我が坂出市にも、白村江の戦いに破れた後、敵の攻撃に備えて造られた山城の石垣跡があります。屋島も再建された石垣があります。
その白村江のころから和歌を使って新しい国作りがされていたとは知りませんでした。
今日のねずさんの万葉集の話には驚かされます。我が先人は本当に凄い人達です。よくぞ、こんな国を造り上げてくれたものです。とは言え、それを破壊するのが如何に容易いことかにも驚かされます。
歴史を教えないことがこれ程までに早く人を劣化させるのですから、やはり教育こそが国の基盤ですね。それを最悪の売国文科省が担っているのですからその恐ろしさは想像以上です。
何時ものようにリンク元で全文を読んでください。
ねずさんのひとりごとより 2019 年 11月23日
万葉集とそ の時代
・・・略
なるほどこのとき、一部には愚連隊なるものが登場したり、どこかの戦勝国を気取る異民族の人たちによる暴力行為が公然と行われたりしましたが、それでいてなお、多くの日本人は、ただしい道を生きようと努力を重ね、焼け野原となった日本の復興に務めました。
この当時は、まだまだ明治生まれの人たちが現役だった時代で、当時よく言われたことが「明治の気骨」です。
なにがあっても、すべてを失っても、心は絶対に折れない。
そういう人としての強さを、明治生まれのお父さんやお母さんたちが見事に体現してくださいました。
そして日本は短期間のうちに見事なまでに復興を遂げています。
東日本大震災や阪神淡路大震災などの大規模災害のときにも、日本人は家族や財産を失った悲しみを乗り越え、たいへんな努力をして災害復興にあたっています。
そうしなければ、雨露をしのぐ住まいさえもないのです。
ですから官民をあげて、復興のための努力が行われています。
では、国のハードが壊れず、人の命だけが、それも青年期の若い男性の命が、一瞬にして100万人規模で失われたとしたら、果たしてどのように対処したら良いでしょうか。
実は、過去において日本は、そういう経験をしています。
それが663年の白村江(はくすきのえ)事件です。・・・略
政・官・財など日本を導くべき人達の劣化が酷いだけに、先人が築き上げてきた素晴らしい日本を取り戻すのは並大抵のものではないでしょう。と言うか取り戻せるのでしょうか。
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