「良い舞台」とは(2)

  (ナショナル・シアター前でおバカな水芸を披露していたパフォーマー。でも大笑いした)

  「オズの魔法使い」の各紙での評判は芳しくありませんでした。私も1回目に観たときには、「ゾロ」と比べてあまりに稚拙な舞台装置や効果に呆れました。わるくいえば、学校の学芸会レベルでした。レヴューでの評価が低かったのはこのことが最も大きいと思います。

  批評家たちは、ジュディ・ガーランド主演のゴージャスな映画が、今回の舞台で最新技術を駆使して、よりゴージャスに再現されるであろうと期待していたのでしょう。でも、実際はまったく違いました。

  たとえば、風景などは舞台中ほどの天井に据え付けられたスクリーンに映像が映し出されるだけで、大がかりかつ巧妙な装置の転換などはほとんどありません。しかも、その映像ときたら、ありふれた風景の写真や、子どもが描いたような稚拙な絵なのです。

  竜巻もあまりに簡単な黒の「ぐるぐるマーク」が映し出されて、それはまったく迫力に欠けました。エメラルド・シティもスクリーンに絵を映して表現していました。それがあまりにポップなかわいい絵で、お世辞にも美しいとは全然いえません。

  あとは、ドロシーの部屋のセットが、後で西の魔女の「城」として使われていて、かかし、ブリキのきこり、ライオンが、粗末な部屋のセットを指さして、「あれが西の魔女の城だ!」と叫んだときには、思わず噴き出してしまいました。

  かろうじて、「レ・ミゼラブル」のような回転舞台を用いて、その上に簡素なセットや人物を置いて登場させることで、場面転換を行なっていました。

  また、マンチキン・ランドの場面では、子どもたちが大勢出てきて小人を演じていました。これも子どものきらいな「大人」の批評家たちには気に入られなかったでしょう。

  北の魔女グリンダや西の魔女が登場したり消えたりするシーンも、魔女なのに人間のように扉から出てきて現れ、扉の中に入って姿を消すのです。火はドライアイス、雪は銀色の紙吹雪を用い、りんごの木は女性キャスト3人が背中に枝をくっつけて演じました。衣装はチェックのシャツにズボン、帽子という普通の服装です。カラスも燕尾服に黒いタイツ姿の男性キャスト3人が、両腕を鳥の翼のようにゆらゆら動かしながら演じ踊りました。

  最も笑えたのは、西の魔女がドロシーに水をかけられて溶けて死ぬシーンです。ベッドの上に立っていた西の魔女に向かって、ドロシーがバケツの水(銀の紙)をかけます。すると、西の魔女はベッドの中に沈んでいって「溶けて」しまいます。西の魔女が溶けた後のベッドがモコモコと動いていて、もはやトリックともマジックとも呼べないレベルです。

  最初に観たときは、なんだこれは、あまりにひどすぎる、と正直なところ思いました。でも2回目に観たときには、これは明らかにわざとこういう簡素なセットや稚拙なトリックにしたのだ、と分かりました。その理由も察しがつきました。

  この「オズの魔法使い」は、子どもたちのための舞台なのです。演じるにとっても側も、観る側にとってもです。スクリーンに映した稚拙なイラストは、子どもたちが実際に「オズの魔法使い」を描いたものなのでしょう。観客は子どもが非常に多いです。そうなるとチケット価格を低く設定せざるを得ませんから、低予算で作らなければならなかったわけです。また、この舞台は期間限定公演ですから、金もうけのための舞台ではありません。

  それを如実に示していたのが、見えにくい席には客を入れていなかったことでした。最初から販売していなかったのです。1階席前3列は、座席が取り払われてオーケストラ・ピットになっていました。実質的な最前列である4列目にも客を入れていませんでした。オーケストラ・ピットのせいで舞台が見えにくく、またオーケストラ・ピットと4列目の座席の間をキャストたちが走り回るからです。2階席で舞台に最も近い席(左右のウイング席)にも客を入れていませんでした。ますます予算を低くしないといけなかったでしょう。

  私は前から数列目の席のチケットばかりを買いました。オペラ・グラスのいらない、非常に観やすい席です。それでも40ポンドでした。

  今回の「オズの魔法使い」は、ハリウッド映画の再現や金もうけを目指したプロダクションではなく、内容の深さと充実したキャストのみで勝負に出た公演なのです。大人のキャストに関しては、主な登場人物をはじめとして群舞にいたるまで、すべて高い能力を持つキャストで固めてあります。

  大規模なロイヤル・フェスティバル・ホールの客席はいつも満席です。驚いたことに、各メディアのレビューでの評価が低かったにも関わらず、観客の反応は非常に良いのです。毎回すごく盛り上がっています。ストーリーに深みがあり、キャストたちが良いパフォーマンスをしているからでしょう。稚拙なトリックも、観客はもちろんからくりを知っていて、それでも笑いながら拍手するのです。茶化している感じはありません。とても暖かい雰囲気です。

  演じる側といい、観る側といい、なんというか、この公演は非常に「性質(タチ)が良い」感じがします。

  この舞台でのクーパー君はとても自然で、パフォーマンスは非常にすばらしいです。前に書いたように、踊りがとにかくいいです。踊るととたんにデカくなります。ジャンプは軽く跳んでいるだけなのに、脚は少し上げているだけなのに、異様に高く見えます。尺取虫のようにクネクネ、ギコギコした動きで踊るソロは、踊っている最中から観客の喝采を浴びていました。やはり踊りになると、他のキャストたちとは明らかに違います。

  もともとロイヤル・バレエでいろんなコンテンポラリー作品を踊っていた人ですから、このブリキのきこり役も、彼にとっては大したことはないのでしょう。クーパー君が人形のようなぎこちない動きで踊る姿は、今となってはあまり観られる機会はないと思うので、観られてよかったです。

  舞台に出ずっぱりなのも嬉しいです。ブリキのきこりの他に、最初と最後ではヒッコリー役として、Tシャツにオーバーオールという普通の兄ちゃんの姿でも出てくるので、一粒で二度おいしいというか、得をした気分になれます。オーバーオールなんてダサい、と思われるかもしれませんが、彼は変わった着方をしています。オーバーオールのベルトを締めて、上身ごろを下に垂らしているんです。上は広い丸首の白い長袖Tシャツで、すごい似合います。

  最後、ブリキのきこりがドロシーに別れを告げて去ってから、目覚めたドロシーの前にヒッコリーが現れるまで、そんなに時間がありません。せいぜい衣装を変えて銀粉メイクを落とすのが精一杯でしょう。ですから、最後はメイクなしの素顔で出てきていると思います。上にはねた前髪が額に幾筋か斜めに垂れて、ほんとにカッコいいです。クーパー君がヒッコリーとして再び現れると、客席から笑いが起きました。みんな「ハンサムだ」と思っているのでしょう。私ももちろんそう思っています。
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