3月10日

  今日も10時過ぎまで寝ていた。お茶を飲みながらのんびりと仕度をして、11時半くらいに宿を出た。ロンドンは寒くて小雨がひっきりなしに降る天気が続いている。せっかく日本から持ってきたのだから、と最初はスカートにパンプス、という格好で出た。でもネットカフェを出た後、あまりな寒さに耐えられず、再び宿に戻ってジーンズとブーツに着替えた。ほっ。

  時間はとっくに午後1時を過ぎている。体が冷え切っていたので、なにか温かいものが食べたかった。で、近くの中華料理屋兼韓国料理屋に入った。店員らの言葉から察するに、経営者は中国朝鮮族の移民とみた。店の外に出されているメニューには、なぜか日本語バージョンもあった。これが外国名物のヘンな日本語で、「韓国飲食物のメミュー」と書かれた看板が置かれていた。
  汁物が食べたかったので、シーフード・スープ・ヌードルを頼んだ。出てきたのは牛肉、豚肉、鶏肉の切り身と、エビ2尾、きくらげ、フクロダケ、たけのこ、うどが山盛りに盛られ、下に平べったい麺が少量埋まっているヌードルだった。これをシーフードというべきか否か釈然としないが、スープはおいしかったし野菜も摂れたのでよしとしよう。

  今日は「ガイズ・アンド・ドールズ」の夜公演を観るだけだから、まだ時間がある。天気は悪かったが、今日はセント・ジェームズ・パークに行くと決めていた。動物たちと触れ合うために、日本から生くるみを持ってきたし、機内食で出たパンを取っておいたのだ。
  寒空の下、木の葉も落ちて閑散としたセント・ジェームズ・パークには、人があまりいなかった。夏は観光客でごった返しているのとはえらい違いだ。だが、まだこんなに寒いのに、桜らしい樹が少しばかり花を咲かせていた。また野草らしい植物も、青と白の花が開こうとしていた。驚いたことに水仙は満開だった。彼らはロンドンの気候に適応している。

  リスが寄ってきたので、さっそくくるみをやった。口で受け取ると柵に上って座り、小さな両手で挟んでこりこりと食べる。仲間が複数やって来た。私の足によじ登ってくる。不公平がないようみなにくるみをやった。大胆なヤツもいて、なんとくるみの袋を持っている腕の上に乗ってきた。オマエは春日大社の鹿か。
  くるみをやると、そいつはそのまま私の腕の上でくるみを食べた。ずうずうしくてがめついヤツだけど、小さな動物の重みはかわいくていとおしい。
  あっという間にくるみは完売御礼となった。湖の周囲を一周して帰ることにした。寒くてたまらない。春や夏に比べると、鳥たちの数が少ないように感じる。まだヒナが生まれていないせいだろうか。それとも、生意気にも渡りでどっかに行ってやがるのか。それでも数羽の水鳥がやって来たので、パンをちぎって与えた。

  帰ろうとしたら、リスにピーナッツを与えていたイギリス人のじいさんに話しかけられた。何を言っているのかよく分からない。じいさんは私が日本人だと知ると、「オーサカ、キョート、ワカヤマ、チバ」と日本の地名を挙げ始めた。日本のことを勉強しているのだという。何の勉強か分からんが。
  お前はどこから来たのかと聞くので、東京だと答えると、じいさん、「トーキョー」は知らないらしかった。
  あとは結婚はしているのかとか聞いてきて、それから「結婚はよくない。金がかかる。家なんか、何度も何度も買い替えなくちゃいけない」と、どっかで聞いたような話をし始めた。
  どういうじいさんなのか分からないが、「私は昔、軍隊にいたんだ」と言っていたような気がする。日本人の私のことをどう思ったのだろう。

  じいさんとさよならして時計を見たら、もう4時半になっていた。寒い。どこか屋内に行きたい。でも食欲はないからコーヒー・ショップとかには行きたくない。かくなる上は美術館である。ガイドブックをめくって、この時間でも入れる美術館を探す。でも、ほとんどが5時か6時には閉館する。
  唯一、ナショナル・ポートレート・ギャラリーだけが、金曜日と土曜日は夜9時まで開館だという。別に行きたくはなかったが、仕方がないからそこへ行くことにした。私、まったく時間を無駄に浪費してるなあ。

  ナショナル・ポートレート・ギャラリーには2002年に行ったきりである。そのときにはクーパー君の小さな肖像画が飾られていた。一時期、それは外されていたらしい。でも今日行ったらクーパー君の肖像画は復活していた。相変わらず凶悪な顔してるな。ちなみに30番の部屋に飾られています(ダーシー・バッセルの肖像画も同じ部屋)。
  チューダー家の皆様や貴族の方々の肖像画をささっと拝見して、「現代のイギリスを創り上げた人々」展の部屋に入る。
  その中に「ロイヤル・バレエ」というコーナーがあって、関係人物の写真がたくさん飾ってあった。ニネット・ド・ヴァロワ、フレデリック・アシュトン、マーゴ・フォンテーンなど、おなじみの人物が勢ぞろいだったが、ピーター・ライト、ジョン・クランコ、デヴィッド・ビントリーの写真もあった。
  このコーナーの最後の写真は、イレク・ムハメドフ、ジョナサン・コープ、ダーシー・バッセルだった。小さなことだけど、人々の名前には、ミドルネームも記載されていた。

  時間はあっというまに過ぎ、気づいたらもう6時45分だった。あわててピカデリー・サーカスに行った。なにか食べておきたかったが時間がない。近くのパン屋ですませることにした。コーヒー、サラミとチーズのバゲット。うーん、このサラミが実にまずい!

  「ガイズ・アンド・ドールズ」は連日大盛況である。上演日近くとか、当日にチケットを購入する人々が圧倒的に多いのね、たぶん。それでギリギリのところで客席が満杯になるわけだ。
  クーパー君は演技が板についてきた。歌い方にもアドリブをきかせたりして、なかなかいい感じである。考えてみたら、この作品では、クーパー君がソロで踊るシーンはない。女性と組んで踊るか、男性群舞で踊るだけである。
  だから残念ながら、クーパー君独特の踊りの美しさは堪能できないのだけれど、組んで踊っても、群舞で踊っても、踊りにいちばんキレがあって、流麗で美しいのはクーパー君よ!

  第一幕最後、ハバナのレストランでの群舞シーン、女性をリフトするクーパー君は、ボーンの「白鳥の湖」第二幕「ハンガリーの踊り」のあの群舞シーンを思い起こさせる。女性の体を抱えて空中ですばやく半回転させる動きは、やはりクーパー君のリフトがいちばんきれい。
  大体、踊るときの姿勢からして他のダンサーとは違う。数少ないクーパー君の踊りが、彼の能力を発揮するには程遠い振付のものでしかないのは、本当に残念。
  第二幕「クラップ・シューターズ・ダンス」でソロを踊る男性ダンサーを見ると、クーパー君だったらもっと上手に、もっとすてきに踊るだろうに、とつくづく思う。
  "Luck Be A Lady Tonight"の途中の群舞でも、最前列で踊るクーパー君がいちばんカッコいい。

  演技や歌も、たった1週間でこれだけ違ってきたのだから、半年後にはどんなになっていることやら。演技もセリフ回しも歌も、日々どんどんうまくなっていくだろう。この「ガイズ・アンド・ドールズ」出演は、彼にきっとよいものをもたらしてくれるに違いない。
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