Illiterate(1)

  私の郷里は東北です。東北というと、たとえば「米どころ」ということばに代表されるように、農業をはじめとして、漁業、畜産業、林業などの第一次産業が盛んだ、というイメージがあると思います。

  しかし、農業を例とするならば、昔から今に至るまで、専業農家では生活していけないのが実情です。以前は、冬から春の初めにかけての農閑期、多くの専業農家の人々はよその土地にいわゆる「出稼ぎ」に行き、土木業などの一時仕事で収入を得ていました。私の郷里一帯も同じでした。

  それが、昭和40年代になって、近隣のある小さな町に、世界的に有名な大企業が大規模な工場地帯を建設しました。その企業の創業者が地元の出身者であったからです。

  状況は一変しました。大企業の工場に続き、子会社、下請け会社、孫請け会社、関連会社が次々とできて、工場地帯がある町やその周辺地域の雇用が飛躍的に増加しました。その結果、ほとんどの農家の人々はそれらの工場や会社で働くようになって、専業農家から兼業農家に転じ、出稼ぎに行く必要はなくなりました。

  現在、工場地帯がある町を中心とした周辺地域の農家は、ほぼ兼業農家、しかも農業が副業化した第二種兼業農家であり、高齢者が農業をやり、若者は会社や工場に勤める、というのが常態化しています。私の郷里在住のいとこたち、またいとこたちもみな、その企業の工場や関連会社に勤めています。

  工場地帯を有する地元自治体の収入も爆発的に増えました。その自治体の役場は、小さな町の役場にしてはしゃれたデザインの、コンクリート数階建てのひときわ目立つ大きな建物です。他には、私が知っているだけでも、夜間照明つきの野球場、立派な体育館、有名建築家がデザインした博物館などが小さな町の中に建っています。

  私が子どものころ、その小さな町を車で通るたびに、なぜこの小さな町には、自分が住んでいる大きな町よりも、はるかに立派な建物や施設がたくさんあるのか、不思議でなりませんでした。親に尋ねると、親はこう答えました。「ここには○○(←工場地帯を建設した大企業の名前)があるからね。」 でも、この言葉の意味を理解できたのは、大人になってからのことでした。

  その大企業が工場地帯を建設しなければ、あの小さな町は寒村のままで、過疎化や財政逼迫も進んでいたことでしょう。でも、工場を作ってくれた大企業のおかげで、その小さな町ばかりか、周辺地域も広く救われたのです。

  ただ、それは、その企業の工場地帯なくしては、その地域一帯の経済は成立しない状態になったということでもあります。実際、近年の不況の影響で、その企業の工場が稼動を一部停止・事業を縮小したところ、子会社、下請け会社、孫請け会社、関連会社もそれに追随せざるを得なくなり、大幅な人員削減が行なわれて大量の失職者が出ました。私の兄もその一人です。

  工場地帯を建設してくれた大企業は、貧しい地域にとっての救世主でした。一方で、それは地域の大企業への全面的な経済的依存を招きました。

  とはいえ、このような構造と状況の形成は、大規模な工業地帯や工場地帯を有する地域ならば、特にめずらしくもない話でしょう。

  福島の大熊町、双葉町、富岡町、楢葉町の場合、日本に多く存在するこのような地域と違ったのは、その「工場」が原子力発電所であったという点に過ぎません。   
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