▼衆議院解散より俳優高倉健さんの死去の方が、私の田舎では大きなニュースだ。日本男子の見本のような役を演じたが、高倉健という男優を通し、男の生き様はどうあるべきかを、スクリーンを通じて学ばせてもらったのは、私たち世代だ。だが、フアンの中には健さんのように、強く優しく哀愁を帯びた男の背中を見習おうとして、勘違いした御仁もいたようだ。
▼ 当時、健さんの映画が終わると、混雑した中で肩がぶつかったといい、映画館前で喧嘩をする若者もいた。「男ぶりかどんぶりか、高倉健かじゃんけんか」などという言葉も懐かしい。高度経済成長期の経済至上主義の世に在って、男の矜持が失われていった時代、健さんの演じる男道に魅了されたのだろう。学生運動も終末にさしかかった,無気力感が世にはびこり始めた時代の、スーパースターが健さんだった。
▼ さて、男ならじっと耐え新年を迎えるそんな時代に、外遊から戻るや否や、消費税増税延期を人質に、衆議院解散の伝家の宝刀を抜いた。「男シンゾウ、どこへゆく」「戦争するため海外へ」なんて、減らず口を叩きそうな気配だ。
▼ 「表費税増税は、17年4月に必ず行う」。野党の体たらくを見越し、勝利を確信した上で、国民に増税の意志を約束させる。こんなふざけた解散など、今まで見たことのない卑劣な振る舞いだ。増税は「国民が決めたこと」ということを確約させる、まずは「増税確認解散」なのだ。
▼ 国会へ、殴り込みをかけようとする野党はいない。自分の縄張りにいち早く戻り、子分を集めて死にもの狂いの戦いを強いられる、情けない端役ばかりだ。
▼ さて、晋さんが仕掛ける戦いの、真に目差すものは何か。自分の組の組織強化だ。それには強い軍事力を背景とする力での統制だ。この解散の真の狙いは「集団的自衛権行使容認」つまり戦争する国への、足固めだ。マスコミが予想するように、晋さんの組は多少子分を減らすだろうが、政権の維持は可能だ。さらには長期政権への第一歩を、確実にすることだ。
▼ 消費税増税を延期することで、一般の国民は良かったと思っている。野党の攻撃で延期したのではない。国民のために延期したのだという、大義名分が出来上がったのだ。国民が頼りにするのは、やはり晋さんだと。
▼ 次々当選する自分の子分に、勝利の赤い薔薇を付ける晋さんの笑顔が浮かぶ。その薔薇が首を取られた野党の顔写真に変わった時、尿意を催し目が覚めた。もし尿意を催さなければ、組閣の顔ぶれまで見てしまいそうだったからだ。
▼健さんの死後、政界には「仁義なき戦い」が、さらに吹き荒れそうだ。私が映画監督なら「七つの大罪」というタイトルの映画を作製したい。「原則なき政治」・「道徳なき政治」・「労働なき政治」・「人格なき政治」・「人間性なき政治」・「良心なき政治」・「犠牲なき政治」のオムニバス映画だ。もちろん主役のマハトマ・ガンジー役は、健さんに頼もうかと思っていたのだが。