「三国志」ベスト10

  「レッドクリフ」、いよいよ明日から公開ですね。今週発売の「週刊文春」シネマチャートに「レッドクリフ」が取り上げられています。評者5人のうち、4人は三ツ星をつけていますが、いつも辛口のおすぎさんだけは四つ星評価です。曰く、「☆のひとつは金城クンへ。ひとまわりもふたまわりも大きくなって嬉しく感じた」とのこと。金城武君の諸葛孔明は期待できそう

  というわけで、「レッドクリフ」公開便乗企画、「三国志」ベスト10です。

  第1位:吉川英治『三国志』(講談社) 私がはじめて読んだ「三国志」がこれです。内容的には下記の小説『三国志演義』と歴史書『三国志』の両方を下敷きにしつつ、時に漢語を織り込みながらも、基本的には平易かつ気品あるきれいな日本語で書いてあります。小説や歴史書に載っている原話に沿ったエピソードは、あくまで決して大仰にならず、同時に味気なくなりすぎず、非常に魅力的な表現や文章で書き直されています。時代的にいって、吉川英治は漢文が読めたでしょうが、原文にこだわりすぎず、また原話からあまりに乖離することもなく、新しい魅力にあふれる「三国志」を書き上げたと思います。この『三国志』は、『新平家物語』と並んで、私が最も好きな吉川英治の作品です。

  第2位:横山光輝『三国志』(潮出版社) これは漫画です。おそらくは、吉川英治の『三国志』と中国の連環画(絵巻物)の『三国志演義』をあわせて参照して創作されたものだと思います。今でこそ「三国志」関連の書籍や資料は山ほど出版されていますが、著者がこの作品を描き始めたころは、ほとんど何の資料もなかったはずです。それなのに、これほどの作品を描き上げたのはすごいことです。前半では颯爽としていてカッコよかった青年将校の曹操様が、後半になると権力欲にとり憑かれた卑怯で姑息なオヤジ政治家と化しているのは悲しいです。でも、曹操と入れ替わるように、後半では諸葛孔明が大活躍します。諸葛孔明は見た目は青年期の曹操様ほどカッコよくはありませんが(ナマズヒゲ生やしてるし)、やることなすこと何でもうまくいくので、読んでいて気持ちがスカッとします。

  第3位:『三国志演義』(立間祥介訳、平凡社) 明代に成立した長編小説『三国志演義』の全訳本。「三国志」は日本でも江戸時代から愛されてきたようですが、この全訳本は日本での近年の「三国志」ブームの火付け役的存在だと思います。講談調の日本語には少々戸惑うかもしれませんが、たぶん原書が講談調なので、その雰囲気を日本語にそのまま置き換えたのでしょう。これを読むと、「吉川英治『三国志』のあの話はここから取ったのね」とか分かって面白いです。

  第4位:『三国志』(小南一郎他訳、筑摩書房) こちらは西晋(紀元3世紀)に編纂された歴史書『三国志』の全訳本であって、小説ではありません。歴史書なので内容的にも文章的にもあんまりドラマティックではありませんが、この歴史書『三国志』があってこそ、上記の小説『三国志演義』が生まれたのだろうなあ、と思います。また、小説的な大仰なフィクションやそれにともなう面白味がないからこそ逆にリアルで、それぞれの人物像が真に迫って感じられます。またこれを読んでも「吉川英治『三国志』のあの話はこれが原話だったのね」と分かり、ますます吉川英治の偉大さを思い知らされます。

  第5位:人形劇『三国志』(NHK) これは上記の立間祥介訳『三国志演義』を原案としています。高視聴率を誇り、本放送が終わった後もその人気は衰えず、その後10年くらいの間に、何度も何度もダイジェスト版や完全版が繰り返し再放送されました。人気の最大の原因はやはり川本喜八郎制作の人形です。人形の展示会が全国各地で開催されたどころか、人形たちの写真集まで出版されました。私は人形の展示会に行ったことがありますが、人形はけっこう大きかったです。1メートル弱くらいはあった記憶があります。どの人物の人形も個性があって、着物や装飾品も細緻で精巧な作りでした。特に曹操、関羽、諸葛孔明の人形がすばらしかったです。登場人物の声を担当したのは声優ではなく、みな俳優でした。ちなみに曹操は岡本信人、関羽は石橋蓮次、諸葛孔明は森本レオだったと思います。今でも森本レオの声を聞くと、「あっ諸葛孔明」とか思っちゃいます。また、テーマ曲はなんと細野晴臣の作曲です(いったいどういうつながりで!?)。

  第6位:司馬遼太郎『街道をゆく』第20巻「蜀と雲南のみち」(朝日新聞社) これは小説ではなく旅行エッセイなのですが、この「蜀と雲南のみち」は昔の蜀、今の四川省と雲南省の旅行記なので、「三国志」にも多く触れています。特に諸葛孔明に関する記述は、エッセイというよりは小さな論考で、非常に的を得ていると思います。その中で述べられている諸葛孔明の人物像もとても魅力的で、また説得力があります。特に、諸葛孔明のすごさは、蜀という、本来ならば「国家」としては成立し得なかったはずの弱小勢力を、「国家」として成立させ、機能させ、短期間とはいえ持続させることに成功したところにある、という指摘には唸りました。この『街道をゆく』、また『項羽と劉邦』を読むと、司馬遼太郎が「三国志」も小説化していたらなあ、とどうしても思ってしまい、非常にその死が惜しまれます。

  第7位:陳舜臣『諸葛孔明』(中央公論社) 陳舜臣はこの『諸葛孔明』以前に、下記の『秘本三国志』という小説を書いていますが、私はこの『諸葛孔明』のほうが好きです(『曹操』シリーズはまだ読んでない)。陳舜臣ももちろん漢文が読める人で、この小説は基本的に歴史書の『三国志』と関連史料を主な下敷きとし、それに若干のフィクションをまじえて書かれています。『秘本三国志』に比べると、物語のつくりや登場人物の描写が(非常に失礼な、また申し訳ない言い方ですが)「大人」になって落ち着いたなあ、と思います。私は「スーパー政治家曹操」や「スーパー軍師諸葛孔明」の物語が読みたいのではなく、普通にユニークな人間だった彼らの物語を読みたいのです。この『諸葛孔明』では、諸葛孔明は得意もあれば苦手もあり、鋭い策略やアイディアも考えれば苦悩したり迷ったりすることもある、という当たり前な人物として描かれており、等身大な描写がされているからこそ、とても生き生きとしていると思います。

  第8位:陳舜臣『秘本三国志』(文芸春秋) これはかなりの割合をフィクションが占めています。個人的に思うことですが、昔の陳舜臣の歴史小説には、陳舜臣自身の個人的背景からみると奇妙なくらいに、ちょっと過剰にロマンティックなというか、「おとめちっく」なところがあります。この『秘本三国志』には、後漢末から三国時代を通じて全体の情況を俯瞰し(もしくは動かし)、また魏、呉、蜀の三国を結びつけながら、そのいずれにも属さない架空の主人公(女性)が設定されています。非常に神秘的なその女性の目を通じて、「三国志」の物語が展開されるわけですが、その各々のエピソードや、主人公の女性をはじめとする曹操や諸葛孔明などの登場人物は、おおかたが現実離れして(カッコよく)脚色されているため、読んでいて時に気恥ずかしくなります。若いうちに読めばとても面白いと思いますが、今の私はちょっと読みにくいです。でも若いころは夢中になって読んだのでランクインです。

  第9位:片山まさゆき『SWEET三国志』(講談社) これもマンガです。ですが、横山光輝の『三国志』とは全然違います。なんと「三国志」のギャグマンガです。冷めたクールな脱力系ギャグなんですが、とにかく笑えます。それでもちゃんと最後まで「三国志」の基本的ストーリーは守っているところがすごいです。この片山まさゆきさんという漫画家は非常なマージャン好きらしく、「三国志」の英雄たちがジャン卓でマージャン打ってたり、マージャン用語でしゃべってたりして、意味は分からなくても充分におかしいです。

  第10位:周大荒『反三国志』(渡辺精一訳、講談社) これは私がまだ学生のころに全訳が出て、ファンの間ではけっこう話題になりました。題名に「反」とあるように、この作品は史実に反して、最後は蜀が呉、魏を征服して天下を統一する、という結末になっています。原書を読んだことがないので、確信をもっていえないのですが、おそらくは『三国志演義』に倣った体裁と文章の作品であるようです。作者は当時(中華民国時代)の政治状況を諷刺してこの作品を執筆したのだ、という説も聞いたことがあります。すごいんですよ、史実では、諸葛孔明は「五丈原の戦い」で魏の司馬懿と対戦しているうちに病没したのですが、この『反三国志』では、諸葛孔明が司馬懿をなんと爆殺してしまいます。日本でいえば、源義経が逆襲して鎌倉を攻略し、源頼朝や北条氏を滅ぼして新政権を樹立するようなものです。どひゃー、と思いましたが、ある意味、絶対多数である蜀びいき、諸葛孔明びいきの中国人民の夢を実現した作品ともいえます。

  他にもいろいろあるんでしょうが、特に最近の作品はまったく読んでいないので、どうぞご容赦のほどを。
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