新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』-3


  オーロラ姫に求愛する4人の王子は井澤駿さん、田中俊太朗さん、池田武志さん、清水裕三郎さん。4人の王子の衣裳はセンス良かったです。全員が白地に金糸の刺繍というのを基調にした衣装なのですが、デザインがそれぞれ違うので、異なる国からやって来たのだと分かります。

  ターバンのようなデザインの帽子をかぶっている王子はアジア(インド?)から、チェック柄の布を肩からかけている王子はスコットランド(?)から、マントをかけ、ブーツを履いている王子は東欧かロシアから、裾長のロココ調の上衣を着ているのはおそらく西欧(フランス?)から、といった具合。

  ローズ・アダージョでの米沢唯さんは立派でした。アティチュードで上げた脚がまったく下がりません。どうしても脚が徐々に落ちていってしまうバレリーナが多いのに。バランス・キープの力はそれほど強くはないようでしたが、身体の軸が非常にしっかりしており、ポーズをあれほどしっかりと保ち続けていたのはすごいと思います。

  ロシアのバレリーナでも、ローズ・アダージョをあれほどしっかり踊れる人は多くないのでは?

  イギリス系のローズ・アダージョの振付は、ロシア系とは異なる部分があります。オーロラ姫がアラベスク→パンシェを3回か4回くり返すところです。イギリス系では、オーロラ姫は自力でこれをやります。一方ロシア系では、オーロラ姫は4人の王子あるいはお付きの者たちの肩に手をかけ、それを支えにしてやります。

  今回は、オーロラ姫が友人たち(?)の女性ダンサーたちの肩に手をかけながらやりました。ロシア系と同じ振付です。無理してバランスを崩すくらいなら、難度のハードルを下げて、踊りの美しさを保つほうをウェイン・イーグリングは選んだのかもしれません。でも、個人的にはちょっと残念でした。あの連続自力アラベスク・パンシェは、イギリス系ローズ・アダージョの見どころの一つだったので。

  一息つく間もなく、今度はオーロラ姫のソロ。音楽に合わせてのゆっくりした回転がてんこ盛りな、あの拷問ソロです。

  これも米沢さんは実に見事に踊り切りました。回転→キメのポーズが音楽とバッチリ合ってました。米沢さんは音楽に合わせるのに秀でているようで、特にキメのポーズを音楽に気持ちよく合わせてきます。マリアネラ・ヌニェス(英国ロイヤル・バレエ団)を想起させます。

  最後のほうでは、米沢さんはさすがにスタミナが切れてきたらしく、素早く回転しながら舞台を一周するところでは脚が上がらなくなっていました。もう限界だったのでしょう。根性で上げられるものではないですから。でもスタミナをつける、途中で燃料切れを起こさないよう体力をうまく配分する、これらの努力をすることは可能だと思うので、米沢さんのこれからの課題の一部はスタミナの持続と体力のペース配分かな~、と思いました(ごめんねエラソーに)。

  それでも、米沢さんの最後のキメのポーズが凄かった。両足揃えてトゥで立つポーズをやりやがりました。これがまったくグラつかない。ほとんどのバレリーナはこれをやると多少はグラつくものなのですが(それで結局かかとを落としてしまうことが多い)。あえてこのポーズをやるってのは、自信がある証拠です。初日で緊張もしていたでしょうに、米沢さんのこの強い精神力はすばらしいです。

  主役を見事に踊って見せる人、新国立劇場バレエ団でいえば小野絢子さん、米沢さん、長田佳世さん、あと私のお気に入りである、小林紀子バレエ・シアターの島添亮子さんに共通してるのは、高い技術に加えて、強靭なメンタルを持ってることだと感じます。バレエのような(観る側にとっては)華麗な世界でも、最後にものを言うのは、やっぱり強いメンタルなんだよねえ。

  オーロラ姫が糸巻き針で指を傷つけてしまうシーンは面白かったです。マントを頭からすっぽりかぶって正体を隠したカラボスが、オーロラ姫に花束を贈ります。花束を受け取ったオーロラ姫は、踊りながら花を一輪ずつ抜き取って周囲の人々に配って回ります。花がなくなると、中から銀色の糸巻き針が現れます。小さい演出だけど、工夫があっていいと思います。

  呪いを成功させたカラボスが姿を消すシーンでは、カラボス(本島美和さん)はなんと、歌舞伎やマジックで用いられる蜘蛛の糸(投げテープ)をパッと放って消えました。けっこー長いやつでした。ウェイン・イーグリング、まさか『テレプシコーラ』を読んだのだろうか?六花ちゃんも確かカラボスの踊りでこれを使ったんじゃなかったか?『テレプシコーラ』は実家の母に全巻を譲ってしまったので、正月に実家に帰省したら確かめてみよう。

  リラの精が城をいばらで閉ざしてしまう第一幕最後のシーン、いばらのセットが大がかりなものでした。幕の一種なんでしょうが、厚みを感じさせる質感で、見るからに薄っぺらい幕ではありませんでした。

  今回の『眠れる森の美女』はチケット代が異常に高かったので、セットや衣装にもそれなりのものを期待していました。プロローグと第一幕では、セットは豪華というほどではなく、衣裳も寒々しい色合いで地味な感じだったので、少し不満でした。でも、セット、小道具、衣装におカネをかけはじめたのは、どうやらこのへんからのようです(色的、質感的には)。

  時は経って百年後(だっけ?)。森で狩猟をする貴族様御一行が登場。服装はどうやら18世紀末~19世紀初期のようです。従僕たちが獲物の鹿(←けっこうリアル)を木に吊るして通り過ぎたり、細部にも凝っていました。

  どうやら王子に気のあるらしい伯爵夫人は湯川麻美子さん。『ジゼル』のバチルド姫みたいに権高で、王子にモーションをかけるけれども、王子に慇懃無礼にすげなくされると、きっぱりした態度で振り返りもせずに去っていく、プライドの高い貴婦人でした。

  キャスト表によると「王子の知人」だというガリソンは、マイレン・トレウバエフが演じました。あわて者で、目隠し鬼の遊びで女性たちにさんざんからかわれる役です。そんな役でも、やはり演技力と存在感はピカ一でした。

  デジレ王子はゲストのワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団)です。確かに顔が小さくてハンサム。確かに長身で均整のとれた体型をしている。ソロを踊ると確かに技術や踊りのダイナミックさではダントツにすばらしい。なのに、なんだか影が薄い。どうしてこんなに地味なんだろう?イングリッシュ・ナショナル・バレエ在籍時代に、ダリア・クリメントヴァと踊っていたときのような圧倒的な輝きが、どうして今は感じられないのだろう?

  直近でムンタギロフを観たのは、この夏の「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」でした。そのときにも同じことを思いました。ムンタギロフは同じ英国ロイヤル・バレエのローレン・カスバートソンと、『眠れる森の美女』グラン・パ・ド・ドゥ、『パリの炎』パ・ド・ドゥを踊りましたが、どうも地味で影が薄いように感じました。

  私には今もって、ダリア・クリメントヴァと踊った『くるみ割り人形』グラン・パ・ド・ドゥ(2012年、「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」)、『ジゼル』(2013年、新国立劇場バレエ団)のほうがはるかに強く印象に残っています。

  踊る相手によって魅力が増減する現象というのは確かにあるようです。ムンタギロフの場合、クリメントヴァのような良いパートナーに再び出会うのを待つか、もしくは自分から努力して良いパートナーシップを築き上げるか、でなければ、自分一人でも充分に輝けるダンサーになれるよう精進するかしかないわけで、ムンタギロフがこれからどういうダンサーになるのか、しばらく様子見ですね。

  (その4に続く)

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