オーストラリア・バレエ団『くるみ割り人形』(3)

  舞台が暗転すると、再び紗幕が下りてきて、革命戦争、革命以後のロシアの様子、レーニンやスターリンの演説風景が映し出され、続けて、大きな黒い客船が出航する様、豪華なオペラ・ハウスなどが次々と紗幕に映ります。クララがバレエ・リュスの一員として祖国ロシアを離れたことを示しているようです。

  次はディヴェルティスマンとなります。マーフィーはスペイン、アラビア、中国の3つのみに絞りました。クララの加わっているバレエ・リュスの一行が、行く先々の国の踊り(もしくは現地の人々の様子)を見る、という流れで、これらのディヴェルティスマンを物語につないでいるのですが・・・・・・クララたちは本当に脇で見ているだけなので、伝統版のディヴェルティスマンとさほど変わらないように私には思えました。

  しかも、スペイン、アラビア、中国の踊りが、どれもみな超つまんねーの。正直言って。「スペインの踊り」はジプシーたちが踊る、という設定に変えてあるんだけど、振付には特に見るべきものはなし。もっとひどかったのが「アラビアの踊り」で、これはエジプトのスエズ運河で、船を河岸に引っ張る仕事の人夫たちがこき使われている様を踊りにしていました。マーフィーはよっぽどここの振付をするのがイヤだったんだな、と思えるほどひどい振付(?)でした。

  微妙なのは「中国の踊り」で、伝統版ではアップテンポな音楽に合わせた、軽快で速い動きの踊りになることが多いですが、マーフィーはなんと、大量の中国人がハエが止まりそうなぐらい超スローなテンポで太極拳をしている、という踊りにしました。

  ハイ・テンポな曲にスロー・テンポな振付を施したアイディアは面白いと思います。でも、見ててつまんなかったです。原因はたぶん、マーフィーは太極拳に詳しいわけではなく、ただ「太極拳っぽい」振付をしただけなので、動きの多様さに欠けること、また、ほとんどのダンサーたちに太極拳の実践経験がないだろうことです。

  そんなわけで、ディヴェルティスマンが面白くないというなら、いっそのことすべてのディヴェルティスマンを削除すればよかったのでは、と思うのですが、あのマシュー・ボーンでさえ、『ナットクラッカー!』でも、『スワンレイク』でも、結局はディヴェルティスマンを排除できなかったくらいですから、やはりディヴェルティスマンの扱いというか、始末は非常に難しいのでしょうね。

  そうそう、クララが人力車から下りて、中国人たちの太極拳を見物している間、車引きの中国人はしゃがんで待っています。たぶんオーストラリア人、また欧米人は、このポーズを見れば「東洋的」だと思うのでしょう。

  バレエ・リュスの一行はついにオーストラリアにやって来ます。背景はオーストラリアの新聞を拡大して貼り合わせたもので、「『全面』戦争突入!」とか書かれています。第二次世界大戦の勃発です。

  紺色のセーラー服を着たオーストラリアの水兵たち(ツ・チャオ・チョウ、ケヴィン・ジャクソン、チェンウ・グオ、ジャ・イン・ドゥ、ジェイコブ・ソーファー、マシュー・ドネリー)が、気勢をあげるように生声で叫び、喚声を上げています。ほー、声も出すか、と思いました。私は別に抵抗感はありません。

  水兵たちはアクロバティックな振りの踊りを踊りました。『白鳥の湖』では、あれほど軍服が似合ってなかったツ・チャオ・チョウが、セーラー服は妙に似合っていて、脚も長~く見えます。

  クララたちが船から下りると、水兵たちは女性たちに声をかけます。また、記者とカメラマンたちが現れて、バレエ・リュスのオーストラリア上陸を取材します。ついにセリフまでしゃべりやがった!!と驚きました。マーフィーはまた思い切ったことをしたもんだね。別にいいと思うけど、抵抗感を抱く観客もいるかもしれないですね。

  舞台奥の床一列に小さな照明が灯ります。ダンサーたちが客席に背中を向けて踊り始めます。群舞の奥にはクララがいて、やはり客席に背を向けてパートナーと踊っています。どうやら舞台の奥の向こうが客席という設定で、私たちがいる本当の客席は舞台の裏側という設定らしいです。これは非常に生々しい、まるで自分が舞台の裏側からダンサーたちの踊りを見ているような感覚がしたし、真っ暗な舞台の奥に観客がいるかのような気さえしました。すばらしい演出です。

  ダンサーたちの衣装は昔とは異なり、男性はタイツを穿き、女性のチュチュのスカートも短くなってなり、おかしなかつらもかぶっていません。

  やがてカーテン・コールとなり、クララが舞台の奥で、本当の客席には背を向けたまま、暗闇の向こうにいる「観客たち」にお辞儀をします。他のダンサーたちも舞台の脇から奥を見つめ、クララに拍手を送ります。

  クララはいったん退場しますが、再び舞台の脇から現れてお辞儀をします。クララはふと振り返ります。すると、そこにいたのは若いクララではなく、年老いたクララでした。クララは真っ直ぐに前に歩み出てきます。彼女は力強い瞳で、口元には微笑みが浮かんでいます。

  その背後に、年老いた彼女が住んでいる粗末なアパートの寝室が再び現れます。ベッドには子どものクララ、若いクララが横たわっています。年老いたクララはかつての自分たちと一緒にベッドに横たわります。

  子どものクララが、次に若いクララが、最後に年老いたクララがベッドの上に倒れこみます。ベッドの脇の椅子に座っていた医師(ロバート・カラン)は異変に気づき、あわててクララの脈を測ります。医師は呆然とした表情をしながらも、片手を胸に当て、クララの永遠の安息を祈ります。

  このラスト・シーンにも、思わずぐっときました。

  本当に、クララと一緒に、彼女の一生を追体験したような気分でした。見どころとなる踊りは若いクララ役のルシンダ・ダンが担当しましたが、最も印象に残ったのは年老いたクララ役のマリリン・ジョーンズです。ジョーンズに比べると、ダンはまだまだ青二才に思えたくらいでした。

  ディヴェルティスマンの部分には問題がありますが、マーフィー版『くるみ割り人形』は非常に良い作品だと思います。出演したすべてのダンサーを通じて、ロシアから亡命したバレエ・ダンサーたち、ひいては出演したオーストラリア・バレエ団の元ダンサーたち、そして現役ダンサーたち自身の人生が感じられて、なんというか、心に深く染み入ってくるものがありました。

  久しぶりに感動できる作品に出会えました。 
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