ミハイロフスキー劇場バレエ『ローレンシア』


  『ローレンシア』、良かったですよ。なんで1回しか上演しないの?2回やってもよかったんじゃない?

  まず内容。『ドン・キホーテ』と『パリの炎』を足して2で割ったような作品かと思ってたら、意外にもはるかにリアルだったというか衝撃的だったというか。確かに旧ソ連感満載のプロパガンダ作品ではあるのですが、騎士団の団長から兵卒に至るまで、通りがかった村の娘たちを手当たり次第に強姦しまくるというキャラ設定は、ロマノフ王朝時代の軍隊の振る舞いに由来するのかもしれません(とはいえ、第二次世界大戦末期のソ連軍も強姦、略奪、放火が得意だったが、ここではまあ置いといてやる)。

  第一幕ではハシンタ(アナスタシア・ソボレワ)が兵卒たちと騎士団長の餌食となり(かなり生々しい演出で驚いた)、第二幕ではなんと結婚式を挙げたばかりのヒロイン、ローレンシア(イリーナ・ペレン)までもがその犠牲になってしまいます。ヒロインがレイプされる作品って、あとは『マノン』ぐらいしかないんじゃないの?

  しかし、なすすべなくぐったりと倒れ伏すマノンと違って、ローレンシアは負けてません。屈辱に混乱し、怒りに震えながらも自身を奮い立たせ、村人たちを鼓舞して武装蜂起を自ら統率し、騎士団のいる城になだれ込みます。で、このときのペレンちゃんの演技が意外に(すみませんね)すごく良かったです。

  毅然とした態度で傲然と顔を上げ、鋭い目つきで前をキッと見据える表情には威厳さえ漂っていました。ほー、ペレンちゃんはこういう強い女を演じることもできるんだな、と感心しました。というか、ペレンちゃんは強い女が実ははまり役なんじゃないかな。

  社会主義国家お約束のスローガンには、必ず「女性の解放」があります。そうとは分かっていても、ローレンシアをはじめとする女性たちが、女を虐げる男たちの象徴である騎士団の城内で、前を見据えながら力強い動きで全員で踊る様は壮観でした。

  ローレンシアの恋人フロンドーソ役はイワン・ワシリーエフ。数年前に観たときより更に一回り(体が)大きくなった感がありますが、ちゃんと踊れているからいいか。技にフィギュア・スケートのシット・スピンみたいなピルエットが加わった模様。540ターンもやった。でも、あの体型はもうどうしようもないのかな。惜しいんだよね、このまま終わっていいダンサーじゃないと思うから。

  観客の目を惹きつける強いオーラ、場を盛り上げる才能、相変わらず力強くて高いジャンプと緩急自在の回転、頼りがいのあるパートナリング、そして何より、ああいう一見すると滑稽でつまらないような役でも没頭して演じる真面目さ、稀有なダンサーだと思いますよ。

  ワシリーエフの現状を考えると、ひねくれて腐ってしまっていても当たり前なのに、舞台上のワシリーエフからはそういったところがまったく見えませんでした。ワシリーエフはとにかく明るく、このフロンドーソという役を一生懸命に演じ、様々な技を披露して観客を楽しませてくれました。ワシリーエフ、なんとかなんないのかな、もったいないのよ。

  ワシリーエフはカーテン・コールでも、登場する瞬間にいろんなジャンプをして現れ、そのたびに観客がドッと笑い、会場が大いに盛り上がりました。

  村の娘ハシンタ役のアナスタシア・ソボレワ、ローレンシアの友人、パスクアラ役のタチアナ・ミリツェワ、ともにすばらしかったです。特にソボレワは要注目、期待大です。

  ストーリーと構成の問題は置いといて、『ローレンシア』が現在ではほとんど上演されていない理由は、踊りの面からも納得できます。『ドン・キホーテ』みたいに、キトリとバジルと森の女王役に良いダンサーを3人揃えればなんとかなるような作品じゃないです。

  しかも、『ドン・キホーテ』のバジルが第一幕と第二幕ではサポート・リフト専門で、第三幕でようやくソロを踊るのとも違い、『ローレンシア』のフロンドーソは全幕通じてとにかく踊りまくりです。フロンドーソばかりでなく、他の男性ダンサーたちが踊るシーンも非常に多かったです。

  また女性を含め、主要な登場人物には全員ソロの踊りがあり、また高難度なリフトがあるパ・ド・ドゥやパ・ド・トロワを踊り、更にコール・ドの踊りも振付がすっごい難しい。全体的にハイレベルなバレエ団じゃないと上演は無理な作品だと思います。  

  これは踊りを見せる作品であって、ストーリーを見せる作品ではないのです。それだけに踊りがすばらしければもう充分に楽しめます。

  演出はもう少し改訂したほうがいいかもしれません。特に武装蜂起のシーン。あるいは場数の問題かとも思います。ダンサーたちばかりか、オーケストラも慣れてなくて戸惑っているのが分かりました。数をこなせば自然になるでしょう。

  次の日本公演でもぜひ上演してほしい作品です。

  カーテン・コールではスタンディング・オベーションが起きました。年中行事化しているミハイロフスキー劇場バレエ日本公演では珍しいことです。しかも日本初演作品でスタオベなんて。しかもこれ旧ソ連、しかも1939年の作品だよ?すごいね。それだけ良かったっちゅ~ことですわ。

  またあらためて書く機会があれば書きますねん(無理かもしんないけど)。

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