「 もっと建築に期待して欲しい 」
先日取材を受けたときにもそう言いましたが、
随分前から使っている言葉です。
今日、どういう意味かと尋ねられました。
秘めた意味があるわけではなくて、そのままです。
家を建てる人 ( 家に限定しなくても建築全般ですが ) の多くは、
自分が見たことのある範囲で、「 だいたいこんなもの 」 と決めてしまっているように感じます。
「 自分の知らない、もっといいものがあるんじゃないか 」
「 もっと良くなるんじゃないか 」
と、欲張っていないように感じます。
予算に余裕があれば、高価な材料を求めてもいい。
けど ・ ・ ・
それだけで良いものが出来るわけではなくて、
「 期待して欲しい 」 のは、知恵や感性で創り出す部分です。
今月の 『 茅の会 』 を欠席して、
今日は、広川町で 『 みんなで考えよう! 南海地震と津波から身を守る 』
という京都大学教授のセミナーに出席しました。
『 和歌山県介護支援専門員協会有田支部 』 の主催でしたが、
建築関係の団体が主催してもいい内容です。
南海地震そのものがどういうものかについては、色々な所で聞いているので、
私の興味は、「 地震から後がどうなるのか 」 ということです。
過去にも、東南海地震と南海地震が30余時間の差で起こったことがあるそうで、
また、国道42号線の30%が不通になるという予測がある中、
一般に言われているように、3日分の食料 ・ 水の備蓄で足りるのか?
と言うこと。
今日決定的な結論は聞けませんでしたが、
この地域に3日以内に救援が到着するかは、ちょっと疑問。
別の話ですが、最近の話題を2つ。
1つ目、
関西電力で聞いたのですが、エコキュートや電気温水器などの貯湯式の給湯器には、
災害などで断水した時に、ここから非常用の水が取り出せるようにコックが付いていて、
450?のタンクの場合4人家族が3日間必要な水はこれで確保できるそうです。
但し、
神戸の地震を教訓にして全メーカーが付けた装置なので、それ以前の機種にはありません。
2つ目、
昨日、現場で建材屋の奥さんに会いました。
「 せんせぇ、ロータンクのない便器は災害の時水が流せないからダメ!
って言ってたけど、メーカーの営業マンに聞いたら
バケツで直接 “ 鉢 ” の部分に水を入れたら大丈夫!
って言ってましたよう! 」
とのこと!
タンクレスの便器の仕組みを考えても、それで汚物が流れるとは思えない。
それ以前に、私はメーカーの営業マンの話を鵜呑みにはしない!
朝から試しましたよう。
まず、8?のバケツで1杯目。
便器の中が “ 地獄絵図 ” になっただけ!
2杯目。
何となく薄まった気はするけど ・ ・ ・
彼女に電話しました。
「 日曜の朝からゴメン!
やっぱりバケツの水を直接入れただけでは ンコ 流れん!
その営業マンに、自分で試してみたか?って聞いておいて! 」
神戸の直後の状態を見た経験から、
飲み水でなくても、バケツ1杯の水を確保するのは大変です。
それが1杯や2杯で流れないなら使い物にならない!
人が私のことを言う時に、
「 椅子好きの建築家 」
「 自然素材で家を建てる人 」
だいたいこの2つが多いでしょうか。
あとは、
「 和歌山で ・ 有田でデザインのいい家を建てるなら、彼に! 」
と言ってくれる人もいますが、これは自分もその場にいると少々照れます。
「 自然素材で家を建てる人 」
は、自身の中で一番こだわっている部分なのでそれで良いのですが、
本当は 「 素材だけの話ではない 」 という思いがあります。
“ 自然 ” は素材だけではなくて、
● 光 ・ 風が自然に入ってきて抜けていくこと
● 自然な暮らしができて、自然な時間が流れる空間プランであること
● 目線 ・ 気持ちが、自然に受け止められたり、抜けていったりすること
● 自然に1日の疲れが癒され、眠りに誘われる照明計画
● 敷地や周囲との関係で、
あたかもその土地が出来た時からそこにあったように、自然な佇まいであること
などなど、
そのあり方の全てが自然であることが、私の目指す建築です。
“ 全てが自然な家をつくる人 ” では、意味が解り難いけど ・ ・ ・
本当は、そう評価してもらえると嬉しいのです。
不自然に “ 自然素材 ” をコマーシャルしてしまうと、
質感だけではなくて、空間まで不自然住宅になってしまう。
これは、いくつも建物を見ていると誰でも気付くことです。
『 明恵 』 は、『 みょうえ 』 と読みます。
『 あきえちゃん 』 と読んでしまうと、
ハイティーンの頃 優しくしてもらったおねぇさんになってしまう ・ ・ ・
明恵は、父を平家に、母を湯浅一族に持つ鎌倉時代の僧です。
「 こころ美しき人 」 と形容されたり、
日本で始めてお茶を栽培した人としても知られますが、
なにより、
戒律を重んじ、一心に修行した僧として、
湯川博士のノーベル賞受賞のスピーチの中でも語られて、世界に知られた程の人物です。
が、
どういうわけか、もう一つ地元で認知されていない。
私が事務局をしている 『 月を愛でる会 』 は、
そんな明恵の心をもっと知ろう、
同時に地域の文化を学んで守ろうとつくられた会で、会員は120名程です。
年2回発行している広報誌 『 あるべきようわ 』 の編集委員も今年度から兼任しました。
『 あるべきようわ 』 は、明恵の言葉からとったタイトルですが、
今月始め頃から、これの編集をしながら改めてこの言葉の意味を考えています。
人としての あるべき様は?
建築家としての あるべき様は?
など、
“ 完璧 ” などと、思い上がったことは考えませんが、
そう間違った生き方も してはいなかろうと!
『 こころ美しく 』 生き続けたいものです。