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沖縄から東京へ!流転の写真日記

26年前の趣旨はなんだったのだろう?

2006-04-24 | Photo-diary
名護の「21世紀の森」に行ってきた。
人工ビーチである。
なんだか、前よりも人工化が進んでいるような気がする。
新たに持ち込まれたのだろうか、白い砂がこんもりとした山を作っていた。

名護市はどんどん都市化(近代化?)が進んでいるのだろうか?
名護市民はどんな未来図を、この土地に描いているのだろう。

普天間基地の辺野古沖移転も、先行きが心配な問題である。
写真は3月に那覇の国際通りで見かけた、基地移設反対のデモ行進の一コマだ。


自然との共生が今後どうなるのか、名護市の未来を憂いながらも、
素敵な回答を体現した建築物が、この地にあることを…思い出した。



「21世紀の森」の向かい、象設計集団の建築した「名護市庁舎」がそれである。
 ⇒「21世紀の森」の第一次設計計画も象設計集団の大竹康市によるものだ。

この「名護市庁舎」は日本建築学会賞を受賞している。
今は亡き建築家の大竹康市が、「開かれた市庁舎」のコンセプトのもと、
沖縄の風土にあった建築として、「開放的」で「親しみやすい」空間をめざした結果、
「風のミチ」や「外皮」の工夫が採られ、冷房設備の要らない調和のとれた建築となった。

1980年だから、26年も前の話である。

「名護市庁舎設計競技の趣旨」として、当時の名護市長はこう記している。

沖縄は亜熱帯に属し、多くの島々と周辺海域によって成り立ち、日本でも特異な自然環境に置かれている地域である。
古来、人々はこの自然に生き、人と自然、人と人との長い関わりの中から独特の風土が形成され、
地域の個性的な感性と建築様式が生まれてきた。
(中略)
市庁舎の建設にあたって、風土が問題にされる背景には、地域が自らの文化を見据え、
それを中央文化との関係のなかで明確に位置づけてこなかった問題があろう。
(中略)
主催者は、今回の競技において、沖縄の風土を確実に把え返し、
地域の自治を建築のなかに表現し、外に向かって「沖縄」を表明しうる
建築をなしうる建築家とその案を求めるものである。

…気概をもった趣旨だと思う。


目の前に拡がる入り江を見ながら考える。

これだけの埋立を敢行して、外に向かって「沖縄」を表明しうるのだろうか?
さらには辺野古に2つもの滑走路を構築して、「沖縄」を語れるのだろうか?

…はなはだ疑問である。


名護 21世紀の森

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