そんな2人のぬるくて心地よい日々が、報瀬という強烈な個性の乱入によって破られる。キマリは報瀬に夢中になり、南極への夢に取り憑かれる。やがて仲間も増えていく。そのあたりは、これまで述べてきたとおりだ。
めぐっちゃんは、初めのうちおそらく本気でキマリを心配していたと思う。そもそもが荒唐無稽な夢だった。民間の観測隊に同行するという道があるとはいえ、そのプロジェクト自体が資金難で、実現に至るかどうか疑わしい。このご時世、ちょっとネットをみればそんな裏事情はすぐわかる。
親しい友のひたむきな熱意が無駄になり、がっかりするのを見たくないのは人情だろう。
だから彼女は終始、キマリの不安をあおることばかりいう。そのせいでキマリが報瀬を問い詰め、すこし険悪になりかけたこともあった(この時は報瀬のほうが折れたのだが)。
参考画像。2話より
とはいえ、その「心配」のうらがわに、親しかった幼なじみが他の誰かに心を移し、自分からどんどん遠ざかっていくことへの寂しさや嫉妬が渦巻いてなかったはずはない(報瀬のことを「南極」、日向を「バイトの子」、結月を「北海道の子」とめぐっちゃんは呼ぶ)。僥倖としか言いようのない事態が起こり(結月のことです)、スポンサーも無事見つかって、南極行きが現実味を帯びていくにつれ、めぐっちゃんの心は、闇に向かって傾斜していく。
05話より。講堂にて、全校生徒の前で出発の挨拶をしたあと、キマリと報瀬はそっと拳を打ち合わせる
聴衆の中の一人として、それを見ているめぐっちゃん
出立の前日。教室で、まるで転校でもするみたいに仰々しく壮行会をされるキマリ。そのあと2人でいつもの茂林寺に寄り、しばしの別れを惜しんでいるとき、めぐっちゃんがこんなことを言い出す。
「調子に乗ってると思ってる奴もたくさんいるぞ。ひどい噂も流れてる。資金集めのためにコンビニで万引してるとか、歌舞伎町で男の人と遊びまくってるとか。オマエ、ほんとにこのまま行って大丈夫か? 帰ってきたら、もっとひどいことに……」
そこに報瀬と日向がやってくる(キマリがここで待ち合わせていて、その前に話をしておこうとめぐっちゃんを誘ったのだろう。めぐっちゃんは、日向とはこれが初対面。報瀬とも、学校が同じとはいえ、同席して言葉を交わすのは初めてだ)。
キマリはふたりにそのことを話す。むろん報瀬は激怒する。いっぽう日向は悠然たるもので、報瀬に向かってこう諭す。
「ひとには悪意があるんだ。悪意に悪意で向き合うな。胸を張れ。今までだって、そうやってきたんだろ?」
セリフは原作どおりではなく、適宜ぼくが編集させてもらっているが、おおむねそういう意味のことを、日向はここで述べるのである。日向は名言っぽいことを(正確には「警句」というべきだろうけど)口にするのが好きで、たまにハズしたりもするが、これはたしかに名言だ。
報瀬と日向、ともに「闇」を知る者同士だけれど、報瀬はあくまで純粋で、日向はあくまでオトナなのである。この対比は第6話へと受け継がれ、さらに11話へと至る。そこでは報瀬の純粋が、激情となって迸り、日向のオトナを凌駕する。でもそれはまだ先の話だ。
報瀬はどうにか怒りを鎮めるものの、まだムシャクシャが収まらぬ、というので、発散のためにカラオケ行こう、という話になる。めぐっちゃんは帰ろうとするが、キマリが強引に引っ張っていく。
「歌ったことないから」と拒んでいた報瀬は、マイクを無理やり持たされたらハジけた。この画像をメールで受け取った結月は、「一緒じゃなくてよかった……」とつぶやく
キマリが胸の内を明かすのは、その帰り道、めぐっちゃんと二人きりになったときである。
「私、ずーっと思ってた。遠くに行きたいとか、ここじゃイヤだとか、自分が嫌いだとか。でもそれって、なんでなんだろうって。……たぶん、めぐっちゃんなんだよ」
「えっ」
「私、いつもモタモタして、めぐっちゃんに面倒みてもらって……どうしようどうしようってくっついて回って」
「そうだったか」
「そうだよ。それがイヤで、変えたいって、ずーっと思ってたんだと思う。めぐっちゃんにくっついてるんじゃなくて、ダメだなあーじゃなくて、ゲームの相手になれるくらいに」
「あ……」
「だから、がんばってくる。(手を差し出す。躊躇するめぐっちゃんの手を自分から取って)じゃあ、行ってきます!」
家では両親と妹が、テーブルのうえに載りきらぬほどのご馳走を用意して待ってくれている。ほかの3人のうちがどうなのかはわからないにせよ、キマリが幸せな家庭で育ったことは間違いない。
翌朝。目を覚まし、身支度をして、もういちど家族と別れを惜しみ、玄関を出ると、めぐっちゃんが立っている。
「わるい、出発の朝に」
「どうしたの?」
「絶交しに来た」
「えっ?」
「絶交だ、って言ったんだ」