「同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。
自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。」
( 是枝裕和「二分法の世界観」より )
明治以前のニッポンに『国家』の概念は存在しなかった。
とすると、『国家』はたかだか146年の歴史でしかない。
そのうちの過半数の78年は、欽定憲法下に置かれたものである。
この急拵えの『国家』を巷に浸透させるため、大いに活用されたのが神道である。
そのころすでに2万3万社あった神社を、『統る皇』の名の下に統一し、
八百万の自然信仰であった神道を、森羅万象統る神は天皇…という国家神道にすり替え、
この豊饒の国土ニッポンを産んだのは、すめらみこと『天皇』の始祖である天照大神だとした。
今までの庶民の信仰の拠り所を『自然神』=『天皇』とすり替えることで、
『国家』とは、『自然神』である『天皇』が頂の、万世一系の民の集合体であり、
君父臣子、八紘一宇の運命共同体であるという認識をすばやく血肉化することに成功した。
そのシンボルが、『靖国神社』である。
神社の所管は陸海軍省となり、祭典の祭主は陸海軍の将官がつとめ、
宮司も軍の任命するところであり、しかも臣下をまつる神社に天皇が参拝するという
例外的処遇が与えられて、ここに天皇崇拝と軍国主義の結合がはかられたのである。
こうして戦没者は天皇のために死ぬことによって「護国の英霊」となって
神としてまつられ、国家はすべての国民に礼拝を強要した。
それを受け入れぬものは不忠、非国民として政治的、道徳的な犯罪者とされるのみならず、
共同体秩序の攪乱者として生活の次元での疎外、圧迫を被ることになる。
戦場におもむいた兵士にとってもこのことは最大の威嚇効果を発揮していた。
( 河原宏著「昭和政治思想研究」)
開国によって知らされた異国への脅威にただただ戦々恐々とし、
『天皇』を精神的主柱とした運命共同体『国家』として集約されなければ、
ニッポンという島国は四方八方海に囲まれ、ひとたまりもない…と体を硬くし、
中身を伴わないまま「急拵え」の『国体』としての国家神道を拠り所にした国、日本。
「戦うボクら少国民、天皇陛下の御為めに、死ねと教えた親たちの…」
国のために死ぬことは「護国の英霊」として誇り高いものなのだ…と
幼稚園の唱歌からすでに靖国神社行きを刷り込んでいたこの国とはいったい?
古代氏族制社会にとっても、武家支配による封建制社会にとっても
また維新以後の資本主義社会、敗戦後の民主主義社会のすべてにとって、
天皇制はそれ以前から存在する既成事実である。
しかもそれはあらゆる既成事実の中でもっとも古く、
もっとも由緒正しいものなのである。
皇国史観によれば、それは日本の歴史にとって既に与えられたものだったからである。
ここに、天皇制の存在はあたかも子にとって親が自己の主体的選択によって親なのではないのと同様、
無条件、一方的に受け入れるべきものとなる。
( 河原宏著「昭和政治思想研究」)
『国家』の基盤だけでなく『国民』の後ろ盾をも決定する『天皇制』。
その空っぽのアイデンティティに違和を唱えると、爪弾きに遭う社会。
『天皇制=国体』の転覆を企てることは、すなわち大逆=人倫に背く悪逆な行為として、
【アカ】【共産主義】【ユダヤ】という大雑把な括りで一緒くたにされた。
この粛清ともとれる同調圧力がもっとも幅を利かせたのが『軍法会議』である。
●軍法会議による処刑者の年次別推移
1938年=2,197人
1939年=2,923人
1940年=3,119人
1941年=3,304人
1942年=4,868人
1943年=4,976人
1944年=5,586人
( 河原宏著「昭和政治思想研究」)
戦線で行方不明となった一兵士がゲリラに捕らわれ、俘虜となる。
俘虜のままでは郷里の家族がどれだけ恥ずかしい思いをするだろうから…と、
意を決して脱走を図り日本軍に戻ったが、軍法会議により処刑となることはザラ。
「負傷して巳むを得ず捕虜となった者でも、そいつは必ず味方の情報を敵に喋ったとみなされ、やはり奔敵罪で処罰される」
さらに死の過酷さは続く。
戦死による兵士の遺骨は一人一人、白木の箱に納められ、軍の栄誉礼でもって迎えられ、遺族の手に引き渡される。
そして「護国の英霊」として靖国神社に祀られ、国民の強制礼拝の対象となる。
しかし、叛乱・逃亡など軍法会議による刑死者の遺骨は辱めと見せしめのために、荒縄で縛られ遺族に渡されるのだ。
「急拵え」の空っぽのアイデンティティにしがみつかんがために、
恐怖政治の様相で『国家』が『国民』を同調圧力によって縛り上げた。
たかだか68年前の話である。
「同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。
自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。」
自分の頭で考えるより先に、『国家』が『考える』ことを排除した国、日本。
この「急拵え」の形式ばかりのアイデンティティ、国家神道『靖国神社』に固執する現政権。
『国家』が思考停止を強要した、その先に『天皇制』があることを、
敗戦後のわたしたちが今一度深く掘り下げていく必要があるのではないだろうか?
映画監督である是枝裕和氏が、02/15付けの朝日新聞でインタビューに答えている。
「二分法の世界観」と題したそのオピニオンは、
是枝監督が何を指針に世界へ作品を発信しているのか、
その核心を読み解くことができる内容だ。
「世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。
もちろん価値のある勝ちが誰だっていい。
でもこの二つしかないのなら、ボクは価値のある負けを選びます。
そういう人間がいることを示すのがボクの役割です。」
「同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。
自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。」
「いまの日本の問題は、みんなが被害者意識から出発しているということじゃないですか?
映画監督の大島渚はかつて、木下恵介監督の『二十四の瞳』を徹底的に批判しました。
木下を尊敬するが故に、被害者意識を核にして作られた映画と、それに涙する『善良な』日本人を嫌悪したのです。」
「戦争は島の外からやってくるのか?違うだろうと。
戦争は自分たちの内側から起こるという自覚を喚起するためにも、
被害者感情に寄りかからない、日本の歴史の中にある加害性を撮りたい。
みんな忘れていくから。誰かがやらなくてはいけないと思っています」
そして、こうも言っている。
「安倍政権を直接的に批判するドキュメンタリーもあっていい。だけど
もっと根本的に、安倍政権を支持している私たちの根っこにある、
この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、
この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません」
人間の複雑さこそ思考を成熟させ、社会を変えられる。
ボクも震災以来の日本社会の浅はかさに忿怒を覚え、
様々な文献を読み漁ってきたのだけど、是枝監督の指摘は的確だ。
早稲田大学教授の河原宏さんが書いた「日本人の戦争」「昭和政治思想研究」の2冊は
現代の日本社会がなぜこのような事態に及んできたのか、戦前戦中戦後の政治思想を読み解き、
事実を子細に汲み取ることで解説を試みようとした、示唆に富んだ名著であった。
何よりもまず、その書かれている事実に驚愕の連続である。
そして、浮き彫りになるのは、日本人の「所在なさ」であり、「寄る辺なさ」であるのだから、怖ろしい。
明治政府が立ち上がって、西欧に追いつき追い越せのコンプレックスが芽生えてから今の今まで、
「日本」という国の立ち位置を見失ってきた…のが、この150年の歩みだと、断言できる有り体なのだ。
その「所在なさ」をギリギリのところで支えてきたのが、「天皇制」だとボクは思う。
そして、その「天皇制」の空虚なことよ。「天皇制」を拠り所として、そこで日本人は何を生み出したのだろうか?
はなはだ疑問に残ることばかりである。
1936年2月26日に「226事件」が勃発するが、あの事件が端的に物語っている。
歴史上は若手将校の「皇道派」が蹶起した陸軍のクーデター…程度にしか扱われていない。
1929年に起こった世界恐慌により、市井は貧窮のどん底となり、農村部では人身売買が横行するなど究極の事態にあり、
そのような状況下で農家の次男三男たちは、兵卒になることで親の負担をできるだけ少なくするよう努めていた。
若手将校が蹶起を思い立ったのは、そのように疲弊した農村の窮状に屈服しがたいものを感じたからであり、
ブルジョアジーの利権闘争に明け暮れる政府を転覆させ、天皇の直接采配によって、日本社会を是正しようと思い詰めたからであるが、
蹶起の起きた時、他ならぬ昭和天皇自身がその叛乱に恐怖を抱き、「革命軍」の撲滅を願ったのであり、
事件以後、そのような叛乱において命が奪われることを常に危惧していたがために、
内乱よりは開戦がまし…と戦争を興し、内乱よりは敗戦がまし…と戦争を終わらせたのである。
それを裏付ける事実として書かれているのが、当時の天皇家の資産である。
その一例を天皇家の資産状況に見てみよう。敗戦後、占領軍の命令によって皇室財産の全貌が明らかにされた。
それによると終戦時、皇室所有の現金および有価証券の総額は三億三千六百万円、
その内訳は国債、地方債、社債の合計が七割近く、株式所有は 二十九種、八千七百九十八万円(払込済又は出資額)となる。
戦前の日本では皇室自体が巨大な資本家であった。
さらに皇室財産としてより巨大なのは、終戦時百三十万余町歩にのぼる土地所有である。
ほぼ新潟県の総面積に近い。あるいは東京+神奈川+大阪+香川+佐賀+鳥取、六都府県の合計面積に匹敵するものとなる。
その大半、97%は山林である。終戦時、土地資産の評価額は三億六千一百万円とされた。
天皇家は日本最大の山林地主だったばかりでなく、上記有価証券の所有と合して日本最大の資産家であったことは間違いない。
他でもない、天皇家自身が強大なブルジョアジーであり、その保身を維持するための法律が「治安維持法」〔昭和16年制定)であった。
国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス
…とは、天皇を初めとする資産家の私有財産を保障する法律であり、どのような組織も団体もそれを侵してはならないとした。
つまり、農村部が貧窮にあえいでいる中で、自分たちの資産だけは確保しようとしたのが、戦争勃発後の天皇家なのだった。
将校たちの思いを掠め取るような、ブルジョアジー王家の裏切り。
神聖なものとして崇めていた「天皇家」が既に金満に目がくらんでいた…とは。
そのような「天皇家」を「すめらみこと」と冠し、大東亜圏を広く「すめらせかい」と一括りにしてしまおうとしたのが、
1938年から中国、アメリカへと戦線を広げた『大東亜戦争=太平洋戦争』である。
これがまたとんでもない思想である。
o戦時中に出版された本
『すめらみくに』新見吉治著
『すめら朝鮮』上田龍男著
『すめらあじあ』鹿子木員信著
『すめらせかい』河野省三著
皇道主義の宣布をめざしたこれらの著作の内容は一応に「国体の精華」=『すめらみくに』を説き、「八紘一宇」=『すめらせかい』を説くものである。
皇国『すめらみこと』とは『すぶるみこと』を意味し、『すぶるみこと』とは『すべてを一つにまとむること』を意味する。
従って皇国とは実に、雑多の統一者=すなわち天皇に依る全体的国家、一致団結統一結束国家の謂れに外ならぬ」とされている。
「絃に「すむらみくに」の崇高なる国性が存じ、その歴史の展開に伴って「すめらあじあ」(皇亜細亜)の理想が具現し、
明治の末以来、力強く東洋の平和が唱えられてきたが、今や更に東亜の新秩序から百歩進めて、
世界平和の確立や世界新秩序の建設に、日本自ら指導的の位置に立ち、そこに堂々と「すめらせかい」(皇世界)としての光華を万邦に及ぼし、
世界人類をして、宗教的、道徳的、家族的な国家生活を楽しましめる世界が拡がってくるのである」
「あの雄渾な神話に生きる神々が、日本内地にのみ降られて、あの狭い海(或いは陸地であったかも知れない)を渡られなかった筈がない。
あのいくつかの島々のみが、天孫のきみたるべき地であったとは思えない。やはり、この半島も含めて居られたに違いない。
否、半島ばかりではない。八紘一宇の大理想は、あに、この半島ばかりであっただろうか?である」
これが内鮮一体の強化、旧来の日鮮同祖論を神話の次元で更に一歩進めたもの。
つまり、『大東亜共栄圏』とは、「すめらみこと」=「統る皇」が日本だけに収まっているはずはない。
世界を一つ屋根とし、みなが天皇の許に豊かな生活を享受しようではないか…という、大風呂敷なのである。
だが、その実態は、日本の権益の拡大と、石油を初めとする資源の確保であった。
大体、日本の戦争と云うものは、一般的には大東亜共栄圏を確立することになって居りますけれども、
その一番本を成すものは何かと云うと、やはり日本の権益と云うものが一番主体をなさなければならぬ…。
1941年にアメリカの対日石油全面輸出禁止措置を受け、大日本帝国が戦争を続けるにあたり、逼迫したのが石油である。
そして政府が選んだ道というのが、人造石油の製造であったのだから、狂信的としか思えない振る舞いである。
松の根っこである松根を釜で乾溜してタールを採取、その松根油をさらに水素精製することで航空ガソリンにする。
戦艦大和は重油の代用として大豆油を使用していたというし、そもそも特攻攻撃は、燃料不足に対する窮余の策であった。
「統る皇」による大東亜のユートピアを作ることが、大東亜戦争の目的であり、
その根拠は天皇を生み出した神話にあったワケだけれど、フタを開けてみれば、
その「寄る辺」は見事に覆され、商業的な富の獲得と、資源の確保という、あまりにも浅はかなものとなった。
そして、その「統る皇」を信じて大勢の兵卒が「天皇陛下萬歳」と叫んで散っていた。
この薄っぺらな思慮浅い思考思想で存在していたのが大日本帝国であり、いま現在も続いている法治国家の素顔である。
「この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、
この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません」
この国を「所在ない」「寄る辺ない」ものとしている、その根っこは、ニッポンという国のアイデンティティの不在にあると、ボクは考える。
いや、不在ではない。明治政府が否定し、抹殺してしまった庶民信仰や庶民文化にこそ、アイデンティティはあると、ボクは信じる。
あの時、すべてを切り捨ててから、ニッポンは「寄る辺ない」国となってしまった。
そこからの迷走・妄走が、いまの安倍政権のナショナリズムへとつながっている。
「弱い人間」が「弱い」ことを認めないでいるから、「虚勢」を張る「夜郎自大」な振る舞いとなる。
今はもう一度、日本のルーツを見つめることからしか、答えは導き出せない…と、ボクは思う。
ひとりひとりがもう少し思慮深くなる。そこからしか、光は見えないのではないか。
「二分法の世界観」と題したそのオピニオンは、
是枝監督が何を指針に世界へ作品を発信しているのか、
その核心を読み解くことができる内容だ。
「世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。
もちろん価値のある勝ちが誰だっていい。
でもこの二つしかないのなら、ボクは価値のある負けを選びます。
そういう人間がいることを示すのがボクの役割です。」
「同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。
自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。」
「いまの日本の問題は、みんなが被害者意識から出発しているということじゃないですか?
映画監督の大島渚はかつて、木下恵介監督の『二十四の瞳』を徹底的に批判しました。
木下を尊敬するが故に、被害者意識を核にして作られた映画と、それに涙する『善良な』日本人を嫌悪したのです。」
「戦争は島の外からやってくるのか?違うだろうと。
戦争は自分たちの内側から起こるという自覚を喚起するためにも、
被害者感情に寄りかからない、日本の歴史の中にある加害性を撮りたい。
みんな忘れていくから。誰かがやらなくてはいけないと思っています」
そして、こうも言っている。
「安倍政権を直接的に批判するドキュメンタリーもあっていい。だけど
もっと根本的に、安倍政権を支持している私たちの根っこにある、
この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、
この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません」
人間の複雑さこそ思考を成熟させ、社会を変えられる。
ボクも震災以来の日本社会の浅はかさに忿怒を覚え、
様々な文献を読み漁ってきたのだけど、是枝監督の指摘は的確だ。
早稲田大学教授の河原宏さんが書いた「日本人の戦争」「昭和政治思想研究」の2冊は
現代の日本社会がなぜこのような事態に及んできたのか、戦前戦中戦後の政治思想を読み解き、
事実を子細に汲み取ることで解説を試みようとした、示唆に富んだ名著であった。
何よりもまず、その書かれている事実に驚愕の連続である。
そして、浮き彫りになるのは、日本人の「所在なさ」であり、「寄る辺なさ」であるのだから、怖ろしい。
明治政府が立ち上がって、西欧に追いつき追い越せのコンプレックスが芽生えてから今の今まで、
「日本」という国の立ち位置を見失ってきた…のが、この150年の歩みだと、断言できる有り体なのだ。
その「所在なさ」をギリギリのところで支えてきたのが、「天皇制」だとボクは思う。
そして、その「天皇制」の空虚なことよ。「天皇制」を拠り所として、そこで日本人は何を生み出したのだろうか?
はなはだ疑問に残ることばかりである。
1936年2月26日に「226事件」が勃発するが、あの事件が端的に物語っている。
歴史上は若手将校の「皇道派」が蹶起した陸軍のクーデター…程度にしか扱われていない。
1929年に起こった世界恐慌により、市井は貧窮のどん底となり、農村部では人身売買が横行するなど究極の事態にあり、
そのような状況下で農家の次男三男たちは、兵卒になることで親の負担をできるだけ少なくするよう努めていた。
若手将校が蹶起を思い立ったのは、そのように疲弊した農村の窮状に屈服しがたいものを感じたからであり、
ブルジョアジーの利権闘争に明け暮れる政府を転覆させ、天皇の直接采配によって、日本社会を是正しようと思い詰めたからであるが、
蹶起の起きた時、他ならぬ昭和天皇自身がその叛乱に恐怖を抱き、「革命軍」の撲滅を願ったのであり、
事件以後、そのような叛乱において命が奪われることを常に危惧していたがために、
内乱よりは開戦がまし…と戦争を興し、内乱よりは敗戦がまし…と戦争を終わらせたのである。
それを裏付ける事実として書かれているのが、当時の天皇家の資産である。
その一例を天皇家の資産状況に見てみよう。敗戦後、占領軍の命令によって皇室財産の全貌が明らかにされた。
それによると終戦時、皇室所有の現金および有価証券の総額は三億三千六百万円、
その内訳は国債、地方債、社債の合計が七割近く、株式所有は 二十九種、八千七百九十八万円(払込済又は出資額)となる。
戦前の日本では皇室自体が巨大な資本家であった。
さらに皇室財産としてより巨大なのは、終戦時百三十万余町歩にのぼる土地所有である。
ほぼ新潟県の総面積に近い。あるいは東京+神奈川+大阪+香川+佐賀+鳥取、六都府県の合計面積に匹敵するものとなる。
その大半、97%は山林である。終戦時、土地資産の評価額は三億六千一百万円とされた。
天皇家は日本最大の山林地主だったばかりでなく、上記有価証券の所有と合して日本最大の資産家であったことは間違いない。
他でもない、天皇家自身が強大なブルジョアジーであり、その保身を維持するための法律が「治安維持法」〔昭和16年制定)であった。
国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス
…とは、天皇を初めとする資産家の私有財産を保障する法律であり、どのような組織も団体もそれを侵してはならないとした。
つまり、農村部が貧窮にあえいでいる中で、自分たちの資産だけは確保しようとしたのが、戦争勃発後の天皇家なのだった。
将校たちの思いを掠め取るような、ブルジョアジー王家の裏切り。
神聖なものとして崇めていた「天皇家」が既に金満に目がくらんでいた…とは。
そのような「天皇家」を「すめらみこと」と冠し、大東亜圏を広く「すめらせかい」と一括りにしてしまおうとしたのが、
1938年から中国、アメリカへと戦線を広げた『大東亜戦争=太平洋戦争』である。
これがまたとんでもない思想である。
o戦時中に出版された本
『すめらみくに』新見吉治著
『すめら朝鮮』上田龍男著
『すめらあじあ』鹿子木員信著
『すめらせかい』河野省三著
皇道主義の宣布をめざしたこれらの著作の内容は一応に「国体の精華」=『すめらみくに』を説き、「八紘一宇」=『すめらせかい』を説くものである。
皇国『すめらみこと』とは『すぶるみこと』を意味し、『すぶるみこと』とは『すべてを一つにまとむること』を意味する。
従って皇国とは実に、雑多の統一者=すなわち天皇に依る全体的国家、一致団結統一結束国家の謂れに外ならぬ」とされている。
「絃に「すむらみくに」の崇高なる国性が存じ、その歴史の展開に伴って「すめらあじあ」(皇亜細亜)の理想が具現し、
明治の末以来、力強く東洋の平和が唱えられてきたが、今や更に東亜の新秩序から百歩進めて、
世界平和の確立や世界新秩序の建設に、日本自ら指導的の位置に立ち、そこに堂々と「すめらせかい」(皇世界)としての光華を万邦に及ぼし、
世界人類をして、宗教的、道徳的、家族的な国家生活を楽しましめる世界が拡がってくるのである」
「あの雄渾な神話に生きる神々が、日本内地にのみ降られて、あの狭い海(或いは陸地であったかも知れない)を渡られなかった筈がない。
あのいくつかの島々のみが、天孫のきみたるべき地であったとは思えない。やはり、この半島も含めて居られたに違いない。
否、半島ばかりではない。八紘一宇の大理想は、あに、この半島ばかりであっただろうか?である」
これが内鮮一体の強化、旧来の日鮮同祖論を神話の次元で更に一歩進めたもの。
つまり、『大東亜共栄圏』とは、「すめらみこと」=「統る皇」が日本だけに収まっているはずはない。
世界を一つ屋根とし、みなが天皇の許に豊かな生活を享受しようではないか…という、大風呂敷なのである。
だが、その実態は、日本の権益の拡大と、石油を初めとする資源の確保であった。
大体、日本の戦争と云うものは、一般的には大東亜共栄圏を確立することになって居りますけれども、
その一番本を成すものは何かと云うと、やはり日本の権益と云うものが一番主体をなさなければならぬ…。
1941年にアメリカの対日石油全面輸出禁止措置を受け、大日本帝国が戦争を続けるにあたり、逼迫したのが石油である。
そして政府が選んだ道というのが、人造石油の製造であったのだから、狂信的としか思えない振る舞いである。
松の根っこである松根を釜で乾溜してタールを採取、その松根油をさらに水素精製することで航空ガソリンにする。
戦艦大和は重油の代用として大豆油を使用していたというし、そもそも特攻攻撃は、燃料不足に対する窮余の策であった。
「統る皇」による大東亜のユートピアを作ることが、大東亜戦争の目的であり、
その根拠は天皇を生み出した神話にあったワケだけれど、フタを開けてみれば、
その「寄る辺」は見事に覆され、商業的な富の獲得と、資源の確保という、あまりにも浅はかなものとなった。
そして、その「統る皇」を信じて大勢の兵卒が「天皇陛下萬歳」と叫んで散っていた。
この薄っぺらな思慮浅い思考思想で存在していたのが大日本帝国であり、いま現在も続いている法治国家の素顔である。
「この浅はかさとはいったい何なのか、長い目で見て、
この日本社会や日本人を成熟させていくには何が必要なのかを考えなくてはいけません」
この国を「所在ない」「寄る辺ない」ものとしている、その根っこは、ニッポンという国のアイデンティティの不在にあると、ボクは考える。
いや、不在ではない。明治政府が否定し、抹殺してしまった庶民信仰や庶民文化にこそ、アイデンティティはあると、ボクは信じる。
あの時、すべてを切り捨ててから、ニッポンは「寄る辺ない」国となってしまった。
そこからの迷走・妄走が、いまの安倍政権のナショナリズムへとつながっている。
「弱い人間」が「弱い」ことを認めないでいるから、「虚勢」を張る「夜郎自大」な振る舞いとなる。
今はもう一度、日本のルーツを見つめることからしか、答えは導き出せない…と、ボクは思う。
ひとりひとりがもう少し思慮深くなる。そこからしか、光は見えないのではないか。