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沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【Aug_16】日本国憲法の身体性

2020-08-17 | DANCE
鈴木ユキオ『日本国憲法を上演する』@日暮里d倉庫

北里さんが書かれているように、
土地土地における『日本国憲法』という身体性がたしかにあって、
大月の営みから出てくる心と体の自在さは、
東京の「マスク自粛警察」的付和雷同なところからは生まれてこない。

「正気の沙汰」朗読後のある種の狂気は、
脅かされる自在さを死守する直向きな抵抗とも取れて、
北里さんの言葉が縁取った感慨をもった。

北里さんの言葉


写真UPしました。
【on_Flickr】0816_CONSTITUTION


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【Aug_16】『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』

2020-08-17 | DANCE
鈴木ユキオ『日本国憲法を上演する』@日暮里d倉庫


「相手はピストルをもっている。
その前に裸のからだをさらそうと言う。
何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。
自分はどうかしたのではないか。
若しこんなことを人前で言ったら、
幣原は気が狂ったと言われるだろう。
正に狂気の沙汰である。
しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。
どう考えてみても、
これは誰かがやらなければならないことである。
恐らくあのとき僕を決心させたものは
僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。
何のために戦争に反対し、
何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。
今だ。今こそ平和だ。
今こそ平和のために起つ秋ではないか。
そのために生きてきたのではなかったか。」


「僕は平和の鍵を握っていたのだ。
何か僕は天命をさずかったような気がしていた。
非武装宣言ということは、
従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。
だが今では正気の沙汰とは何かということである。
武装宣言が正気の沙汰か。
それこそ狂気の沙汰だという結論は、
考えに考え抜いた結果もう出ている。
要するに世界は今一人の狂人を
必要としているということである。
何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、
世界は軍拡競争の蟻地獄から
抜け出すことができないのである。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を日本が果たすのだ。」


(昭和39年2月『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』平野三郎氏より)

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【on_Flickr】0816_CONSTITUTION

2020-08-17 | DANCE
鈴木ユキオ『日本国憲法を上演する』@日暮里d倉庫

日本国憲法は日本製である…という事実が書かれた公式文書、
昭和39年2月『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』が作品半ばに朗読されるのだけど、
当時の首相である幣原喜重郎氏が「武装宣言が正気の沙汰か」の言葉を揶揄するようなユキオさんのジョーカーメイクは、
このコロナ禍における日本政府の動向も体現していて、狂気の沙汰加減ハンパなく。
9条を起点とした護憲改憲のつばぜり合いをも顕してるようで、
【民あっての国】が皇居を真ん中にしたドーナツな東京の如くイデオロギーごっこ。
もっと自分事として国なる組織をCONSTITUTE体系化していく必要があるんじゃなかと?
ユキオさんの5時間にも及ぶソロは、民ひとりひとりの実直かつ地道な営みの、その先に理想があることを物語っていた。

写真UPしました。
【on_Flickr】0816_CONSTITUTION

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