亡くなった母親から幼い娘のもとに毎年1通ずつ手紙が届く……という映画があったはずだと思って調べたら、ネット時代のありがたさで、すぐわかった。『バースデーカード』。母親が宮崎あおいで、娘のほうは、3人の女優が年齢に応じて演じた。
「残された者への故人からのメッセージ」という題材をつかった話は多い。深津絵里が監察医の役をした98年のテレビドラマ『きらきらひかる』もそうだった。「手紙」ならばわかりやすいが、誰しもがそんな明瞭なかたちで遺志を留められるわけではない。そんな「語られざるメッセージ」を読み解き、死者に代わって遺族へと伝えてあげるのがドラマの中での深津絵里の仕事であった。
『きらきらひかる』は良いドラマだった。『バースデーカード』もきっと良い映画なんだろう。死者が生者のために励ましのメッセージをおくる。それはいかにも「いい話」だし、多くのひとの共感を呼ぶだろう。だから『宇宙よりも遠い場所』にも、ぼくたちはついそういう展開を予想してしまう(それはけっして間違いではないが、それだけではなかった。「喪の仕事」は、ずっと苛烈なものだった。しかしそれはもっと先の話だ)。
報瀬じしん、「お母さんの遺品はほとんどなかった。だから私が行って見つけるの。」と第1話でキマリに向って言っていた。「遺品」はたんに形見の品ってだけじゃない。そこに何らかの「メッセージ」が含まれるからこそ必要なのである。
キマリたちが寝起きするのは、かつて貴子が使っていた部屋。明るいうちに全員で探した時は何も見つからなかった。しかし電源を落としたとたん、ベッドの天井に小さな宇宙(そら)が浮かび上がる。
上の段にいたキマリは、3人の反応を感じて覗きこんだのではなく、報瀬が持っていった縫いぐるみを返してもらおうとして気づいた。つまり4人が同時に「宇宙(そら)」に気がついたわけで、そこにタイムラグはない。こういう細かい演出がいい
結月「蓄光塗料ですね」
日向が「寝てみ」と報瀬をうながす。横たわってみると……。
「しいていえば、宇宙(そら)を見るためかな。」というかなえの言葉が甦る
みんなが寝静まったあと(実際には寝静まってなかったんだけど)、報瀬は机に向かい、これまでに何度読み返したかわからない(であろう)、貴子の著書をひらく。
この作品のタイトル「宇宙(そら)よりも遠い場所」には複数の意味がある。まずは南極そのもののこと。2007年に昭和基地に招待された元宇宙飛行士の毛利衛氏が「宇宙には数分でたどり着けるが、昭和基地には何日もかかる。宇宙よりも遠いですね」と話したことに由来する。
次にはこの、貴子の著書の題名である。
さらにもうひとつ、もっとも重くて深い意味があって、それを知るには第12話まで待たねばならない。
「宇宙(そら)よりも遠い場所、それは、けして氷で閉ざされた牢屋じゃない。あらゆる可能性が詰まった、まだ開かれていない、世界でいちばんの宝箱。」
報瀬は甲板におもむく。そこには天体望遠鏡が置かれている。そこへ藤堂が「覗いてみる?」といって近づいてくる。ここで初めて二人はまとまった言葉を交わす……と言いたいところだが、この時は藤堂が一方的に語るだけだし、二人はまだ正面から向き合うことができてはいない。
とはいえ、そこで藤堂が語ったのは、とても大事なことだった。貴子、かなえと3人でプロジェクトを立ち上げた日々。そこに注いだ情熱。
貴子の立案した「私設の天文台を建てる」という計画こそが、「南極チャレンジ」の目玉であった。
成果が欲しくて、みんな少しだけ焦りすぎていた……それが貴子の事故につながった……という悔恨の念。
事故によってプロジェクトは頓挫、スポンサーは次々と撤退していった。
……しかし。
「私たちは何も変わっていない。3年まえ、貴子と……あなたのお母さんと見つけたあの場所で、いつか星を見る。10年かかろうが20年かかろうが構わない。私だけじゃない。3年まえ、一緒に行った隊員のほとんどは、今またここにいる。予算は大幅に削られ、保障もほとんどなく、帰ってきてからの生活の当てのない者だっている。それでも集まり、それでもここにいる。……この船は……そういう船」
もちろん、これを聞いているのは報瀬だけではない。盗み聞きなんて言ってはいけない。これは「物語」なのだから、ここは是が非でも4人みんなで聞いておかねばならぬところだ。
「この船は、そういう船」だったんである。「宇宙よりも遠い場所・論 14 友を亡くした女」でぼくが、「同志的紐帯で結ばれた人たち」といったのも、ご納得いただけるかと思う。
結月たちの抱いた疑念は、もっとも心揺さぶるかたちで、ここに氷解した。