ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 14 友を亡くした女

2018-12-14 | 宇宙よりも遠い場所
 「物語論」の見地からすると、このアニメがとてもシンプルなつくりだってことは、この連載の一回目からずっといってきた。
 「ここではない何処かへ」「喪の仕事」という課題をそれぞれに担う2人のキャラを中心に据えて、そのサイドに2人の補助メンバーを配する。そこから話が組み立てられる。ただ、たしかにキマリと報瀬がメインなんだけど、日向と結月にもちゃんと課題は与えられていて、互いが互いを支えたり、背中を押したりしながら4人で前に進んでいく。そのバランスが絶妙なのだ。
 といって、むろん彼女たちだけでは南極には行けない。大人の中に混じって、文字どおり「便乗」させてもらうわけである。
 第7話「宇宙(そら)を見る船」の舞台はオーストラリアのフリーマントル。ここがほんとの出発地点だ。ここにきて4人は、ついに大人組と本格的に合流する。
 ここの大人たちはけっこうすごい。「民間でプロジェクトを立ち上げて南極に行き、基地で暮らす」という、途轍もない実行力をもった人たちだ(フィクションだから為しうることで、現実にはまず無理じゃないかな)。
 観測船や基地はとうぜん国から払い下げられたものだけど、それにしても大変なことだ。
 南極での活動は、「観測」や「研究」であって、すぐには利益を生み出さない。隊員たちは他のことで生計を立てている。公務員じゃないから、ふだんは別の仕事をやって資金を貯め、「いざ南極。」となったら馳せ参じて、任務に就くわけである(やっぱり、現実にはムリだろうなあ……とぼくは思う)。
 もちろん任意だから、都合がつかなかったら来なくてもいいわけだけど、一回目に参加した人は、今回も全員集まったという。
 作中ではそんなコトバは使われてないけど、これは「同志」と呼ぶのがいちばん近いんじゃないか。
 営利団体ではない。与えられた職務を粛々とこなすだけの組織でもない。
 「夢とロマン」を分かち持つ仲間なのだ。アツい人たちなんである。
 アツくて凄い人たちなんだけど、作中ではまあ、いろいろと抜けてたり、すっとぼけてたりして、みなさん、わりとコミカルに描かれている。それがこのアニメのいいところだ。
 このような、「同志的紐帯」で結ばれた人たちが協働して事を為す、というのも、「物語類型」のひとつである。古くは水滸伝。いや、そもそも三国志だってそうか。新しいところだと、そうだなあ、『七人の侍』? 『オーシャンズ11』? ぜんぜん新しくないな。どうも最近さっぱり映画を観てないもんでね。映画よりむしろ日本のマンガやアニメのほうに、山ほど類例があるだろう。それこそ「麦わらの一味」なんか。
 この作品は大きな称賛に包まれているが、一部には、むろん批判の声もある。その中のひとつに「観測隊の設定にリアリティーが乏しい。」というものがある。たしかに厳密に検証すればムリっぽい部分は見受けられる(ぼくもさっきからそう言っている)。しかし「物語」としてみるならば、まさに正統中の正統なのだ。


 隊員の頭数は、ほぼこのとおりだ。

08話、出航直後の記念撮影より。「2」を象ってるのは、これが2回目のチャレンジだからだろう



 女性隊員も少なくないが、大半が男性である。年長の男性も混じるこのメンバーを束ねるのが、隊長の藤堂吟だ。けして社交的ではなく、ムードメーカーでもないのに(そちらは副隊長の前川かなえが担当している)これだけの重責を担うのだから、さぞ有能なのだろう。とにかく意志の強そうな人だ。むろん、表情はいっけん冷たそうでも、胸の内はアツい人でもある。

船を前にして。貴子を思って俯けていた顔を、きっぱりと上げたところ


 報瀬の母・貴子(CV・茅野愛衣)も、もちろんアツい人だった。夢とロマンのひとだった。
 というか、彼女の情熱があったからこそ、このプロジェクトが立ち上がったわけで、いわば発起人なのだ。

ありし日の貴子。かなえが持ってきた話に目を輝かせる


 話は2人の高校時代にさかのぼる。
 そのころ、藤堂は南極になど何の関心もなく、いうならば貴子に引っ張り込まれたのである。その時の貴子のコトバが、「私、だれも踏んでない雪に足跡つけるの好きなんだよねー。」であったことからも、彼女が骨の髄まで「夢とロマン」のひとだったのは明らかだ。



高校時代の藤堂と貴子。貴子はここで初めて藤堂に南極への夢を語るが、これは01話で報瀬がキマリに「じゃあ、一緒に行く?」と誘ったのと同じ舘林のつつじが岡公園。制服から、この2人が報瀬とキマリの先輩だということがわかる


 詳しい経緯は語られないが、貴子と藤堂は成人ののち、何らかの形で観測隊の一員となり、少なくとも一度は南極に行った。そこで前川かなえと知り合い、意気投合した。日本に帰ってきてから、かなえが「観測船と基地が民間に移譲される。」という話をもってきて、貴子が、やる!と手を挙げたことから、プロジェクト名「南極チャレンジ」が立ち上がったわけだ。
 その貴子が、3年まえ、第1回めの南極行で不帰のひととなった。隊員たちは深甚なショックを受け、スポンサーは次々と撤退していった。


貴子からの最後の通信を受ける


 藤堂、かなえはいうまでもなく、今回の旅に参加するみんなが、その悲しみを背負ってここにいる。
 「同志」を亡くした悲しみだ。
 藤堂にとっては、親友を亡くした悲しみでもある。しかも、自分は隊長だったのだから、たとえ貴子自身の過失による事故だったとしても、一定の責任はある。そんなことよりも何よりも、自責の念というものがある。
 その思いを胸に、「臥薪嘗胆」で3年を過ごし、資金を集め、準備を整え、ようやくここまでこぎ付けた。まさしく「捲土重来」、さいきんの用語でいえば「リベンジ」だ。
 そのリベンジの旅に、亡友の娘が同行する。その胸中はいかばかりか。
 報瀬も内心ふくざつだろうけど、藤堂だって負けず劣らずふくざつだ。
 この第7話いこうは、報瀬と藤堂との関係性の深まりも、大きな見どころになってくる。


 この原稿を書くまえ、ぼくは、「友を亡くした男が、その亡友の息子の導き手となる」という物語類型があると思っていた。そんなハリウッド映画をいっぱい見てきたつもりでいた。ところが、いざ改まって考えてみると、適当なものが浮かばない。
 小説やドラマやアニメやマンガまで広げても、いっこうに思い浮かばない。ネットを調べて、2015年公開の『クリード チャンプを継ぐ男』というのをやっと見つけた。あの『ロッキー』のスピンオフで(それにしてもえらく間があいたもんだが)、かつての好敵手・アポロの息子を、ロッキー(演じるはいうまでもなくスタローン)が鍛え上げる。
 これはたいそうわかりやすい。しかし、べつにスポーツものに限らずとも、この手のものは他にもあるはずだ……と思うのだが、やっぱり思い浮かばない。
 まして、「友を亡くした女が、その亡友の娘の導き手となる」話となると、さらに思い当たらない。女性の社会進出が始まってから、まだそんなに時間が経ってないからだ。
 とりわけ、その友の死に自分自身がふかく関わっている……なんて話だと、ほとんど先例がないんじゃないか(もしご存知の方があれば、コメント欄でご教示ください)。
 そうなると、このアニメ、さまざまな物語の粋(エッセンス)を結集したようでありながら、このテーマに関しては、意外と先陣を切っているのかもしれない。



追記) 書いたあとで、『精霊の守り人』を思い出した。主人公バルサの短槍の師で、育ての親でもあるジグロはバルサの亡き父カルナの親友だった。ただこれは、「友を亡くした男がその亡友の娘の導き手となる」ケースなので、やや変則である。しかし、ぼくが子どもの頃のフィクションだったら、このばあい、バルサはまず間違いなく男子として設定されていたはずだ。とはいえ身近にこんな類例があるんだから、ほかにも見落としはあるんだろうな。


祝・『宇宙よりも遠い場所』 ニューヨークタイムズ 海外TV部門8位

2018-12-14 | 宇宙よりも遠い場所




 『宇宙よりも遠い場所』が、ニューヨークタイムズの選ぶ2018年度・ベストTV番組の「海外部門」で8位に選出された。「アニメ」部門ではなく、実写を含めたすべてのTVドラマを対象とした賞だ。快挙といっていいだろう。

原文は以下のとおり

The Best International Shows

8.  A Place Further Than the Universe

A high-spirited, jokey anime series about four teenage girls who join a scientific expedition to Japan’s Antarctic research station might sound like a show with a pretty specific audience. But “A Place,” written by Jukki Hanada and directed by Atsuko Ishizuka, is a funny and moving coming-of-age story that should translate across all boundaries of age or culture. Never mawkish or contrived, it’s an absolutely authentic depiction of how friendship can overcome adolescent anxiety and grief.

そのまま訳したら面白くないので、ちょっとだけ「超訳」してみよう。

 南極観測隊に同行した4人の少女の旅を描く、ギャグ満載の元気なアニメ! こういうと何だかマニアックみたいだけど、そうじゃない。花田十輝(脚本)、いしづかあつこ(監督)によるこのアニメは、年齢や文化の壁を越えて、だれしもを魅了する素晴らしい作品だ。ユーモアと感動を交えて、安っぽい感傷に陥らず、あざとくもならず、彼女たちが友情の力で、思春期の不安や悲しみを乗り越えていく様をリアルに描いた。掛け値なしの本物だ。





 国境を超えて評価されるのは当たり前なんだよね。「物語」としてほぼ完璧にできあがってるんだから、そりゃ普遍性をもつわけだ。じっさいほんと、これを機にNHKでゴールデンタイムに放送しないもんかな。2016年の『君の名は。』をしのぐ社会現象になるのは必至だと思うけど。