週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#247 -’20. いつになったら京都へ行けるのか!Kyoto - Timeless beauty in 4K

2020年07月28日 21時35分55秒 | 国内旅行

昨年に二度今年の新型コロナウイルスが流行しだし始めた1月末にお邪魔してきましたが、まだまだ行ってない所だらけです。

ユーチューブ動画で GO TO トラベルキャンペンを利用していった気持ちになってみました。

Kyoto - Timeless beauty in 4K

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#087 -’20. 空中径路(Sky way)を歩いて

2020年03月10日 13時36分29秒 | 国内旅行

京都駅の空中経路(Sky  way)です。以前から京都タワーを京都スカイウェーを歩いてみたいと思っていました。二日目の東京に帰る前に最後にお邪魔した観光地です。スレッドでは未だ、高台寺をアップしていませんが、単純な此方を先にアップです。

※ こちらのスレッドと全く関係ありませんが、三月大歌舞伎の開催状況です。3月2日~3月15日までは公演中止になりました。我が家が観劇の日は未だ決定されておりません。行かない事に決めていますから、代金の戻る中止を期待している状況です。

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5  私たちの少し前をエスカレーターに乗って行く中国の方です。香港、シンガポールの中国人。台湾からの中国人。大陸の中国の中国人、そして韓国人と見ただけで服装やお化粧などで見分ける事ができます。

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8  青い上着を着ている方が入ったところから我が家も入りました。

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17  下に降りずにUターンして戻ってきました。

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22     丸く囲ってあるホテルは前回の訪問時に宿泊した京都新阪急ホテルです。

23  夜景を見るべく前日の夜に京都駅に戻って来た時は時間が遅くて断念した京都タワーです。

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#075 -’20. 長楽館トイレ

2020年03月01日 19時43分07秒 | 国内旅行

長楽館の素敵なトイレです。

こちらの紳士用

こちらは淑女用

トイレの中の暖炉です。

手洗いです。

この平らな所から水が出ます。

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#073 -’20. 京都の長楽館・旧 村井吉兵衛別邸を見学し

2020年02月28日 21時09分22秒 | 国内旅行

昼食を頂きその後、建物内(本館の一部と本館三階と新館のホテル棟は除く)を見学させて頂きました。

長楽館で見学時に頂いたプリントから引用させて頂きます。

長楽館 旧 村井吉衛別邸

長楽館は、たばこ王」と称られた明治時代の実業家村井吉兵衛によって迎賓館として建てられた建物である。「長楽館」の名称は伊藤博文が宿泊した折に命名し、扁額にも記した。皇族や元勲、英国皇太子などの国賓が多数滞在し、「京都の迎賓館」とも呼べる建物であった。工事は、アメリカ人技師 J.M.ガーディナーの設計により、明治42年(1909)6月に竣工した。建物は、1・2回共にそれぞれ特徴のある部屋がならぶ。中でも一階客間は暖炉廻りや壁、天井に植物紋様のレリーフを飾るなど、ロココ様式基調とし、最も華麗で見ごたえのある部屋となっている。一方3階は書院造風の和室で、その豪華なつくりと斬新な座敷飾りはみごとである。建築当初の家具が残っている点も注目される。ロココ様式をはじめそれぞれ部屋に合ったよう様式の家具が置かれ、英国王室御用達であったMAPL社製など、大半が高級な輸入品で、意匠的にも優れる。長楽館は、内部の凝った意匠に見るべきところがあり、規模も大きく、明治後期のおける和洋折衷の住宅建築の代表例として価値が高いことから、家具30点を含め昭和61年6月2日、京都市指定有形文化財に指定された。

                                                         京都市

村井吉兵衛(1864~1926年)

元治元年(1864)、京都の煙草商の次男として誕生。9歳で叔父の養子となり行商を始める。明治初期に、煙草の行商で得たお金を元に煙草の製造に踏み出す。日本初の両切り紙巻煙草を製造し、明治24年に「サンライス」と名図けて発売。その後発売された「ヒロー」は、5年後に年間生産量日本一になる。明治37年に煙草が国家専売制になり、その補償金を元手に、村井銀行、東洋印刷、日本石鹸、村井カタン糸等の事業を行い、村井財閥を形成する。

 

1   知恩院を参拝して、円山公園を歩き大谷祖廟を参拝してランチを予約していた長楽館に戻ってきました。   玄関 イオニア式門柱 村井家家紋 三つ柏が正面にある。

2   玄関のアーチです。再掲です。

3   頂いた邸宅内の案内図の2としてホール兼階段室と表示されているところです。グランドピアノが置かれていました。  ホール兼階段室 各部屋へと繋がるエントランスホール  階段の手すりには、力強い曲線を描いた木材の装飾が上階へと続き階段中ほどの踊り場は、半円形に張り出してバルコニー風に演出

4   ピアノの先には階段が見えます。

5   一階上った二階から眺めたところです。隅に追いやられた階段ではなく中心をなす正に階段室です。素敵ですよね。

6   階段室の上部の半円形のドームです。

7 迎賓の間です。アフタヌーンティーを注文した人はこちらに通されていました。スパークリングワインか白ワインかを冷やしておりました。   迎賓の間  元応接間 現在はアフタヌーンティーの部屋専用の部屋 玄関のそばにあるロココ調の応接間は、現存する日本の西洋館では最大規模 壁の12枚の風景画は、高木背水(誠一)画伯の作品  天井や壁の漆喰彫刻で、シャンデリアはバカラ社製クリスタルを使用

 

8  上の画像は11時半の予約時に来た時ので、こちらは食事が済み建物内を見学させて頂いている時です。既に、沢山の方がアフタヌーンティーを頂いていました。

9       球戯の間です。  元球戯の間で現在は カフェスペース  当時はビリヤード台が置かれており、大理石の洗面台が当時のまま残る

10 サンルームと言う名が付いている通り、本来はサンルームだったとおもいます。今は、長楽館ブティックとしてお土産などの販売などを行っていました。我が家も二つほど葉巻を模したお菓子を買って帰りました。

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12  一箱1200円ですから必ずしも安いものではないかも。

13  CHOURAKUKAN  BOUTIQUIE 端です。

14  喫煙の間に置かれていた調度品のブロンズ像だったと思います。

15  喫煙の間には沢山の調度品が置かれていました。 食事が終わり部屋を改めて、男性は喫煙の間に移動して葉巻や煙草をくゆらせて会話を楽しみました。上流社会での情報交換の場所でもあります。本館の中二階です。

16  喫煙の間

17 喫煙の間

18  喫煙の間 暖炉とマントルピースです。原村の峠の我が家にも薪ストーブはありますが、ストーブと暖炉は勿論異なります。暖房機と言う意味では同じ目的を持った物ですが、移動可能なストーブと家に組み込まれている暖炉です。

19  喫煙の間  元喫煙スパース 現在はカフェスペース 観音開きの扉には当時のステンドグラスが残り、 その上には伊藤博文公直筆の扁額が飾られている 当時喫煙時に使われた螺鈿の椅子は京都市指定有形文化財 

一番、絢爛豪華の螺鈿は目黒の雅叙園かもしれません。

20 喫煙の間

21  鳳凰の間 元ゲストルーム 現在はカフェスペース 大きな二面の窓から自然光が注ぎ、明るい雰囲気につつまれた部屋 扉の内側には短いアプローチが設けられている    テーブルには白いアイロンの効いたテーブルクロスが一番似合います。

22  バルコニー 元バルコニー 現在はカフェスパース 当時は壁がなく、屋外に面していた

23  接遇の間 元ゲストルーム 現在はカフェスペース 英国王室御用達のメープル社製の姿見付きの家具・ウェールズ殿下使用の衣装ケースなど、京都市指定有形文化財の調度品を展示

(本来、日本で言うところの宮内庁御用達の如き英国王室御用達との言葉は厳密に言うと存在しません。日本と英国の違いです。英国王室では、ロイヤル・ワラントとしてエリザベスⅡ女王、ご亭主のエディンバラ公、そしてのチャールズ皇太子であるウェールズ公の三名がロイヤルワラントの発行権者です。どれか、一つもっていれば俗に英国王室御用達と言う事になりますが、その意味合いは日本の皇室御用達とは一寸異なります。女王、エジンバラ公そしてチャールズ皇太子からロイヤルワラントを頂く事も可能です。勿論、一つ頂いていれば、ロイヤルワラント保持になりますから、ある意味英国王室御用達かもしれませんが、独立してロイヤル・ワラントを授けます。)

24  こちらも接遇の間です。

25  接遇の間です。 鏡は当時のものだそうです。歪みの無い真っ平なガラスをこの大きさで造らねばなりません。当時としては高価になるかと。

26  貴婦人の間  元ゲストルーム 現在はカフェスペース  マントルピースや壁面の鏡がクラシックな雰囲気を醸し出している 

27  貴婦人の間

28  貴婦人の間

29  貴婦人の間

30  長楽館を後にするときに素敵なステンドグラスを撮影しましたが、ピンボケです。

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#066 -’20. 舞妓さんの追補版(ニコン一眼レフ版)

2020年02月21日 12時58分54秒 | 国内旅行

前回にアップした舞妓さんは、スマホで撮影したものです。今回はニコンデジタル一眼レフカメラで撮影したものです。

舞妓さんの舞と食事を頂く為に向かう観光バスの車内でガイドさんから説明いただきました。その内容と全く同じと言う訳ではありませんが、NAVERまとめのshinamon0217さんがまとめて舞妓さんの記事を引用させて頂きます。その大本はウキペディアからまとめたようです。以下のブルーの文字はシナモンさんの取り纏めからの引用です。

舞妓さんとは:京都の祇園を中心とした花街で、唄や踊り、
三味線などの芸で宴席に興〔きょう〕を添えることを仕事とする
女性のことで、芸妓の見習い修行段階の者をいう。

舞妓さんが居る花街:京都には現在、上七軒祇園(祇園甲部)、祇園東先斗町宮川町の五つの花街があります。それぞれに歌舞練場というお稽古場があり、芸妓さんと舞妓さんが所属しています。お茶屋さんと置屋さんが軒を連ねた風情ある町並みと、行き交う芸舞妓さんの姿はとても京都らしい風景です。

置屋さん:置屋さんとは、舞妓さんや芸妓さんが所属している「家」のことです。仕込さんの頃から住み込みで修行をし、舞妓さんになってからも置屋さんが衣食住の世話をします。 

お茶屋さん:お茶屋さんは、芸妓さんと舞妓さんを置屋さんから呼んで、お座敷でお客様が遊ぶ場所です。お料理屋さんから仕出しを取ったり、芸舞妓さんとお座敷遊びをしたりおしゃべりをしたり、色々な楽しみ方があります。

舞妓はんとは:舞妓さんとは、京都の花街で、唄や踊り、三味線などによって、宴席を楽しくさせるための仕事をする女性のことで、芸妓の見習い修行の段階です。

1  目の前で舞妓さんの舞を観るのは初めてです。だらりの帯の舞妓さんです。舞妓さんは宮川町からお越しになりました。

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3  「仕込み期間」が過ぎて晴れて舞妓さんになるわけですが、一年未満(以内?)の舞妓さんは下唇に紅はさしますが、上唇にはささないそうです。(ガイドさんより)従って、この舞妓さんは舞妓さんになってお座敷に上がるようになって、一年以内(未満?)です。

4  舞が終わってからの質問タイムと横に座りツーショットの撮影タイムがありました。

5  芸妓さんになると日本髪はカツラですが、舞妓さんは自分の髪の毛だそうです。寝るのも大変で箱枕だそうです。(姉が独身の頃のお話です。お正月に日本髪を結いたくて、何年も髪を伸ばしていました。ご近所のパーマ屋さんの方が日本髪が結えるので、それはそれは楽しみにしていました。姉にとっては人生で一度の日本髪でした。多分結ったのは桃割れです。これ以外、新婦さんの高島田しか思い浮かびませんから桃割れは有名な筈です。)舞妓さんの日本髪の種類は聞きそびれました。

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7  着物も帯も

8  お見世出しを経て舞妓さんに:いよいよだらりの帯をしめれる日がやってきました。舞妓としてデビューする日のことです。そしてそれぞれの花街のお師匠さんをはじめ、お茶屋さんに挨拶回りがはじまります。置屋さんの門を叩いた日からの待ちに待った自分の舞妓さん姿…それは、はじまりでもあるのです。

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12  だらりの帯です。着物は年に12着だそうです。

13   かんざし等の髪飾りの職人さんの映像を見るにつけ、残って欲しい文化であるとおもいます。

14  時代劇の番組が無くなると、色々の職人さん(カツラ、髪結い、かんざし製作者、その他諸々)の技術と文化が伝承されなくなるのか残念です。舞妓さんも芸妓さんも文化として末長く栄えて欲しいものです。その為にはお座敷に呼ぶのが一番ですが。

15   帯どめを撮影させて頂きました。舞妓さんの帯留めをぽっちりと言うそうです。『ぽっちり』は大変高価な芸術品です。宝石や珊瑚など置き屋で代々引き継がれた貴重なものです。実は、家内から帯留めと呼ばずに「ぽっちりと呼ぶんだよ」と助言されました。バスガイドさんが説明していたとの事でが記憶にありません。ネットで調べたら創業したての pocchiri と言うブランドのがま口屋さんたどり着きました。そちらからの引用です。実は、辞書にも載ってない京都の花街だけで使われている「ぽっちり」という言葉があり、舞妓さんが身につけている帯留めのことをそう呼びます。
この帯留めですが、舞妓さんが所属する館(やかた)で古より代々受け継がれているとても貴重で特別なものなのです、「ぽっちり」という名には、そんな存在でありたいという思いも込められています。
『がま口といえば、ぽっちりやね』と言ってもらえるように、商品やお店を通じてがま口の魅力をお伝えし、京都発で日本初のがま口ブランドを目指しています。ぽっちゃりではありませんよ。ぽっちりです。

因みに、大変若い方です。年齢を尋ねると教えて頂けました。舞妓さんになって7ヶ月との事でした。名前が印刷された千社札の様な名刺を頂きました。財布に記念に入れてあります。舞妓さんですから、『お金が財布に舞い込む』そうです。

 

日本人は我が家とあと一組のご夫婦と、外国人とカップルの日本人の5名でした。質問時間では我が家と一組のご夫婦で色々とお聞きしました。大変有意義な時間でした。

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#063 -’20. 京都ナイトツアー後半(ニコン一眼レフ版)

2020年02月20日 10時16分44秒 | 国内旅行

こちらは、しょうざんリゾートのしょうざんリゾート庭園です。素敵にライトアップがされていました。

京都ナビからしょうざん庭園の記事を引用させて頂きます。

北山台杉と紀州青石とを贅沢に使い、梅や楓を巧みに配した北庭園は、自然と人工とが見事に調和を見せる変化に富んだ造りで、台杉の林をそぞろに歩くことができる回遊式庭園です。
庭園内には、峰玉亭、聴松庵、玉庵などの建物が点在し、3月の梅、6月のしょうぶ、11月の紅葉、冬の雪景色と四季折々の景色が楽しめます。
毎年3月中旬には、「梅見の宴」6月上旬には「華しょうぶの会」を催します。

 

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3   北山台杉で京都の杉ですが、お庭に紀州青石とこの北山台杉が贅沢に配したお庭はここだけだそうです。

4   照明でライトアップされたのも素敵ですが、北山杉は京都産の杉として名をはせていますが、その中にあっても北山台杉は特別なもののようでしたから、昼間の明るい時に紀州青石と共に拝見したかったです。

5  醤油樽なのか味噌樽なのかはっきりしませんが、コーテッジとしては素敵かも。

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7   水もに写る風景も素敵です。

8   水面に反射している風景の方がピンとも合っている感じです。

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10   バスに乗ってしょうざんリゾートを後にして、東山山頂の展望場所からの京都の夜景です。ピンボケですが手持ちではここまでがやっとでした。

11   京都タワーが見えるご近所が我が家の泊まっているホテルです。

12   京都駅烏間口に戻ってきましたので、綺麗に輝く京都タワーを一枚撮影です。オートで撮影していましたがもう少し露出不足気味でシャッター優先モードで撮影すればよかったと思っています。

13   都ホテル京都のある八条口の近鉄モールを歩き帰ります。

14   世界的にも有名なハローキティちゃんです。

15   ホテルのチャペルを撮影しましたた、ロビーの照明が映り込んでしまっています。

16    ロビーです。

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#060 -’20. 第54回 京の冬の旅 総見院

2020年02月17日 16時01分52秒 | 国内旅行

ウキペディアから大徳寺の塔頭寺院の総見院を引用させていただきます。

総見院(そうけんいん)は、京都府京都市北区紫野にある大徳寺塔頭寺院。織田信長の菩提寺である。通常は非公開だが、春秋などに特別公開される。歴史[編集]本能寺の変の100日後、10月10日に大徳寺において織田政権の覇権争いの舞台として有名な大葬礼[1]が執り行われ、喪主は信長の遺児で、秀吉養子の秀勝が務めた。その後の織田信長の一周忌に間に合うように豊臣秀吉が建立した寺院で大徳寺22塔頭寺院の一つである。開祖は大徳寺117世の古渓宗陳。創建当時は寺勢大いに隆盛し広大な境内に豪壮な堂塔が立ち並んでいたという。創建当時から残る建物は正門、土塀、鐘、鐘楼。江戸期には200石の寺院であったが、明治初年の廃仏毀釈により堂塔伽藍や多くの宝物が灰燼と化し大徳寺の修禅専門道場及び管長の住居となっていたが、大正年間に再興される。1961年(昭和36年)に本山に安置されていた信長木像を再び迎え、380年忌を行った。

1  こちらは大徳寺です。次に向かったのはその塔頭(寺院)の総見院です。

2  総見院の鐘楼です。

3  勿論、織田信長挫創を拝見する事はできましたが、撮影は不可でしたのでこちらをアップします。ウキペディアから引用です。木造織田信長坐像 - 重要文化財。衣冠帯刀の木像。本堂仏間に安置される。像底に天正11年(1583年)、七条大仏師の康清が制作した旨の銘記がある。香木で2体造像し、うち1体は遺骸の代わりに火葬され市中に香木の匂いが漂ったという。

4   こちらも説明は引用させて頂きます。正門・土塀 - 1583年(天正11年)の創建当時のそのままで現存する。

 

5  総見院は沢山の茶室が在ります。こちらは茶筅を供養する茶筅塚です。

 

6      照苑塔です。

 

7  お茶室です。一番奥にある寿安席です。襖四枚に描かれているのは豊臣家の家紋である五七の桐です。

8  同じ寿庵席です。若い大学生風の方が説明してくれていました。

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10  その他、二つの茶室は香雲軒ですが、こちらの写真の所が香雲軒なのかは分かりません。後の一つは、龐庵と言う茶室です。

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12  こちらは香雲軒と言う名の茶室です。

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塔頭(たっちゅう)の名称のウキペディアから再掲です。(漢字は表意文字ですから分からなくもありませんが、自分が為になったので、参考になればと思い。)

名称[編集]
塔頭は本来小院であるため、山号を持たない。その代わりに「~院」「~庵」といった称号をもつ。これらの名称によってその塔頭の来歴をおおよそ分類することができる。(例外もある)
「~院」(院号) … 大名家などが、帰依する僧を開祖として創建したもの。
「~寺」(寺号) … 民衆からの浄財によって創建されたもの。
「~庵(菴)」(庵号) … 僧の住んでいた庵を塔頭としたもの。ただし真珠庵(一休宗純を開祖とする)のように、実際に居住していた訳ではないが、ゆかりある地に創建されたものも存在する。
「~堂」(堂号)
「~坊」「~房」(坊号、房号)
「~殿」(殿号)
「~閣」
「~舎」
「~軒(軒号)」
「~楼(楼号)」
「~蔵」
「~塔」
「~社」

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#045 -’20. 36年ぶりの霊鑑寺の奥書院・紅霞亭(こうかてい)

2020年02月08日 22時02分21秒 | 国内旅行

春秋に一般公開される霊鑑寺に在って、書院は一般公開されるときもあるそうですが、奥書院は36年ぶりの一般公開でした。

書院の拝観は、まず、応挙の間、仙人の間、次に下段の間で奥に上段の間が見えました。

横の右手の廊下を進み横から上段の間を見る事が出来ました。

その襖一枚奥の奥書院・紅霞亭を直ぐ近くから拝見することができました。

そのときも、ガイドさんに説明を色々としてもらいました。

奥書院の間の天井は、薄い紺色(はなだいろ)で龍と鳳凰が描かれていました。

襖絵は、狩野永徳の鷹狩図で、この二枚の特別御朱印を頂きました。

次の奥書院の写真は勿論撮影禁止なので、京都ナビから借用しました。

天井の縹色(はなだいろ)の龍と鳳凰の所に御大礼奉祝 令和二年壱月参十壱日 と記されています。御大礼奉祝が押印されたところには菊の御紋が印刷されています。霊鑑寺で頂いた文に「後西天皇の院御所旧殿のうち御休憩所及び御番所を賜って現在地に移建されたのが現在の書院と玄関である」以上鍵カッコ内がパンフレットからの引用です。御朱印の中央に書かれている言葉は院御所旧殿の五文字です。

 

鷹狩の貴族と船で棹差す漁師さんの襖絵の構図でしょうか。襖絵の鷹狩の図の御朱印を頂きました。

こちらの御朱印んには御大礼奉祝 令和弐年壱月参拾壱日。霊鑑寺門跡と押印され、獅の谷、紅霞亭(こうかてい)と記されております。

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#042 -’20. 京の冬の旅(道程を)2月1日

2020年02月05日 18時03分34秒 | 国内旅行

冬の京都の旅の二日目です。ノンビリ観光するか、朝一番から活動するか思案のしどころでしたが、前日の疲れもありノンビリ出発することにしました。チェック・アウトして荷物を二つ預けて観光に出発です。預ける時に貴重品と割れ物について尋ねられました。前日のじょうざんリゾートで買ったワインを二本ほど入れてあることを伝えて、厳重に梱包して在る旨の伝えて出発です。

二日目

都ホテル京都八条口——→(タクシー)——→知恩院大谷寺——→知恩院・法然上人御堂——→(無料シャトル・ワンボックス)——→和順会館前——→円山公園——→東大谷・大谷祖廟——→長楽館―—→(石畳を歩いて探索)——→大雲院  祇園閣―—→東山安井バス停——→(タクシー)——→京都駅烏丸口——→京都駅空中径路【キャットウォーク)―—→都ホテル京都八条口——→京都駅新幹線乗り場——→東京駅——最寄り駅——(タクシー)——→自宅

1  今回の京都旅行でニッサン車のタクシーに乗るのは初めてです。日産の元気の無さには淋しい限りです。

2  五条の橋の上を通過します。弁慶と義経ですね。

 

3 八坂神社の手前当たりです。

 

4  知恩院の三門には圧倒されます。

5  特別公開の大方丈・小方丈・方丈庭園を拝観して。

6  階段を下りても女坂を下っても良いですが、階段したの和順会館の所まで巡回していましたので、乗せて頂きました。

7  南門をくぐり今日のランチを予約してある長楽館へ向かいました。

8  いもぼう平野屋本店です。今回予約してあるお店ではありません。

9  予約時間まで少し時間があるので、大谷祖廟へ伺いました。

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11  予約したあった長楽館に戻ってきました。

 

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13  食事を済ませて、ねねの道を通り高台寺に向かいます。

14  知恩院、円山公園、大谷祖廟と歩いてきて祇園堂は閉まっていましたが、八坂神社の裏手にあたり落ち着いた京都らしい風情を醸し出していました。

15  大雲院  祇園閣を背にして高台寺に向かいます。

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17  写真を撮っても良いか聞いたら、OKを頂きましたので撮らせていただきました。浅草あたりでは浴衣に・・・・ですが、流石に京都です。

18  高台寺です。

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21  因みに、時間も充分にあるのでバス停でバスをまちました。でも、経路が違うのかバス会社が違うのか4~5台通るバスは1台も私たちが待っているバス停には泊まりませんでした。仕方なくと言う訳ではありませんが、タクシーを捕まえて駅に戻る事にしました。タクシーの車内から一枚撮影です。民泊的な低価格の宿でしょうか。

22  京都駅に戻ってきました。タクシーを降りて京都タワーに上る積りでいましたが、昼間より夜の方が良いので、今回は京都駅の伊勢丹でお土産も買います。京都駅空中径路に行く事にしました。

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24  一泊二日の旅もあとは帰るだけです。預けてあった鞄にお土産も詰めて帰路につきました。因みに、こちらはロビーから撮影したチャペルです。

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#040 -’20. 京の冬の旅(道程を)1月31日

2020年02月04日 13時15分32秒 | 国内旅行

今回の冬の旅は、一泊二日の短いものでしたが、非公開文化財の特別公開を愛でる素敵な旅でした。一泊二日なので、時間を有効に利用する為に今回もタクシーを多用しました。自分の感覚では寺院の門前で待機するタクシーより少し離れた流しのタクシーの方が全てに関して良い感じでした。門前で待機するタクシーは上玉の顧客を確保すべくたむろしれいる感じが否めませんでした。待機している分、長距離を狙っている雲助タクシーとは言いませんが、どこかそんな感じを受けました。

今回の京の冬の旅・特別公開されたスレッドをアップする前に時が過ぎ去りそうですから、先にどこを歩いたかを先にアップします。

一日目

東京駅――→(新幹線のぞみ)―—→京都駅・都ホテル京都八条『荷物を預ける』——→京都駅烏丸口——→(路線バス)——→霊鑑寺『36年ぶり特別拝観』——→(タクシー)——→大徳寺  法堂・方丈・唐門『特別公開』——→(ほんの200メートルぐらいです)——→大徳寺  総見院『9年ぶりの公開』——→(大徳寺門前からタクシー)——→京都駅・都ホテル京都八条『都ホテル・チェック・イン』、京都駅烏丸口へ——→(観光バス)——→しょうざんリゾート『夕食、舞妓さんの踊りを見学、ライトアップされた庭園探索』——→(観光バス)——→東山山頂展望台京都市内の一部夜景観賞』——→京都駅烏丸口・観光バス発着所   4~50分の時間的なゆとりがありましから、京都タワーを上り夜景を見るか迷いましたが、翌日の事を考えて都ホテルに戻る事にしました。

1  東京駅の新幹線の改札口にこんなポスターがありました。   

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3  新幹線の切符を記念に頂いてきました。   

4  右が京都駅烏丸口です。これから北に向かいます。 

5   平安神宮の大鳥居を潜りその後、右折して南禅寺方面に向かいます。我が家が向かう先は、霊鑑寺です。この日は気温は低く時々雨が降りましたが、傘をホテルに置いてきてしまいました。バスに乗っている時に強い雨が降ってくれたのでそれでも良かったです。 

6  昨年の六月に泊まった白河院を撮影する積りでしたが、走るバスの中からですから隣のお宅かもね。  

7   霊鑑寺の最寄バス停で下車です。 

8  霊鑑寺の特別公開を鑑賞して参拝後にバス通りまで下ってくる途中の哲学の道あたりです。  

9   霊鑑寺で拝観している時は傘をさす必要はありませんでした。

10  バス通りでタクシーをつかまえて、大徳寺に向かいました。

11  大徳寺などが集まった一角は、心休まる空間で哲学の空間と言っても良い程の素敵な散歩場所に思えました。  

12   この寺社の立ち並ぶ佇まいが心に安らぎを与えてくれるきがしました。また、時々雨が降り出してきました。コンビニでビニール傘も買う事が叶わずです。  

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14  雨は降っているし、足元を見透かした三門前で駐車している雲助気味のタクシーでした。このタクシーの事が無ければ最高でしたが。因みに大徳寺から京都駅まで乗車しました。  

15   京都駅でも烏丸口の反対側です。八条口に向かいホテルへ向かいました。短い時間ですが携帯に充電してニコン一眼をもって再度、烏丸口に向かい観光バスに乗車です。食事と舞妓さんの踊りとしょうざんリソーとですから、ライトアップされたお庭の探索です。東山から京都市内の夜景を堪能して京都駅に戻ってきました。

1月31日のFITBITの歩数計は14,393歩でした。   00

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#039 -’20. 今日のディナーは!(上りの新幹線)

2020年02月01日 21時59分02秒 | 国内旅行

今日(2月1日)は、京都駅でお弁当は買わずに、新幹線車内販売で買ったお弁当を頂きました。それは、色々と買い物してしまい、ボストンバック類がパンパンになってしまい、駅弁を買って新幹線に乗るまでに手に持って乗り込むのが大変なので、今回のディナーは車内販売でのお弁当にすることにしました。ネットで何が販売されているかも事前に分かりますが、すべての物をカートに入れて車内に運んできている訳ではないようでした。で、自分はサンドイッチです。確か700円か750円だったかと。

のぞみの最高速度をスクリーンショットした訳ではありませんが、結構良い速度で走っていました。

私の頂いた美味しいサンドイッチです。

 

 

こちらは家内のです。パッケージは鉄道ファン向けなのかもしれませんが、本質は幕の内弁当ですから純粋な日本人、即ち少しお年を・・・!

 

 

昨年、今年と三回ほどの京都旅行で車内販売のお弁当を買うのは初めてでしたが、家内から廻って来た、アナゴのお鮨も含めて美味しかったです。

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#038 -’20. 舞妓さんとツーショット

2020年01月31日 21時24分41秒 | 国内旅行

今日の夕食は、舞妓さんの踊りを観ながらです。

ツーショットも撮らせていただきました。

  

 

 

 

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#036 -’20. お弁当を食べました

2020年01月31日 11時43分10秒 | 国内旅行

東京駅で買った牡蠣のお弁当です。私の物。おこわも大好きですし、牡蠣もだいすきですから自分の選択は決まったものです。家内のお弁当と比べて少し不満だったのが(意地汚いですが。)こちらのお弁当の方がお赤飯が少なかったこと。餓鬼みたいですが、というより餓鬼の根性まるだしです。勿論、何も言わなくても家内からお赤飯が廻ってはきますが。20200131114310

赤飯の量はさて置き、美味しく頂きました。心は既に京都です。いつものぞみを選択すると二人席の富士山側です。朝は太平洋側ですと、朝日が眩しくブラインドを閉める形になりますから何も外はみえません。その分良いかも。でも、たまには違う景色も観たいですが。

 

家内のグランスタ幕の内弁当です。

焼き魚が二つも重ねて入っていました。少し驚きです。

 

東京駅を出ると停車するのは、品川、新横浜、そして名古屋です。京都まで直ぐです。

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#035 -’20. 今日の銀の鈴

2020年01月31日 09時13分10秒 | 国内旅行

東京駅丸の内方面から来ると一番端の新幹線です。ひとつ下の所を歩いて八重洲口側にきます。各種のホームに上がるには一階上の地上階に上がらねばなりませんが、大変混んでいます。歩くのも大変なので、直接ホームに上がれない分、歩行者が多くても流れが決まっているために歩きやすいです。で、我が家では丸ノ内側から八重洲側に来る時は、銀の鈴があるこちらにいつもきます。新幹線に乗らない時は一階上の地上階を歩きますが。20200131091310

 

今日の銀の鈴です。

以前は待ち合わせのシンボルだった銀の鈴も今では只のオブジェです。各自携帯電話を持っていますから、待ち合わせに困る事もありません。駅の出入り口には必ずあって伝言板も今では無くなって久しいです。若い方はそんなものが改札口周辺にあり、白墨で黒板に記載した時間を書いて「〇〇さんへ、先に行っています。△△より」とか書いたものでした。

今では写真を撮るのも楽勝ですし、待ち人・・・・の人もいませんでした。

 

お弁当は。おこわ米八さんです。

 

 

 

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#012 -’20. 美濃吉で朝食を(新阪急ホテル)

2020年01月10日 10時47分55秒 | 国内旅行

既に昨年の事になりますが、今回の京都旅の三日目です。出発する初日は自宅で朝食を頂き、ランチを新幹線内で崎陽軒のお弁当でした。二日目の朝食は法華倶楽部のホテルでいただきました。三日目は泊まっているホテルで頂こうということでお邪魔したのが新阪急ホテルの地下の美濃吉です。

 

1  ホテルのバイキング形式の食事も宿泊割引で頂けるようでしたが、前日と同様に何故か気が進みませんでした。京料理・美濃吉が目にはいりましたので、最終日ですから地下へ。

2  伺った時は我が家以外に数人が列を作っていました。その後にならびましたがお店の方が出てくるわけでもありません。店内が全く見えませんからどの様な混み方なのか分かりませんでした。   

3  列に並んでいる店内から地下の通路を撮影です。朝とは言えお店の方の声掛けがあった方が良いのかなと感じだ次第です。

4  店内に案内されました。その前に並んでいる人が何組か出て行ってしまいました。人手がなくサービスが顧客を逃している感じです。蓑傘のから美濃とかけているのかも。

5 店内です。混んでいませんでした。中居さんと呼んで良いのか分かりませんが、手が回らないでサービスの低下を招いている感じでした。

6  我が家のお願いした料理が届きました。事前に仕込み準備できる料理が殆どですから、人手不足が問題なのかと思った。少し残念です。

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隣の席の方がお茶の追加をお願いして注いでもらっていました。我が家にも聞いて頂き注いでくれると思っていましたが、そそくさと奥に戻ってしまいました。あと一人の方が勤務に付いていれば、もう少し余裕もあると思うのは自分の考え違いなのでしょうか。

正直、働いている女性の方より管理する人の経営感覚の欠如で、サービスの低下を招いている少し残念な食事でした。お客もですが、働く労働者も逃げて行ってしまうのではと心配するのは私の行きすぎな感覚でしょうか?

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