久しぶりに梅林に行ったら、梅も満開を少し過ぎて枯れかかっている。
しかし、祝日ともあり、人がごった返す。
梅の木の直売場で、どんな梅があるのかなぁと、思いのぞいてみる。
まあ、人が多いのは仕方がないけど、ある老年の女性が、私の前に立ちはだかり、中腰になって、梅を見始めた。
あとからきて、人の前に割り込んでくる。
もう老年の女性だからと、思い、その場を譲った。
女も年を重ねると、気配りが出来なくなってくる。
あの女性も、見ていると、なんだか情けなくなってきた。
だから、オバハンは、ずうずうしいといわれるのだ。
ここで、中腰のオバハンのお尻に、膝蹴りを入れたら、私までオバハンと呼ばれるようになってしまう。
本当に、思いとどまってよかった。
情けないオバハンをあとに、その場を去ったが、あのずうずうしい様子がいつまでも脳裏に焼きついて消えない。
オバハンならぬ姥桜に、「ああは成りたくないなぁ。」と、同情する。
しかし、祝日ともあり、人がごった返す。
梅の木の直売場で、どんな梅があるのかなぁと、思いのぞいてみる。
まあ、人が多いのは仕方がないけど、ある老年の女性が、私の前に立ちはだかり、中腰になって、梅を見始めた。
あとからきて、人の前に割り込んでくる。
もう老年の女性だからと、思い、その場を譲った。
女も年を重ねると、気配りが出来なくなってくる。
あの女性も、見ていると、なんだか情けなくなってきた。
だから、オバハンは、ずうずうしいといわれるのだ。
ここで、中腰のオバハンのお尻に、膝蹴りを入れたら、私までオバハンと呼ばれるようになってしまう。
本当に、思いとどまってよかった。
情けないオバハンをあとに、その場を去ったが、あのずうずうしい様子がいつまでも脳裏に焼きついて消えない。
オバハンならぬ姥桜に、「ああは成りたくないなぁ。」と、同情する。