今更言っても仕様がないことだが、三島由紀夫の切腹を止めることの出来たかもしれないのは鴎外だけだったような気がしている。
批評文と、戯曲に長じていたが、小説は理屈が前面に出ていすぎていた点も、鴎外は三島由紀夫と共通していた。
又、三島由紀夫は鴎外を重く見ていたように思われるからだ。
私が小説を書く時のように、書いている内に一人の男が相手の少年を嫉妬し出したり、だんだん殺意を抱くようになって来る、それを作者の私が見ていて、だんだん小説がそのようになってくる、というような、作者が小説の中の人物に引っ張られて行く、というようなところが鴎外にも三島由紀夫にもない。
彼らの小説には最初の一行を書く時に、既う、その小説の最後の一行が作者にわかっている、というようなところがある。
それでは小説は読んでいて面白くないのだ。
作者も、読者と一しょになって、小説のなりゆき、小説の中の人物がどんなになって行くか、ということに引っ張られてゆくのでなくては、面白くもおかしくもないのだ。
それが鴎外にも三島由紀夫にも、わかっていない。
これが鴎外と三島由紀夫との二人の生徒に対して呈出するモリマリ先生の忠告である。
二人とももう死んでいるので手おくれだが。
これを読んだ地下の鴎外はクックッと笑い、三島由紀夫は明るいが、鋭く強い、時には凶暴に、血の匂いさえする大きな目を甘い、砂糖蜜のような微笑いに崩してにっこりするだろう。
オバチャマはなんで森鴎外を好むかと言えば、多分、ひとつには、作者が読者と一緒になってないところにあるんだと思ってる。(これを読んでて「あ、それ、それ!」って、そう思ったんだけど。)
おまけに最初の一行に最後の一行すらわかってるようなところも、巧く言えないけども、引き込まれるんだよね~~。
「なんでそれがわかってんの、最初から?
どーしてこの人ぁ・・・」
って思いながら、確認しながら読み進めていく・・・といいましょうかね。
しかし、森茉莉さんは森鴎外の実の娘だし、この言葉には「娘の目にだけ見える何か」ってのが見えてのことでしょうね。
亡き父に(偉そうに(笑))忠告してるあたりもかなり面白くて、父・鴎外も、三島由紀夫も森茉莉さんを愛してるのがわかるんだよね。
三島由紀夫は認めてたらしいしね、森茉莉さんの(なかなかそう簡単には評価されない)小説を。
批評文と、戯曲に長じていたが、小説は理屈が前面に出ていすぎていた点も、鴎外は三島由紀夫と共通していた。
又、三島由紀夫は鴎外を重く見ていたように思われるからだ。
私が小説を書く時のように、書いている内に一人の男が相手の少年を嫉妬し出したり、だんだん殺意を抱くようになって来る、それを作者の私が見ていて、だんだん小説がそのようになってくる、というような、作者が小説の中の人物に引っ張られて行く、というようなところが鴎外にも三島由紀夫にもない。
彼らの小説には最初の一行を書く時に、既う、その小説の最後の一行が作者にわかっている、というようなところがある。
それでは小説は読んでいて面白くないのだ。
作者も、読者と一しょになって、小説のなりゆき、小説の中の人物がどんなになって行くか、ということに引っ張られてゆくのでなくては、面白くもおかしくもないのだ。
それが鴎外にも三島由紀夫にも、わかっていない。
これが鴎外と三島由紀夫との二人の生徒に対して呈出するモリマリ先生の忠告である。
二人とももう死んでいるので手おくれだが。
これを読んだ地下の鴎外はクックッと笑い、三島由紀夫は明るいが、鋭く強い、時には凶暴に、血の匂いさえする大きな目を甘い、砂糖蜜のような微笑いに崩してにっこりするだろう。
オバチャマはなんで森鴎外を好むかと言えば、多分、ひとつには、作者が読者と一緒になってないところにあるんだと思ってる。(これを読んでて「あ、それ、それ!」って、そう思ったんだけど。)
おまけに最初の一行に最後の一行すらわかってるようなところも、巧く言えないけども、引き込まれるんだよね~~。
「なんでそれがわかってんの、最初から?
どーしてこの人ぁ・・・」
って思いながら、確認しながら読み進めていく・・・といいましょうかね。
しかし、森茉莉さんは森鴎外の実の娘だし、この言葉には「娘の目にだけ見える何か」ってのが見えてのことでしょうね。
亡き父に(偉そうに(笑))忠告してるあたりもかなり面白くて、父・鴎外も、三島由紀夫も森茉莉さんを愛してるのがわかるんだよね。
三島由紀夫は認めてたらしいしね、森茉莉さんの(なかなかそう簡単には評価されない)小説を。