ぶらぶら人生

心の呟き

季節はめぐる

2016-11-26 | 散歩道

戸外を歩くと、紅葉・黄葉の目立つ季節である。


これは、櫨(はぜ)の木であろうか。
漆の木との区別がつかない。

<櫨紅葉><漆紅葉>は、ともに「秋の季語」。

櫨紅葉にも燃ゆる色沈む色   稲畑汀子
あたりまであかるき漆紅葉かな 高浜虚子


上記の二句は、 『歳時記』より
 

同級生Uさん宅の皇帝ダリア
(Uさんも、今は亡き人)

 
山椿と野花

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荒れた庭

2016-11-26 | 散歩道
昼前、あまり天気がいいので散歩に出かけた。
目的をN邸に定めて。
椿の花が、咲いているかもしれないと思いつつ。

N邸に着く前に、異常を感じた。
垣根の剪定が行われていない。

椿の庭は、荒れていた。
Nさんの車が、埃を被っている。

主不在の庭は荒れ、椿も精彩を欠いていた。


 

 


カテゴリー<散歩道>を、過去に遡ってみると、N邸で椿を眺めながら、庭に置かれたベンチに座って話したのは、昨年の2月15日が最後だったようだ。
立ち話が、難儀そうであった。
午前中は、特に調子が悪い、と。

Nさんは、妹と同級生である。
「80歳の風景は、どんなものだろう? と想像するのですが、まるで分からない」
と、話されたは、その時であったかどうか。

今年の2月26日、Nさんは不在だったが、庭の椿を見せてもらったことをブログに書いている。
その時は、落ち葉一枚落ちていない、清浄な庭であった。

体調を崩されたとすれば、それから後のことだろう。
(夏の間に、庭木の剪定が行われた気配はなかった。)

再び、Nさんにお会いでき、椿の庭が蘇ることを念じたい。

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半日天気・半日元気

2016-11-26 | 散歩道

今日の海
(旧国道から、日本海を眺めて…)







最近、半日は好天でも、午後になると曇ったり、雨が降ったりすることが多い。
天気同様、私も一日中元気、というわけにはいかなくなった。
半日は元気といっても、83歳として、ごくごく並みのものである。


     ✖ ✖ ✖ ✖ ✖ ✖ ✖ ✖ ✖ ✖


朝日新聞を25日でストップし、今日はは新聞を読めない朝を迎えた。
朝のベッドでは、佐藤愛子著『これでおしまい』を読了。

佐藤愛子さんは、1923年生まれである。
10歳年長だが、筆力は衰えていない。
作者の身に備わったユーモアセンスがすごい。
朝から、くすくす笑ったり、真面目に同感したり…。

引用したい箇所はたくさんある。
が、きりがないので、3か所に留めておく。

  今の世の中、知的になったというか、真面目になったというか、窮屈になったというか、おかしな人がいなくなり、
   おかしな人のおかしさを喜ぶ人もいなくなり、その一方で作りものの笑いがテレビ界を横行している。


  高橋(是清)はまた、
   「力を以て立つものは滅び、徳を以て立つものは栄える、これは私の信条」
   であるともいっている。
   そうだ「徳」という言葉もあった。子供の頃、よく耳にした言葉だ。それも今はどこかへ消え去ってしまった。
   「トク」というと「得」を思う人が多いのではないか。損得のトクだ。


当然、<老い>の話も多く、

  ついに私も「完老」したのである。

という表現があった。

私自身、80歳ころまでは「初老」の域だと思っていたが、今は「完老」にごくごく近い「中老」といったところか。

「赤旗」日曜版は、来年からストップすることにしている。
 今日、11月27日分の新聞が届いた。

<ひと>欄
には、憲法学者 木村草太さんが、とり上げられていた。
この若き憲法学者の考えは、報道ステーションで、聞くことが多く、その意見に賛同することが多かった。

今回も、自民党の改憲草案をどうみるかについて、

「特殊な趣味嗜好の人たちの同人誌のようです。センスがなさすぎる」

と言い放っておられ、快哉を覚える。

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草取りの後

2016-11-25 | 小庭の四季

枯れたツワブキや高砂百合の茎、余分に蔓延った雑草などが取り払われ、さっぱりした庭になった。
これで自分の存在を示せると、喜んでいる植物もあるだろう。

シルバー人材センターの方3人が、黙々と働いてくださった。
(私と、あまり年齢差のない方たちなのに…。)







初冬の空


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むのたけじさんの言葉

2016-11-25 | 心に残る表現・味わいのある言葉
 むのたけじ 『詞集たいまつ Ⅰ』 
(むのたけじ 1915~2016 8月21日 101歳で死去 ジャーナリスト)

シルバーセンタの方3人が、朝から、庭の草取りをしてくださった。
その間、上掲の本を読み、タブレットを使って、心に残る至言を書き留めた。

 (しかし、タブレットの表記法にはまだ戸惑うことが多く、時間ばかりかかって、頭が疲れる。
   むきになって、習得に努めようとするので、疲れは限界を超えてしまう。
   私の悪い癖である。) 




<まえがき>より

 コトバを語るにせよ書くにせよ、人それぞれに自分のコトバに自分の全体重をかける態度が
  大切であって、そのように努力してこそコトバは人と人とがかかわり合うための道具となり、
  種子となり、人間のくらしの中に生きるだろう。 
(略)

<いきる章>より

 夜のおわりに朝がくる。しかし、夜明けの直前の闇は最もくらい。

 芝草の一本を思い浮かべてごらん。足に踏まれ、火に焼かれ、雪につぶされて
  姿を消してしまう季節があろうと、やがて青々と頭をもたげている。


 サカナは、海中にいても店頭におかれてもサカナである。人間は死ねば「故人」あるいは
  「遺体」である。生きているから人間である。しんじつ生きていないなら、しんじつ人間ではあり得ない。  


 木の葉は古くなると、それだけで散るのではない。翌春に萌え出る芽のいのちが葉柄の
  根もとに満ちてうずくとき、枯れ葉は風がなくとも散っていく。

 
 脱皮しない蛇は死ぬ。脱皮しない人間は他人を死なせる。

 白蓮は泥の沼に咲き、ナマズは沼の泥を呑んでふとる。泥を恐れると、清く咲くことも、
  たくましくふとることもできない。泥を見くびると、泥になってしまう。


 ねむるなら目をつぶりなさい。考えるなら目を開けなさい。目をつぶって考える
  中身は大概くだらない。ごらんなさい、決断に向かって思考するとき、目は必ず見ひらかれて輝いている。


 言うのはたやすく、行なうのはむずかしいだけではない。行なうのはたやすく、言うの
  はむずかしい場合だってある。言うのはむずかしく、行なうのもむずかしい場合は、もっとザラにあるのではないか。


 きのうは去った。あすはまだ来ない。きょうというこの日に、全力を注ぎこもう。
  どんなにつまらなく思われる一日であろうと、どんなにつらい一日であろうと、きょうがなければあすはない。


 絵画はどんなに人世を描写しても、人世そのものとは対立している。絵画には許され
  る省略の手法が、人世では少しも許されない。


 人それぞれの一生に自分らしい花や実を望むなら、自分の生活の中の平凡なカスと見
  える部分をカスと見えない部分と同じように大切にしないといけません。 
(略)中国の文学者が
  述べたように「枝葉を取り除いてしまう人は、絶対に花や実を手に入れることができない」のです。 
(以下略)

 顔は正直な名刺である。人はめいめいの顔に責任をもたなければならない。

 花の出る前と後とでは、ずいぶんちがって見える。穂がみのったときと苗のときとでは、
  全く別のものに見える。けれども、むろん同じイネである。ふだん見なれている目ほど、変化を見のがしやすい。
  本質の変化とは、そのようなものである。見ちがえるように進むのではなく、見定めがたく平凡に休みなく進むものである。
  人間の自己変革もそうである。 
(以下略)


    ★ 一つ一つ引用文に、私見を添えたいのだが…、今、少々気力が萎えているので省略する。

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風寒く

2016-11-23 | 小庭の四季
昨日は、暦の上での<小雪>にあたる日だった。
寒くなって当然なのだが、小春日和の暖かさだった。

今日は一転、風の冷たい朝である。
肌を撫でる大気が、初冬の趣である。

ブログへの投稿を、スマホから試みるのは、まだ自信がない。
しかし、PCのない生活のために、いろいろ試しておきたい。
以下の写真は、あえてスマホのカメラで撮影した。





紅葉の始まった山法師




上の二枚は山茶花

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草花舎で食事

2016-11-22 | 草花舎の四季

11月21日
草花舎で、遅い昼食をいただいた。
卵がのっていて、美味しいパン料理であった。
サラダも、添えてくださって。




コーヒーも美味しく、ひととき安らぐ。


昨日、写真だけは準備していた。
が、今晩、文を添えようとしたところ、PCが動いてくれない。
画面が、凝り固まっている。
夕方、今日撮った写真をピクチャホルダーに保存したあと、そのままにしておいたのが、PCの機嫌を損ずる原因になったのだろうか?
(仕方がないので、この文は、タブレットを使って書いている。)


気づくと、明日は祝日。
ソコロシステムズに見ていただけるのは、明後日。

体調の不具合にしても、機器の故障にしても、不思議なことだが、医院や会社の休み日をねらって起る(ような気がする)。
偶然にすぎないのだろうけれど。

仕方なく、この稿、タブレットで書いている。
PCに比べ、能率が悪い。

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皇帝ダリア

2016-11-22 | 散歩道









pcの故障は、ソコロシステムズに相談したところ、わけなく解消した。
強制終了のボタンを、力強く押し続けることで。
「なーんだ」と、呆れつつも安堵する。


上掲の写真は、22日に撮影したもの。
〈小雪〉の日の午後。
午前中の小春日和が、たちまち怪しげな空模様になり、実際3時には雨となった。
慌ただしく、H亭の【皇帝ダリア】を眺めて帰宅。
帰途、水仙の花に気づく。
11月の水仙とは!?
かなり気の早い開花である。

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坂を上って

2016-11-21 | 身辺雑記

家横の坂を上り、見なれた風景を眺める。
高所から俯瞰すると、わずかながら、広がりのある景色となる。

つっかけで何気なく出かけたところ、下るときの怖かったこと!

4、5年前まで、坂の上に、保育園のあったことが、不思議である

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やっと縮小に成功し…

2016-11-20 | 身辺雑記
Tさんが、スマホメールで送ってくださった写真を、やっと縮小することができた。
<ザクロ>と<枯れ木のある夕景>は、11月10日ころに届いたものである。
その写真をアルバムに収めようとして、いただいたメールのすべてをゴミ箱に入れてしまい、その上、再生に失敗。

14日、草花舎で偶然、Tさんにお会いしたので、再送信をお願いした。
しかし、その後も、写真を縮小する方法が分からず、ブログに掲載できずにいた。
(新しいスマホに替えたため、らくらくホンで覚えた扱い方が役に立たず…)

今夕、やっと成功。
83歳の錆びた頭も、その気になって使えば、多少のことはできるらしい。
今日、試行錯誤の結果、スマホカメラの使い方について、新知識を得たり、アルバムの写真を縮小する方法を会得した。

機器と名のつくPC・スマホ・タブレットなどの使い方は、自分で苦労して分かろうと努めたことがない。
すべて人に教えていただくことにして…。

だが、今日は自力でできた。
「83歳の老女万歳!」と、快哉を叫ぶ。
若い人から見れば、バカみたいなことだろうけれど。


柘榴の実


わが家の上の丘から撮影された風景
枯れ木のある夕景は、晩秋の寂寥を漂わせている。


雲間にわずかのぞいたスーパームーン
私は、見えないものと諦めていた。
Tさんのメールが届いたので、すぐ夜の庭に出てみたが、月影は厚い雲に隠れていた。

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