色々な人が 『 日本語は美しい 』 って言うし
私も美しいと思います。
でもそれは、
『 正しく使えば美しい 』 のでしょう。
昨日開かれた今月の 『 茅の会 』 は
佐藤溯芳さんのお話でした。
日本書紀から日本語の話まで、
興味深いお話でした。
美智子皇后が皇室に入られる前に、
『 鏡 』 かがみの “ が ” を
学校の “ が ” と同じ発音をして
問題になったことがあったのだとか。
知っていました?
頭につく “ が ” と、
途中やお尻につく “ が ” は発音が違うんです。
言葉って特別意識せずに使っているから
これからも上手く使えないかも知れないけど、
解ってはおきたいと思います。
埴輪の写真。
その口の形で何を言っているかを推測できるって、
これから埴輪見たら一々考えてしまいそうです。
・ ・ ・ 普通の暮らしで滅多に埴輪見ないけど!
大勢がかかわる事業は
みんなが同じ方向を向ければ大きなパワーになるけど
そうでないときにな大変ですね。
自治会の評議員っていうのに選ばれました。
建前上は1戸1票の投票で選ばれることになっていますが、
どうやら出来レースみたいで、
音頭を取る人がいて、指名されたら選ばれるみたいです。
( こういう時は、みんなが一丸となる ・ ・ ・ )
4月からの3年任期で、就任前の
役員顔つなぎの宴会がありました。
新自治会長さんの動きを見ていると
広くみんなに目を配って大変そうです。
自治会って、どこに向かうっていう共通の意識がないですものね!
おそらく反逆者を出さないことが
狭い地域で正しく生きるために大切なことなのでしょう。
今まで積極的に参加していないと
そういうことも良く知らないで今まで過ごしていたんですね。
私にとって大変なのは、
公民館長を評議員1年生から出すという決まりがあるそうで、
4月から 『 公民館長さま 』 です。
・ ・ ・ わたし!
世の中の流れを
自分が変えてやろうなどと考えてもいないし、
元より、変えられるとも思っていませんが、
気持ち悪いものは、気持ち悪い!
「 事務所の片付けしよう! 」
と思ったのは、
“ プチごみ屋敷 ” 化している現状では、
その内とんでもないミスに繋がりかねない。
と思ったからです。
けっこう気合い入っていたと思うのですが。
・ ・ ・ 朝の時点では!
心が折れるのに時間がかかりませんでした。
「 どう捨てていいのか解らないモノがいっぱいある ・ ・ ・ 」
・上手く動かなくなったスキャナー
・以前バックアップに使っていたハードディスク
・多分廃棄した電子機械のどれかの配線多数
・Windows7ではドライバーが無くて使えなくなった
A1サイズまでの図面を打ち出せるプロッター。
・検討のために取り寄せた建材の見本
基本 新建材を使わないので、
少ないはずですが、それでも結構な量です。
どうしようもなく今まで置いていたのは、
処分するのが大変そうだったからなんですね。
今回、どうにかしようと思っても、
やっぱり大変です。
いまどきPCを無視して仕事を出来ないので、
当然その周辺機器もそれなりに必要になります。
ただ、そのサイクルがあまりにも短い!
建材は、建物になるので
ながい時間使われるけど、量が尋常じゃない!
これらは、
ぜ~んぶ 処分しにくいゴミになるんですね。
「 世の中、ホントにこんな風にならないといけないんだろうか? 」
などと考えたのは、決して
上手く片付けが出来ない苛立ちなどではないと思うのです。
もっと普通に
自然な状態があるような気がして、
とても気持ち悪い感じがします。
よそ様はどうか解りませんが
多分我が家では、トイレットペーペーなんて、
そのときスーパーでお買い得なのを
適当に買ってきているんだろうと思います。
ミシン目が入っているのが普通になっているようですが、
ただミシン目が入っていれば便利なわけではなくて、
中には、このミシン目でプチプチ切れて
使いにくくてどうしようもないのがあります。
これを作って売っている人は、
自分で使ってどう思っているんだろうか?
と思います。
『 現代の名工に共通して言えることがある。
道具作りを単なる金儲けの手段とは
考えていない人たちだという点である。
自分の仕事を通して、人の役に立つことを優先する。
ほんらい、ものづくりとは
ひとの役に立つものをつくること意味する。
その結果として利益が生まれるのであって、
その逆ではない。最近の日本では、
ものづくりが金もうけの手段にすぎないような風潮がある 』
200ページを超えるこの本で紹介されているさまざまな実例は、
終盤に書かれている
これだけの文章で説明できてしまう気がします。
な~んか、キーワードだけを上手く使って
それらしくしておけば売れる。
そんなモノが世の中に沢山出回っている気がするんですね。
同じように見えても
使ってみたら全く違うことが沢山あります。
その真贋を見極めて
正しくつくられたものを
正しく手に入れられる人になりたい。
なにより、
正しくものづくりできる側のひとでありたい。
いま調べてみると
1986年に 『 落語と私 』 という本を出されているので、
この時だったでしょうか?
そうだとしたら私が23の頃です。
大阪梅田の旭屋書店1階で
出版記念のサイン会をされていたんですけど、
空気の圧力と言うかオーラと言うか、
簡単には近づきにくいような大きなパワーを感じました。
忘れかけていたけど
「 人を笑わせる仕事をしていても、
高いレベルに行く人は違うな! 」
と思ったことを思い出しました。
その後に人間国宝に指定されたときには
やっぱり大変な人だったと確認した感じす。
昨夜テレビの画面に出た速報で
桂米朝さんが亡くなったことを知ったときに
「 おお 」 だか
「 ああ 」 だかよく解らない声が出てしまったのは、
私の中で ( 勝手に )
特別な人になっていたからだろうと思います。
最近は、YouTubuとかで簡単に
お元気だったころを見ることが出来るので
よく見ていますが、
他の人にはない品と色気も感じるんですね。
とても残念に思います。