#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

夜中にトイレでぼくは、きみに話しかけられていた。

2006-03-04 | memories
アシスタント時代のネタをひとつ。

カメラマンのアシスタントをしていた22歳のころ、
ボクは丸の内線東高円寺駅から徒歩5分のアパートに暮らしていた。
初めての純然たる一人暮らしスタートの地だ。

学生時代にいた高円寺の一軒家は、父の会社の社宅であったから、
平屋で庭も大きく、間取りもゆとりがあったが、
その東高円寺のアパートは、それはそれは見事な造りだった。

記念碑的な造りと言っていい。

今じゃ、おそらく考えられないほどの安普請だった。
耐震強度偽装問題がその時代に騒がれていたら、どうなっていたのだろう。
少しは冷静に、住まいのことを見直していたかも知れない。

とにかく、当時のボクは気が触れていた。
とことん自分を追い込んで、ストイックに生きることが
己に課せられた至上命題だとでも言うように、辺境の生き方を求めていた。

だから東高円寺のアパートも、かなりのキワモノだった。
風呂なし便所付き6畳一間、2階角部屋、西日入り。月々4.4万円。
当時の高円寺は、銭湯花盛り、夜中の2時まで開いているところもあったので、
「風呂なし」は、取り立てて苦にはならなかった。
カメラマンアシスタントは泊まり込みも頻繁だから好都合…ぐらいに捉えていた。

2階の角部屋で、西日とはいえ、日当たりもいい。
たまの休みに、窓辺で音楽に耳を傾け、自分の時間を楽しめるかもしれない。
ベランダはないけど、洗濯物も干せそうだ。分相応な物件じゃないか?

不動産周りをしていた3月。考えてみれば、ちょうど今頃かもしれない。
21歳のボクは、これから始まるストイックなアシスタント生活を、
自分なりに真摯に受け止め、分相応な場所…収入に見合った謙虚な佇まいを求めていた。

「住めば都」とは、よく言ったモノだ。

謙虚に、質素に、分相応に…と、
自分をひとつの型に納めるように選んだその場所は、
絵に描いたように…最悪な住まい…だった。

まず、2階がまずかった。
安普請のアパートは、共同生活であることを思い知らされた。
⇒床が薄いのだ。

歩くと、ミシミシ音が鳴った。
それがまずかった。
夜は相当、気を遣うことになった。

ミシ、ミシ、ミシ。…ミシ、ミシ…ミシ、ミシ…、ミシ…、ミシ、どん。

そうっと、そうっと、そうっと、歩いているにもかかわらず、音がなった。
これはまいった。
息をこらして、歩いた。歩き方や、歩く場所を工夫して、音のならない方法を考えた。
だめだった。
ある地点にくると、大きく梁が湾曲するのだろう、ミシミシっっっっ…と音がこだました。

すると、下階の住人が、だまってなかった。

ドン、ドン、ドン、と棒のようなもので、天井を突く音が聞こえた。
ミシ、ドン!ミシ、ドン!ミシ、ドン!。
…忍者の気分だった。屋敷に忍び込んで、天井裏に潜んでいる自分を想像した。
家主が、天井に向かって槍を突いているシーンだ。
生きた心地がしなかった。家に帰ってきても、これじゃ身動きがとれない。

こんなに神経をすり減らして、忍び足で歩いていたら、いつか破綻する。
ボクはさっそく畳をはがして、床板を補強する対策に出た。
ミシミシ音のする場所を探し当て、重点的にガムテープで補強し、古新聞を敷き詰めた。
畳が2センチほど高くなった。…かまわない、存命措置だ。

ミシミシが、(ミシミシ)ぐらいの音になった。
…階下はなんとか、クリア。
                問題は、となりだった。

トイレは共同ではなく、各間取りに据え付けられていた。
だが水回りは構造上、まとめて設計するのが、効率的なのだろう。
明らかにトイレのカタチがおかしかった。

ドアを開けると、トイレの空間が三角形なのだ。

上から見ると、わかりやすいかもしれない。
正方形の対角線を結ぶと、それぞれが三角形で等分される。
平行する二辺を扉と捉えると、そこは三角形の空間になる。
対角線を結ぶ長辺がとなりを隔てる壁となる。

長辺をはさんで、四角い空間に和式トイレが、ふたつ。
なぜ、それが明らかになったか。答えは簡単だ。……壁がうすいのだ。
となりの気配がわかるほどの「うすさ」なのだ。

となりの住人は、60歳を過ぎた孤独な夜間警備員だった。
2日に一度のサイクルで、夜中のお勤めをしていた。
だから、一日おきに天国と地獄がやってきた。

60歳を過ぎた身寄りのない孤独な老人を想像してみてほしい。

そんな安普請のアパートに一人で暮らす、孤独な老人の楽しみはなんだ?
…酒だ、酒以外には、ない。おまけに壁がうすい…と来た。
老人は昼夜逆転の生活。一日おきだから、夜はやることがない。

酒を呑むと、やがて人恋しくなる。話をしたくなる。
当然、独り言が増える。声もだんだん、大きくなってくる。
壁がうすいから、手に取るように状況が伝わってくる。
テーブルに一升瓶をどすんと置く。ちょろちょろ酒をそのまま注ぐ。
サキイカを食べる。豆のたぐいを小皿に分ける。タバコに火をつける。
壁一枚隔てた老人の、一挙手一投足が、透視のように、こちらに伝わってくる。

…ぶつぶつ何かを言っている。…酒を呑むノドが鳴る。

壁越しに伝わってくる異様な雰囲気に、ボクは戦々恐々となる。
事態はいよいよ深刻だった。ボクは身動きひとつせず、息を潜めて気配を殺した。
かといって、生理的な欲求までは、我慢ができない。

…夜中にボクは、トイレに行きたくなる。

四角い空間を対角線で分けたトイレに、忍び足で向かう。
輪唱のように、となりの部屋でも歩く気配がする。
静かに、トイレの扉を開ける。蝶番がぎーっと、音を立てる。
電気を点けると、壁の隙間から灯りが漏れてしまうから、暗闇で的を絞って、用をたす。
…ちょろちょろ、と小便が便器に当たる。…と、またしても輪唱のように、壁越しに音が聞こえる。
…ちょろちょろちょろ、(…ちょろちょろちょろ)、…ちょろちょろちょろ、(…ちょろちょろちょろ)。
やがて、恐るべき事態を迎える。ボクは壁越しに、隣人に話しかけられたのだ。

「bozzoくん、呑みに来んか。」

…小便が、ぴたっと止まる。固唾を呑む。ゴクリと、大きな音が三角形の空間に響いた。

とにかく、何事もなかったように、とにかく、できるだけ気配が伝わらないよう、その場を離れる。
空耳だ、今のは空耳なんだ、壁越しに聞こえたのは、外の酔っぱらいか何かだ。
ちょっとくぐもって、耳元で囁かれたような、変な感じだけど、夜中だし、真っ暗だし、
あまり深く考えないほうがいい。ここは、布団に潜り込んで、朝まで眠ることだ。
…なんでもない、なんでもないんだ。夢だ、空耳だ。…何も考えるな。




結局、ボクはその安普請のアパートで、2年の月日を過ごした。

環境に順応する人間の能力というのは、すごいもので、
ミシミシ言う床も、コツさえつかめば、静かに移動できた。…ワザとミシミシ言わせる時もあった。
壁越しの受け応えも、平気でするようになった。ぶつぶつ言うやつには、ぶつぶつ言って、対抗した。
壁をどんどん叩いて、文句を言うこともあった。

人間、図太く生きることは可能だ。安普請のアパートでボクは、それを学んだ。




Comment    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 沖縄の空はいつまでも雲に覆... | TOP | Wings of Love »
最新の画像もっと見る

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Recent Entries | memories