フグさんの雑記帳

さいたま市の荒川河川敷を主なフィールドとして四季を綴っていきます。

免許証を返納してきました

2019年10月31日 22時46分17秒 | 身辺雑記

今日はうん十回目の誕生日、免許証更新の期限もあと1ヶ月だ。返納するかしないか迷っていたが白内障もあって返納することに決心した。15時30分ぎりぎりに警察に駆け込んで手続きをしてきた。

もっと喪失感があるかと思ったが、さほどでもない。最近はほとんど運転していない事もあるのだろうが、予想していた落ち込みが無いのは不思議くらいだ。
免許を取った頃は本当におおらかな世の中だった。免許証を持っているとバイト代が1.5倍にはなった。最初から神田の運送屋に行って都心を走り回った。今とは混雑が雲泥の差だったのだろうが大過なく走れた。


出水にもめげず花を咲かせていたユウガギク

バイト先から仙台に行ってほしいとの指示を受けた。2トンのおんぼろトラックで翌朝に着くように出かけた。まだ高速などなかったと思うが100キロ出すとエンジンがうなり、前輪が浮くような感じになった。でもどうやら目的の店にたどり着き、仕事を終えて青葉城見物に行った。どうしてだから分からないがカーブを曲がり切れずに前輪を落としてしまった。自力では戻れず通りかかったトラックに引き上げてもらった。復路では後輪がパンクしてえらくトラブった気もするが、とにかく無事に東京に帰り着いた。若いからできたことだろう。

そんな事を思い出すと次から次へと現在では考えらないアクシデントや無茶が出てきた。本当に古き良き昭和の時代だった。


この写真だけだとツバメシジミかと思ったがウラナミシジミのようだ

50年以上携行したものだけに人生をリタイアしたような寂しさがあると思ったが意外に平常心だ。過去は思い出だけにして前を向いて頑張ろう。

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荒川自転車道迂回路は一部不通部分があります

2019年10月29日 10時36分54秒 | 荒川河川敷

さいたま市の荒川自転車道は未だに冠水のため通行止めの表示があるが冠水箇所はなかった。ただし一部橋が落ち松の大木が倒れ込んで自転車道を遮断している所があった。

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本来ここは右にカーブしながら下って橋を渡って左にに登っていくはずの所


大木が根から倒れ込み橋を塞いでいました


アスファルトが剥がされあらぬ方向に向いています

河川敷の農道は乾いて白っぽくなっているが日陰や厚く積もった所は粘土状になって車輪をとられ走行できない所もあった。07年の9号の時とはスケールが桁違いだった。


ゴルフ場との境のフェンスは大半がなぎ倒され復旧にはかなりの日時がかかりそうだ

12日の来襲から2週間がたった今もこの状態では復旧のめどなどまだまだ先だ。調整池、遊水池の復旧費用は一体何処が負担するのだろうか。

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改・和倉温泉 加賀屋渚亭のおもてなしとは

2019年10月25日 17時14分05秒 | 観光旅行

北陸新幹線が運休になり、急遽東海道回りに変更した。お陰様で高岡の瑞龍寺はカットせざるを得なかった。鈍行を乗り継いで氷見漁業組合のレストランで昼食。さすが刺身定食は新鮮だった。


高岡からの氷見線の普通電車、ドアーは手動だった


上下の写真とも雨晴らし海岸付近の日本海

加越能特急バスで和倉へ。加賀屋渚亭宿泊。さすが部屋、料理ともハード面は言うこと無し。期待し過ぎたのかもしれないがソフト面では絶対的に物足りなかった。
部屋食は朝夕とも脚のついたお膳と椅子を使用、客には楽に食事できる素晴らしい配膳だった。
でも折角の部屋食なのに係りのメイドさんは最初に料理の説明こそはしたが、後はコース料理の運搬役に終始、並の旅館同様、4~5部屋を掛け持ちしている様子だった。話をするような余裕はなくただ料理を運んでくるだけだった。ちょっと話をしても立ったままか中腰で、かえって脚の付いた食膳がマイナスになり旅のくつろぎなどはさらさら無かった。

贅沢かもしれないが料金に見合ったものはいかに旅のくつろぎを演出するかだろう。コース料理の途中はともかく、ご飯の時になったらせめてメイドさんがお櫃の前に座ってご飯をよそりながら大盛り、少なめなどのやり取りをしながらよもやま話に興じる余裕があって欲しかった。部屋食のだいご味は最後はメイドさんが単なる運び屋でなく旅の思いでになり、旅情を演出するコーディネーターになるのが宿の大切な役割ではないかと思う。
これは言うほど簡単な事ではないのは重々承知だが日本一の温泉宿と言われるからにはそのくらいの情緒は欲しいし、それ以外に生き残る道はないと思うのは単なる郷愁からだけのたわごとだろうか。

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サクラソウ自生地は文字通りの遊水池でした

2019年10月13日 22時28分21秒 | 田島ケ原サクラソウ自生地

台風19号は大型で強い勢力を保って伊豆半島に上陸しその後さいたま市近辺を通過したようだった。台風本体の雨風より事前の雨雲が活発で各地に大雨をもたらした。さいたま市はもとより秩父の山岳地帯に大量の雨を降らせ荒川は氾濫水位を超えた個所が多くなって緊急避難勧告も出た。幸いにも氾濫にはいたらず済んだようだが、さいたま市の遊水池には大量の水が滞留した。
サクラソウ自生地も冠水している事と思い10時30分頃に行ってみた。一面の湖と化していてどこがどうなのかもわからなかった。2007年の9号の比ではなかった。

 

昭和水門は水中だった

さくらそう水門も手前も湖だった

どこがどうなのか全くわかりません

8日に寒露にいつもの定点から撮影した写真

8日の写真と見比べてようやく位置関係が分かりました。前方に行ってみってよく見ると水は横堤の高さまで来ていました。横堤の高さは正確には不明ですが5メートルはあると思います。一面が思いもよらない深さでビックリです。

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ミナミアオカメムシの幼虫に初めて出会いました

2019年10月10日 16時03分30秒 | 田島ケ原サクラソウ自生地

サクラソウ自生地で白黒の斑模様の小さな虫の塊を見つけた。アブラムシにしては大きいがこうして群生しているのは葉虫だろうかと無い知識を絞って考えたが、当然応えなど出てきようが無い。
結局日本の昆虫1400の写真を見るよりほか手が無い。一通り見ても該当がない。

幼虫かなと思いネット検索してみた。あったミナミアオカメムシだった。本を見直してみると成虫の写真の下に幼虫の写真があった。チョット細かく見ればすぐわかるのにいつもドジだ。

 

どうやら4齢幼虫らしい。稲の害虫で1950年代には稲の斑点米の原因になり大きな被害を与えたようだ。稲とマメ科の植物に集まるというがよく見るとヤブツルアズキの莢に群生していた。30日くらいで成虫になるというので今後よく探してみよう。

日本の昆虫1400②300pより

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