今度の米国の中間選挙では、アレクサンドラ・オカシオコルテスやイルハン・オマール等、今までなら考えられなかった顔ぶれの候補者が、民主党の下院議員として多数当選した。オカシオコルテスの前職はレストランのウェイトレスで、米国ではタブーとされる社会主義政策による格差是正を主張している。
イルハン・オマールもケニアの難民キャンプで生まれたソマリア系移民で、米国で必死に英語を習得し、イスラム教徒女性として初めて下院議員に当選した。日本のマスコミはトランプの一挙手一投足しか伝えないが、米国社会の底流ではこの様な変化が既に起こっている。
その背景を探る映画「華氏119」を先日観てきた。映画監督はご存知マイケル・ムーア。今までも数多くの映画で米国の暗部を暴露し、それに代わる未来を提示してきた。今回の映画も、かつて「華氏911」でイラク戦争の欺瞞(ぎまん)を追及したのと同様に、米大統領選挙でのトランプ当選のカラクリを指摘したものだ。
移民国家の米国で、なぜ外国人排斥を唱えるトランプが大統領に当選できたのか?失業地帯のラストベルト(五大湖沿岸の斜陽産業ベルト地帯)で外国人に職を奪われる白人労働者の扇動に成功した、そもそも米国の選挙制度自体が大政党や多数派有利に出来ている等、理由は色々あるが、映画が焦点を当てたのは、前大統領オバマの裏切りだ。
ブッシュ共和党政権のイラク戦争や格差拡大への批判をバネに誕生したオバマ民主党政権も、年を経る毎に次第に右傾化し、国を牛耳る大資本や軍需産業に阿(おもね)る政策を取る様になった。そして、それを批判するバーニー・サンダース等の党内左派を排除する為に、予備選挙の票を改竄(かいざん)する事までやってのけたのだ。
このオバマの裏切りに失望した1億もの有権者が次の大統領選挙で棄権に回った為に、票数では民主党クリントン陣営の方が300万票も上回っていたにも関わらず、大きな州の大統領選挙人をより多く獲得できた共和党トランプ陣営の勝利を許してしまったのだ。
その裏切りを象徴する事件がムーア監督の故郷ミシガン州フリントでも起こっていた。トランプが米大統領に当選する数年前に、ミシガン州では既にスナイダーというミニ・トランプみたいな人物が州知事に当選し、トランプさながらの独裁者として、富裕層を優遇し、批判勢力の組合弾圧に奔走していた。
ミシガン州知事スナイダーは水道民営化を推進し、故郷フリントの水道局を民間企業に売却。民間企業は儲け本位の経営に走り、設備のメンテナンスを怠った結果、水道水が有害な鉛で汚染されてしまった。その為、多くの市民が鉛公害で苦しめられる事になったが、知事は環境データを改竄し、この事実を隠蔽(いんぺい)。
怒った市民は州知事を追及し、教師のストライキに合流。追い詰められた州知事は、何と政敵である前大統領オバマに救援を頼んだ。市民や組合にも影響力のあるオバマに宥め役を頼んだのだ。しかし、市民の歓呼に応え登場したオバマは、水道水の水を飲む事もなく、一方的に州の安全宣言に加担するのみだった。
まるで、昔の日本の足尾銅山鉱毒事件やイタイイタイ病事件を彷彿(ほうふつ)させる様な出来事だ。最近では福島の原発事故がこれに相当する。日本では、この様な事が起こっても、僅かばかりの補償金と引き換えに、事態の幕引きが行われて来た。当事者の刑事責任は問われず、逆に水道民営化が推し進められようとしている有様だ。
今の日本も米国と同じだ。安倍・福田・麻生のデタラメ政治、派遣村の惨状に怒った有権者が、せっかく自民党を下野させ民主党への政権交代を成し遂げながら、民主党の裏切りに幻滅し、再び自民党の安倍を政権に呼び戻してしまった。お陰で安倍はやりたい放題。モリカケに公文書改ざん、高プロ導入、消費税増税。
その挙句に、今度は水道まで民営化しようと企んでいる。電気代は別でも水道代だけは家賃に含まれている物件が多いのは何故なのか?電気やガス以上に水が人間の生存に欠かせないからじゃないか。それを企業の金儲けの道具にしてしまったら一体どうなる?
南アフリカでは1千万人が水道水を飲めなくなり汚染された川の水を飲んでコレラに感染。ボリビアでは水道料金の高騰に怒った民衆デモで政権が倒れる事態に。金儲けの為なら国民の命も水メジャーに売り渡そうとする安倍の、一体どこが保守の愛国者なのか?それでも日本ではいまだ安倍は安泰。
ところがフリントの市民や米国民は諦めなかった。如何に選挙制度が大政党や支配層に有利に歪められていようと、自分達に今何が出来るか追求する中で、市民や労働者の代表を政界に送り込む事に成功した。それが今度の選挙でのウェイトレスやソマリア難民、先住民出身の下院議員、同性愛者の州知事当選だ。
トランプみたいなトンデモが大統領に当選した直後は、米国も日本と同じだと思ったが、やはりそれでも民主主義の伝統は生きていた。マスコミはトランプ批判の矛先を緩めなかった。麻生に少し脅されただけでもう何も言えなくなる日本のマスコミとは大違いだ。
日本では未だこの様な動きは国政では見られない。しかし地方レベルでは確実に広がっている。それが相次ぐ反原発知事の誕生や、国の米軍基地押し付けを今も拒否し続ける沖縄県知事選の勝利だ。京都の大山崎町長選では立憲民主党まで抱き込まれる中でも市民派が勝利した。決して諦めてはならない。
今度の米国中間選挙で下院議員に当選したオカシオコルテスも、前職は一介のウェイトレスだった。それなのに、健康保険制度すら「アカ」と忌み嫌い、オバマケアすら拒否する国民相手に、「民主的社会主義」による格差是正を主張して堂々当選を勝ち取った。
銃乱射事件に遭遇し、トランプ政権や全米ライフル協会相手に銃規制を訴えるエマ・ゴンザレスも現役の高校生だ。俺も、国会議員は無理としても、今バイトとして働いている職場の「オカシオコルテス」ぐらいにはなれるかも知れない。どんな人間も、希望を捨ててしまったら、もうそこで終わりだ。
(参考記事)
28歳女性がベテラン議員破る 米民主党の新星から学ぶ3つの教訓
https://forbesjapan.com/articles/detail/21863/1/1/1
「私のような女性は、選挙に出るべきではないとされている。私は裕福な家庭や有力者の家庭ではなく、自宅の郵便番号で運命が決まるような場所に生まれた」、でも、マスコミから泡まつ候補扱いされる中でも、「若者、有色人種、英語が第2言語の人、労働者階級の人、2つの仕事を掛け持ちしているため忙し過ぎて投票できない人」に焦点を当てた選挙戦を展開し、予備選で10倍もの選挙資金を集めた党内ナンバー4の現職候補を押しのけて民主党候補に推薦され、遂に定数1の下院選で当選を勝ち取った。(カッコ内はいずれもオカシオコルテス自身の言葉)