フグさんの雑記帳

さいたま市の荒川河川敷を主なフィールドとして四季を綴っていきます。

季節外れの写真をアップしました

2020年10月21日 11時25分00秒 | 身辺雑記

サクラソウもフジも4月27日撮影の写真です。
この頃からマンスリーレポート27は定時観察には行くもののレポートのアップはせず仕舞いでした。今頃になって写真と日誌をひっくり返して作成しました。

この日は朝6時に出て順調にいき、いつもは余裕が無くて田島ヶ原には寄れないのに錦ヶ原との比較で行ってみました。

錦乃原のサクラソウの花は色が濃いのがよく分かります

田島ヶ原はピンク系統で違いがよく分かります。

ついでに前後の日誌に目を通してみると、この頃は二十四節気のレポートをどう纏めたらいいのか五里霧中で、四苦八苦していました。それを見て当時を懐かしく思い出しました。

田島ヶ原と錦乃原のサクラソウの花を比較しました
をご覧下さい。

フジは8分咲きでツツジは満開でした。

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いったい何者の仕業なのか?ヒントでも教えて欲しい

2020年09月24日 15時28分42秒 | 身辺雑記

今朝玄関に出ようとしてビックリ。
6畳から玄関に出る所の板戸の下方が何者かにかじられていた。ネズミ?ネコ?何かほかの動物?我が家では猫も犬もかっていない。一体何のか?

上記は玄関側からの画像。上がり框から廊下にかけて削られた木くずが散乱していた。昨夜寝る時には何ともなかったので23時頃から朝にかけての仕業だ。
最近ネズミがいるような様子も無いし、なんなのか全く見当がつかない。

木くずから見ると爪で剥がしたような気もするがまさか猫やハクビシンなど大きな動物が入ってくる隙間は無い。やはりネズミだろうか?

いったい何なのか、傷から見てヒントでもお持ちの方は教えて欲しい。

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新開(しびらき)小学校で楽しい時間を過ごしてきました

2020年09月19日 14時41分51秒 | 身辺雑記

今日は新開小学校で「サクラソウ特別授業」をやりたいとの事で行って来た。
いつもはサクラソウの開花時期に4年生が課外授業としてサクラソウ自生地に来て見学をして回るが今年はコロナ騒ぎで実施できなかったので教室での授業に切り替わった。

場所も少し不安だったので朝は少し早めに着いたのでまだ生徒さんもいない運動場を一回り見せてもらった。緑のカーテンは大きめの黄色い花を咲かせていたがヘチマだったのだろうか。

授業は多目的室で行われたが密を避けるため1組、2組の順で別々に行った。
本木さんが朝サクラソウの根を取ってきてくれた。実際のものは生徒たちの関心も一段とアップし、いいお話になった。細くて長いサクラソウの根から小さな芽も出ていた。

各45分の授業だったが、生徒さんからの質問も活発で楽しい時間を過ごさせてもらった。
終わって玄関から地上に降りる階段の途中に、来た時そのままの形でカマキリが居たのはのどかで何となく嬉しかった。

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あっという間の8月下旬でびっくり。申し訳ありません

2020年08月22日 18時59分27秒 | 身辺雑記

8月1日に長かった梅雨の終了宣言が出たと思ったら、猛暑襲来、コロナと猛暑の挟み撃ちで右往左往しながら「さらなる100年に向かって」の校正を進めてきました。校正と言っても原稿の訂正や新規が多く関東図書の担当の方に迷惑ばかりかけて時間を浪費し、気が付いたらもう8月も下旬に入っていました。別に猛烈に、一筋に100周年記念本に関わってきたのでは無いのに他の事はすべてストップしていました。二十四節気のサクラソウ自生地はビックリした事に5月20日の小満からストップしていました。今日ようやく6月5日の芒種と2レポートアップしました。
このブログも7月15日以来今日が初めてで自分自身がビックリしています。明日は処暑ですが、こんなことにならないよう頑張ります。

6月5日のサクラソウ自生地中央観察路入口

前回立秋のサクラソウ自生地観察路の一部

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浦和博物館は由緒ある建物の復元で歴史を感じました

2020年06月28日 18時07分04秒 | 身辺雑記

ようやく雨が止んだので気になっていた文化財保護課の展示を見に行った。
浦和博物館は初めてだし、近くのさいたま市立病院はかなり昔、改築前に2度ほど行っただけだったのでちょっと不安だったが、問題なく行けた。途中の歩道や自転車道は予想以上に整備されていたが、463号を左折してしばらくの区間だけが2車線ぎりぎりでとても自転車では怖かった。

古色蒼然たる浦和博物館は反面歴史の重みを感じさせれられた。掲示によると7月1日からは修繕の為令和3年3月31日まで休館のようだ。

展示物の中には自分が経験した事などもあり、通った高砂小学校が浦和小学校と言われていた事など初めて知り、興味深かった。

建物は明治11年に今の埼玉会館の場所に建てられた埼玉県師範学校校舎の建物の胴部だけの外観を復元したもので、その形が鳳凰が羽を広げて飛び立つ様に似ていると三条実美により鳳翔閣と名付けられたという。

100周年の展示は2階の片隅にあった。

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