井作品はあらかた読んできたけれど、ぼくにとってのザ・ベスト・オブ・ツツイはこれ。この作家の美質がぜんぶ詰まっている。読みながら、「ああ、日本語でここまでのことができるのか……。」とナミダが滲んできたものだ。


 03 許されざる者 上 下 辻原登 集英社文庫
 同タイトルの映画が名高いが、同タイトルの小説も何作か出ている。ここに挙げるのは辻原登さんのもの。20世紀初頭、和歌山の新宮をモデルにした架空の町「森宮(しんぐう)」を舞台におくる虚実皮膜の歴史絵巻。もちろん根底には大逆事件がある。


 04 戦争と平和 1~6 望月哲男・訳 光文社古典新訳文庫
 高1のとき挫折したこの歴史的大作、新訳できちんと読んだらべらぼうに面白かった。追随するにせよ反発するにせよ、全作家にとっての長編小説の教科書だろう。それにしても、「あらためて文学と向き合う。」シリーズぜんぜん進んでない。というか、ブログの更新そのものができてない。やれやれ。


 05 さよなら、愛しい人 チャンドラー 村上春樹・訳 ハヤカワ文庫
 ハルキ訳のマーロウものはどれも素晴らしく、冗談抜きで、春樹さん本人の作品よりもずっといいと思う。中でも『ロング・グッドバイ』が最高だけど、すでに前回リストアップ済なので今回はこちら。


 06 戒厳令の夜 上 下 五木寛之 講談社文庫(電子書籍)
 前回のリストには五木寛之が漏れていた。戦後日本を代表するエンタメの大家なのになあ。この人の作品も若い時分にけっこう読んだけど、これが断然面白かった。長らく絶版扱いだったが、近年になって電子で復刊されたのでリストアップ。


 07 一分ノ一 上 中 下 井上ひさし 講談社文庫
 同じく戦後日本を代表するエンタメの大御所。文庫本三巻に及ぶ浩瀚なボリュームながら、これでも未完。ほかにも未完の作があるようだから、「遺作」と呼べるかどうかはわからないけれど、最後の作品のひとつであるのは間違いない。敗戦後、アメリカではなくソ連の統治下に置かれたニッポンの悲喜劇。ひさし流の風刺と諧謔が横溢するSF大作。


 08 新潮現代文学73 野坂昭如 火垂るの墓/骨餓身峠死人葛ほか 新潮社
 前回もリストアップしたけれど、五木、ひさしとくれば、どうしてもこの作家を逸するわけにいかない。これは脂の乗りきっていたころのノサカ世界を一望できる絶好のアンソロジーだった。収録作品はほかに「エロ事師たち」「マッチ売りの少女」「娼婦焼身」「アメリカひじき」「垂乳根心中」「浮世一代女」「紅あかり」「姦」「地底夢譚」「砂絵呪縛後日怪談」。解説は長部日出雄。


 09 流転の海 1~9 宮本輝 新潮文庫
 前回もリストアップしたけれど、あのときは3巻までしか読んでなかった。やはり全9巻を通読し、日本の戦後史とあわせて熊吾の半生に最期まで付き合ってこその「流転の海」である。


 10 満州国演義 1~9 船戸与一 新潮文庫
 「演義」とは『三国志演義』のあの演義で、「歴史の事実を面白く脚色し俗話を交えて平易に述べた小説」のこと。外交官(長男)、馬賊(次男)、将校(三男)、左翼学生~特務機関員ほか(四男)の道を進んだ架空の4兄弟を軸に、満州事変から第二次大戦終結までの日本と中国大陸とを描く大河ロマン……なのだが、それだけに留まらず、あの日中戦争を学ぶ上での生きた教材ともなっている。



皆川博子(の小説)について02

2023-05-13 | 物語(ロマン)の愉楽


「少年の日に夢見た「本物の文学」という幻に、今日、出逢ってしまいました。
パンドラの匣に残された最後の希望のような言葉の冒険。」


☆☆☆☆☆☆☆


 これは歌人の穂村弘さんによる、皆川博子最新作(2023年5月刊)『風配図 WIND ROSE』のための推薦文なんだけど、「パンドラの匣」うんぬんはともかく、「長らく夢に見ていた『本物の文学』という幻に出逢ってしまった。」という感慨はわかる気がする。すでに数年まえ、『聖餐城』(光文社文庫)を読んださい、「あっ。これこそオレがずっと読みたかった小説じゃないか!」と思ったからだ。のっけから引用ばかりになって恐縮だけど、先ごろ逝去された大江健三郎が、かつて山口昌男『本の神話学』の中公文庫版(昭和52年刊。高校の帰りにいつも寄っていた書店街の本屋で買ったこの本を、ぼくは何度読み返したかわからない)の解説の冒頭で「僕は山口昌男の『文化の両義性』」に豊かな刺戟をあたえられた。読みすすめながらしばしば茫然として、この書物こそがこの十年近い間、はっきりとそう対象化してではないが、それゆえにより根底から待ち望み、必要としていたものだと感じた。」と書いていらした。『聖餐城』を半分くらいまで読み進めたあたりで、その一文がしぜんと脳裏に浮かんできたのを覚えている。




記録に決して残らない「が、あったはず!」の歴史的瞬間。
虐げられし者たちが織り成す、魂の生存を賭けた「智」の連鎖。
時を超えて掘り出されるその昏き光彩、まさに圧巻!


☆☆☆☆☆☆☆


 こちらは、ドイツ人の翻訳家/文筆家マライ・メントラインさんによる、同じく『風配図 WIND ROSE』への推薦文。さすがに鮮やかなもので、簡潔ななかに皆川ロマンの魅力をほぼ言い尽くしている。ひとびとの……それこそ「名もなき」庶民の日々の営み、苦しみ、ごく稀に訪れる仄かな歓び。皆川博子の筆先は、歴史の教科書はもとより、月並みな歴史小説さえけして届かないような細やかな襞の奥にまで及ぶのだ。そして主人公に選ばれるのは、その中でもとりわけ「虐げられし者たち」……。ぼくは『風配図 WIND ROSE』はまだ読んでいないのだけれど、『聖餐城』の主人公アディにしても、これと同じくらい好きな『海賊女王』のアランにしても、少年のころより戦闘の中に身を投じ、血みどろになって日々を送り、齢を重ねていく。否も応もない。そうしなければ生き延びられないからだ。そのぎりぎりの限界状況は、生々しいリアリティに満ちた歴史の1ページでありながら、同時にまた、濃縮され、いくぶんか戯画化されたぼくたちの生の暗喩でもある。だからこんなに惹きつけられる。


☆☆☆☆☆


参考資料


 「皆川博子コレクション」初刊行時の帯に付けられていた惹句の数々。錚々たる面子による名文ぞろいなのだが、なぜか今はネットから消え失せているので、参考のためにここに写しておきます。






「成熟した大人と、恐るべき子供の、双頭の女流作家。
読みながら、翻弄されて、自分が何者なのか──大人か子供か、男か女か──さえ、どんどんわからなくなってしまう。
苦しくて。甘くて。
そして、魔物に魅入られた村人のように、わたしは彼の人の本をまたフラフラと手に取るのだ。」


桜庭一樹




「長い間、図書館の開架に押しこめられていた恐るべき傑作が戻ってきた。
 1976年第76回直木賞、栄光の落選作。
 選考委員の器を完全に凌駕していた。
 再読し、作品世界の大きさ深さに、あらためて打ちのめされる。」


 篠田節子
(これは、「夏至祭の果て」に附されたものです。)




「少年たちの運命を目撃せよ。
 歴史という災厄になすすべもなく引き寄せられていく彼らは、
 卑小な我々の身代わりとして、幾たびも神に捧げられる供物であり、
 皆川博子が人間という宿命に献じた祈りなのだ。」


 恩田陸
(これは、「海と十字架」に附されたものです。)




「巨大な虚無を覗き見よ。
 登場人物は、女も男も子供も、正気を逸して孤独に生きる。
 狂気のみが、死という虚無に抗えることを知っているから。
 この逆説を説く皆川博子の裡には、茫漠たる荒野が広がっているのだろう。」

桐野夏生




「口を閉ざせ。
 目を見開け。
 今ぞ我らが夜の女王の再臨のとき。
 あらゆるロジックを無化する黒き翼に、ひらめく天衣は七彩、メビウスの帯。
 闇に咲くは紅の────
 椿、牡丹、
 否よ。
 あれは聖杯より滴る血潮、
 あふれる蜜。」


篠田真由美





皆川博子(の小説)について01

2023-05-11 | 物語(ロマン)の愉楽
 昨年7月8日のあの事件いこう、すこし熱に浮かされたようになって、主に戦後日本の政治(それはほぼ「米日関係」のありようそのものでもあるのだが……)にかかわる本を読みあさり、いっぱいブログの記事も書いたけれども、直近の統一地方選などの結果を見て、あらためて現状にゼツボーをおぼえ、憑き物が落ちた感じになった。「当分のあいだ政治向きの話はご勘弁」という心境なのだ。日課であった政治系ツイートの閲読をやめたのは、前回の記事のとおり、イーロン・マスクの方針に対する反発もあるけれど、むしろそちらの理由が大きいかもしれない。
 それで、このところ、世情に疎くなっている。
 わが家は新聞を購読しておらず、テレビもほとんど見ないので、こちらから進んでアクセスせぬかぎり、日々の情報を遮断していられる。無人島にいるようなものである。「それはそれでどうなのよ?」とも思うが、気分がとても平穏なのは確かだ。
 ある日ふと気づいたら、「消費税が80%になりました。」とか「本日より徴兵制が始まります。」という話になっていて、慌てふためくことになるのやも知れぬが、さすがにまあ、それまでには戻ってくると思う。
 さて。戦後政治史とか、現状の社会分析といった本から遠ざかったからといって、さりとて読書のほかに趣味もないので、やはり本を読むのだけれど、こうなるとやっぱり、赴く先は文学以外にない。
 「戦後短篇小説再発見」のカテゴリも中断して久しいし、「あらためて文学と向き合う。」も宙ぶらりんになっているけれど、いまは皆川博子さんの小説にしか興味が向かないので、それについて書きましょう。


 本年の3月9日に、「皆川博子・作品リスト(不完全版 2010年代初頭あたりまでのもの)」なる記事を上げたが、あれは昔ネットから頂いたリストを引き写しただけで、ぼく自身の文章とはいえない。たっぷりと補足が必要である。
 皆川さんは、その50年を超えるキャリアにおいて、ミステリー、時代/歴史小説(その中には伝奇色の濃いものと丁寧なリアリズムで紡がれたものとの両方がある)、幻想小説、ときにホラーと、多岐にわたって長編・中編・短編を発表してこられたが、ぼくがトリコになっているのは1997(平成9)年の『死の泉』(ハヤカワ文庫)以後の、ヨーロッパが舞台となったロマンなのだった。


 作品名を上げれば、




 死の泉 1997 ハヤカワ文庫
 冬の旅人 2002 講談社文庫
 総統の子ら 2003 集英社文庫
 薔薇密室 2004 ハヤカワ文庫
 伯林蝋人形館 2006 文春文庫
 聖餐城 2007 光文社文庫
 開かせていただき光栄です 2011 ハヤカワ文庫
 双頭のバビロン 2012 創元推理文庫
 アルモニカ・ディアボリカ 2013 ハヤカワ文庫
 少年十字軍 2013 ポプラ文庫
 海賊女王 2013 光文社文庫
 クロコダイル路地 2016 講談社文庫
 U(ウー) 2017 文春文庫
 インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー 2021 早川書房
(年号は単行本の刊行年度)




 そしてこのたび、2023年5月、河出書房新社より、『風配図(ふうはいず) WIND ROSE』が上梓された。いずれも文庫本にして400ページを下らぬ長編、『クロコダイル路地』など1000ページ超である。しかも文体は華麗にして稠密、むろん内容もぎっしり詰まって、ひとたびページを開けば「巻を措く能わざる」面白さなのだ(そうはいってもぼくはまだこの作品を読んではいないし、じつは上記のリストの中にも、まだ最後まで読み切っていないものがいくつかあるのだが)。
 このほか2007年に『倒立する塔の殺人』が出ており、これも名品なのだが、舞台が太平洋戦争下の日本で、「ヨーロッパが舞台となった歴史ロマン」という条件に当たらないため除かせていただいた。
 なお、1999年から2000年にわたって連載された『碧玉紀(エメラルド)』という作品があり、現状、なぜか未書籍化とのこと。『死の泉』以降の「ヨーロッパが舞台となった歴史ロマン」は、これで全ての筈である。


つづく


皆川博子・作品リスト(不完全版 2010年代初頭あたりまでのもの)

2023-03-09 | 物語(ロマン)の愉楽
 西欧の近代社会で生まれ、明治期に日本が輸入した「小説」という制度は、坪内逍遥・二葉亭四迷から始まり、漱石・鴎外らを経て現在に至っているが(我ながらおそろしく荒っぽい要約だとは思うが、先を急ぐのでご寛恕のほど)、文学史的に「正系」とされるその「純文学≒近代/現代小説」とはまた別の領域に、「物語(ロマン、と振り仮名をふっておこう)」と呼ぶべきジャンルがある。こちらは「純文学」と違って「とにかく読んで面白い。」のが身上であり、とうぜんながら市場としても「純文学」を凌駕している。早い話、大江健三郎を一切読んだことがない人はいっぱいいても、司馬遼太郎を一作たりとも読んでない人は滅多にいまい。
 いまの日本の作家のうち、物語(ロマン)の作り手として、質量ともに他の追随を許さないのは皆川博子女史だ。ぼくは長らく「純文学」の信奉者で、ずっと「物語(ロマン)」を敬して遠ざけていたため皆川さんを知ることが遅く、或るアンソロジーにて短篇にふれたのが最初の出会いであった。およそ8年まえ、2015(平成27)年のことだ。
 その頃にネットであれこれ調べて、大切なものはワードに移しておいたのだが、前回のPCのクラッシュの折にほとんどが失われてしまった。その中には、もうネット上から消えてしまった情報も少なくない。
 このたびPCを整理していたら、「皆川博子・作品リスト」と題したワード文書が出てきた。わかりやすく一覧になっており、しかも、ずいぶん詳しい。短編集の収録作などもきちんと網羅してある。しかるにこれが、確認したところ、いまネット上では見当たらない。アドレスや出典などを記録していないため、どなたが作成されたものかは不明なのだが、これは文化の向上に資するものだから、ぜひアップしておくべきだと思った。
 ただし、このとおりの事情ゆえ、内容そのものはいささか古い。ほぼ2010年初頭あたりまでの情報である。それと、収録作リストの表記が、行分けであったり、一列にまとめて書き連ねたりと、必ずしも一貫していない。
 皆川さんはこの後も連載を抱え、精力的に新作を発表し続けておられるし(その多くが重量級の長編で、もちろん、ほとんどが書籍として刊行されている)、文庫化されていない初期~中期の作品を集めた「皆川博子コレクション」なる選集も日下三蔵氏によって企画された。いちど絶版になったものの、他の出版社で復刊した作品もあれば、電子書籍化も進んでいる。
 本来ならば、そういったことも加えてより充実したリストに仕上げてアップするのが望ましいのだが、なかなか時間も取れないし、そうこうするうちまたPCが壊れでもしたらばかばかしいので、とりあえずの処置であります。
 そもそも皆川作品について何かしら記事を書きたいと思いつつ、何年も果たせないでいるのが実情なのだ。対象が巨きすぎるとそうなる。このリストを一瞥するだけでも、その巨きさの片鱗がうかがえるのではないか(初期のころの作品には、○○殺人事件といった、いかにも安手のミステリっぽい表題が多いけれども、これはシン・ゴジラでいうところの「第一形態」で、あとになるほど、文体も中身も桁違いに凄くなっていく)。






☆☆☆☆☆☆☆






<凡例>


番号
『題名』
作品備考
刊行年  表 題   出版社 出版形態   収録作品 

01
『海と十字架』
初単行本 児童向け長篇歴史小説
1972/10 海と十字架 偕成社(少年少女創作文学) 『海と十字架』
1983/10 海と十字架 偕成社文庫 『海と十字架』
2002/02 皆川博子作品精華 伝奇 時代小説編 白泉社 『海と十字架』収録

02
『トマト・ゲーム』
「トマト・ゲーム」は第70回直木賞候補作品 「アルカディアの夏」は第20回小説現代新人賞受賞
1974/03 トマト・ゲーム 講談社 「トマト・ゲーム」「アルカディアの夏」「獣舎のスキャット」「漕げよマイケル」「蜜の犬」
1981/12 トマト・ゲーム 講談社文庫 「トマト・ゲーム」「アイデースの館」「遠い炎」「アルカディアの夏」「花冠と氷の剣」「漕げよマイケル」

03
『ライダーは闇に消えた』
初の長篇ミステリー作品
1975/03 ライダーは闇に消えた 講談社 『ライダーは闇に消えた』

04
『水底の祭り』

1976/06 水底の祭り 文藝春秋 「水底の祭り」「牡鹿の首」「紅い弔旗」「鏡の国への招待」「鎖と罠」
1986/12 水底の祭り 文春文庫 「水底の祭り」「牡鹿の首」「紅い弔旗」「鏡の国への招待」「鎖と罠」

05
『夏至祭の果て』
第76回直木賞候補作品
1976/10 夏至祭の果て 講談社 『夏至祭の果て』

06
『祝婚歌』

1977/05 祝婚歌 立風書房 「疫病船」「魔術師の指」「遠い炎」「海の耀き」「祝婚歌」

07
『薔薇の血を流して』

1977/12 薔薇の血を流して 講談社 「鳩の塔」「薔薇の血を流して」「モンマルトルの浮彫」
1986/09 薔薇の血を流して 徳間文庫 同上
1996/05 薔薇の血を流して 講談社文庫 同上

08
『光の廃墟』

1978/04 光の廃墟 文藝春秋 『光の廃墟』
1998/07 光の廃墟 文春文庫 『光の廃墟』

09
『冬の雅歌』

1978/11 冬の雅歌 徳間書店 『冬の雅歌』

10
『花の旅 夜の旅』

1979/12 花の旅 夜の旅 講談社 『花の旅 夜の旅』
1986/12 奪われた死の物語 講談社文庫 『花の旅 夜の旅』改題
2001/08 花の旅 夜の旅 扶桑社文庫昭和ミステリ秘宝 『花の旅 夜の旅』に復題。併録『聖女の島』

11
『彼方の微笑』

1980/01 彼方の微笑 集英社 『彼方の微笑』
2003/06 彼方の微笑 創元推理文庫 『彼方の微笑』

12
『虹の悲劇』

1982/01 虹の悲劇 トクマノベルズ 『虹の悲劇』
1987/01 虹の悲劇 徳間文庫 『虹の悲劇』

13
『炎のように鳥のように』

1982/05 炎のように鳥のように 偕成社(偕成社の創作文学) 『炎のように鳥のように』
1993/08 炎のように鳥のように 偕成社文庫 『炎のように鳥のように』

14
『霧の悲劇』

1982/09 霧の悲劇 トクマノベルズ 『霧の悲劇』
1989/08 霧の悲劇 徳間文庫 『霧の悲劇』

15
『巫女の棲む家』

1983/03 巫女の棲む家 中央公論社C★NOVELS 『巫女の棲む家』
1985/08 巫女の棲む家 中公文庫 『巫女の棲む家』

16
『知床岬殺人事件』

1984/01 知床岬殺人事件 講談社ノベルス 『知床岬殺人事件』(副題に「~流氷ロケ殺人行」)
1987/02 知床岬殺人事件 講談社文庫 『知床岬殺人事件』

17
『相馬野追い殺人事件』

1984/07 相馬野追い殺人事件 トクマノベルズ 『相馬野追い殺人事件』
1990/05 相馬野追い殺人事件 徳間文庫 『相馬野追い殺人事件』

18
『壁 旅芝居殺人事件』
第38回日本推理作家協会賞長編賞受賞作品
1984/09 壁 旅芝居殺人事件 白水社 『壁 旅芝居殺人事件』
1987/09 旅芝居殺人事件 文春文庫 『壁 旅芝居殺人事件』「瑠璃燈」「奈落」「雪衣」「黒塚」「楽屋」「花刃」
1984/09 壁 旅芝居殺人事件 双葉文庫(日本推理作家協会賞受賞作全集) 『壁 旅芝居殺人事件』

19
『愛と髑髏と』

1985/01 愛と髑髏と 光風社出版 「風」「悦楽園」「猫の夜」「人それぞれに噴火獣」「舟歌」「丘の上の宴会」「復讐」「暁神」
1991/11 愛と髑髏と 集英社文庫 同上

20
『光源氏殺人事件』

1985/06 光源氏殺人事件 講談社ノベルス 『光源氏殺人事件』(副題に「~古典に隠された暗号文」)
1992/07 光源氏殺人事件 講談社文庫 『光源氏殺人事件』

21
『恋紅』
第95回直木賞受賞作品
1986/03 恋紅 新潮社 『恋紅』
1989/04 恋紅 新潮文庫 『恋紅』
1994/04 恋紅(上下) 埼玉福祉会 『恋紅』(大活字本)

22
『世阿弥殺人事件』

1986/03 世阿弥殺人事件 トクマノベルズ 『世阿弥殺人事件』
1994/07 世阿弥殺人事件 徳間文庫 『世阿弥殺人事件』

23
『妖かし蔵殺人事件』

1986/04 妖かし蔵殺人事件 中央公論社C★NOVELS 『妖かし蔵殺人事件』
1989/10 妖かし蔵殺人事件 中公文庫 『妖かし蔵殺人事件』

24
『会津恋い鷹』

1986/09 会津恋い鷹 講談社 『会津恋い鷹』
1993/08 会津恋い鷹 講談社文庫 『会津恋い鷹』

25
『忠臣蔵殺人事件』

1986/12 忠臣蔵殺人事件 トクマノベルズ 『忠臣蔵殺人事件』
1993/12 忠臣蔵殺人事件 徳間文庫 『忠臣蔵殺人事件』

26
『殺意の軽井沢・冬』

1987/07 殺意の軽井沢・冬 祥伝社ノン・ポシェット 『殺意の軽井沢・冬』

27
『花闇』

1987/08 花闇 中央公論社 『花闇』
1992/12 花闇 中公文庫 『花闇』
2002/12 花闇 集英社文庫 『花闇』

28
『変相能楽集』

1988/04 変相能楽集 中央公論社 「景清」「幽れ窓」「夜光の鏡」「冬の宴」「青裳」

29
『北の椿は死を歌う』

1988/04 北の椿は死を歌う 光文社カッパ・ノベルス 『北の椿は死を歌う』
1998/05 闇椿 光文社文庫 『北の椿は死を歌う』改題

30
『聖女の島』

1988/08 聖女の島 講談社ノベルス 『聖女の島』
1994/11 聖女の島 講談社文庫 『聖女の島』
2001/08 花の旅 夜の旅 扶桑社文庫昭和ミステリ秘宝 『聖女の島』『花の旅 夜の旅』
2007/10 聖女の島 講談社ノベルス(綾辻・有栖川復刊セレクション) 『聖女の島』(解説:恩田陸)

31
『二人阿国』

1988/08 二人阿国 新潮社 『二人阿国』

32
『みだら英泉』

1989/03 みだら英泉 新潮社 『みだら英泉』
1991/09 みだら英泉 新潮文庫 『みだら英泉』

33
『顔師・連太郎と五つの謎』

1989/11 顔師・連太郎と五つの謎 中央公論社 「春怨」「笛を吹く墓鬼」「ブランデーは血の香り」「牡丹燦乱」「消えた村雨」

34
『秘め絵燈籠』

1989/12 秘め絵燈籠 読売新聞社 「秘め絵燈籠」「蟹」「忘れ螢」「鬼灯」「小平次」「折鶴忌」「夜の舟」「風供養」「美童」「舞衣」「山路」
2000/12 秘め絵燈籠(上下) 埼玉福祉会 同上(大活字本)

35
『散りしきる花 恋紅・第二部』

1990/03 散りしきる花 新潮文庫 『散りしきる花』

36
『薔薇忌』
第3回柴田錬三郎賞受賞作品
1990/06 薔薇忌 実業之日本社 「薔薇忌」「祷鬼」「紅地獄」「桔梗合戦」「化粧坂」「化鳥」「翡翠忌」
1993/11 薔薇忌 集英社文庫 同上
1995/10 薔薇忌 埼玉福祉会 同上(大活字本)

37
『乱世玉響 蓮如と女たち』

1991/01 乱世玉響 蓮如と女たち 読売新聞社 『乱世玉響 蓮如と女たち』
1995/10 乱世玉響 蓮如と女たち 講談社文庫 『乱世玉響 蓮如と女たち』
1991/01 乱世玉響 蓮如と女たち(上下) 埼玉福祉会 『乱世玉響 蓮如と女たち』(大活字本)

38
『鶴屋南北冥府巡』

1991/02 鶴屋南北冥府巡 新潮社 『鶴屋南北冥府巡』

39
『たまご猫』

1991/05 たまご猫 中央公論社 「たまご猫」「をぐり」「厨子王」「春の滅び」「朱の檻」「おもいで・ララバイ」「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」「雪物語」「水の館」「骨董屋」
1998/01 たまご猫 ハヤカワ文庫JA 同上

40
『絵双紙妖綺譚 朱鱗の家』

1991/09 絵双紙妖綺譚 朱鱗の家 角川書店 「沼太夫」「崖楼の珠」「朱鱗の家」「傀儡谷」「闇彩の女掛」「朧御輿」「水恋譜」「雙笛」「孔雀の獄」「繊夜」「寵蝶の歌」「葬蘰」
1993/07 うろこの家 角川ホラー文庫 同上

41
『幻夏祭』

1991/11 幻夏祭 読売新聞社 『幻夏祭』

42
『化蝶記』

1992/10 化蝶記 読売新聞社 「化蝶記」「月琴抄」「橋姫」「水の女」「日本橋夕景」「幻の馬」「がいはち」「生き過ぎたりや」

43
『妖櫻記』

1993/03 妖櫻記(上・下) 文藝春秋 『妖櫻記』
1997/02 妖櫻記(上・下) 文春文庫 『妖櫻記』

44
『骨笛』

1993/07 骨笛 集英社 「沼猫」「月ノ光」「夢の雫」「溶ける薔薇」「冬薔薇」「噴水」「夢の黄昏」「骨笛」
1996/11 骨笛 集英社文庫 同上

45
『瀧夜叉』

1993/12 瀧夜叉 毎日新聞社 『瀧夜叉』
1998/04 瀧夜叉 文春文庫 『瀧夜叉』

46
『妖笛』

1993/12 妖笛 読売新聞社 「妖笛」「七本桜」「殺生石」「二人静」「松虫」「小袖曽我」「夏一夜」「箸犬」「あらたま草紙」「灼紅譜」

47
『あの紫は わらべ唄幻想』

1994/05 あの紫は わらべ唄幻想 実業之日本社 「薔薇」「百八燈」「具足の袂に」「桜月夜に」「あの紫は」「花折りに」「睡り流し」「雪花散らんせ」

48
『悦楽園』

1994/09 悦楽園 出版芸術社ふしぎ文学館 「まどろみの檻」「疫病船」「水底の祭り」「風狩り人」「聖夜」「獣舎のスキャット」「蜜の犬」「反聖域」「紅い弔旗」「悦楽園」

49
『巫子』

1994/12 巫子 学研ホラーノベルズ 「冬薔薇」「夜の声」「骨董屋」「流刑」「山神」「幻獄」「山木蓮」「冥い鏡の中で」「巫子」
2000/12 巫子 学研M文庫 同上

50
『写楽』

1994/12 写楽 角川書店 『写楽』
1996/03 写楽 角川書店 (Asuka comics DX) 『写楽』のコミック版。画・大竹直子
2007/11 写楽 小池書院 『写楽』のコミック版・復刻。画・大竹直子

51
『みだれ絵双紙 金瓶梅』

1995/03 みだれ絵双紙 金瓶梅 講談社 『みだれ絵双紙 金瓶梅』

52
『新・今川記 戦国幻野』

1995/09 新・今川記 戦国幻野 講談社 『新・今川記 戦国幻野』
1998/09 戦国幻野 新・今川記 講談社 『新・今川記 戦国幻野』改題

53
『雪女郎』

1996/01 雪女郎 読売新聞社 「雪女郎」「少年外道」「吉様いのち」「闇衣」「十五歳の掟」「夏の飾り」

54
『花櫓』

1996/07 花櫓 毎日新聞社 『花櫓』
1999/09 花櫓 講談社文庫 『花櫓』

55
『笑い姫』

1997/03 笑い姫 朝日新聞社 『笑い姫』
2000/08 笑い姫 文春文庫 『笑い姫』

56
『妖恋 男と女の不可思議な七章』

1997/07 妖恋 PHP研究所 「心中薄雪桜」「螢沢」「十六夜鏡」「春禽譜」「妖恋」「夕紅葉」「濡れ千鳥」
2004/11 妖恋 埼玉福祉会 同上(大活字本)

57
『死の泉』
第32回吉川英治文学賞受賞作品
1997/10 死の泉 早川書房ハヤカワ・ミステリ・ワールド 『死の泉』
2001/04 死の泉 ハヤカワ文庫JA 『死の泉』

58
『皆川博子集』

1998/04 皆川博子集 リブリオ出版 「ガラスの柩」「花刃」「木蓮寺」「化蝶記」「朱の檻」(大活字本)

59
『ゆめこ縮緬』

1998/05 ゆめこ縮緬 集英社 「文月の使者」「影つづれ」「桔梗闇」「花溶け」「玉虫抄」「胡蝶塚」「青火童女」「ゆめこ縮緬」
2001/04 ゆめこ縮緬 集英社文庫 同上

60
『結ぶ』

1998/11 結ぶ 文藝春秋 「結ぶ」「湖底」「水色の煙」「水の琴」「城館」「水族写真館」「レイミア」「花の眉間尺」「空の果て」「川」「蜘蛛時計」「火蟻」「UBuMe」「心臓売り」

61
『朱紋様』

1998/12 朱紋様 朝日新聞社 「雨夜叉」「影かくし」「炎魔」「朱紋様」「雲母橋」「恋すてふ」「露とこたへて」「木蓮寺」「仲秋に」「春情指人形」「みぞれ橋」

62
『鳥少年』

1999/10 鳥少年 徳間書店 「火焔樹の下で」「卵」「血浴み」「指」「黒蝶」「密室遊戯」「坩堝」「サイレント・ナイト」「魔女」「緑金譜」「滝姫」「ゆびきり」「鳥少年」

63
『溶ける薔薇』

2000/02 溶ける薔薇 青谷舎 女流ミステリー作家シリーズ1 「遠い炎」「化鳥」「水の館」「溶ける薔薇」「殺生石」「暁けの綺羅」「花折に」

64
『摂 美術、舞台そして明日』

2000/09 摂 美術、舞台そして明日 毎日新聞社 『摂 美術、舞台そして明日』(ノンフィクション)

65
『ジャムの真昼』

2000/10 ジャムの真昼 集英社 「森の娘」「夜のポーター」「ジャムの真昼」「おまえの部屋」「水の女」「光る輪」「少女戴冠」

66
『皆川博子作品精華 迷宮 ミステリー編』

2001/10 皆川博子作品精華 迷宮 ミステリー編 白泉社 「漕げよマイケル」「蜜の犬」「紅い弔旗」「地獄の猟犬」「水底の祭り」「疫病船」「火焔樹の下で」「私のいとしい鷹」「舟唄」「反聖域」「夜の深い淵」「孤独より生まれ」「ラプラスの悪魔」「黒塚」「春の滅び」「化粧坂」「水の館」「廃兵院の青い薔薇」(編集:千街晶之)

67
『皆川博子作品精華 幻妖 幻想小説編』

2001/12 皆川博子作品精華  幻妖 幻想小説編 白泉社 「風」「景清」「月琴抄」「文月の使者」「水の女」「桔梗闇」「あの紫は」「丘の上の宴会」「幽れ窓」「月ノ光」「空の色さえ」「祷る指」「ゆびきり」「メリーゴーラウンド」「流刑」「骨董屋」「たまご猫」「をぐり」「冬の宴」「カッサンドラ」「エレエヌ」「お七」「トリスタン」「花の眉間尺」「猫の夜」「UBuMe」「砂嵐」「結ぶ」「雪花散らんせ」「ひき潮」(編集:東雅夫)

68
『皆川博子作品精華 伝奇 時代小説編』

2002/01 皆川博子作品精華  伝奇 時代小説編 白泉社 『朱鱗の家』(「沼太夫」「崖楼の珠」「朱鱗の家」「傀儡谷」「闇彩の女掛」「朧御輿」「水恋譜」「雙笛」「孔雀の獄」「繊夜」「寵蝶の歌」「葬蘰」)「俗謡 大和撫子怨み節」「渡し舟」「風の猫」「泥小袖」「土場浄瑠璃の」「黒猫」「清元 螢沢」『海と十字架』(編集:日下三蔵)

69
『冬の旅人』

2002/05 冬の旅人 講談社 『冬の旅人』
2005/04 冬の旅人(上下) 講談社文庫 『冬の旅人』

70
『総統の子ら』

2003/10 総統の子ら 集英社 『総統の子ら』
2006/12 総統の子ら(上・中・下) 集英社文庫 『総統の子ら』

71
『猫舌男爵』

2004/03 猫舌男爵 講談社 「水葬楽」「猫舌男爵」「オムレツ少年の儀式」「睡蓮」「太陽馬」

72
『薔薇密室』

2004/09 薔薇密室 講談社 『薔薇密室』
2012/04 薔薇密室 ハヤカワ文庫 『薔薇密室』

73
『蝶』

2005/12 蝶 文藝春秋 「空の色さえ」「蝶」「艀」「想ひ出すなよ」「妙に清らの」「龍騎兵は近づけり」「幻燈」「遺し文」
2008/12 蝶 文春文庫 同上

74
『絵小説』
画:宇野亞喜良
2006/07 絵小説 集英社 「赤い蝋燭と……」「美しき五月に」「沼」「塔」「キャラバン・サライ」「あれ」

75
『伯林蝋人形館』

2006/08 伯林蝋人形館 文藝春秋 『伯林蝋人形館』(以上全て蝋は正字)
2009/08 伯林蝋人形館 文春文庫 『伯林蝋人形館』(以上全て蝋は正字)

76
『聖餐城』

2007/04 聖餐城 光文社 『聖餐城』
2010/04 聖餐城 光文社文庫 『聖餐城』

77
『倒立する塔の殺人』

2007/11 倒立する塔の殺人 理論社ミステリーYA! 『倒立する塔の殺人』
2011/12 倒立する塔の殺人 PHP文庫 『倒立する塔の殺人』

78
『少女外道』

2010/05 少女外道 文藝春秋 「少女外道」「巻鶴トサカの一週間」「隠り沼の(こもりぬまの)」「有翼日輪」「標本箱」「アンティゴネ」「祝祭」

79
『開かせていただき光栄です』

2011/07 開かせていただき光栄です DILATED TO MEET YOU 早川書房ハヤカワ・ミステリ・ワールド 『開かせていただき光栄です DILATED TO MEET YOU』

80
『マイマイとナイナイ』
宇野 亜喜良:絵  東 雅夫:編
2011/10 マイマイとナイナイ 岩崎書店 怪談えほん 『マイマイとナイナイ 』

81
『双頭のバビロン』

2012/04 双頭のバビロン 東京創元社 『双頭のバビロン』

82
『ペガサスの挽歌』

2012/10 ペガサスの挽歌 烏有書林 ──シリーズ 日本語の醍醐味(4) 初期児童文学作品(「花のないお墓」「コンクリ虫」「こだま」「ギターと若者」)「地獄のオルフェ」「天使」「ペガサスの挽歌」「試罪の冠」「黄泉の女」「声」「家族の死」「朱妖」






皆川博子作品精華「幻妖」―幻想小説編



景清
月琴抄
文月の使者
水の女
桔梗闇
あの紫は
丘の上の宴会
幽れ窓
月ノ光
空の色さえ
祷る指
ゆびきり
メリーゴーラウンド
流刑
骨董屋
たまご猫
をぐり
冬の宴
カッサンドラ
エレエヌ
お七
トリスタン
花の眉間尺
猫の夜
U Bu Me
砂嵐
結ぶ
雪花散らんせ
ひき潮






『皆川博子作品精華 迷宮 ミステリー編』

2001/10 皆川博子作品精華 迷宮 ミステリー編 白泉社 「漕げよマイケル」「蜜の犬」「紅い弔旗」「地獄の猟犬」「水底の祭り」「疫病船」「火焔樹の下で」「私のいとしい鷹」「舟唄」「反聖域」「夜の深い淵」「孤独より生まれ」「ラプラスの悪魔」「黒塚」「春の滅び」「化粧坂」「水の館」「廃兵院の青い薔薇」(編集:千街晶之)

67
『皆川博子作品精華 幻妖 幻想小説編』

2001/12 皆川博子作品精華  幻妖 幻想小説編 白泉社 「風」「景清」「月琴抄」「文月の使者」「水の女」「桔梗闇」「あの紫は」「丘の上の宴会」「幽れ窓」「月ノ光」「空の色さえ」「祷る指」「ゆびきり」「メリーゴーラウンド」「流刑」「骨董屋」「たまご猫」「をぐり」「冬の宴」「カッサンドラ」「エレエヌ」「お七」「トリスタン」「花の眉間尺」「猫の夜」「UBuMe」「砂嵐」「結ぶ」「雪花散らんせ」「ひき潮」(編集:東雅夫)

68
『皆川博子作品精華 伝奇 時代小説編』

2002/01 皆川博子作品精華  伝奇 時代小説編 白泉社 『朱鱗の家』(「沼太夫」「崖楼の珠」「朱鱗の家」「傀儡谷」「闇彩の女掛」「朧御輿」「水恋譜」「雙笛」「孔雀の獄」「繊夜」「寵蝶の歌」「葬蘰」)「俗謡 大和撫子怨み節」「渡し舟」「風の猫」「泥小袖」「土場浄瑠璃の」「黒猫」「清元 螢沢」『海と十字架』(編集:日下三蔵)












現代詩殺人事件 ポエジーの誘惑 (光文社文庫)




(収録作品)オフィーリアの埋葬(大岡昇平)/才子佳人(武田泰淳)/中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃(三島由紀夫)/『私が犯人だ』(山口雅也)/髪切虫(夢野久作)/変装綺譚(牧野信一)/冥府燦爛(塚本邦雄)/エピクロスの肋骨(澁澤龍彦)/あの紫は(皆川博子)/パセリ・セージ・ローズマリーそしてタイム(竹本健治)/銀河四重奏のための6つのバガテル(佐藤弓生)/詩人の生涯(安部公房)/十二号(小沼丹)/永遠の旅人(倉橋由美子)/干からびた犯罪(中井英夫)/海(なだいなだ)/大きな赤い太陽(柘植光彦)/いちめんのなのはな(出久根達郎)/犯人(太宰治)




短歌殺人事件


•アイボリーの手帖 / 仁木悦子
•たづたづし / 松本清張
•明治村の時計 / 戸板康二
•葡萄果の藍暴き昼 / 赤江瀑
•戻り川心中 / 連城三紀彦
•杜若の札 / 海渡英祐
•魔窟の女 / 伊井圭
•野山獄相聞抄 / 古川薫
•お七 / 皆川博子
•復讐の美学 / 寺山修司
•月の都 / 倉橋由美子




朝日新聞社 恋物語

格子戸の内
人ちがい
早春の香り
お見合い(古井由吉)
誕生
クラゲ


柳絮(増田みず子)
白い言葉
帰り道
恋の時間
初恋(連城三紀彦)
雑草の庭
初夏の向日葵
胡蝶蘭の夢(大原まり子)

プレゼント
鉛筆
お守り(清水義範)
ぼたん
ばか
運命の恋人
川(川上弘美)
椿の寺
夜の向日葵
コスモス街道
冬の紅葉(辻井喬)
早朝の散歩
内緒
三年目
ピンポン(乃南アサ)


風(赤江瀑)
カッサンドラ
エレエヌ
お七
トリスタン(皆川博子)
道祖神
聖バレンタイン
おくどさん
ひっぱり地蔵(芦原すなお)
夢の歌

級友
マルハナバチ(津島佑子)



後藤明『世界神話学入門』(講談社現代新書)をめぐって。

2020-01-23 | 物語(ロマン)の愉楽
 本書の表紙画像を貼り付けようと思ったが、その絵というのが例のあのモローの描いたオルフェウス(の首)であり、「ショッキング。」と感じる方もおられるやも知れぬのでやめることにした。あの仮借なき残酷さもまた、神話のもつ重要な機能のひとつではあるのだが……。




☆☆☆☆☆




 前回の記事の冒頭ではあんなことを述べたけれども、引用なり確認のために書籍の一節を参照しようとして、「あれ? どの本で見たんだっけ?」と探し回ることのほうがじっさいには多い。だいたいぼくの読書というのは、なにかを読んでいる途中で他の本に移り、さらにまたそこから他の本に、といった具合にどんどん逸脱していくので、つねに数冊あるいは十数冊くらいが同時に起動している。だから初めのほうで読んでたやつが紛れてしまったり、そもそも何を読んでいたかすら失念するのもしょっちゅうだ。
 それでも昔なら「あの本のあそこら辺に載ってたぞ。」と目星をつけてページを繰ったらたいていは当たっていた。ところが最近はめっきり鈍くなってしまった。探しても見つからぬことのほうが多い。むろん不便だし、記憶があやふやなのはそれだけで気持がわるい。喉元まで出かかってるコトバがどうしても出てこない、あの感じである。困ったもんだ。
 一冊をちゃんと読み上げて内容をきっちり頭に入れてから次の本に移り、それを読み上げて頭に入れてからまた次に……という読み方が正しいのだろう。しかし逸脱型、あるいは遊弋型の読み方であっても頭脳さえ明晰であれば本当はそんなに混沌とはしないはずである。情報をきちんと仕分けして然るべき場所に関連付けて置いていき、古くなったもの、おかしなものはさっさと捨て、常に全体をきれいに整理していれば、それで問題はないはずなのだ。そういうことができぬのは、もともとのアタマの性能がわるいので、情けないけどしょうがない。
 神話のことを考えていると、どうしても、人類の発生について意識が向く。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』(上下・河出書房新社)は未読なので、当面の参考書は出口治明さんの『全世界史』(上・新潮文庫)と『人類5000年史Ⅰ』(ちくま新書)だ。出口さんは元ビジネスマンだが、驚くべき知的好奇心の持ち主で、もっぱら歴史にまつわる膨大な文献を(いわゆる一次資料ではなく、専門書を含む一般書だけど)読破して、その精髄(エッセンス)をわかりやすく叙しておられる。
 「恐るべきアマチュアとしての知識人」とでもいうべき方だけれども、この方の叙述は①西洋史・東洋史といった愚かしき区分に囚われず、人類全体の物語として歴史を把握すること。②事象相互の因果関係がきわめて明晰で、「かくかくの理由によってこうなった。」という流れがよくわかり、無味乾燥な事例の羅列に堕さないこと。が特徴である。ようするに、面白いのだ。
 だいたい歴史なんてのは面白くて当たり前であり、それをあそこまで詰まらなくする学校の勉強が異常なのだが、おそらくあれは庶民に正しい歴史感覚や歴史意識を身につけさせまいとするお上の差配であろうと思う。そうとでも思わなければ説明がつかない。ともかく、出口さんの著す人類の歴史はそういったものとはぜんぜん違って生き生きしている。




 そして、約七〇〇万年前、アフリカでチンパンジーとの共通祖先からヒトが分かれます。ヒトが誕生したのです。(……中略……)その後のヒト亜族の栄枯盛衰の中で、直立二足歩行を始めて道具を使うようになり、火が発見されて、最終的には、現生人類(ホモ・サピエンス)だけが生き残ったのです(……後略……)。
 約二〇万年前(二五万年前という説もあります)、私たち現生人類が、東アフリカの大地溝帯(グレートリフトバレー)の辺りで誕生しました。そして、約一〇万年前から六万年前にかけて海路アフリカを出発、そこから全世界に、すなわちユーラシア大陸を横断して、ベーリング海峡を渡り、南アメリカの南端にまで拡がっていったと考えられています。




 と、『人類5000年史Ⅰ』には書かれている。本編ではこのあと話は「言語の誕生」から宗教や社会的慣習の成り立ちへと進む。『全世界史』のほうはもっと簡略な記述だが、東アフリカの大地溝帯(グレートリフトバレー)とは今のタンザニア地方であること、当時の人口は五〇〇〇人くらいだったこと、その中の一部がアフリカを出たあとアラビア半島沿いにユーラシアに入り、しばらくそこに留まった後、七万年ほど前にまた旅立ち、その時の人口は五〇万人ていどと推定されている……ことなどが述べられている。




 こういった学説は考古学のみならずDNAの解析技術などの進歩によっても更新されるので、いずれ変わってくるのかもしれないが、当面はこれを目安としておいて間違いはない。
 神話に特化したものとして、2017年に出た後藤明氏の『世界神話学入門』(講談社現代新書)があり、そこでも「人類の起源は七〇〇万年前、ホモ・サピエンスの時代はどれほど遡っても二〇万年前」と書かれているからだ。ぼくの方針として、信頼に足る二人の著者が同じことを述べている際は、その言説は差し当たり「事実」と見なすことにしている。
 この『世界神話学入門』は、「世界各地の神話にかんする学問の入門」ではなく、『「世界神話学」の入門』の含意だ。「世界神話学」という学問ができているのだ。それは従来の「比較神話学」を総合してさらに体系化したもので、まだまだ若いジャンルだが、かなり有望そうである。
 後藤さんの専門は、「海洋人類学および物質文化や言語文化の人類学的研究」となっている。ぼくたちの祖先がアフリカを出て海を渡るにあたり、どのような船を造ったか……といったことにかんする記述が詳しい。文学部のご卒業だがむしろ理系の趣である。ユング派流の元型分類や構造主義的な物語論から「神話」に近づいたぼくには当初いささか違和感があったが、このような実証研究も当然すごく大事なものだとすぐにわかった。
 じっさいこの本、たんに考古学に関心のある人が読んでも面白いだろう。しかしもちろん神話に興味をもっていればよりいっそう面白い。「世界の神話はローラシア型とゴンドワナ型とに大別できる」というのがこの本の主眼である。大林太良さんほかの編纂になる『世界神話事典』(角川選書)をぼくは愛読していて、そこでも各民族の神話はテーマ別に分類されているのだが、たしかに「ローラシア型とゴンドワナ型」なる二通りの仕分けは有効であると思われる。




☆☆☆☆☆




 ぼくはかれこれ10年以上ブログをやってて、このgooブログには5年まえに越してきたのだが、「純文学とは何か?」、換言すれば、「純文学とそれ以外の小説との違いは何か?」というのが一貫してひとつのテーマであった。アニメやゲームと連動した「ライトノベル」の隆盛や、いわゆる「なろう系」の爆発的な流行によって、そのギモンはいよいよ切実なものとなっていたけれど、ここにきて少しずつ自分なりの答に近づきつつあるようだ。
 純文学とは近代小説であり、ライトノベルは神話的な構造をもったファンタジー。そしてその中間のいずれかに(もとより、かなり近代小説寄りの位置に)直木賞系の「大衆小説」がある。当面のあいだはそう見なしておいてよさそうだ。
 純文学は「近代」の産物であり、近代の内実を整えるうえで大きな役割を果たした。現在は市場原理の面では気息奄々というべき状況が続いているが、芥川賞が発表されればニュースで取り上げられるていどのオーラを保ってはいる。のみならず、今後とも果たすべき役割はまだ残っている。
 ただ、それはどれほど射程を長く取ったところでせいぜい280年ほどの歴史しか持たない(紫式部とシェイクスピアとセルバンテスとを除く)。いっぽう「神話」はなにしろ人類の発生とともに古いし、そこに「映像」と「音声」、もっといえば「キャラ」が付与されることで圧倒的な訴求力を発する。商業的に太刀打ちできぬのも宜なる哉だ。

 最後に、半ばは自分のための覚書として、『世界神話学入門』の中から、神話の発生にまつわる人類学的考察を抜き書きさせて頂きましょう。






 このようにアフリカで新たに発生したホモ・サピエンスには認知構造、論理的思考、イメージ化能力、記憶および季節サイクルなどの予測能力など、文化面での急速な進歩が見られた。考古学者のP・メヤーズはその特徴を列挙しているが、筆者(注・後藤氏のこと)の補足を加えて紹介しよう。


 (一)石器製作の変化、とくに剝片石器から、より定型的な石刃製作への移行。一つの石塊から作り出す石器の刃の長さの総計が指数関数的に増加し、効率の良い石材利用ができるようになった。また規格化した石器は作業の規範化、また破損した場合の交換可能性という具合に、作業の効率を増大させた。
 (二)石器の種類の増大、たとえば鑿(のみ)、錐(きり)など現在の大工道具の原型はこの時代に出現したと言われる。作業の各工程に適した道具を選び、使い分けることによって、作業の効率やスピード、そして正確さが増大した。
 (三)骨角器の出現。骨角器の出現は、銛(もり)や釣り針など石器では作るのがむずかしい形態を実現させただけでなく、石器に比べてより細かい彫刻ができるので、立体芸術の発達にもつながっていった。またそのことが、人類のイメージ形成力を増大させた。
 (四)変化の速度の増大や地域差の増大。技術進化が加速度的に増大することはよく知られている。さまざまな分野の技術革新が統合されるからである。また地域差が増大することは、「自分」と「他人」という意識の明確化を意味している。本来の意味における「文化」が出現したと言えるだろう。
 (五)ビーズ、ペンダントなど個人的装飾品の出現。これは自意識の出現と関係しているだろう。自意識は萌芽的な哲学的思考につながるので、それが思考の原型となって神話が生まれたのではないかと考えられる。
 (六)経済および社会構成両面における重大な変化。人類の行動が本質的に社会行動になっていく。一人で語っていても神話は伝達されないのだから、社会的脈絡の中で神話や伝承が語られていく状況が生じたことを意味するだろう。
 (七)表現主義的あるいは自然主義的な芸術的の誕生。それは骨角器の彫刻や洞窟芸術において見られる。このような表現は頭の中にある象徴の外化、そしてモノによる象徴的表現による概念や記憶の保存、という連関的意味を持つ。

 引用ここまで。



 すなわち、ヒトがヒトたりうるためには、「神話」を語り始めることが不可欠だった、ということであろう。



追記)この記事を書いて2年ほどの後、ハラリ氏の『サピエンス全史』を読んだら、やはりそのようなことが書いてあった。人類の文明には、よかれあしかれ「物語」が不可欠であるらしい。