函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

人間監視カメラ

2013年01月22日 14時21分42秒 | えいこう語る
本州の山の中の町で、監視カメラを何十台も設置したことが話題になっていた。
みんな知り合いの町で、泥棒など心配ない。監視されるのは、住民としては迷惑極まりないという。
ところが役場側から言わせれば、高齢化で徘徊者が出た場合、捜索が容易だという理由だ。
推測するに、国が計画して県に配分した予算が余ったのだ。どこの市町村もそれを使う計画がなかったので、限界集落のような高齢化の町に、徘徊防止を理由に予算を押し付けたのだ。
拒否すると、何かと不都合なことがあるのを予測する自治体は、税金の無駄使いに手を染めてしまうという、そんな事例のようだ。
昨日一日の、高齢者世帯に対する町会長としての私の行動を紹介したい。
※風があるため、水面が騒いでいる。こんな時もウニ漁は中止だ。


88歳のおとうさんを介護する84歳のおばさん、家でお父さんを風呂に入れていたが、体力の限界だと数日前に相談があった。
老人センターの入浴サービスを勧めるが、おじさんは拒否する。そのまま施設に送り込まれると思っているようだ。
ケヤマネージャーに来てもらい、1時間以上も説得し、やっと行くことになり、みんなが安心した。私はいったん自宅に戻ったが、おばさんから電話があり、とうさんが動けなくなったという。長時間話したせいか疲れきったのだろう。このまま寝かしておいた方がいいといい、自宅に戻ったらまた電話があり、なんだか息をしていないようだという。
脈も呼吸もあるが、医者を呼ぶほどのものでもないと思い、役場の保健婦に見てもらうようお願いした。田舎の役所はみんな顔見知りなので、臨機応変だ。
早速来てくれ、観察開始。丁寧な対応でおじさんも安心したのか、眠り始めた。
再び自宅戻っていたら、外出から戻って来た妻が「おじさんが外で倒れている」と叫ぶ。
外に出てみると、雪の上にひざまずいたまま立ち上がれないでいる。
「何でおじさんが外に」と、こちらの頭の中も大混乱だ。
家に連れ戻すと、おばさんが介護で疲れきって昼寝をしていたのだ。
その隙におじさんは立ち上がり、外におしっこに出かけたのだ。家のトイレに向かうとおじさんは出が悪くなるといい、以前から太平洋を見ながらすると出やすいというのは知っている。
それにしてもどんな力が湧いて歩いたのか、意味不明だ。
「とうさんなら、黙っていれば勝手に天国まで歩いていきそうだな」というと、おじさんは笑っていた。おじさんは身体が動かないが、ボケは少ないのだ。
その後も私は窓から室内を覗いたり、玄関から様子をうかがったりした。
休む時もいつでも対応できるように、自分の枕元に電話を置いた。
私は「人間監視カメラ」に変身してしまった感じだ。
今朝の新聞、得意の麻生節が炸裂したという。
「終末医療は金がかかりすぎるので、さっさと死ねるようにしてもらう」。
本音を漏らせばそうだと思う。太郎ちゃんは性格も悪くはないし、正直者だ。
隣のおじさんの「いつ死んでもいい」というのは聞いたことがない。
「家で死にたい」とはいっている。でも、おばさんが先に倒れてしまう。
過疎・高齢化、私も間もなく行く道だ。
今日は地元に函館市長がやってきて、私も町会長の立場で意見を述べる。
人間監視カメラの話題から、話を進めようかとも思っている