週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#0022 -’19. 昭和新撰江戸三十三観音巡礼

2019年05月25日 09時17分29秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
昭和新撰江戸三十三観音巡りに行ってきました。
今回は中野区と杉並区です。
その道ずがらです。

直ぐ近くの立正佼成会の立派な大聖堂が見えましたが、今回は昭和新撰江戸三十三観音様の巡礼ですから脇からスマホで写真だけ撮って第19番 東円寺に向かいました。


東円寺で聖観世音菩薩様にお参りしました。


神田川を越えて第17番 宝福寺の如意輪観世音菩薩に向かいました。




この日のランチは久々に和幸でランチを頂きました。


生ビールはすぐに来ましたが、とんかつは写真を撮る前に食べ終わってしまいました。
で、お店の飾りを一枚。
コメント

#0020 -’19. 昭和新撰江戸三十三観音 第29番 高野山金剛峯寺 東京別院

2019年05月20日 16時00分44秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
前回、こちらの高野山東京別院にお邪魔したのは大使館巡りの時でした。
その為に事前準備もせずにマラウイ大使館に行く前に少し時間があるのでこちらの寄った次第でした。その時のスレッドはこちらです。
高野山真言宗総本山金剛峯寺 高野山東京別院です。

高野山東京別院のHPから引用させていただきます。

高野山真言宗 総本山金剛峯寺の別院です。 慶長年間、高野山の宝門・寿門の学侶方の在番所として開創され、延宝元年(1673年)「高野山江戸在番所高野寺」として建立されました。 幕府と宗務全般の交渉、および幕府の諸通達を全国の古儀真言寺院に達する触頭(ふれがしら)の責務を担いました。 高野山から重役方が交代で参勤し、学侶教修の道場、大師信仰の実践の場として重要な役割を果たしました。明治に入って在番所の廃止に伴い、葛飾牛島の長壽寺の名蹟を移して寺蹟を継承し、昭和2年「高野山東京別院」と改称しました。 住職は、総本山金剛峯寺座主が兼摂し、主監を任命して、東京別院の経営と東京における本山ならびに宗団の教務を処弁しています。 また、東京別院は、首都圏における「大師信仰」の教化の拠点であり、壇信徒のみならず、 広く人々の心の拠り所として歴史を刻んでいます。

山門にはしっかりと「合掌し礼拝して山門を入る」べしと書かれていました。
書かれていなくてもすべき信仰の作法ですが、書かねば行わない人が居るからかもしれません。
1


目黒駅から品93番(大井競馬場前)に乗ってここに写っている高輪警察署の停留所で降りると正面です。
2


3


4


こちらの社務所で御朱印を頂きました。
昭和新撰江戸三十三観音巡りでは小さな寺院もあり、納め札や蝋燭の燈明をともしお線香の香を焚く所もハッキリしないところも多い。
でも、こちらの社務所で観音様のお参りとの事でその説明もしていただいた。
御朱印帳を預けて本堂にお参りに伺ったしたいです。
5


6


7


威風堂堂とした本堂です。
8


燈明をともす場所ですが、後からの方の事を考えて火傷や袖口が焦げないように配慮して奥の高い所から供えるのが作法だそうです。(坂東札所巡りでしりました。)
9


10


一番右の所が昭和新撰江戸三十三観音の観音様に般若心経外を唱えて、ご丁寧にご真言「オンアロリキャソワカ」と書かれていましたので、読経の最後のご真言を三篇ほど唱えて社務所に戻り御朱印を頂いてこちら高野山東京別院を後にしました。
山門では勿論、合掌し礼拝して次の豊盛山延命院一心寺へ。
11


ここから同 じ大井競馬場行きのバスに乗って向かいました。
コメント

#0017 -’19. 令和になって初御朱印を頂いてきました。

2019年05月17日 22時25分58秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
本日は11時過ぎに重い腰を上げて、令和に改元してからの初御朱印を頂いてきました。
一日、一カ寺ないしは二カ寺程度で良いと思うようになっていました。
それと言うのも、スタンプラリーではあるまいに、集める事が目的ではなく集めるための苦労が大切だと思うようになったからです。
寺ですから、お経をあげてお線香を焚き、蝋燭に火をともし納め札を収めるなどを行い一カ寺ごとに大切にお参りするためと思うように自分自身が変化したからです。
でも、それを良い事に怠けている昭和新撰江戸三十三観音霊場巡りです。

それではと、本日平成から令和に変わってしまいましたが、霊場巡礼をしてきました。










コメント

#112 -’19. 宝物展示室@芝 増上寺 

2019年04月26日 11時01分15秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
徳川将軍家墓地の特別拝観とこちらの宝物展示室をセットになった入場券を購入すると200円安くなり千円ですみました。
徳川将軍家の墓地のスレッドはこちらです。
増上寺宝物展示室は2015年4月2日から開館しました。

01



02



ここの右手の所から入りますが、この先は写真撮影禁止です。
なので、常設展示と特別展示「よみがえる 徳川将軍霊廟 英国ロイヤルコレクション100年ぶりの里帰り」で大戦で焼失してしまった増上寺が蘇ります。

総常時宝物展示室のご案内から引用させて頂きます。

増上寺宝物展示室とは
徳川家康公没後400年にあたる平成27年4月、その記念すべき年に、家康公によって徳川将軍家の菩提寺と定められ発展してきた増上寺では、本堂地下1階に「増上寺宝物展示室」を開設致しました。展示の中心となるのは、英国ロイヤル・コレクション所蔵の「台徳院殿霊廟模型」です。台徳院殿霊廟は二代秀忠公の御霊屋(おたまや)として、1632年(寛永9年)三代将軍家光公によって境内南側に造営された壮大な建築群でした。徳川家霊廟の中で最も壮麗とされる日光東照宮のプロトタイプとなった霊廟で、1930年(昭和5年)に国宝に指定されましたが、1945年(昭和20年)5月の戦災により焼失してしまいました。

この模型は、いまではモノクロ写真でしか往時の姿をしのぶことができない台徳院殿霊廟の主要部分が、10分の1のスケールで製作されたものです。1910年(明治43年)ロンドンで開催された日英博覧会に東京市の展示物として出品。博覧会終了後に英国王室へ贈呈され、ロイヤル・コレクションの一つとなり、英国にて大切に保管されてきました。


03


実は撮影禁止との事で、スマホは仕舞い込んでしまいましたが、展示室の前室(ホワイエ)の切符を切ってもらい係りのご婦人に色々と説明していただきました。
「この部屋までは撮影して良いのですよ。との事で撮影してもらいまいました。
入館者がそれ程多くはありませんが、入館者がある度に戻りますので、説明のお礼を伝えて後にしました。
04



05



06



07



08



09



10



11



12



13
コメント

#111 -’19. 千躰子育地蔵菩薩@芝 増上寺

2019年04月24日 15時51分39秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
沢山のお地蔵さんが並んで祀られておりました。
千躰子育地蔵菩薩として小さな社(やしろ)もあり、そこには愛くるしいお地蔵さんと風車が風を受けて回っていました。

1


西向観音像として社に祀られていましたが、社の中の観音様は西の向いています。
で、観音様を拝む自分は東を向いております。
2


3





4


5


6


7


8


9


10


小さなお地蔵さんを見ると子を思い孫を思い可愛らしいと。
血のつながりに関係なく次の世代、その次の世代が幸せな人生を歩む事を願う気持ちになるのかもしれません。
コメント

#110 -’19. 徳川将軍家墓地@芝 増上寺

2019年04月23日 17時17分22秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
何度もお邪魔している昭和新撰江戸三十三観音霊場巡り第21番三縁山広度院増上寺ですが、徳川将軍家墓地に参拝するのは初めてです。

増上寺のHPから引用させて頂きます。
徳川将軍家墓所~徳川家霊廟~
戦災にて焼失した旧徳川家霊廟は、現在の大殿南北(左右)に建ち並ぶ壮麗なものであったと伝えられています。昭和33年夏、文化財保護委員会が中心となって、発掘された土葬の遺体は、綿密な調査が行われた後、東京・桐ヶ谷にて荼毘にふされ現墓所に改葬されました。
当山に埋葬されているのは、二代秀忠、五代将軍兄弟の綱重、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の6人の将軍の他、女性では将軍正室として二代秀忠夫人崇源院、六代家宣夫人天英院、十一代家斉夫人広大院、十三代家定夫人天親院、十四代家茂夫人静寛院の5人、将軍の側室としては三代家光の桂昌院、六代家宣の月光院など5人、その他、将軍の子女を含む計38人です。
正面右側に二代秀忠公の墓所があります。焼失前の宝塔は霊廟室内に祀られ、大変大きなものでありました。しかし、惜しくも木造のため、戦災で焼失。現在は、内室崇源院と共に合祀されています。
静寛院宮の宝塔は当時のもので、実際、家茂公と並んで祀られていました。
宝塔の形は御夫婦同じ物でありましたが、家茂の石塔に対して青銅製です。明治になってから造られた墓は、将軍の墓に対し、すべての点において荒削り、不揃いであることからこんなところにも時代の変遷を感じることができるでしょう。
特徴として菊の御紋章が掘り出されています。


今回は山門(国道1号)側から入らず裏に当たる明徳幼稚園を通り東京プリンスホテル側から入りました。
その為に徳川将軍家墓地に近い事もあり御朱印を頂いてから入る事にした次第です。

正面は勿論東京タワーで右側は東京プリンスホテルで左手が増上寺側です。
0


1


2


3


4


5


6



徳川将軍家墓地内からの東京タワーです。
コラボして見えるので結構良いです。
7



8


9


10


11


12


13


皇女和宮様のお墓です。
14


15


コメント (4)

#108 -’19. 昭和新撰江戸三十三観音 第28番 臨済宗勝林山金地禅院参拝して

2019年04月22日 20時39分34秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
増上寺の次にお参りに伺ったのが、昭和新撰江戸三十三観音の第28番の勝林山金地禅院(勝林山金地院)です。

01



02



03


04


05


06


07


08


09


10


コメント

#083 -’19. 山王日枝神社にお参りして(その二) 

2019年03月26日 09時12分41秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
東京での格段に格式高い山王日枝神社その二です。

後日一二ともに加筆します。
1



2


3



4



5



6



7



8



9




10



11



12



13



14








コメント

#079 -’19. 山王日枝神社にお参りして(その一)

2019年03月22日 21時37分33秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
明日は早朝の出かけますので画像のみですが。

1



2



3



4



5



6



7



8



9



10



11



12
コメント

#072 -’19. 高野山真言宗総本山金剛峯寺 高野山東京別院

2019年03月11日 21時54分53秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
今回アップする高野山真言宗総本山金剛峯寺 高野山東京別院にお邪魔したのは昭和新撰江戸三十三観音霊場巡りのお詣りではありません。
この日(2月20日)はマラウイ共和国をはじめとする大使館巡りでご朱印帖を持参しておりませんでした。
マラウイ共和国大使館に入る前に時間つぶしで歩いていて高野山東京別院が在りましたのでお詣りした次第です。

1


2


3


4


5


6



7


8


9


10


11



弘法大師が四国八十八ケ所霊場巡りの姿です。
12


徳島県(阿波)の霊場 ~発心の道場
13



14


高知県(土佐)の霊場 ~修行の道場~
15


愛媛県(伊予)の霊場 ~菩提の道場~
16


香川県(讃岐)の霊場 ~涅槃の道場~
17

コメント

#309 -’18. 昭和新撰江戸三十三観音霊場巡り第二十四番 長青山寶樹寺梅窓院

2018年11月14日 20時31分05秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
南青山に買い物に行く道すがらと言っては何ですが、江戸三十三観音霊場巡り第二十四番 長青山寶樹寺梅窓院にお詣りにいってきました。
青山通りから山門参道を通り長青山寶樹寺梅窓院にお詣りです。

この日は江戸三十三観音霊場巡りを行ったのは11月8日です。
前日と変わって良い天気に恵まれました。
最近益々、自分の心に御朱印を頂く巡礼の仕方を考えるようになった。

自分の心の変遷です。
最初はスタンプラリーと何ら変わる事のない、仏教に対する宗教心も神道に関する想いもなく御朱印帳(納経帳)に文字が増えて朱印が増える事のみに心を注いでいた。
子供の頃のカード集めと変わる事のない行いであった。

次に進んだのは、寺院では読経し納め札を収めたりし出した。
神社においては、柏手(かしわで)を打ちお祈りしての参拝です。
でも、効率的に巡りより沢山の神社仏閣を廻ると言う考えであった。
読経をしても納め札(写経)を収めても、自分の心の隅にスタンプラリーの考えがこびり付いているようだ。

最近神や仏様にお詣りするのにスタンプラリー的なお詣りは好ましくないと感じるよう気がし出した。
四国八十八箇所などはその目的のみに特化するので、スランプラリーとは別だが、都内の観音様です。
ご近所には名所旧跡と言わずとも見る価値のある所が沢山あるので、のんびりと街歩きを兼ねて原則一日に二ヵ所程度の神社仏閣のお詣りをする積りになりました。
廻れば廻る程、信心が深くなって来たのか歳を重ねた証なのか。


この日は、お土産を買う事が主目的でした。(書きかけ)


頂いた御朱印です。
01


青山通り側からの入り口から山門方面を望んでいます。
02



03



04




05




06




07



08




09



10




11




12




13




14



一階の泰平観音様にお詣りしました。
開経偈、般若心経そして延命十句観音経をあげてました。
御真言は分からなかったのであげませんでした。
15





若いお坊様が二階に本堂があるとの事でそちの阿弥陀様もお詣りさせて頂きました。
16




17




18




19




20
コメント

#295 -’18. 昭和新撰江戸三十三観音霊場巡り第二番 江北山清水寺

2018年10月30日 15時36分16秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
新撰江戸三十三観音霊場の第二番札所の江北山清水寺です。








コメント

#293 -’18. 今日は五ヵ寺に訂正です。(護国寺ナウ)

2018年10月25日 16時14分40秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
今日の江戸三十三観音札所巡りは、文京区を中心にお参りした。
今は本日最後の護国寺です。
(護国寺からスマホで送ったときは四ヵ寺と思い込んでいた。帰宅してから間違いに気が付いたので訂正します。)






参拝前と参拝後の二度お出迎えしてくれた、日本猫です。








おまけです。
撮影はXperiaです。
午後9時過ぎに撮影です。
今日は満月でしょうか。
綺麗なお月様が見えますよ。


スマホのアプリの星空からです。


対物レンズの直径が小さなニコンの双眼鏡です。
オペラグラス程度ですが、それでも調整してからピントは合わせると月面も見えますから素敵です。


訪問したお寺は正確に言うと六カ所ですが、最初に訪問した東梅山花陽院清水寺でお参りして読経も済ませて納経帳にご朱印を貰う段になり、記帳する方が法要で出かけていた書けないとの事。
その為にご朱印を頂いたのは次の五ヵ所です。
第十番 : 浄真寺
第十一番: 圓乗寺
第十二番: 伝通院
第十三番: 護国寺
第二十三番:大圓寺 です。
コメント (2)

#292 -’18. 昭和新撰江戸三十三番霊場巡り第一番、金龍山浅草寺

2018年10月25日 08時45分09秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
昭和新撰江戸三十三観音札所は昭和51年に新たに選び直されてもので、江戸三十三観音と謳ってはいるが神社仏閣等の統廃合や廃仏毀釈を受けて大きく変わった。
従って今の江戸三十三観音札所は昭和に新たに選ばれたものです。

坂東三十三観音を巡礼した時は浅草寺は第13番札所だったが、今回の昭和新撰江戸三十三観音では発願の寺のです。

何冊目になるのでしょうが御朱印帳もここ浅草寺で購入しました。
浅草寺は色々の札所にもなっているので、購入に当たって江戸三十三観音である旨を伝えると御朱印帖に江戸三十三観音と書いてくれました。

1



2



3



4


5



06



07



08






09



10
コメント

#287 -’18. 江戸三十三観音霊場巡礼

2018年10月18日 19時44分09秒 | ご朱印・納経(神社仏閣)
今回は江戸三十三観音霊場巡礼を今日から始めました。
秩父三十四観音巡礼を発願する積りだったが、始めるのが遅くなり日照時間の短くなるので江戸にした次第です。

今日は家内と二人でナナちゃんに見送られて出発です。

銀座線の浅草駅の到着したので地上に一番近い地下を走行しています。
それでも、古い為に地上への移動は結構難儀している人もおりました。

自分が小さい頃には大人神輿と子供神輿が秋のお祭りには練り歩いていました。
小さな神輿と大きな神輿が並んでいました。

楽しみの始まりです。
坂東三十三観音巡礼を終えた最後の補陀洛山 那古寺(那古観音)での結願で頂いた香を持参して伺った。

江戸三十三観音の発願のお寺が浅草寺ですから、一番のお寺に来たわけです。
でもその前に、台東区の施設・浅草文化センターへ。
今回は浅草文化センターの外観の写真を撮っておりませんが、前回訪問時に撮影したのはこちらです。
斬新さと日本的な雰囲気を醸し出したデザインになっています。


8階の展望テラスから墨田川の先のアサヒビールとスカイツリーです。
3


少しズームを引いたので、墨田区役所・首都高速6号なども入っています。
4


雷門を越えて仲見世通りが見下ろせます。
5


中秋の名月ではありませんが、薄とお団子が並んでいました。
満月にはウサギさんがお餅を搗いていました。
皆さんが想像しているウサギさんの持っている杵は普通のこの杵ですか。
自分の想像すると言うかイメージしている杵はこちらではありません。
6






7


定番の雷門で一枚撮影して仲見世通りは混んでいるので左側の通路(お店の裏手)を途中まで歩きました。
8


左側の面(西側)の所に江戸札所第一番と彫られています。
和服を着ている方は観光客の外国の方です。
9
コメント

カウンター