ぶらぶら人生

心の呟き

紫陽花の季節

2006-06-24 | 身辺雑記

 今年も、紫陽花の咲く季節になった。
 家の庭にも、ごく普通のものと額紫陽花と、二本がそれぞれに花を咲かせている。例年より少し遅れ、花も少々小ぶりだが、一昨日の雨で、花弁に生気が蘇った感じである。
 今朝、鉢植えの植物に水遣りをしようと、紫陽花の傍を通ると、木が茂りすぎて通路が狭い。そこで、体に触れそうになる花を三本切りとり、花瓶に挿した。

 花を眺めているとき、ふと、O さんのことを思い出した。お訣れして幾年になるのだろう? 紫陽花の咲く頃になると、大きな眼の、表情の豊かな風貌と、ボリュームのある声の詩人、O さんを思い出す。

 インターネットを使い始めて、大方のことはネット上に出ていることを知り、あるいは O さんの事だって出ているのかもしれない、そう思いつつ、検索すると、やはり出ていた。
 最初の画面を見て、おや? と思った。第三番目の欄に、<J さんの作品>とある。
 O さんとJ さん。その結びつきはごく自然なことである。私を含めて、かつての雑誌仲間だからである。
 ひょっとして、J さんとは、N・J さんのこと?
 私は迷わず、真っ先に<J さんの作品>を開けた。やっぱり、そうだった!

 実は、J さんの賀状に、時折、妻のブログにエッセイを書いている、と記してあった。あれは二年前のことだっただろうか。「○○○○花通信」だということも記されていたので、時間をかけて、検索もした。が、同名のブログは非常に多く、J さん夫妻のものには行き着けなかった。アドレスを教えてもらわない限り、ご縁はないだろうと、とっくに諦めていた……。
 ところが、紫陽花を眺めてO さんを懐かしみ、だめでもともとと思いながらO さんを検索した、そのページにJ さんのブログがあったのだ。しかも、O さんに触れたエッセイが記されて!
 「『幸福』ということ」と題されたエッセイの主眼は、O さんのことではないが、一段落は、O さんの詩と晩年の詩作について書いてあった。
 <モダニズムという潮流にのって難解な詩人として文学的出発をしたO 氏も、ガンの末期になって、仏教的無常観に満ちた詩を書くようになった。……>との書き出しで。
 
 暫くJ 夫妻のブログを読み、私の単純なブログと違って、大変手の込んだものであることに感心したり、夫妻共々病気を抱えての生活なのに、生きる姿勢の、何と前向きなことだろうと、驚嘆したりした。

 その後、やおら雑誌「O・H氏追悼特集」号を出してみた。
 O さんの死から、もう十六年が経ったことを知った。
 私は、その追悼文に、O さんの「幸福(しあわせ)」という比較的長い詩に触れて、次のように書いている。
(前文略)私の住む石見の地方が舞台として登場する唯一の詩である。
 その詩は、〈三江線は雨でした ぽつんと一輌〉と、いかにも山陰路らしい、わびしい光景で始まっている。
 広島・府中の紫陽花寺への旅程として、わざわざ山陰線・三江線経由の、遠回りの旅をしながら、来し方を考え、多くの人から受けた愛に感謝する、といった思いのつづられた詩である。
 その旅のときだったのだろう。「Mを通りましたので……」と記るされたはがきをいただいたのは。これがOさんの自筆による最後のお便りとなった。昨年の梅雨のシーズンであった。
 逝去の知らせを受けた六月十三日は、梅雨のさ中とは思えぬ好天であった。私の家の庭に咲いた、あでやかな紅紫色の紫陽花に、六月にしては強すぎるほどの日差しが降り注いでいた。あれから一年の命だったのかと、訃報に接した後、その紫陽花を眺めながら、何とも言いようのないむなしさを覚えた。
(後文略)

 
O さんを偲ぶ日が、命日の八日後となったが、十六年前の、その日さながら、今日も梅雨晴れの好天である。
 私がしんみりと、思いに浸っていると、哄笑が、晴れた空の彼方から聞こえてきた。O さんの、爽快な笑い声だ。

 草木は、年年歳歳同じ花を咲かせるが、それを眺める人は、年年歳歳同じではない。したがって、花は人の死後、残された者にとって、故人を偲ぶよすがとなり、人それぞれに、人それぞれの想いを抱かせるものなのだろう。
 数年前、桜の季節に夫を亡くした友人は、「今でも花の季節には外出できないの」と、言っている。
 先日、他家の庭先にガーベラの花が咲いているのを見た私は、「ガーベラの花を見ると、母親の死を思い出してね」と、語った亡き師を思い出し、その話を聞いた、とある喫茶店の情景も蘇って、暫くそこに佇んだ。
 人それぞれ、故人を偲ぶよすがとなる花は異なっている。

 私にとって紫陽花は、O さんを偲ぶ花である。
 O さんを偲ぶ日に、ゆかりのあるJ さんのブログに出合うとは、なんとも不思議な一日だった。


   

コメント
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