週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

§ 絶対、許す事の出来ない朝日新聞の犯した大罪

2019年06月30日 21時51分35秒 | たわごと(少し硬派に振って)
好きでも嫌いでも無かった韓国・朝鮮。
以前は今ほどニュースに昇る事も、話題になる事の無い自分にとっては影の薄い国だった韓国&北朝鮮。
自分が幼い頃は大人は全く相手にしていない国だった。
それもそのはずだが、自分が子供の頃はGDPでも一人当たりの所得でも問題外であった。
今ではネットを観れば韓国&朝鮮の事がニュースに上る。
今回はG20の事、そして北朝鮮の核とミサイルの事。
話題を賑わしている隣国です。

【慰安婦問題】その韓国に誤った情報を提供し長い事誤った記事も訂正することなく両国を反目させる原因を作った朝日新聞。

決して許すことのできない新聞である。
長い事愛読してきたのに、事実を確認せずに報道した責任は廃刊に値すると思っている。
事実でない事を報道した責任は絶対に許すことができない。
時が流れてしまうので、後日第二弾でもう少し内容を述べたいと思っている。
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#0064 -’19. 桂離宮を訪れて(その三/三)

2019年06月29日 20時15分49秒 | 国内旅行
6月21日金曜日に京都の到着した初日の予定の最後の訪問地の桂離宮です。
三部作で91枚の写真をアップしましたが、桂離宮を宮内庁の職員の方に案内して頂き歩いた素晴らしさが少しでも伝われば幸いです。

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#0063 -’19. 桂離宮を訪れて(その二/三)

2019年06月29日 16時09分56秒 | 国内旅行
こちらのスレッドの写真は全てニコンで撮影したものです。

書きかけですが取り急ぎ写真をアップします。

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#0062 -’19. 桂離宮を訪れて(その一/三)

2019年06月28日 20時22分42秒 | 国内旅行
桂離宮の予約は事前に家内がネットから予約して京都観光の初日(6月21日金曜日)に決まっておりました。

桂離宮の施設案内図です。

桂離宮の説明文をウキペディアから一部引用させて頂きます。
桂離宮(かつらりきゅう)は、京都市西京区桂にある皇室関連施設[1]。江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。総面積は付属地を含め約6万9千平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである[2]。離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)に宮内省所管となってからで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた[3]。江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を今に伝えている。回遊式の庭園は日本庭園の傑作とされる。また、建築物のうち書院は書院造を基調に数寄屋風を採り入れている。庭園には茶屋が配されている。現在は宮内庁京都事務所により管理されている。創建以来火災に遭うこともなく、ほぼ完全に創建当時の姿を今日に伝えてる。昭和39年(1964年)に農地7千平方メートルを買い上げ景観保持の備えにも万全を期している。

電車と徒歩で来る積りでいましたが、タクシーで嵯峨野からダイレクトに来ましたので宮内庁のHPで予約してある時間より小一時間も早く到着しました。
申し込みは家内がしてくれましたので、気が付きませんでしたが桂離宮入り口でも当日受付を行ってくれていました。
確実の見学するなら事前申し込みしておいた方が確実なのは勿論です。



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時間になり参観者で入り口から誘導されて参観者休所で手続きを行い参観証を頂きました。
我が家は3、4番です。
この日は京都に到着したままなのでザックをコインロッカー(100円は最後に戻ってきます。)に入れて待合所と売店の所に向かいました。
こちら限定のお土産など販売している売店もありますし、展示物などがあるコーナーもありました。
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エクスペリアで撮影です。


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エクスペリアで撮影です。

桂離宮を俯瞰した鳥観図です。
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エクスペリアで撮影です。
その他、表示のないものは全てニコンで撮影です。

御幸道に架かる橋です。
橋の端には苔があるようですが、最近の気候の為か被害を受けているように感じ感じました。
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橋を渡り御幸道を左折して御幸門を潜り表門を撮影しています。
皇族方が出入りする表門は遠近法を取り入れて撮影している所より表門の所は1メートルほど細く石が敷き詰められています。
目の錯覚で実際より遠くにあるように見えます。
表門を入ると反対に近く見えるはずです。
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表門方向から茅で葺かれた御幸門を眺めている一枚です。
茅葺の屋根に、コルクに似た樹皮の木が製材されることなく使用されています。
木の名前はのアベマキです。
ポルトガルでコクルの木も見ましたし、コルクでできたバッグもお土産で買ってきました。
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秋の紅葉のシーズンに京都に来てみたいです。
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ここは宮内庁の管理する離宮です。
只の砂利石が敷き詰められている訳ではありません。
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原村の我が家にも沢山ある赤松ですが、手入れと樹形が全く異なります。
当たり前ですが。
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#0061 -’19. 天龍寺を拝観して(ソニースマホ、エクスペリア版)

2019年06月28日 09時56分51秒 | 国内旅行
今回は天龍寺のソニーのスマホで撮影した画像をアップします。
モニター画面で写真だけ見るとその優劣は分からないほど性能が向上している。

恵林寺にお邪魔した時、家内から庭の設計は夢窓国師(夢窓疎石)だよと教えてもらった。
今回の天龍寺の庭も夢窓国師だと教えてもらった。
歴史好きな家内に今回の京都旅行では教えてもらことだらけだ。

ウキペディアの夢窓国師(夢窓疎石)の項目から庭園の項を引用させて頂きます。
庭園[編集]
世界遺産に登録されている京都の西芳寺(苔寺)および天龍寺のほか、瑞泉寺などの庭園の設計でも知られている。 その作風は、自然の眺望・景観を活かしつつ、石組などによって境地を重んじる禅の本質を表現しようとしたものである[4]。『夢中問答集』の第57「仏法と世法」の項では、疎石の庭園に関する考えが述べられている。
夢窓疎石設計による庭園[編集]
西芳寺庭園 - 京都市西京区。世界遺産、国の特別名勝
天龍寺庭園 - 京都市右京区。世界遺産、国の特別名勝
永保寺庭園 - 岐阜県多治見市。国の名勝
瑞泉寺庭園 - 神奈川県鎌倉市。国の名勝
恵林寺庭園 - 山梨県甲州市。国の名勝
覚林房庭園 - 山梨県身延町。町指定文化財ほか


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#0060 -’19. 天龍寺を拝観して(ニコン版)

2019年06月27日 20時29分26秒 | 国内旅行
二泊三日の京都旅行の初日にです。
湯豆腐嵯峨野で昼食を摂って次にお邪魔したのが臨済宗の禅刹の天龍寺です。
帰って来てから家内に言われて気が付きましたが、お寺にお邪魔したと言うより観光名所、旧跡にお邪魔したとの認識になり名刹にお詣りしたとの認識はありませんでした。

何がそうなのか考えてしまった。


湯豆腐の嵯峨野さんでの食事を済ませてからですから、山門も潜らずに最初に目に飛び込んできたのがこちらの建物です。
選仏場と書かれているようですが何なのかわかりません。
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湯殿や料理が等の熱や湯気を逃がす造りになっているようです。
帰ってくるまで何も思いませんでしたが、入った入り口の建物は庫裏だよと言われて庫裏って家内にきいてしまいました。
本堂などにお邪魔しませんでした。
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こちらの建物の所で御朱印を頂くようです。
でも、最近は御朱印をもらうだけの目的では頂かないようになりました。
今回も御朱印帳を持参しておりません。
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後で気づきましたが、こちらの高札の精進料理「篩月(しげつ)」は、天龍寺直営の精進料理店だそうです。
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庫裏の棟へ入ります。
我が家はお庭と諸堂(大方丈・書院・多宝殿)の中に入れる拝観料をお支払いしました。
お庭の拝観料+300円ですから、〆て800円/大人一人でした。
HPから引用させて頂きます。
庫裏(くり)
明治32年(1899)の建立。庫裏は七堂伽藍の一つで台所兼寺務所の機能を持つ。方丈や客殿と棟続きで、切妻造の屋根下の大きな三角形の壁を正面に見せる。
白壁を縦横に区切ったり、曲線の梁を用いたりして装飾性を出した建物で天龍寺景観の象徴ともなっている。
また、玄関に入った正面に置かれる大衝立の達磨図は前管長である平田精耕老師の筆によるもので、方丈の床の間などに同じ達磨図が見られ、達磨宗である禅を象徴し、天龍寺の顔ともいえる。

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こちらの入り口を入るとお庭と精進料理の篩月(しげつ)に行くことができますが、今回は建物内から十分に堪能できましたので入りませんでした。
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湯気などが抜ける構造の庫裏独特の構造化もしれません。
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天龍寺の沿革にも載っているだるまです。
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この清々しさ。
日本庭園で世界的にも有名な柴又の山本亭でも感じた長閑さです。
山本亭でも畳の和室から廊下越しに日本庭園を愛でました。
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左手の看板は寝そべってはいけないとの事が図で掛かれています。
その脇では皆さん寛いでおりました。
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緑の木々に覆われた小高い山が迫り、世知辛い現世をひと時忘れさせてくれます。
ディズニーランドなども、木々で外の風景を遮蔽して夢の世界を造る手法を使っているそうです。
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申し込みすると確か1000円で写経が出来ると書いてあったお部屋です。
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女性の方が写経をしておりました。
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仏を拝見できたのはこちらのお部屋だけだったかも。
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多宝殿から大方丈に戻って来る途中で、左に見えるのがその大方丈です。。
目の前に広がるのが曹源池庭園です。
本来であれば大方丈から州浜の白い浜を思い描き池を眺めるのが乙ですが。
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庫裏の入り口で靴を脱いで上がります。
戻ってきました。
桂川に向かい渡月橋を徒歩で渡ると、この時は考えていました。
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ソニーのスマホのエクスペリアの画像につづきます。
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#0059 -’19. 嵯峨野から渡月橋を越えて桂離宮へ

2019年06月26日 21時45分58秒 | 国内旅行
昼食を済ませて次の向かったのは天龍寺ですが、事前予約してある桂離宮の時間とにらめっこです。
天龍寺の拝観を済ませても十分に時間があります。
最初の予定通り一時間以上ありますから渡月橋を徒歩で渡り、阪急電鉄の嵐山で電車に乗り桂駅に向かい徒歩にて桂離宮に向かう予定でした。
自分にとっては歩いて渡月橋を渡る事が大きな意味のあるイベントだったのですが。
それでなくても曇天の予報がしっかりと太陽が顔を出す天気です。
お腹もきついですし、暑いしタクシーをと考えると以心伝心で前から空車のタクシーです。
誘惑には勝てず捕まえて桂離宮に向かう事にしました。

桂川に出る所の交差点です。
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正面は桂川です。
河原に下りると川下りの(川上り)の船が沢山停泊していました。
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軟弱な肉体には軟弱な精神しか宿らないようです。
直ぐにタクシーを止めてしまいました。
前の方を下ろしたばかりのようでお金を受ける受け皿が載っておりました。
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右手に見えるのが桂川と歩いて渡る筈だった渡月橋です。
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徒歩ではありませんがそれでも渡月橋の橋の上です。
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船が遡上して行く上流方面です。
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右側の下流方面です。
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予約時間の45分も早く到着してしまいました。
桂離宮の駐車場直前で左手が駐車場で右手が桂離宮です。
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雨に降られるより暑くても晴天の方が良いに決まった居ます。
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#0058 -’19. 京都 嵯峨野 宝筐院を訪ねて(6月23日の日記)

2019年06月26日 11時49分50秒 | 国内旅行
人力車に乗って色々と由緒ある仏閣を説明頂いた。
一時間の中で下車して拝観料を収めてお参りしたのがこちらの宝筐院です。
参拝者が私達しか居なかった事もありますが、落ち着いた気に入ったお寺でした。
その後、同じオフの車夫さんが彼女と共に入ってきました。
素敵な心休まる仏閣です。



宝筐院(ほうきょういん)の歴史等をHPから引用させて頂きます。
1 宝筐院とは?
宝筐院(ほうきょういん)とは、京都嵯峨野にある臨済宗の寺院です。
紅葉の美しさに定評がある当寺院は、テレビ・雑誌・書籍等のメディアで幾度となく紹介されました。庭園の写真がジグソーパズルやカレンダーに使用されることもよくあります。また、秋の紅葉シーズン以外でも、四季折々の花が咲き、風情ある庭園が楽しめます。
2 宝筐院略史
宝筐院は、平安時代に白河天皇(1053~1129)の勅願寺として建てられました。勅願寺とは、勅願によって鎮護国家・玉体安穏のために建立された寺のことをいい、東大寺・大安寺・薬師寺などがこれに当たります。
宝筐院は、建立当時から「宝筐院」と呼ばれていたわけではなく、元々の名は「善入寺」といいました。平安の末から鎌倉時代にかけては、数代にわたって皇族が入寺し、住持となりました。
南北朝時代になり、貞和年間(1345~50)から夢窓国師の高弟である黙庵周諭禅師が入寺し、衰退していた寺を復興させ、中興開山となりました。そして、この善入寺にあって門弟の教化を盛んにし、これ以後は臨済宗のお寺となりました。
室町幕府の二代将軍足利義詮(あしかが・よしあきら)は、貞治四年(1365)に母の死去にあいました。その法要の席において、黙庵から経典の講義を聞き、更に参禅問答したことを契機に黙庵に帰依しました。そして、師のために善入寺の伽藍整備に力をいれました。
当時は、東から西へ総門・山門・仏殿が一直線に建ち、山門・仏殿間の通路を挟んで北に庫裏、南に禅堂が建ち、仏殿の北に方丈、南に寮舎が建っていました。寺の位置は『応永均命図』(室町時代前期の嵯峨地域寺院配置図)によると現在地と変わっていません。
貞治五年(1367)、義詮が没する(38歳)と、善入寺はその菩提寺となりました。そして、八代将軍義政の代になって義詮の院号の宝筐院にちなみ、寺名は宝筐院と改められました。備中・周防などに寺領があり、足利幕府歴代の保護もあって寺も隆盛でした。しかし、応仁の乱以後は、幕府の衰えと共にお寺も衰微してゆきました。寺領も横領されるなど、経済的に困窮していったからです。
江戸時代の宝筐院は天龍寺末寺の小院となり、門の位置は今とは異なり、南に向けて設けられていました。
幕末には廃寺となりましたが、五十数年を経て復興されました。


京都市の宝筐院の説明の高札ですが、読めるようにトリミングしました。
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天皇家につながる格式を示す五本線の壁です。
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楓や紅葉も多く秋の紅葉には素晴らしい景観を与えてくれそうです。
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南北朝時代敵味方に分かれた楠木正行と足利義詮の墓が仲良く並んでいる。これは義詮が正行の人柄を慕い、そばに葬るように遺言したためといわれる。
右の家紋が楠木家で左が足利家です。
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一部、枯山水の庭園になっています。
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本堂側から入り口を撮影しました。
御本尊は、十一面千手観世音菩薩です。
十一面千手観世音菩薩立像に般若心経を半分程度読経しましたが、先があるとの事で中断しました。
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障子の先のお庭はまるで額縁に収まった絵画の如くです。
紅葉が織りなす季節にその自然の絵画を愛でに再訪してみたいものです。
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心休まる穏やかな素晴らしい仏閣の宝筐院でした。
車夫さんに案内されなければ今回お邪魔する機会は無かったと思います。
感謝です。
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#0057 -’19. 湯豆腐嵯峨野(6月21日の昼食)

2019年06月26日 00時17分38秒 | 訪問した食事処、お茶処
人力車の車夫さんに何件か教えて頂いた食事処の中の一軒ですが、お店の近くまで来て頂いたので湯豆腐 嵯峨野 で昼食をいただく事にしました。
人力車を降りたのは嵐電・嵐山駅の前、天竜寺の入り口の所です。
素敵なお店で大満足でした。

お食事も良かったですが、室内の装飾などにも魅かれる所がありました。

今回のスレッドの写真はニコンとエクスペリアの両方が含まれています。

お店の佇まい自体が京都そのものです。
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枯山水の如くです。
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赤いレンタサイクルが止まっている所が入り口でした。
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ウキペディアから引用です。
陸奥国に金を出す詔書を賀す歌一首、并せて短歌(大伴家持)[編集]
 海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見は せじと言立て 丈夫の 清きその名を 古よ 今の現に 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官ぞ 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大君の 御門の守り 我れをおきて 人はあらじと いや立て 思ひし増さる 大君の 御言のさきの聞けば貴み 
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嵐山羅漢です。
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わびさびの庵を感じさせる門構えです。
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ネットのHPにはメニューが載っていないテーブルに乗っている、お得な嵯峨野ランチセットのようです。
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イギリスを初め沢山の磁器がヨーロッパに運ばれてその芸術性や技法を伝えたものです。
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秦の始皇帝の兵馬俑から出土したレプリカと浮世絵などが飾られていました。
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お座敷にするかカウンター席にするか希望を聞かれましたのでカウンター席をお願いしました。
荷物は前に置いて頂きます。
今回は小さなスーツケースではなく二人ともザックで行きました。
陶磁器や兵馬俑などが並んでいました。
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私の選んだ湯豆腐ですが、湯葉の汁物の架かったご飯も付いてきました。
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精進料理的ですから、ビーガンの方にも問題無く美味しく頂けそうです。
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湯豆腐と基本料理が付いてきます。
そうめんにするか湯豆腐のどちらかを選択してその他は同じ料理です。
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ビールと湯葉の汁のご飯は私の物です。
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こちらは家内にも自分にも付いてくる基本料理です。
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こちらは家内の注文したものです。
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毛氈が敷かれた所でお茶をするのも最高ですが、当日は外はキャンバス布で覆われて使用されていませんでした。
外は暑くてお茶なら可能かもしれませんが、食事は無理かもね。
使用していなくても毛氈の朱色が映えるのですが。
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領収書を見て書いていないので正確では無いかもしれませんが。
〆て
食事が:2000円X2=4000円
ビールが600円だったかと思います。
合計 4600円です。



湯豆腐嵯峨野の道路側にある羅漢像です。(追加)
奥に写っている建物は湯豆腐嵯峨野さんです。


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#0056 -’19. 嵯峨野を人力車に乗って

2019年06月24日 23時13分10秒 | 国内旅行
竹林の小径を歩き踏切まで来ると人力車が数台停車していました。
乗りませんかとの事で地理にも詳しい家内と話が弾み、家内のコースだと1時間越えになってしまう。
走る距離は短くなるが1時間のコースで乗る事で決まりました。
でも、時間は気にすることはありませんとの事。
走るコースが決まれば時間的な増減は多めに見てくれるようでした。

人力車に乗っていざ出発です。
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竹林の中に入れる所で記念撮影してくれました。
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正面は清涼寺に続く道です。
ほんの少しの上り道かもしれません。
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こちらに見える建物は嵯峨小学校です。
京都の地域性を壊すことなくこの場所に溶け込んでいました。
これと同じ思想を感じる建物は長野の松代小学校も素敵な建物でした。
この手前の左手には時代を感じさせる昔の風情を感じさせる松田医院が建っていました。
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清涼寺のご本尊・木造釈迦如来立像および像内納入品は国宝だそうです。
人力車から説明を受けて仁王門を撮影しました。
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右手の土塀は清涼寺の塀です。
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別スレッドでアップした紅葉シーズンにも是非お邪魔したい宝筐院です。
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#0055 -’19. 嵐山(嵯峨野の竹林の小径)

2019年06月24日 21時15分29秒 | 国内旅行
個人的にはユーチューブ画像で良く拝見する素敵な整備された竹林の小径を思い描いていた。
基本はユーチューブ通りなのだが、どこか管理の行き届かない竹藪を見ているような気にさせてくれた。
竹林と小道を分ける竹枝穂垣が部分的に修復を必要とする感じだったのが少し残念だった。
また、タケノコが伸び始めて完全に竹の肌になっていなかったことも理由かも。
現在の竹の種類はほとんどが孟宗竹(もうそうだけ)ですが、以前は真竹も多く存在していたとの事。
春に芽を吹き伸び始めた竹の子が完全な孟宗竹になる前で見栄えを悪くしていることもあるかもしれない。
竹による日本の垣根などの芸術品と言ってもよい、まごうことなき製品である犬矢来など

京都観光サイトの説明文を一部引用させて頂きます。
竹林の道(ちくりんのみち)は、大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道です。周辺には嵐山や世界遺産の天龍寺などがあります。竹林の道は京都嵐山の代表的な観光名所のひとつで、嵐山を訪れた際には是非立ち寄って頂きたい観光スポットです。毎年12月には、京都・嵐山花灯路が開催され、ライトアップされた幻想的な竹林の道を歩くことができます。天龍寺のすばらしい庭園を十分に散策した後、北門から出て、野宮神社や大河内山荘に向かって竹林の道を歩かれるのがお勧めです。
【アクセス】
嵯峨野観光線 「トロッコ嵐山駅](徒歩3分)
京福電鉄 「嵐山駅」(徒歩12分)
JR山陰本線 「嵯峨嵐山駅」(徒歩17分)


京都駅で新幹線を下りてそのままJRに乗って嵯峨嵐山駅まできました。
いよいよ、京都観光の始まりです。
ホームを明かり駅のコンコースに来てみると竹をモチーフにした細工が施されたガラスになっていた。
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この線路自体は山陰本線ですから出雲の国先まで。
新幹線の切符は京都駅の自動改札機に吸い取られましたので、乗車券は有人改札にお邪魔して記念に持ち帰りました。
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トロッコ電車には乗りませんが、トロッコ嵯峨駅の前を通り竹林の小径に向かいます。
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丁度タイミング良くトロッコ電車が走ってきました。
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個性的な女性のイラストで有名なあぶらとり紙のお店です。
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竹林のはじまりです。
人を避けて上をうつしましたが、少し乱雑な感じです。
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引用させて頂きました
野宮神社(ののみやじんじゃ)は、京都市右京区の嵯峨野にある神社。 黒木鳥居はクヌギの木の皮を剥かないまま使用する、日本最古の鳥居の様式です。天龍寺から嵯峨野 竹林の道の間に位置し、 縁結びの神様・子宝安産の神様として若者に人気のスポット。
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こちらの場所で人力車に乗りました。
時間もないし料金も高いので一時間のコースをお願いすることになりました。
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#0054 -’19. 今日のランチ(お弁当)

2019年06月23日 15時20分50秒 | 国内旅行
新幹線の切符を変更してもらった、その足で直ぐに伊勢丹へ。
目的はお土産と新幹線内で食べる本日のランチです。
こちらは家内のお弁当です。


量的にも可愛らしいお弁当です。



こちらは私の二段重ねお弁当です。
栗おこわと赤飯を選んで入れて頂きました。


大好きですから、美味しく頂きました。
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#0053 -’19. 建仁寺を後に帰宅(6月23日の日記)

2019年06月23日 13時55分12秒 | 国内旅行
建仁寺から宿に預けた荷物とって早く帰ることにした。
三時間早い新幹線の指定に変更出来ました。













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#0052 -’19 朝の散歩で南禅寺へ(6月23日の日記)

2019年06月23日 08時04分58秒 | 国内旅行
お宿から南禅寺までは12分とのことで朝の散歩でお邪魔した。
南禅寺の周辺は明治維新の頃の政府の高官などの別荘地も多くあり、今でも格調高き屋敷が連なっているようである。
























午前6時半から7時40分の一時間半の参拝でした。
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#0051 -’19. 平等院でお茶して(茶房 藤花 TOKA)

2019年06月22日 21時38分17秒 | 国内旅行
今回の京都旅行では旅に発つ前の天気は恵まれない予報だった。
しかし、2日目の今日現在ではめぐまれた。
昨日も雨が降りました。
本日も雨が降りました。
でも、どちらも宿に帰りついてからでした。

反対に昨日も本日も大変暑かった。
宿で朝食を済ませて本日最初に訪れたのが平等院でした。
6月とは思えない暑さでした。
表門を入り藤棚まで来ると、ミストを撒いてくれて居ました。
それほど暑かった。

鳳翔館を出た所に茶房があったので涼と、抹茶を頂き入った次第です。
茶房『藤花TOKA』味、サービス、値段と三拍子揃ったお店でした。


















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