世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

魂を売り渡した3大紙(朝日読売毎日)

2009年05月25日 | 日記
第19話 魂を売り渡した3大紙(メディアの凋落)

5月20日夜、朝日(星)、読売(橋本)、毎日(岩見)の3大紙の大物記者がホテルオークラの料理屋で何とあの麻生首相と会食をしていた。政治家と新聞記者の会食や懇談は特に珍しいものではないが、これだけ「ネット」や「週刊誌」に新聞やテレビの偏向した情報操作が叫ばれている状況において節操ある行動だとは言えない。
特に27日には鳩山新代表と世紀の党首討論を控えた時の総理麻生と酒を飲み飯を食う、それこそ彼らが常套句として語る「李下に冠」そのものである。
「麻生が彼らに何を頼んだか?彼らが麻生に何を頼んだか?」そういう事実はおそらくないのだろう。彼らの間柄には既に「阿吽の呼吸」が構築されているのだから、お互いのメリットを眼で確認するだけでオッケーの世界になっているのだろう。

それでは、この会食によって3大紙に何か変化が起きるだろうかウォッチしていた。正直、筆者のようなボンクラに気づくような意図的記事が流れるとは想像していなかった。ところが彼らは赤裸々にやってきた!(笑)呆れてモノが言えない。いや、しかし言わないわけにもいかない(笑)

先ず、先鋒は朝日だ。 ≪小沢氏「第7艦隊で十分」は象徴的意味 発言を軌道修正≫、次に ≪「なんとか太郎さんという総理が、ぐずぐず(衆院)解散を延ばしてきた」≫(22日)と小沢の地方行脚発言を揶揄している。

引き継ぐ毎日は≪熊谷組:ダミー献金 3団体、加藤紘氏側に分散献金 規正法上限超過か≫(23日)というゼネコン熊谷組の献金疑惑でジャブを繰り出し、加藤紘一元幹事長、菅義偉選対副委員長、高市早苗副経済産業相など。勿論小沢一郎を含めることを忘れていない。
いかにも自民党叩きのように見えるが何かと執行部批判をする加藤を表面に書きだした点が面白い。小沢は3大紙の書く疑惑からは絶対に外せないと云う気概が漲っている。
ところが更に、本筋の記事が翌日流された!≪熊谷組献金:系列会社通じ500万円 「小沢氏側の要求」≫(24日)これらの記事が真実であろうとなかろうと、法的に犯罪が成立するかどうか別にして、それよりも注目することは「20日の飲み食い」と「27日の党首討論」に大きな影響を与えようとする記事という見方の方が正しいのだと思う。
これだけで情報操作は充分だ。懲りない小沢、出たら目を言う小沢、総理をグズだと口汚い罵った小沢。また又ゼネコン今度は熊谷組からの金を貰った、いや要求したと云うことなので、世論が「やっぱり小沢は汚い奴、そんな男の傀儡鳩山民主はダメだ」となっても不思議はないのだ。
しかし、現実はそういうことにはならないだろう。「3大紙はもうダメだな、お隣も新聞購読止めたらしいけど、うちも止めようか?」「酷すぎる、政官財の癒着だなんて良くも言えるよ」「三権分立よりもペンは強いと傲慢そのものだ}こう思う有権者の数を増やしただけになるだろう。

さて、それでは読売は飲み食いだけして、無銭飲食かと思っていたら出ました出ました! ≪鳩山民主、「開かれた党」に立ちはだかる黒い目隠し扉≫(24日)この記事内容は意味がないのだが「表題」が書きたかっただけのようなお粗末な記事である。しかし「飲み食い」の仁義は尽くしたことになる、無銭飲食ではない証明だ!まぁ以上が「飲み食い」後に出てきた3大紙のクダラヌ民主党乃至は小沢叩きの記事である。

まぁ以前から「阿吽の呼吸」が政権与党と3大紙の間にあったのだろうが、麻生政権になってから赤裸々になってきた。麻生で赤裸々になってきたというより、民主党への政権交代が現実味を帯びた時点から「既得権益死守」という「阿吽の呼吸」が3大紙、NHK・民放を支配してしまったのだろう。
霞が関改革など一行も書かなくなったマスコミ、政権与党の悪口は書かない、検察の悪口も一切書かない、野党の悪口だけを書こうとするメディア、もうこれは無用の長物なのだろう。「ペンは剣よりも強し」これは死語なのだ~!
これでは戦前世界大戦に突入した当時のマスコミとなんら変わりがなくなったのだということを痛感する。戦前は言論統制があったから書けなかった。今は言論の自由、何でも書けるはず?なぜ書けないのだ?これが資本主義の欠点の一つだという事実に筆者はぶち当たった。
彼らは自由に記事が書け、話すことが出来ると思っていたが、実はそれは幻想だったのだ。一定の枠内における自由は与えられたが、柵から出ていくことは「死」を意味することを、どこかの時点で身に沁みて気づいた、乃至は気づかされたのであろう。
彼ら大新聞、大手テレビ局は実は戦後の保守体制と官僚機構、財界機構に取り込まれた存在だったのだ。「記者クラブ」「再販制度」などを筆頭に日々の取材活動は保守政権機構の庇護のもと楽勝で取材をしていたのだ。 3大紙であれ、各民放であれ、彼らは高給を得、安定した生活水準を維持しているエリートである。自分の給料が減るとか会社が倒産するとか思いも及ばない人種なのだ。これが資本主義における言論の自由に大きな足かせを掛けている。
テレビ朝日の報道ステーションが年金問題で厚労省・社会保険庁を叩くにいいだけ叩いていた時も、トヨタの奥田が「広告やめたろうか!」という発言一発で「青菜に塩」ヘタヘタと報道を自粛した如しである(笑)
つまり、彼らも人の子、普通の生活者と何ら変わりのない、只のサラリーマン。偉そうに少し右、少し左の旗を掲げていても所詮「同じ穴のムジナ」だということ。
民主党に政権交代した場合に起きる様々な災難を想像するほどに、政権交代が自分たちの首をどれだけ絞めるか気づいてしまった、いや「U間」という怖ろしきクールな官僚に気づかされたということだろう。「げに哀しき記者ども!」と笑い飛ばしてやりたいところだが、所詮偽物のペンを握らされていた「裸の王様」が実は自分たちだったという事実を知り、涙を流し、拳を握り締める若き記者の存在を信じて「メディアの悪口」を締め括ることとしよう。

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