民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「民話でくりひろげられる世界」 栃木県の民話 解説 1

2012年09月20日 22時48分10秒 | 民話(語り)について
 栃木県の民話 解説 1 (ふるさとの民話 全47巻) 日本児童文学者協会編 偕成社 1980年発行

 民話で繰り広げられる物語は、時間をこえて、あなたを遠いむかしの国へ連れて行ってくれます。
そこには、今は見られない、ひろびろとした野や山があります。
 山にはやまんばが住んでいます。
川には河童が住んでいます。
天狗が空を跳び、大蛇はうねうねと、山の木や草をおしわけてすすみ、真っ赤な舌をピラピラさせます。
日が暮れれば、キツネ火が燃え、タヌキが人を化かします。
不思議な世界です。

 昔の人々はそういう不思議な世界に住んでいました。
しかし、ただ、不思議を言ってしまえば、それまでです。
ありそうもないこと、でありながら、そこには案外、本当のことが語られているのではないでしょうか。
今よりも、もっと貧しく、米の飯など、正月にしか口に入らない暮らしの中で、生きた人々は、おそれる心を持っていました。
山をおそれ、川をおそれ、風をおそれました。
それがやまんばや河童となったのかもしれません。

 しかし、昔の人々はおそれてばかりいません。
力強く、たくましく、知恵やとんちを働かせながら、生き抜いていきました。
民話には、そうした祖先の心が、生き生きと語られています。
人々の願い、喜び、悲しみ、おかしさがあふれています。
だからこそ、私たちは、民話を大切に思うし、あなたたちにも知ってほしいと思うのです。
 (中略)
 昔、戦いがあって、負けた武士たちが山を越えて逃げ出しました。
自分の国へ帰ろうと思ったのです。
ところが何日か逃げ続けていったある夜のこと、ふと見ると目の前に海が見えるではありませんか。
山へ山へ逃げたはずなのに、ここはまだ敵の土地だったのです。
もうだめだ、武士たちはもう逃げ続ける力もなく、そこで切腹して死にました。
しかし、それは海ではなかったのです。
白い花をつけた、一面のソバ畑だったのです。
月の光で、それは海に見えたのでした。
村人たちは武士たちをあわれんで、それから、その村では、ソバを作るのを止めたという話です。

 これは民話です。
本当にあった話が語り伝えられて、伝説化したのです。