ぶらぶら人生

心の呟き

大晦日

2014-12-31 | 身辺雑記
 昼過ぎから、雨となる。
 ひととき、雷鳴も轟いて。

 昨日のお天気を<陽>とすれば、今日は<陰>。
 体調も、<陽>から<陰>となった。

 新年に備え、まず、カレンダーを取り換えたり、仏壇・神棚などのお供え物をしたりした。
 そのあたりまでは、まずまずの体調だったが、その後、下腹部に不快感が生じ、排尿も近く、何をする気にもなれなくなった。
 コーヒーを飲んだ後ではあったけれど。

 掃除は、諦めていた。
 が、1時間休憩したところ、<陰>は<陰>ながら、少し調子が回復した。
 そこで、一通りの掃除をした。
 <大掃除>という言葉は当たらないが、今年の塵を一応払ったことにする。
 
 洗濯機は、乾燥までやってくれるので、ありがたい。
 先日来、洗濯可能な敷物は、すべて洗った。

 母の時代の洗濯は大変だった、と遠い昔を思い出しながら。
 冬は、あかぎれの絶えなかった母の手を思い出す。
 掃除にしても、掃除機のなかった時代だから、それはそれは大変だった。
 それにもかかわらず、不平ひとつ言わずに、母はまめまめしく働いていた。

 私は、どうもその気質を受け継がなかったらしい。
 最近は、掃除機を重いと思う。
 スイッチ一つで、塵を吸収する掃除機を、誰か発明してくれないものだろうか、と考えることしきりだ。

 自動掃除機は一台買って使ってみたが、物のない廊下にしか役立たなかった。
 それでも感謝して、存分使った。
 使いすぎたせいか、寿命は短かった。(安物だったのかもしれない。)

 おせち料理を一つも作らなかったのは、今年が初めてである。
 掃除よりは、まだ料理の方が楽しい。
 母に倣って、(品数を少しずつ減らしながら)お節らしきものを一通り作ってきたのだが、それも今年で途絶えた。

 お店が発売するお重を買う気はない。
 見た目は美しく出来ているけれど、嗜好に合わないものが結構あって、食べ残しを計算すれば、もったいない。
 数の子など、最小限の食品を買っておいた。

 お正月は、お雑煮があればいい。
 しかし現在は、胃の調子をうかがいながらの食事になる。
 好きでも、少し自重しなくてはいけない。


 いろいろ思い通りにゆかないことも多々あった一年ではあるけれど、なんとか越年できそうだ。
 感謝しなくてはならない。
 多くの人に支えていただいて、365日を生きられたのだから。

 就寝時、毎夜、ベッドに入ると、

 <今日一日ありがとうございました。よい明日が迎えられますように!>

 と、心で呟く。
 その時、無意識的に、PCのキーを打っている。

 今晩は、除夜の鐘を聞きながら、

 ITINENNKANN、ARIGATOUGOZAIMASITA。
 YOITOSIGAMUKAERARE、YOROKOBINOOOIHIBIGA、SUGOSEMASUYOUNI!

 と心の中のキーを打ちながら、呟くだろう。
 

             × × × × × × × ×


 昨日、散歩から帰ると、崖の上の東の空に、白い昼の月が出ていた。
 (下の写真では、月影が淡くて見えにくいけれど。)

 小学生3人が、崖で遊んでいた。

 「危ないから、やめなさい」

 と言った時には、男の子ひとりが、ずるずると下の溝まで滑り落ちていた。
 もうひとりの子は、下まで滑るには距離が長過ぎ、上の道まで引き返そうとするのだが、なかなか上がれず、ずいぶん苦労していた。

 女の子は、隣の子である。
 さすがに急勾配の崖を滑り降りたりはしない。
 男の子ふたりをよく見ると、以前、玄関の<ピンポン>を鳴らしたり、水道水を流しっぱなしにしたりした、二子の兄弟だ。

 次々遊びを発見するものだ。
 田舎の子どもらしいと思いつつ、怪我は怖いし、崖を崩してもらっても困る。
 「もう滑らないでね」
 と、念を押しておく。

 私は外に出ることが少ないので、今日初めて気づいたのだが、日ごろから、格好の遊び場にしているのかもしれない。


 夜は、玄関先に、輝くお月さまが、上っていた。
 メロン型のお月さまである。
 昨夜は、満天の星空でもあった。

 今晩は、月も星も、見えそうにない。
 明日は、雪のお正月になるらしい。

  

 (書く予定の原稿を、数件残してしまった。年が明けてから、投稿しよう。時期を問わない内容のものだから。)

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水仙の里へ

2014-12-30 | 散歩道
 今日は、暖かな冬日和である。
 明日からは、天気が崩れるらしい。

 今年もあと二日。
 なすべきことはたくさんあるのだが、好天に誘われ、散歩に出かけた。

 現在の体力テストも兼ねて。
 水仙の里への往復は、起伏がかなり激しいので、杖を持参した。
 4キロはあると思っていたが、それ以下なのかもしれない。
 歩数にして、6500歩。
 初めから杖に頼ったので、難儀な思いをせず、歩くことができた。

 駐車場の下に広々とした水仙公園が広がっているのだが、そこまで下りる体力はない。
 眼下の遊歩道に、数人の人影があった。
 車で来た人なのであろう。

 私を追い越してゆく車は、大方が県内ナンバーであった。
 一台だけ、<品川>の文字が見えた。
 東京から車で帰省した人なのであろうか。
 
 山道で、車を止め、ウラジロを採っている人もあった。
 注連飾りに使われるのだろう。
 歩いているのは、私だけであった。

 今年は、水仙の花が、早くから咲き始めた。
 道中の花は、ほぼ満開である。
 しかし、花は次々咲くので、これから当分、花見散歩が楽しめそうだ。

 海上が少しかすんでいた。
 波が高く、波打ち際には白波が砕けている様子だった。

 今日は、高所から海を見晴るかし、道端の草花の景を眺めた。(以下、その写真)

        

        

        

          

  

   

  

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素晴らしい絵本

2014-12-29 | 身辺雑記
 26日、朝日新聞の『天声人語』で、昨年、テレビで見た小学校一年生の詩が、絵本になったことを知った。
 早速、翌27日、アマゾンに注文した。

 今日、午前の便で届いた。

 詩 安里有生(あざとゆうき) 画 長谷川義史

  『へいわって
  すてきだね』 


                   


                

 繰り返し繰り返し、ページを繰った。
 言葉の力に、絵の力が加わった。

 昨年の沖縄県全戦没者追悼式で、この少年の訴え(詩)を聞いた。
 その折、ブログに感想を述べたはずである。
 昨年の6月のブログを開いてみた。
 日にちが定まっているので探しやすかった。

 6月24日(昨年)、「坂を上ると」の項に、「追記」として、書いていた。
 (したがって、ここに、感想を繰り返すのは、やめておく。)

 あの詩に感動したのは、私ばかりではない。
 長谷川義史さんも、その一人。
 与那国島に行き、安里有生ちゃんに会われたのだ。
 そして、長谷川さんは、少年の心と風景を自らの目でとらえ、それを絵にし、詩文に添えられ、絵本を出版された。
 素晴らしいことである。

 初版は、今年の6月23日。
 すでに12刷となっている。
 多くの人に読まれているのは嬉しいことだ。

 子どもばかりでなく、大人にも読んでほしい。
 政治に、この無垢な少年の願いが、必ず反映されますように!!    

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読売新聞<時の余白に>

2014-12-27 | 身辺雑記
 今月末で、『読売新聞』の購読をやめることにした。
 予約期限は来年の2月なのだが、11月初旬、販売店と話し合い、今年いっぱいで中止してもらうことにした。

 元来購読していた『朝日新聞』に加え、『読売新聞』をも購読することにしたのは、故・ATさんの上手な勧めによるものだった。
 その当時(4年ばかり前)は、確かに読みたい記事があったのだろう。それがなんであったか忘れてしまったけれど。

 読売の販売店は、あらかじめ新聞入れの袋を配布し、広告も一緒に、指定の期日に収集してくださるのが、実にありがたかった。
 おまけに、朝日新聞まで、持ち帰ってくださる。
 
 ところが、最近、読売新聞・朝日新聞の一か月分(広告も加えて)を、玄関先に持ち出すのが、難儀になった。
 重いものを運ぶ力が、極端に衰えている。
 それが第一の理由であるが、もう一つ、経費の問題もあった。

 年金が減っている今、節約できる部分は? と考えた時、是が非でも二紙を購読する必要はない。
 一紙に絞るなら、読売新聞をやめて、昔から馴染んでいる『朝日新聞』を遺すことにしたのだ。


 『読売新聞』で、楽しみにしていた記事の一つに、<時の余白に>がある。
 編集委員・芥川喜好さんが、ひと月に一度、掲載される記事である。

 平成の初めころであっただろうか。
 読売新聞の日曜版に、一面を使って、名画と解説文が載っていた。
 その文を書いている人が、芥川喜好さんであった。
 その文章力に感心し、どんな人だろう? と、思ったのだった。
 それが、芥川喜好さんとの最初の出会いである。

 当時、私は読売新聞をとっていなかった。
 私が絵画に興味を持っていることを知っている知己が、時折、新聞を届けてくださった。
 趣味が共通している人だったので、一緒に、その画文を鑑賞しあうこともあった。
 (今は、その人も、故人である。)

 後に、その名画と文章は、一冊の本となった。
 出版を知り、早速購入した。
 名画も文も素晴らしい一冊である。(1994年・父他界の年の刊)

                                            

 
 <時の余白に>を目にするのも、今日が最後だなと思いつつ、「宇宙を缶詰にした男」と題した文章を読んだ。
 私の好きな〈赤瀬川原平〉について書かれたものであった。

 「赤瀬川原平の芸術論展」が、巡回中と知った。
 新年になると、大分市美術館に次いで、広島現代美術館へと巡回されるらしい。
 その内容や開催日については、いずれPCで、調べてみたい。 

 (切り抜いた記事は、赤瀬川さんの本に挟んでおこう。)
 

 芥川喜好さんの<時の余白に>も、いずれ出版されるだろう。
 それを求めて、読む日があるのかどうか?

 (このブログを書きつつ、3人の故人を思い出すことになった。96歳で他界した父と、私より5歳年上、10歳年下の人である。)

 もう一つ、読売新聞の連載で楽しみにしていた記事がある。
 黒井千次さんのエッセイ<時のかくれんぼ>である。
 1932年生まれの作家なので、そこに書かれる老いの、滑稽味を伴う悲哀感が、他人事とは思えないのだった。
 
 その年齢にならなければ、実感できないことは、実に多い。
 

 (追記 29日の「読売歌壇」の小池光選に次の歌があった。

   箱根山に秋陽の沈む人生は暮れ方からが味深くなる    秦野市 森谷四郎

    選者評 なかなか技巧的な歌。箱根のお山も、人生も、夕暮れになって
          から味わいを出す。老いを嘆くだけが能じゃない。 


  なるほど! と思う。)


         写真は、27日の庭。
         山法師の葉が少なくなった。
         前庭に咲いた水仙1号。

         

             

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診察とお見舞い

2014-12-21 | 身辺雑記
 長い寒気が去ったので、一昨日、T医院へ行ってきた。
 
 「血圧が高いですね」
 と、先生。
 <158と68>

 私は、血圧の高低に鈍感である。
 少々気分が重苦しく、血圧が高いのだろうかと思って測ると、だいたい低めである。
 気にしないことにしている。

 先日来(というより、ここ半年)時折、胃に不快を覚える。
 その不快感が多くなったのは、最近である。
 お正月の前後は、病院がお休みである。
 そのことも考慮して、先生に相談した。

 「ガスリック錠を出してみましょう」
 と、おっしゃってくださった。
 「それでもよくならなければ、また、考えましょう」
 と。
 今まで胃の薬を病院からもらったことはない。
 胃や腸に不快を感じるときは、薬局で求めた胃腸薬を飲んで調子を整えてきた。

 今回出していただいてきたのは、「ガスリックD錠10mg」である。
 薬名の数は、いったいどのくらいあるのだろう?
 莫大な数に違いない。
 ガスリックが、たとえ一般的な胃薬であるにしても、とっさに薬の名前をおっしゃる先生に驚く。

 私は、記憶力が相当落ちているので、よけい驚きが大きい。

 前回に続き、患者さん持参の、花の咲く木々の鉢は、置かれていなかった。
 待ち時間、気ままに泳ぐ水槽の中の、熱帯魚を眺めた。
 魚の動きが速いうえ、照明の灯りも邪魔し、デジカメに収めるのが難しい。(下の写真)

 おしゃれな熱帯魚で、気に入っている魚がいるのだが、思うように撮れなかった。 


  


 S園に、Oさんを見舞った。
 前回は、集会室で、入園者と楽しく話しておられたのに、今回は、個室のベッドに休んでおられた。
 熱が出たらしい。
 「高齢者にありがちなことで…」
 と、担当の介護士が、話しておられた。

 老いれば、そういうことも起こるのかと思った。
 先日、Oさんの自宅に電話し、最近の様子を尋ねっところ、ご子息からとても元気だと伺ったばかりであった。

 それでも、ベッドのOさんはにこやかだった。
 介護士に、私の名前を正しく告げておられた。
 憶えていらっしゃるのだと、嬉しく思った。
 話していると、話がところどころおかしくなるけれど。

 壁に、二枚の書が掛けてあった。
 <千年>と<もみじ>。
 集団生活の老人ホームでは、書道の時間もある様子だ。

 「<もみじ>は、私が書きましたが、もう一枚は違います」
 とのこと。

 Oさんと話しているところへ、Oさんの子息夫妻が、見舞いに来られた。
 全く偶然の出逢いであった。
 体調の少々すぐれないことで、見舞いに来られたのか、詳しいことは知らない。

 息子さんの話では、<千年>も、Oさんの字だとのこと。
 そうであろうとは思いつつ、Oさんが他人の字だとおっしゃることに肯いていたのだが…。

 なかなか力のある字だ。
 命が宿っている。

          


 私は、自筆で書くことがますます下手になり、また考えもまとまらなくなり、年賀状に一筆添えることを諦めたばかりなので、Oさんの筆字に、一入感心した。

 その上、一回り年上のOさんの髪が、私より黒いのだ。
 そのことを話すと、
 「ほんとですね」
 と、笑っておられる。


 病室の窓に冬日が差し込んでいた。
 明るい部屋である。
 外の眺めもいい。
 風力発電機の羽が、ゆっくり回っていた。

 「Oさん、いい俳句が出来そうなながめですね」
 と、話すと、
 「生活に変化がないからだめです」
 との返事だった。

 息子さんが、
 「高津川の花火を見るには、絶好の場所ですよ」
 と言われた。
 「孫も来て、みんなで花火を眺めます」
 とも。

 夏のひととき、Oさんは、一家団欒をここで楽しまれるのだろう。
 花火の季節ではないけれど、私は窓に、その景を想像した。
 同時に、阿寒湖畔のホテルから見た、冬の花火を思い出していた。

 「また、まいります」
 と、お別れする。
 <また>が、お互いに絶対ではなくなったことと思いつつ、S園を出ると、空には飛行機雲が流れていた。

           
        

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ひとときの雪

2014-12-18 | 身辺雑記
 北海道や北陸など、未曽有の豪雪に見舞われた方々が、不自由や危険の中で暮らしていらっしゃることを思うと、こんな記事を書くのはためらわれる。
 が、昨日の続きのような、私の身辺のことを書いておこうと思う。

 私は、冬が好きである。
 雪も好きである。
 それは、私の生まれた月が1月、しかも、大寒であることと無関係ではあるまいと思っている。

 一昨日来、日本列島が、暴風雪に包まれた。
 同じ中国地方でも、広島市や山口市にも積雪があり、宍道湖の湖面は荒れ狂い、鳥取砂丘は暴風雪の荒らしとなっていた。
 異常な光景である。

 私の心が求める冬景色は、画家・谷内六郎さんや原田泰治さんの絵に通じる温かさを持っていなければならない。
 車が横転したり、船が陸に乗り上げたりする光景とは無縁である。
 死者の数も、ずいぶん多くなっている。
 何とも凄まじい。
 私の思い描く、雪が降り積もっているのに、温かみのある冬景色は、もう存在しないのかもしれない。

 車社会と雪景色は、似合わない。
 勝手に、そんなことを考える。
 というのも、私が幼いころの、深々とした雪景色を知っているからだろう。
 そこには、車もトラックも新幹線もなかった。

 
 根室では、高波が街を襲い、暴風雪以外の被害もあったようだ。

 テレビの報道を見ながら、遠い昔、夏の根室に旅した時のことを思い出した。
 夕食の蟹は美味しかったが、夜、コーヒーを飲むため街に出ると、夜霧が視界を遮り、北国の、えもいえぬ寂寥を覚えた。
 その街が今、冬の高波に襲われているのだ。
 自然災害は、人力の及ばないこととはいえ、爆弾低気圧の影響を強く受けた地方の雪景色は、私の思い描く風景ではない。


 当地にも、強風が吹いた。
 が、雪はハラハラするだけであった。
 病床にある正岡子規が詠んだ句、<いくたびか雪の深さを尋ねけり>を思い出しながら、私は自分の足で、幾度も裏口を開けては、雪の様子を確かめた。

 9時前、花壇や木の葉に、やっと雪がうっすら積もった。
 これも、私の夢見る雪景色には遠い。

        

        

  

 まだ冬は始まったばかり。
 真綿にくるまれたような静謐な雪景色に、一度くらいは出会えるだろうか?       

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午後の冬晴れ

2014-12-17 | 身辺雑記
 爆弾低気圧は、暴風雪の大被害をもたらした。
 そうした地区の人々の苦しみを思うと、心が傷む。
 それにしても、自然災害が多すぎないだろうか。

 雨が上がったので、庭に出てみた。
 当地も、午前中は暴風雨であった。
 午後になって、やっと晴れ間がのぞいたが、気温は低い。

 カメラを持つ手が冷たい。
 が、この時期、多少は冬らしくなくては面白くない。
 夏の暑さよりずっといい、と私は思うのだ。

 というのも、家に入れば暖が取れるという、安心感があればこそだが…。
 いくら冬が好きであっても、あの豪雪の中で、私は耐え得る自信がない。
 自家撞着もいいところ、矛盾したものが、自分の中にある。
 

        

     

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歌の数々

2014-12-16 | 身辺雑記
 永田和宏著『現代秀歌』 (岩波新書・2014年刊)を一通り読んだ。
 この本は、読了して、<ハイ、終り>にはしたくない本である。

 折につけ、100人の秀歌100首に接したい。
 巻末の「歌索引」によると、実際には266首が掲載されている。

 この本に先立ち、昨年出版された『近代秀歌』では、近代の代表的歌人31人に絞られていた。
 やはり巻末に、31人の代表歌の「100首索引」が、まとめてある。
 が、100首以外に、(31人の)その他の歌、120首余りが、取り挙げてあった。
  (この本については、昨年のブログに書いた。)

         
                『現代秀歌』と『近代秀歌』


 二冊の本は、いずれも座右に置きたい本である。

 私は、短歌形式によって、自己表現をした経験は少ない。
 短歌は好きなので、その形式で心情を表現する術を試みたことはあるけれど、自分で納得できるような歌ができなかった。
 ただ、人の歌を読み、異なる生き方に接したり、様々な人生に私自身を重ねたりして、味わうのは好きである。

 若いころから、歌集はよく読んだ。
 その懐かしい歌が、『近代秀歌』には、多く取り挙げられていた。
 31人の歌人中、なじみの薄い人は2人であった。
 他の歌人はその名前だけでなく、代表歌を諳んじていたり、読み覚えがあったり、非常に親しみのあるものだった。

 それに対し、『現代秀歌』の方では、全く名前を知らない人、なじみのない人が多かった。
 歌は知らなくても、その名を知っている人の数を数えてみると、100人中、僅か34人に過ぎなっかった。

 それだけ、新鮮でもあった。
 数日前のブログに、<歌人・石川不二子>のことを書いた。
 この本を読むまでは、やはり知らなかった歌人のひとりである。

 とにかく、未知の歌人との初対面が、楽しかった。
 歌には、歌人の人生だけでなく、作者の生きた時代が、反映されている。
 歌で読む現代史(戦前・戦中・戦後)の一面もあり、私の生きた時代を重ね合わせて、肯ける歌が多くあった。

 作者・永田和宏さんの歌に対する見方・考え方、楽しみ方なども随所に出ているし、歌になじみの薄い読者にも、関心を抱かせる指南役の要素もある。
 味わい深い一冊である。

 『現代秀歌』を読んで、印象に残った歌は、数限りない。
 また、折に触れ、それらの歌についての感想を書いてゆきたい。 

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12月の庭 (冬の草花舎)

2014-12-15 | 草花舎の四季
 大雪の地域もあるのに、当地は今日も、過ごしやすい一日であった。
 曇り日ながら、風もなく。

 手袋もせず、ぶらりぶらりと歩く。
 郵便局で、送金の手続きや手紙・葉書の投函をして、草花舎に立ち寄る。

 
 入口に立って、草花舎を眺める。
 落葉樹はみな葉を落とし、冬の風情である。

          

 お昼は軽めな食事にした。
 トーストとコーヒー。
 米粉で作られたトーストは、美味しい。
 程よく食しておけば、胃はおとなしくしているらしい。

             

 喫茶室内外の花を眺めて楽しむ。

             

  

      

               


  <余禄>

 夜、印刷済みの賀状を点検した。
 姪の名前の文字が、一字違っている。
 昨年も、同音漢字の違いに気づかなかったのかもしれない。
 大変失礼なことだ。
 PCにありがちな間違いと、大目に見過ごしてもらえたのかどうか。

 最近、うかつなミスを平気でしてしまう。
 情けない思いだ。

 もう一枚は、会社名に<様>をつけ、さらに<ご一同様>と書いている。
 修正し、印刷をし直す。
 幸い、予備の賀状が残っていたので。
 
 次第に自分を信じがたくなるばかり。

 今年も、残り16日。
 何とか、事なく越年できそうな気がしている。

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寒波の週末

2014-12-13 | 身辺雑記
 当地は、晴れ間ののぞく天気となった。
 予報では、雪のマークが出ていたけれど。
 ただ、雲の塊をみると、夏の入道雲のような明るさがない。
 やはり、冬の雲である。

    

 昼前、スーパーからの宅配が届いた。
 ひと箱、100円の容量が、荷物を見て分かった。
 その届け方の要領も。
 段ボールに入れて届けられれば、またその処理が面倒だと思っていた。
 が、その心配は無用であった。
 品物は、スーパーの配達用の容器で運ばれ、中身(注文の品)だけを置いてゆくという形式であった。

 老人への配慮から生まれた配達方法だろうか。
 とにかくありがたい。

 お店に出かけ、品物を見て選べる間は、自分の目で確かめて買い物をしたい。
 そして、持ち重りする品物だけを、翌日宅配してもらうことにしよう。

 寒々として、胃の調子も良くない一日であったが、買い物の苦痛が緩和され、少々気持ちが楽になった。
 昨日も今日も、胃薬を飲みながら、毎食後、太田胃散を常用していた、晩年の父を思い出す。

 私は、腸には多少の不安を抱きつつ、胃は大丈夫と思っていたのだが…。
 PCで、胃の不調について調べたところ、ストレスが原因の場合もあるとか。
 何にも気に病んでいないようでいて、老いそのものがストレスだともいえる。
 胃だって、老いるだろうし…。

 とにかく、老年を生きるのは、大変なことだ。
 きっとまだ、序の口なのだろう。
 覚悟をしておかなくてはならない。


 今日は一つ、進歩があった。
 PCを<8・1>に替えてから、葉書や手紙のレイアウトが思うようにゆかなかった。
 今日、コツをつかんだ。
 ソコロシステムズのTさんに頼らず、自分でできたのが嬉しい。
 老いても、努力すれば、進歩する部分もあるのだ。

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