マリインスキー・バレエ『眠れる森の美女』(1)

  マリインスキー・バレエの『眠れる森の美女』は、『白鳥の湖』と同じく、コンスタンチン・セルゲーエフの改訂振付版(1952年)を用いているそうです。

  セルゲーエフが加えた振付は、マリウス・プティパの原振付に負けないくらい複雑で難しい振りのように思えました。オーロラ姫をはじめ、リラの精、他の妖精たち、そして女性コール・ドの踊りにまで、難しいステップが付け加えられていたようです。

  今日の『眠れる森の美女』を観てはじめて、プティパの『眠れる森の美女』はテクニック的に難しい作品であり、またセルゲーエフ版は特に難しく、マリインスキーのダンサーたちでさえ苦労するほどなんだ、と実感しました。

  また、セルゲーエフ版では、やはりマイムがほとんど削除されていたばかりか、第一幕では、しょっぱなから「花のワルツ」が始まりました。その前に本来はあるはずの、王宮の広場で女たちが編み物をしていて儀典長に取り上げられ、フロレスタン王が女たちの死刑を命じ、王妃が女たちの命乞いをするシーンがなくなっていました。

  音楽のテンポは、時には異常に速かったり、時には異常に不自然に遅かったりしました。ダンサーの踊りに合わせていたためです。

  ほんとに「踊りだけで勝負!」なのだなと思いました。それはそれで一つの主義だと思いますが、『眠れる森の美女』は演劇的だとより見ごたえがあるので、マイムや演技のみのシーンがほとんどなくなっていたのは残念です。

  キエフ・バレエのコフトゥン版もマイムはほとんど削除していました。おそらく、知識がないと分からないクラシック・マイムは、時代的に嫌われた、もしくは排除せざるを得なかったのでしょうね。

  おかげで、セルゲーエフ版もコフトゥン版も、カラボスがオーロラ姫にどんな呪いをかけたのか分かりづらく、リラの精がその呪いをどんなふうに変えたのかも分かりにくいです。だから、第一幕でオーロラ姫が指を編み針で傷つけて倒れる展開が唐突に思えます。また、狩猟の途中でふと暗い表情を見せるデジレ王子が、何を思い悩んでいるのか、そして何を求めているのかも分かりません。

  『白鳥の湖』でのオデットの「自己紹介」マイムなんぞは別になくてもかまいませんが、『眠れる森の美女』では、マイムが作品の中で大きな役割をなしており、マイムがあると非常に効果的だと思うので、残されなかったのが惜しまれます。ふと、マイムを残している版、たとえばフレデリック・アシュトン版、ケネス・マクミラン版、アンソニー・ダウエル版やモニカ・メイスン版を、マリインスキー・バレエが上演したら、演技と踊りがともに見ごたえがあって面白いだろうに、と思いました。他にも、たとえばマリシア・ハイデ版をやったらどうなるでしょ!?カラボスは鉄板レオニード・サラファーノフだな(笑)。

  でも、キエフ・バレエの『眠れる森の美女』よりは、マリインスキー・バレエの『眠れる森の美女』のほうが、みんなきちんと演技もしていてよかったです。フロレスタン王(ウラジーミル・ポノマリョーフ)は威厳のある王様で、しかも良いパパだし、王妃(エレーナ・バジェーノワ)は超美人な王妃様だし、カタラビュット(ソスラン・クラーエフ)は笑えました。

  プロローグで、カタラビュットはお約束どおり、怒ったカラボスによって髪の毛をむしり取られてしまいます。おかげでカタラビュットはカッパハゲになってしまいます。面白いのが、オーロラ姫が成長した第一幕から、オーロラ姫の結婚式の第三幕まで、カタラビュットはずっとカッパハゲのままなんです。それが、第三幕の終盤で、舞台の奥でフロレスタン王がカタラビュットの頭にさりげなく部分ヅラをはめてやり、そのままカタラビュットの頭をぽんぽんと撫でます。オヤジ同士でほのぼのしてて妙におかしかったです。

  リラの精はダリア・ヴァスネツォーワでした。長身の美女で、上半身が逆三角形で、手足がすらりと長い、いわゆる「プリマ体型」をしています。身体が非常に柔らかく(マリインスキーの女性ダンサーはみんなそうだけど)、姿勢がきれいで、とても見栄えがします。ただ、高貴さと優しさとをあわせ持った威厳があまり感じられず、存在感も強かったとはいえません。もっとも、これはリラの精からマイムと演技とを奪った演出のせいもあります。

  ただ、第三幕のリラの精のソロでは、ヴァスネツォーワは堂々とした見事な踊りを見せました。長い脚が耳の傍すれすれまで鋭く上がって、私の周囲の観客がほうっとため息をついたほど。

  優しさの精(マリーヤ・シリンキナ)、元気の精(アンナ・ラヴリネンコ)、鷹揚さの精(エレーナ・ユシコーフスカヤ)、勇気の精(ヤナ・セーリナ)、のんきの精(ヴァレーリヤ・マルトゥイニュク)それぞれの踊りは、なかなかだったとは思いますが、みな必死に踊っているのが分かって、優美でさりげなく見えても、プティパの振付は本当に難しいんだな、と思いました。

  リラの精も加わって、妖精たちが一緒に踊るところでは、男性ダンサーたちによるサポートは一切なしでした。妖精役のダンサーたちはみな一人で回転していました。みなで数珠つなぎになったまま、片足ポワントでゆっくりアラベスクをしたときには、見ていて仰天しました。

  妖精のお付きの妖精たち役の女性群舞はすばらしかったです。プロローグ、第二幕、第三幕とずっと出てきて踊りますが、腕の動きや脚の上げ方が美しくてしかも揃っていて、群舞にそこまで要求するかー!的な複雑なステップもよくこなしていました。特に第二幕で、デジレ王子がオーロラ姫の幻影と踊るシーンでの群舞は整然としていて、非常に美しかったです。

  そーいえば、マリインスキーの『眠れる森の美女』はヅラ率が高くて、登場人物は人間も妖精もほとんどがロココ調のヅラをかぶっていました。でも、ヨーロッパ人だから似合うんですな。ヅラが浮いて見えません。民族の壁は厚いぜ。

  カラボス(アントン・ピーモノフ)は黒衣に長髪の白髪、という姿で登場しました。別に悪役メイクをしているというわけでもなく、アクの強い表情をするわけでもなく、鼻筋のとおったキレイなお顔立ちが分かってしまって、まあ、ハンサムなおにーさん、と思ってしまいました。

  それに、このセルゲーエフ版のカラボスは、リラの精にてんでかなわないのです。呪いをかけた後、カラボスはリラの精にすごいあっさりと追い払われてしまいます。

  第一幕で、カラボスは頭からマントをかぶって現れ、オーロラ姫に花束を渡します。その中に編み針が混じっていて、オーロラ姫は指を傷つけてしまいます。目的を遂げたカラボスはあざ笑いながら姿を消します。その後の第二幕、デジレ王子が眠るオーロラ姫のもとへやって来たとき、カラボスはまた現れるんだろう、と思っていましたが、なんと、カラボスは登場しませんでした。いくらなんでも存在感薄すぎだろーが、と思いました。

  カラボスの家来たちのほうが面白かったです。ゴリラみたいな仮面と黒い服の家来、コウモリらしきグレーの耳と羽根をつけた家来の2種類がいました。ゴリラ家来のほうは、仕草も両腕を前にだらんと下げ、体を落ち着きなく横に揺らしていて、サルっぽかったです。「オズの魔法使い」の「ウィンキー」を参考にしたのでしょうか。 
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