ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

帰宅部男子高校生の放課後風景。

2012年01月26日 19時05分57秒 | 観察屋ねーさん
読書したくなって、16:00頃に近所のマックに茶をしにいった。


自宅のシーーンとした中で読書するのもいいんだが、あんまりにもシーンとしてるとかえって集中できない感じ、わかるだろうか。
耳の中の「シーーーーン」って音にだんだん気を取られていっちゃう感じ。

掃除したり料理したり、はたまたキーボードをカタカタ叩いているとかカリカリ物書きしてるならその作業の音がするからまだいいにしても、読書となると音無し状態になるあの感じが、かえって集中しなくなる感じ。

座禅でも組んでるならまだしも、活字を目で追ってその状態の映像を想像したりするのに、その無音シチュエーションってのは、結構苦手なのだ。


マックの2Fにある席はほぼ満席で、放課後の男子高校生で溢れかえっている。
いやぁ7割が男子高校生という感じ。

こういう風景も今では珍しくもなく、

「オバチャマの頃の高校生の時は女子で溢れかえっていたけど、今では女子より男子の集団で溢れかえってるって、こりゃ一体、なんだろうねぇ・・・しかし。」

って思う(怒り)のもバカバカしいくらいで。


「今日は空席がないのかしらん・・・」と探していると、男子5名が横一列に並んでるカウンター席が2つばかり空いていて、「まぁいっか。男子高校生の会話も聞けて何かの足しになるかも。」と思いつつ、席に着く。
横にいる男子は女子高生もしくはOLやオバサンの茶飲み時のごとく大声で世間話に花を咲かしている。

決して、将来のこととか、世の中に対する○不満(×不安)、バイクやクルマなど機械的な話しや、夢中になってる好きな楽器のテクニック的な話し、部活動の活動についての反省会的な話し、はたまた、エロ話し、いけてる女の子の話、そういうのではまるでない。

他愛もない日常の痴話話(愚痴)で花が咲いているのだ。
で、何時間もマックで粘っているわけ。
とてつもないバカみたいな大声で。

これが女子ならまだ少しはいい。
女性は場を守る動物だから日常の痴話話(井戸端会議)は「感じ」をなんとなくつかんでおくのには必要なのだ。


いきなり耳に入ってきたのが、


「オレよぅ、今日あいつにさぁ、「お前って朝鮮人の血が入ってんじゃねーの?」って言われてよぉ。ムッカついちゃって。
「何の根拠があるんだよ、言ってみろよ。」って言ってやったら黙っちゃって~~~」

「ほんとだなぁ。「根拠言えよ。」って感じぃ~~~ぃ」

「ウハハハハハ・・・」


こんなやつ。


オバチャマはコーヒーを呑みながら、森茉莉さんの「記憶の繪」を読みつつ、明治時代や昭和初期時代の本郷や上野のあたりのことや、戦争出兵に行くあたりの家族の日常の記憶、西洋的文化が入ってきた頃の日本の記憶を綴っている森茉莉さんの独特な綺麗な色や映像を想像させてくれる文章を楽しんでいたんだが、そんな高校生男子の話が耳に入ってきて、


「言われちゃうのもしかたないぞぉ、あんたたちはぁ。
どうしてそう言われてしまうかの自覚が出来ないのは親もいけねぇよなぁ・・・。
黙った男子はなぜ黙ったか?
「お前らみたいなのに言うのもくだらない。説明する言葉も見つからない。」って思ったんだよ。
「すべては他力本願なのが(その男子は)無性に腹が立ったんだよ。」ってこった。」


と心で呟いたわけだが。



まぁ日本は本当に大丈夫か?
日本男子、品良すぎでも困りますぜ。

この記事についてブログを書く
« 時代は「汚い」ではないのだ。 | トップ | 日本人魂があればやるだろうか? »