ぶらぶら人生

心の呟き

4月尽

2010-04-30 | 身辺雑記
 <4月尽>と書きながら、思わずカレンダーを確認した。
 4月が果てるという実感が乏しい。
 何となく肌寒い。ふと3月ではないかと、勘違いしそうなのだ。
 桜も終わったし、春の旅も楽しんだのに、4月下旬の日々は、とかく寒い日が多く、変化に乏しい生活をしていると、肌感覚だけで季節を考えてしまう。
 が、セーターが脱げなくても、暖房器具にサヨナラできなくても、確実に季節は巡っている。

 昨夜は、22時、戸外に出てみた。月が山の端を離れるところだった。スーザン邸のすぐ前方にある小山の頂から、十五夜の月は昇ろうとしていた。(写真 上)
 就寝前、もう一度外に出てみた。
 すでに24時を回って、今日になっていた。
 隣家の屋根の上に、満月はあって、ひとむらの雲に囲まれていた。(写真 下)
 屋根瓦は、月光に照らされ、鈍い光を放っていた。

      

              

  今日は、心の傷む日となった。
 昼前、郵便受けを確かめたところ、Nさんの訃を伝える葉書が入っていたのだ。かつて、同人誌の仲間だったNさんの死は、その子息から伝えられたのであった。
 4月20日死去、22日に葬儀も済ませた、と。
 Nさんからいただいた今年の賀状には、腹部疾患のため入院中と記してあった。
 見慣れた筆跡で、
 <私も73歳ですからオーバーホールの必要な年齢です>
 とも、書いてあった。
 
 私より若いし、一時的な入院なのだろうと勝手に思い込んでいたのがまずかった。
 見舞いに行かなかったばかりでなく、お見舞いの書状さえしたためなかったことが、訃報の葉書を手にして悔まれた。
 もう言葉を交わすこともないのだと思っているうちに、じわじわと悲しみが広がった。
 
 明日から郵便局のお休みが続くので、早速、子息に宛ててお悔やみの手紙を書き、午後局に出かけた。

 今年は、親しい人たちとのお別れが続く。
 2月には同級生と、3月には親交のあった同僚と、そして4月の終わろうとした今日は、40余年、文学を語り合った、大切な友達の訃に接したのだ。
 亡き三人の知己からは、今年も、年の始めの賀状が届いている。
 今年も続くはずだった交誼は、死去という悲しみにより、突如断ち切られてしまった。

 4月尽の今晩は、また戸外に出て満月を眺め、亡き人を偲ぶ夜となった。

      × × × × × × × × × × 

 今年も、4月の終わろうとする今日、牡丹が咲いた。(写真)
 ここにも、季節の巡りがあって…。
 10年以上前に、友達からもらった牡丹は、ほぼ同じ丈のまま、毎年二つの花を律儀に咲かせる。5月の到来を告げるかのように。
 今年も写真を添えて、送り主の友達に、メールを送ろう。 

     

 3年前に近所の人にもらったシロヤマブキも、今年は合計五つの花を咲かせた。(写真)
 寂しさの多い暮らしの中で、花は心の慰めとなる。
 人の悲しみとは関わりなく、時は確実に植物を育て、花を咲かせてくれる。
 ありがたいことだ。

              

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ディディエ・ステファンさんの展覧会

2010-04-28 | 草花舎の四季
 昨日から5月5日まで、草花舎で、ディディエ・ステファンさんの展覧会が開催中である。
 昨夜、オープニング・セレモニーが開かれ、私も参加した。
 夕方6時前に草花舎に着いてみると、まだディディエさんやスーザンさんの姿はなかった。そこで、二部屋を一巡し、壁にかけられた、展示作品を鑑賞した。
 添付写真が、作品の一部である。
 (昨日はあいにく、持参したデジカメの電池が切れてしまい、充電のし忘れを悔むことになった。)

   

             

    

 垂直な軸木と紐からできた、一見、素朴で単純な作品に見える。
 が、なかなか奥が深い。
 ディディエさんの意図とは異なるかもしれないけれど、私は私の見方で鑑賞を楽しんだ。
 この作品群は、固定観念を拒否する。
 自由な発想の楽しみ方に寛大である、と勝手なことを考えながら、私は自分の好みに従って物語を創作し、楽しんだのだ。
 自分流儀の自由な見方を許されているように思いながら。
 軸木をどう見るか、絡まる紐の長さや絡まり方との関連をどう見るかも、鑑賞者に任されているように思いながら。
 作品を観ながら、私の誕生から来し方を考えたり、ひとりでに奏でられる音楽に耳を傾けたり…。
 作品の前に立つごとに、新たな物語の誕生が楽しめそうである。
 そんなふうな楽しみ方で、私は作品と対話した。
 一方で、単純な造形の美を感じながら。

 別の日には、また新しい物語が紡げそうである。
 新しい音楽も聞こえてきそうでもある。

 集いの会の始まろうとするとき、会の主要メンバーの姿をカメラに収めた。
 左から、ディディエさん、スーザンさん、草花舎のYさん、Tちゃん。(写真)
 (これを最後に電池が切れてしまった。) 

             

    
      入り口の花瓶に活けられた花 ラナンキュラスなど。


 広島から出席された二人が、帰り支度をし席を立たれたので、私もそれを機に帰らせてもらった。最年長者のわがままを許してもらって。
 
 外に出てみると、十三夜の月であろうか、寒空に冴えていた。
 夜風は、冬さながらであった。寒い夜であった。
 ただ、ディディエさんのアートに接した心のはずみと、月影の美しさが足取りを軽くした。 

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4月の庭 (春の庭)

2010-04-26 | 草花舎の四季
 草花舎の木の花で、桜に続き、本格的に春を定着させる花といえば、花水木のように思う。
 紅白二本の花水木が、前庭の目立つ位置にある。
 ただ、今年は、赤い花水木は花が小さく、花数が少ないように思う。
 例年のことを知らなければ、それなりに風情のある咲きぶりなのだが、やはり何となく寂しい感じだ。

      

      

 コデマリやオオデマリの季節でもある。
 小粉団と書いて、コデマリと読むとは、歳時記を開くまでは知らなかった。
 団子花、小手毬、小手鞠とも表記するようだ。
 歳時記の例句に、久保田万太郎の次の句が載っていた。

   小でまりの花に風いで来りけり

 私がカメラを向けたときにも、微風がそよいで、コデマリの花を揺らした。
 ささやかな大気の動きにも、小枝はとても揺れやすい。
 オオデマリの方はどっしりと構えて、少々の風には揺れない。

      

      

 白地に、紅色の小さな斑の入った躑躅が、庭の隅に咲き始め、フリージアやジュウニヒトエも、今が盛りである。名を知らぬ奥ゆかしげな花も咲いていた。

      

      

      

      

             

 明日から、フランスのアーティスト、ディディエ・ステファンさんの展示会が始まる。
 スーザン邸に、すでに到着しておられるようで、午前中、団地を歩かれるディディエさんの後ろ姿を見かけた。
 団地の人でも、日本人でもないことは、すぐ見分けられた。
 煙草をふかしながら、背の高い黒い服の人は、国道に向かって歩いてゆかれた。
 草花舎のTちゃんに、そのことを話すと、
 「団地で見かける外国人は、まずスーザンさんのゲストですね」
 と、笑っておられた。
 間違いなく、ディディエさんだったのだ。

 近年は、都会や観光地で、異国の人を見かけるのは珍しくない。しかし、私の住む小さな市の郊外で、外国の一流アーティストと生活空間を共にするのは、少々稀有なことである。同時に、嬉しいことである。
 スーザンさんが、知性も品性も豊かな芸術家なので、そこに集う人々も魅力のある人たちばかりである。

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野を行けば

2010-04-25 | 散歩道
 ダラダラと見飽きることもなく、NHKBS2で放映の、短歌日和? とかの番組を見た。
 全国の人から寄せられた、素人の方の素朴な歌を耳にし、私の感想と選者の評を重ねて考えながら、大賞決定にいたる過程を楽しんだ。
 何となく、心身が不活発なままに。

 その番組が終了したのは、四時半頃であった。
 さて、と掛け声をかけて立ち上がり、散歩に出かけた。
 身体を動かすと、気持ちもほぐれる。
 春の草花が、目を楽しませてくれる。草花だけでなく、目に触れるもの、耳に聞こえるものすべてが…。

 東に向かって歩いていると、白い夕月が目に入った。
 道路標識の上の遥かに、ほのかな白い月として。(写真 上)
 歩く道々、幾度も、空に月を探した。
 海を背にして帰るとき、月はわずかに白さを増し、存在を明らかにしていた。時の経過を告げるかのように。(写真 下)

 (今宵、玄関に出てみると、夕方の白い月は衣替えし、お月様の色をして中天にあった。)

             

      

 野には野の春がある。黄色い花のひとむらがあるかと思うと、小判草かと思える雑草が一区画を占めていた。

             

      

 北浜に向かって歩いていると、三種類の躑躅の花が咲いていた。
 躑躅は繊細さが乏しく、あまり好きになれない花だが、花の一つ一つには趣があるし、また、集団として眺めれば見栄えもする。
 ただ、桜のように、嬉しいにつけ寂しいにつけ、その時々の感情に、そっと寄り添ってくれる花ではない。

             

      

      

 荒地として、放置されているとばかり思っていた田圃に、水が張られていた。
 私が、<鶯の径>と名づけている小径の片側に。
 蛙が鳴いていた。決して美声ではないけれど、耳に季節を聞きながら歩く。
 鶯も、しきりに鳴いていた。

      

 同級生のY子さんに声をかけようかと、丘の上を見上げたが、夕方なのでお邪魔になってはと思い止まった。
 と、前方から、手押し車を押した人の姿が目に入った。Y子さんだった。回覧板を届けに行ってきたのだと。
 膝の怪我でふた月近く入院し、手押し車が必要な身にはなっても、Y子さんには、不満そうなそぶりも嘆きもなさそうであった。こうして歩けるから幸せだと。私も救われる思いであった。

      

 畑に生長した麦の穂を、実に久しぶりに見た。子供のとき以来かなあ、と思いつつ、物珍しく眺めた。最近は、活け花として見かけるくらいだったのだが…。
 一メートルの幅の狭い畑に植えられていた。
 麦穂の色も、若やかで初々しく、春の色である。

 矢車草の花も、畑に咲いていた。
 花を多く知らなかった少女時代、一番好きな花を問われると、<矢車草>と答えていた時期がある。今でも、好きな花の一つである。

              
      
      

 <花づくり名人>と私が勝手に呼んでいる、Sさん宅にも立ち寄ってみた。
 クレマチスの花が咲いてはいないだろうかと。
 アーチ型に、幾種類ものクレマチスが、見事に咲いていたのは、数年前、散歩を日課としていた頃のこと。
 今日は、白い花がひとつ咲いていただけであった。

 花庭に入り、下の花々を黙って撮らせてもらった。

       ラナンキュラス?

       ケマンソウ?

               チューリップほか

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偏り疲労

2010-04-24 | 身辺雑記
 整体協会の創設者、野口春哉著『風邪の効用』を読んでいたら、<偏り疲労>という言葉が出てきた。
 言われてみれば、体のあちこちに、上記の言葉に相当する疲労を抱え込んでいるような気がする。
 身体は自分自身のことでありながら、分からないことだらけである。
 分からないからこそ、安穏に生きられるのかもしれないけれど。

 先日、美容院へ行ったとき、洗髪後、マッサージのサービスを受けた。そのとき、肩が相当凝っている、と指摘されたのだった。さらには、頭部の凝りも相当なものだと言われた。
 <頭が凝る?>と、不審に思った。
 頭が凝るなど、自覚したことがない。
 が、洗髪を仕事にしている人からみれば、頭部(頭皮)の様々な状況が読み取れるらしい。
 「目や頭を使われるのでしょうね」
 と、美容師は言いつつ、私の頭部から肩の凝りをほぐしてくださったのだった。
 何という心地よさ!
 無自覚のままに、私の体は、部分的に偏って、相当疲労しているのかもしれない、と思った。鈍くて気づかないだけ?

 Aさんから、『風邪の効用』という本の話を聞き、早速アマゾンへ注文した。
 その際、同系統の本の一冊『骨盤にきく』(片山洋次郎著)も求めた。
 二冊を読了はしていないのだが、三分の一ばかり読んだ段階で、骨盤の存在、その働きなどを改めて自覚させられた。

 今日久しぶりに、<ひまわりカイロ>へ体の手当てをしてもらいに行ったとき、人骨模型を見せてもらった。
 骨盤、仙骨、腰椎などを確かめた。
 骨盤が自在に動く様も、模型で確認した。
 そんなことも知らなかったの? と笑われそうだが、幸いなことに骨折の経験もなく、骨盤を初め、身体を形づくる骨の存在を真剣に考えたこともなく、空気のように付き合ってきたような気がする。

 が、骨盤(あるいは各々の骨の存在)は、心身の健康と大きな係わりがありそうだ。
 侮る勿れ、である。

 カイロの先生に診てもらうと、骨盤が左右ずれていると言われた。
 早速手当てを受ける。
 一時的にはあるべき姿に戻せても、いい加減な姿勢などしていると、たちまち体の不具合に通じるらしい。特に、老いの身にとっては…。

 まずは二冊の本を読了し、私なりにできる努力はしてゆこうと思う。
 生を快適に全うできるように。

 今日は、<ひまわりカイロ>で、無自覚のうちに疲労している身体をほぐしてもらい、心までも、ほぐれる思いであった。


 (添付写真は、上記の内容とは無関係である。
 家にある四本の楓が、やっと、それぞれ異なる色の葉を広げきった。
 写真は、今日の楓の色である。
 日々、色の変化するさまを、落葉する晩秋の季節まで楽しみながら眺めたい。)

        

      
 

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春の旅 3 (下田・天城を経て修善寺へ)

2010-04-22 | 旅日記
 予定通り、伊東温泉の宿「いづみ荘」から、タクシーで伊豆の旅に出た。
 伊東から下田を経由して、修善寺に行くコースを考え、JTBに相談したところ、観光バスで巡るのは、時間的に無理だと分かった。
 そこで、JTBの勧めもあって、タクシーで巡ることにしたのだった。
 伊東を9時半に出て、修善寺に15時半に到着するという日程で。
 これは正解であった。
 観光バスでは巡れない場所にも立ち寄ってもらうことができたのだから。

 この日(15日)の出発時は、曇り日であったが、いずれは雨になり、気温が下がるという予報が出ていた。
 観光のコースは、天気模様も考え、運転手に任せることにした。
 ガイドブックによると、沢山の美術館が存在するようであったが、かなり小規模のものらしい。是が非でも寄ってみたいと思うものはなかった。
 伊豆の春に浸っていればいい。

 まず案内されたのは、城ヶ崎海岸であった。(写真)
 曇り日なので、海の色は暗く、絶壁の岩は黒々としていた。
 今日の風景を眺め、吊り橋を渡り、星野哲郎の「城ヶ崎ブルース」の歌碑が存在しているのを知った。(どんな歌なのかは思い出せないまま…)

           城ヶ崎

           城ヶ崎ブルースの歌碑

 その後は、伊豆の東海岸を下田に下る。
 湯量豊かな温泉らしく湯けむりの立ち上る熱川温泉やいかにも垢抜けた温泉地らしくホテルの立ち並ぶ稲取の温泉街を眼下に眺めながら、下田に向かう。
 途中河津町に立ち寄り、桜の中ではいち早く咲き始める河津桜を紹介してもらった。もちろん今は、葉桜である。
 川沿いに桜並木は長く長く続いていた。思いのほか背丈が低く、ずんぐりしている。
 満開の頃には、多くの見物客でにぎあうのだろう。
 今は、ひっそりとした町であった。
 河津桜の原木とされる木の傍を通り、車窓から年を経た古木を眺めた。

 下田に到着。
 まずは、長楽寺と唐人お吉記念館を見学。
 小説『唐人お吉』(十一谷義三郎著)でも有名な、悲劇の一女性の人生に思いを馳せながら、いつの時代にも、時運に恵まれず、不幸な生涯を送らざるを得なかった人のいることを悲しむ。
 
 了仙寺とその脇にある黒船美術館も見学。
 了仙寺の近くに、ジャンボレモンの札の下げられた木があった。
 お化けレモンである。(写真)
 「あそこがペリーロード…」との説明を受けたが、ゆかりの径を歩いてみることはしなかった。
                    
           了仙寺のジャンボレモン

 ぺりー艦隊来航記念碑の前に立った。(写真)

           

 下田駅前で昼食を済ませ、外に出てみると、雨になっていた。
 あいにくの雨であるが、雨の日は雨の風情を味わえばいいと、諦める。
 河津町は、桜だけでなく、様々な花の栽培で有名な町であった。
 天城へ向かう前に、今盛りのカーネーションを見学した。
 ハウス栽培されたカーネーションの花色・形状とも、様々だった。写真はその一部。

           カーネーション

           同上

           同上

 雨に煙る天城峠を車窓に眺める。
 山肌は、木々の芽吹きで美しい。高所には、桜の花も散り残っている。運転手の話によると、富士桜はこれからで、あれがそうだと教えられて梢を見上げると、花が小さく愛らしい。
 舗装のされていない旧道を車は走り、天城の古道の風景を楽しませてもらった。歳月を経た老木が狭い道の両側に亭々とそびえている。
 旧天城トンネルは、明治38年に造られ、石造りとしては日本最長(446メートル)のトンネルなのだそうだ。
 写真は、天城側の入り口。 

           旧天城トンネル

 雨の中、峠を下る途中に、川端康成の「伊豆の踊り子」のモニュメントがあった。向かって右側には、小説の冒頭文、<道がつづら折折りになって…>が記され、左側には、川端康成の横顔のレリーフがあった。
 雨足が幾分強くなっていた。下車して、慌しくカメラに収めた。
 作品の背景は、同じく雨の天城峠である。ただ作品の季節は秋。
 作品の発表から80余年が過ぎている。私は往時を偲びながら、春の雨の日を旅したのであった。

          

 天城には、わさび田が多く、また石楠花の花が多かった。アマギシャクナゲというらしい。色も種々あり、やさしげな風情がいい。
 雨が降り続いているので、車窓から眺めるに留めた。

 浄蓮の滝の入り口で休憩した。
 曾遊の想い出を辿ると、滝への上り下りはかなり急坂だった。雨で足場も悪いはず、無理をすることはないと、滝の見学は取りやめた。
 コーヒーを飲んで休憩し、修善寺のホテルに向かった。
 宙(SORA)という宿。
 贅沢な宿に憩う。 


           宙(SORA)の庭

           ロビーに置かれた藤の花

           部屋の窓から新緑の風景

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春の旅 2 (伊豆へ)

2010-04-22 | 旅日記
 14日、京都を発って伊豆に向かった。
 車窓に富士を見た。
 いつ見ても、富士山はいい。

           車窓の富士山

 新幹線の熱海に下車。
 乗り継ぎの時間を利用して、熱海を要領よく見学した。
 バスで、アタミロープウェイ乗り場に行き、ロープウェイで、山頂展望台に立った。
 高手から温泉街や海を眺める。高層のマンションが思いのほか多い。
 帰りはタクシーで駅前に引き返し、温泉街の気のきいた和風喫茶で軽い昼食をとった。 

           熱海の眺望

 電車で、伊東温泉に着いた。
 三時に送迎者を依頼していたので、それまで伊東の街を散策した。
 喫茶店にも入って、ひと時休憩した。

 いづみ荘に一泊。
 申し分のない贅沢な一夜を過ごす。

           伊東温泉 いづみ荘の庭

           同上

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春の旅 1 (京都)

2010-04-22 | 旅日記
 13日から春の旅に出た。
 旅は、私にとって非日常的な時間である。
 身体は、非日常から日常に戻ってきても、気分の方は、なかなか日常に戻ってくれない。
 なんだかフワフワと時が過ぎてゆく。
 旅日記を簡単にまとめ、早く日常に返ってゆこう。

 伊豆に出かけるのが主目的の旅であったが、行きと帰りに京都に泊まり、京都の春も楽しむことにした。

 13日、昼過ぎ京都に着き、宿泊先のグランヴィアホテルに荷物を置き、仁和寺に出向いた。仁和寺の御室桜は、今が盛りであった。
 お花見の人が溢れていた。
 花のご縁にまた恵まれた。

            仁和寺の桜

            同上

         
                      仁和寺の五重塔

 ついでに、嵐山まで足を延ばし、渡月橋の夕景を眺めた後、京都駅に引き返した。
 当地の桜はとっくに盛りを過ぎ、昨年、一昨年に訪れたときの人出はなかった。それでも、嵐山には独特の雰囲気があり、夕べの散策を楽しむことができた。          

            嵐山 渡月橋


 16日の午後、伊豆から京都に引き返した。京都に着いても、雨は上がらなかった。
 小雨の中、京都国立博物館にいった。
 京都に立ち寄る目的の一つに、折から開催中の「没後400年 長谷川等伯」展を観ることを予定していた。
 日曜美術館での紹介もあり、東京についで京都で開催の美術展を当てにしていた人は多かったのだろう。
 雨と平日にもかかわらず、入館者は多かった。ゆったりと鑑賞できる状態ではなかったが、入場を待たされることがなかったのは幸いであった。
 水墨画の名品<松林図屏風>を観ることが最大の目的だったが、この展覧会で、長谷川等伯の全貌を知ることができ、その多彩な画業に感動した。

            長谷川等伯展 (入場券)

 17日の早朝、ホテルオークラの窓辺が明るんだ。
 カーテンを開けると、東山(如意ヶ岳のあたり)に、朝日が昇るところだった。
 ひとりでに幸せな気分が満ちる。

            京都の朝

 午前中、詩仙堂を尋ねた。(写真)
 ここを訪れるのは初めてである。
 石川丈山の造営したもの。丈山は、隷書、漢詩の大家であり、煎茶(文人茶)の開祖であると、いただいた栞に記されていた。
 詩仙堂は静寂である。
 京都には、繁華と静寂が程よく溶け合っている。

            詩仙堂

           

           

           

           

           

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妹宅の花々

2010-04-21 | 身辺雑記
 午後、妹宅を訪れた。
 京都土産のお菓子と、Oさんからいただいた若布と筍のおすそ分けを届けに。

 妹の家の庭にも、花が種々咲いていた。 

           花水木(白)

           花水木(赤)

           山吹

           ミヤマキリシマ

           石楠花

           モンタナ(クレマチス)

           勿忘草

           ミヤコワスレ

           シバザクラ

           ビオラ

           ネモヒラ

                  シクラメンモドキ

 以上、妹に教えてもらって花の名前をメモして帰った。
 妹の記憶違いや私の誤記があるかもしれない。

 花畑の傍らに、エンドウとソラマメが植えてあった。
 その花もいい。
 花々の個の美しさには、見飽きることがない。
 思わず、わが身の存在価値を問いたくなる。

           エンドウの花

                  ソラマメの花

 話し込んでいるうちに、予定のバスに乗り遅れ、義弟に車で送ってもらった。
 妹たちは、車を持たぬ私に、買い物などいつでも手助けするからと言ってくれる。
 自立した生活がいつまで可能か分からないが、自分でできる間は自分でするから…と、答えている。
 体調のすぐれぬ時や、どうにもならなくなった時には、一番身近にいる妹たちに迷惑をかけることになるだろうけれど。

 旅から帰ってみて驚いたことがある。
 これまで利用してきたスーパーが3月末に閉店した後、新しい経営者によるお店が開店し、旅に出かける直前に一度だけ利用した。
 まずまずの品がそろっていて、日常の食品に不自由することはないと安心したのだった。
 ところが、帰ってみると、そのお店が閉じられていた。
 店主の急逝によるものであった。
 これからは、20分あまりバスに乗って、買い物に出かけなくてはならない。
 不便なことになったが、健康のためにはかえっていいかもしれない。
 外出の機会が増えれば、人に接するチャンスも増える。足を使うことにもなる。
 プラス思考で受け止めようと思っている。

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花々に遇う

2010-04-20 | 身辺雑記
 今日は、二十四節気の「穀雨」に当たるのだそうだ。
 穀雨とは、百穀を潤すという意らしい。
 その日に合わせるかのように、今日は朝から小糠雨が降り続いた。
 様々な穀類に限らず、多くの草木も潤いを享受したに違いない。

 近所の知己Oさん宅へ届け物をするために出かけた。
 静かに地を潤す雨を、私も心地よく感じながら。

 Oさん宅には、たくさんの花々が咲いていた。折から雨は小休止していた。
 そこで、Oさんと一緒に眺めて歩いた。

 特に、イチハツの豊かな咲きぶりがよかった。
  
  いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春ゆかんとす

 という正岡子規の歌を思い出して、口ずさんだ。
 病む子規にとっては、見納めとなるかもしれない今年の<いちはつ>の花なのであった。
 90歳に近いOさんも、老女の私も、格別大病を抱えているわけでもない身には、子規の心境を切実なものとして受け止めてはいない。来年の春をどこかで受け入れている。が、果たして、そうなるかどうかは分からない。そんなことを思いながら、雨にに濡れて花弁を重く垂れるイチハツの花を眺めた。
 アイリスの花も咲いていた。
 毎年のことながら、アヤメ科のよく似た形の花を区別しがたい。
 Oさんが、あれはイチハツ、これはアイリスと教えてくださった。
 アヤメ、杜若、花菖蒲なども、次々と咲き次いでゆくことだろう。


         イチハツ

                 アイリス

 フリージアの花々も咲いていた。その中の二色を添付した。

         フリージア

         フリージア

 シバザクラも、数種の花が地面を覆っていた。

         シバザクラ

         シバザクラ

 ドウダンツツジ(満天星躑躅)の、白い小さな壷状の花が愛らしい。

         ドウダンツツジ

 名を知らぬたくさんの花が咲いていた。その中の二種の花を添付した。

        

                 


 お隣には、沢山の花があると、Oさんに誘われ、遠慮がちに覘いてみた。
 また櫻花に巡りあった。
 普通の八重桜より遅れて咲く<牡丹桜>という種なのだそうだ。まだ蕾を残しており、しばらくは花を楽しめそうだ。淡いピンクがいい。

          牡丹桜

 牡丹の花も、華やいで咲いていた。
 帰宅後、<いちはつの…>の歌についての表記を確認するため、正岡子規の歌集を開いた。イチハツの歌に次いで、牡丹の歌が詠まれていた。

 病む我をなぐさめがほに開きたる牡丹の花を見れば悲しも

 子規は、病床から、庭に咲くイチハツを眺め、目を転じて牡丹を眺めたのであろう。
 美しければ美しいほど、心は哀しい。子規の心境は、私にもよく分かる。

          牡丹    

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