5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

ハローワークの役割

2010-12-21 23:10:00 |  経済・政治・国際
知人のY氏は公共職業安定所(ハローワーク)の契約社員である。ポジションはキャリア・カウンセリング。年に数度は逢って情報交換をするが、話はどうしても昨今の就職事情についてになる。

自分の定年退職後の経験からすれば、名前をハローワークに替えてすでに長いが、そのやり方は依然として古い役所仕事モードから脱していないと思われる。企業求人票がコンピュータ化されて、多少見やすくなったというだけ。ハローワーク側から民間への積極的な働きかけ、現状に適合したあたらしい仕事の創造やマンパワーのマッチングへの誘導は大いに欠けているようだ。

個人に向けてのキャリア・カウンセリングも大事だが、ハローワークがするカウンセリングはもっと幅広でなされるべきだと思うと、彼に問うても、Y氏からの明確なコメントは無い。他者に云えない内実ならいろいろあるということなのだろう。

12月6日の日経朝刊「春秋」は、「ハローワークの地方移管」について書いている。自分もこの意見に大いに賛成である。

記事によると、公共職業安定所は、1911年、東京市の浅草と芝に開設されたのがはじまりで、第一次大戦後の不況で増えた失業者に対応する、国の補助で市町村が営む紹介所が広がっていった。しかし、求職条件にうまくマッチした仕事を見つけることは、当時からタイヘンで、希望職への就職ができたのは求職の2割から3割に留まったという。

当時から職安には、求職者の適性を見極めて、そのひとに合った仕事を提案する力が問わてきたはずだが、国の出先機関改革のなかで論議になっている「ハローワークの地方移管問題」には、組織主管をどちらがもつということが云々されるだけで、「職業紹介機能をもっと高めよう」という声があまり聞こえないようだと春秋氏は指摘する。

失業を本気で減らそうとするのなら、組織のあり方よりハローワーク本来の役割に目を向けることが大切なはずだというのだ。然りである。

太平洋戦争時の国家統制の強まりに応じて、職業紹介は国家管理となり、戦後も民間の職業紹介は制限され、それが続いて、今になっても官業のハローワークが幅をきかせる。

法的な規制と中途半端な寡占には、ジョブクリエーションへのベクトルは働かない。官民が紹介サービス充実を競うだけでも、「仕事が見つからない」という悩みは大きく減っていたはずだ。

春秋氏は「ハローワーク改革は仕事を民間にゆだねることが本丸だ」と結んでいるが、現行の職安業務は、そのほとんどが民間で代替が効くもの。厚労省が新しい「求人求職モデル」をしっかりと策定させれば、無駄な税負担も少なくて済むはずだ。





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