バブル頃までは、年度末になるとあちこちで道路工事などが増えて、又、予算を使い切ろうとしているのだろうと顰蹙を買っていたものです。
それが、アメリカや財務省、反日売国左翼・在日共の所為もあってか何時の間にか公共工事が減ってしまった。
その為に、最近はそれ程大きいとも思えない台風などでの被害が目立つようになって来たように思えます。
無駄な金を使うのは反対ですが、やはり使うべきものは使って貰いたいものです。
ねずさんに公共工事の談合は必要なものだと教えて貰い目から鱗でしたが、今や、その付けが来ているようです。
これも、やはり、正しい国家観と歴史観を持たない政・官・財・マスメディアが大きな原因であることは間違いなさそうです。
昔から災害に備えてきた日本をねずさんが、又、書いてくれています。
何時ものように全文をリンク元で読んでください。
ねずさんの学ぼう日本より 2020/9 /16
台風に備える
・・・略
しかしこうした現場の努力とは別に、政府や国会は、もっぱら予算の削減ばかりを言う。
いま、この瞬間に堤防が崩れて水害が起きているわけではないのだから、予算をカットしても構わないだろうというわけです。
要するに、すべての政治的意思決定が、常に平時にあることを前提に、効率性ばかりが求められてきたのが、戦後の日本の政治です。
しかしコロナ問題で、あらためて明らかになったように、ひとたび災害が起きれば、あらゆる都市機能が麻痺し、その経済さえも、落 ち込むことになるのです。
その意味でコロナは、私達日本人に、あらためて、
「安全と安心は効率に優先する」
ということを明らかにしてくれたものということができます。
日本は、台風のみならず、地震大国でもあり、大雪の国でもあります。
そしてそうした災害が起こることを前提に、さまざまな取組が歴史を通じて行われてきた実績を持つ国でもあります。
天災は起こります。
けれど、身を守るのは、人の力でできることです。
私達は、そうした点からも、日本の政治体制を根底から見直すべきときにきています。
最悪の平成になってこうした予算カットが続き、今や、何の準備も出来ていない令和にはもっと恐ろしい事が起こりそうな気がします。と言うか、China肺炎はその始まりかもしれません。
関東・東南海地震など近い内に起きることは間違いないにも関わらず何の準備も出来ていないのじゃないでしょうか。
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