新国立劇場バレエ団『シルヴィア』-6


  第三幕(続き)

  今、テレ朝でやってる『レッドクリフ』特別編(前編・後編を編集して一挙放映)観てます。映画館の大スクリーンで観たほどの迫力はないけれど、でも面白いねえ♪

  キャストはやっぱりいちばん好みだわ~ 特に周瑜がトニー・レオンで、諸葛孔明が金城武というのは、本人たちの実年齢に近いキャストで、中国中央電子台制作の三国志実写ドラマの俳優たちみたいにおっさんくさくなく、若々しくてしかもイケメン

  演出にもお笑いが入っていて、これも歴史小説の実写化作品としては斬新で洗練されています。

  でも、俳優たちの声と日本語吹き替えの声が全然似てないのはなんとかならんか(笑)。

  
  さて、デヴィッド・ビントリー版『シルヴィア』第三幕の続き。

  シルヴィアとアミンタのグラン・パ・ド・ドゥが終わって大団円、かと思いきや、そこにシルヴィアを追ってオライオンが乱入。アミンタはオライオンと戦いますが、あっけなく倒されてしまいます。弱えぞアミンタ。

  しかし、激しく勇壮な音楽とともに、白馬に乗り、槍を持った兵隊たちに囲まれたダイアナが轟然と現れます。ダイアナは金色の鎧をまとい、金色の兜をかぶっていて、その表情は見えません。引き結んだ口元だけがかろうじて見え、表情が見えないだけに、いっそう冷酷な威厳に満ちています。クリムトの『パラス・アテナ』みたいなイメージです。

  この白馬の装置はかなり大型で、白い石像風のたくましい造りで豪華です。見た目に反してさほど重くないようで、舞台の上を流れるように旋回した末に、オライオンの前に立ちふさがります。白馬の上に屹立したダイアナは微塵も動かず、これぞ女神という感じで、すごくカッコよかったです。

  ダイアナは無表情のまま、兵隊たちとともにオライオンを追いつめます。オライオンは逃げ惑いますが、ついにダイアナの乗る白馬と兵隊たちとの中に、その姿が埋もれて消えます。兵隊たちが離れると、白馬の蹄にかけられて殺されたオライオンの死体が、無残にぶらりと垂れ下がっていました。

  今までユーモア路線でストーリーが進行してきただけに、これはちょっとゾッとするシーンでした。ユーモアの中にシリアスでショッキングなシーンをいきなり挿入する、これもビントリーの秀逸な演出です。

  ダイアナがオライオンを殺したというよりは、伯爵夫人が夫の伯爵を殺したと見れば、現実的な恐ろしさが感じられますね。

  夫(伯爵=オライオン)にないがしろにされてきた妻(伯爵夫人=ダイアナ)による、夫への容赦ない残酷な復讐です。夫にすげなくされても夫を愛し、夫の浮気現場を目にしても我慢してきた妻が、積もり積もった怒りを爆発させるとどうなるか。実際、そういう事件て、ときどき起きますもんね。

  事件化しなくとも、グーグルで「夫」と打ち込むと、サジェスト機能(下にだーっと複数キーワードの検索候補語が自動的に表示される機能)で、物騒な語ばかりが羅列されるというニュースを前に見ました。(さっき、実際に「夫」と打ってみたら、本当にそうでした。ひええ。)

  世の妻の、夫に対する潜在的な殺意を、ダイアナがオライオンを殺すこのシーンは暗示しているような気がします。

  ダイアナの怒りは、次にシルヴィアとアミンタに向けられます。これも、シルヴィアが純潔の誓いを破ったからというよりは、愛する者に裏切られて傷ついた女性の、愛し合う者たちに対する悲しい怒りなんでしょうね。

  白馬に乗ったダイアナはシルヴィアとアミンタを鋭く指さし、兵隊たちとともに二人に迫ります。シルヴィアとアミンタは観念して地面に身を伏せます。

  しかし、ダイアナの乗った白馬の前に、黒い雨傘をさし、白い帽子をかぶって、白いスーツを着たエロスがいつのまにかいました。エロスは白馬とともに旋回し、周囲を見渡すと、目が合ったダイアナに向かって帽子を取って軽く会釈します。その飄々とした様子に、客席から笑い声が漏れます。

  エロスはダイアナにシャンパンの入ったグラスをさし出します。ダイアナは馬から下りて黄金の兜を脱ぎます。そして、夢から覚めたような呆然とした表情で、つられたような手つきでシャンパン・グラスを受け取り、グラスをじっと見つめます。何かを思い出しかけているようです。

  女神ダイアナの厳しかった表情が、徐々に人の妻である伯爵夫人のそれに変わっていきます。このシーンで思い出すのは、湯川麻美子さんの表情の変化ですね。女神らしい容赦ない厳しさと冷酷さが緩んで、人間らしい柔和さに変わっていくのが、見ていてよく分かりました。

  エロスが合図すると同時に、場面はグイッチオーリ伯爵邸のホールに変わり、ダイアナの白馬も兵隊たちも奥に消え失せます。その場には、ダイアナの格好をしたグイッチオーリ伯爵夫人、ニンフであるシルヴィアの格好をした女性家庭教師、アミンタの格好をした召使だけがいます。

  我に返った伯爵夫人は、自分が古代ローマの女神のような格好をしているのに気づいて仰天します。そして女性家庭教師を見て、彼女にも、あなた、なんでそんな格好をしてるの?と驚きながら尋ねます。女性家庭教師も、自分が白い古代ローマ風チュニック・ドレスを着ているのを見てびっくりします。三人には何が何だかわけが分かりません。

  そこに、蝶ネクタイをほどいて首からぶら下げたグイッチオーリ伯爵が、奥からふらついた足どりで出てきます。伯爵は顔をややしかめながら、指先で右のこめかみを軽くたたくマイムをして、なんだかおかしな夢かまぼろしを見ていたようだ、と言います。

  グイッチオーリ伯爵は、妻である伯爵夫人を見ると、いきなりその前にひざまづきます。そしてうなだれて顔を両手で覆って泣き出し、今までひどい仕打ちをしてきた妻に許しを請います。伯爵夫人もまた泣き出しそうな表情になって、すぐさま夫に駆け寄って抱きしめます。

  白いスーツ姿の老庭師が伯爵夫妻の子どもたちを連れて現れます。伯爵夫妻と子どもたちは互いにしっかりと抱き合います。女性家庭教師と召使は、なぜかパ・ド・ドゥの最後の決めみたいなポーズをとります(笑)。

  彼らの様子を見届けた老庭師は、客席に向かって一礼すると、くるりと後ろを向いて去っていきます。その背中には、小さな白い翼が生えていました。人間たちが愛を取り戻したのと同時に、エロスもまた人間たちへの愛を取り戻したのでしょう。

  このデヴィッド・ビントリーの改訂版『シルヴィア』は、イギリスでも上演回数がまだ少ないようです。改訂版がバーミンガム・ロイヤル・バレエで初演されたのは2009年ということなので、まだ新しい作品といえます。イギリスでも観たことのある人々の数は限られているでしょう。

  しかし、その完成度はきわめて高く、これから上演回数が増えて、評価も高くなっていくのは必定だろうと思います。プログラムを見る限り、上演権をどこが、あるいは誰が持っているのか分からないのですが、たとえば欧米ではバーミンガム・ロイヤル・バレエでしか上演されないのだとすると、実にもったいない話だと思います。

  新国立劇場バレエ団がこのビントリー版『シルヴィア』を上演したのは、すばらしい決断であり、また本当に見事な舞台でした。ダンサーたちはよくやったと思います。本格的な撮影用の大型カメラが何台も入っていましたから、今回の舞台はテレビで放映されるか、あるいはDVDやブルーレイ・ディスクになる可能性が高いでしょう。

  映像化されれば、このビントリー版『シルヴィア』と、また新国立劇場バレエ団の双方の評価を高めることになるでしょうから、これも非常に良いことです。

  しつこいですが、ビントリー版『シルヴィア』は、ぜひとも新国立劇場バレエ団の定番レパートリーとして、『カルミナ・ブラーナ』とともに、これからも上演していってほしいです。今回は観劇を躊躇してしまったみなさまは、次はぜひご覧になってみて下さい。本当にすばらしい作品です。

  
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