ぶらぶら人生

心の呟き

ジューンベリーの実が熟し…

2014-05-31 | 身辺雑記
 32・4度の真夏日が、5月のうちに訪れた。(28日)
 夏日は、当たり前のようだ。
 年々、夏の気温が上がっているらしい。

 しかし、老齢のためか、それほど暑さを感じない。
 激しく動き回らないからでもあろう。
 汗が流れ落ちるということも、まだない。
 梅雨を挟み、熱帯夜の日が続くようになれば、たちまち快適さは失われるだろうけれど。

 私の苦手な夏のスタート。
 5月が終わる。
 ジューンベリーの実が熟し始めて。

            

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5月の庭 (レモンの花ほか)

2014-05-29 | 草花舎の四季
              <5月 27日>

 郵便局からの帰り、草花舎へ。

                レモンの花(写真 上)とキウイの花(写真 下)。

              

              

                その他の花々。

  

  

  

  

                

                枇杷の実と西洋桑の実。

  

                室内の花々。

                

  


          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 草花舎の入り口に、<6月9日 休業>の貼り紙があった。

 当日、<念仏者九条の会  第18回 全国集会 in 島根>が、浜田市で開催され、その会に、Y さんも、お店を閉めて出席される由。

 基調講演 「原発の正体と憲法九条」 小出裕章さん(京都大学原子炉実験所助教)
 会場 「浜田ワシントンホテルプラザ」2F ワシントンホール
 日時  2014年 6月9日(月)午後1時~午後5時

 原発に対する国のあり方、集団自衛権の問題など、あまりにも危うげなことが、多すぎる。
 「積極的平和主義」などという聞こえのよい言葉のもとに、怪しげな方向に向かおうとする国のあり方に対し、誰しも真剣に考えなくてはならない時だ。
 
 昭和一桁生まれの私は、戦中戦後という不幸な時代を生きた。
 体験者の目には、今、為政者の目指すところが、それに似た方向に向いているように思えてならない。
 いつか来た道に、連れ戻されてはたまらない。
 
 そんな不安にかられる今、こういう会合が持たれるのは、意義深いことだと思う。
 自説のある人ない人を問わず、参加者が多いことを願っている。
 そして、この会が、参加者にとって、立ち止まって考えるチャンスになればいい。
 
 私は、会合に参加できないけれど、また草花舎に出かけた折、Yさんから、会合の模様を聞かせていただくことにしたい。

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烏の勘左衛門

2014-05-28 | 身辺雑記
        < 5月 27日 >

 郵便局へゆく。

 午後の日差しが強く、澱んだような空気は重く、足取りも軽やかならず。
 局の入口にあるツバメの巣を思い出していた。
 
 そろそろ子ツバメが誕生しているだろうか。
 親ツバメの運ぶ餌を待ちつつ、大きく口を開いているのかもしれない。
 そうした光景を楽しみながら、局へ向かった。

 巣はがらんとしている。
 局員の話では、烏がさらってしまった、とのこと。
 かわいそうなことだ。

 それにしても、烏は好きになれない。
 ずるがしこく、何をしでかすかわからない。
 濡れ羽色といい、人を小ばかにしたような鳴き声といい、どうも気にくわない。
 巣を見上げ、烏の勘左衛門奴! と、憎々しげに言ってみたが、子ツバメを取り返せるわけでもない。

 堤の傍で、烏に似た気味悪い植物の花? に気づいた。(写真 上)
 その葉の形からは、マメ科の植物かと思える。
 植物の本やPCを調べてみたけれど、名前は分からない。

 スイカズラの花は盛りを過ぎようとしていた。(写真 下)
 

      

      


 帰り道、薬局により、風邪薬を買ってきた。
 昨夜来、咽喉がイガイガし、鼻がムズムズしている。
 夏の風邪は、馬鹿がひくとか。

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「絡む」という言葉

2014-05-27 | 身辺雑記
 気が向かなkれば、数日、PCを閉じたままの時がある。
 そんな後には、届いたメールを削除するのに、結構時間がかかり、うっとうしく思っている。

 内容を確かめずに、大方の場合、一挙に除去することにしている。
 (ときに、必要なものまで削除し、失敗することもあるけれど…。)

 それにしても、どうして、読まずに破棄したくなる、無意味なメールが多数届くのだろう!?
 いつも疑念を抱く。

 一時は、詐欺まがいのメールが、入り続けた。
 <あなたの受け取るお金を預かっています>といった類の愚かなメールである。
 うまく通帳番号や暗証番号を入手するための手段ではないかと思う。
 電話ではなく、メールによる詐欺まがいのものであろう。
 そんなやり方に乗るほど、ぼけてもいないし、いやしくもない。
 今、その数は減っている。

 その種のメールが収まった途端に、こんどは、遊びの誘いである。
 受け取り手が、老女であることなどお構いなしに、誘いがかかる。
 馬鹿馬鹿しいこと、この上なし。

 ただ、今日は一つ、勉強した。
 誘いのメールにしばしば遣われる単語「絡む」について。

   <IDとアドレスを教えますので、よかったら絡んでほしいです!>

 といった遣われ方である。

 私の心得ている「絡む」の意味とは、どうも違う。
 <遊ぶ>という意味?
 <話しあう>という意味にもとれる。
 とにかく、かかわりを持ちたい気持ちが、込められているらしい。

 なじめない言葉だ。
 若者特有の言葉かもしれないと思い、PCで調べた。
 果たして、そうであった。

 言葉は、時代とともに、移ろうものだとは知りつつ、私としては、不快な遣い方に思えた。
 私は、<絡む>という言葉に対しては、好感を抱いていない。
 マイナスイメージしかなく、絡まれては困る、と思っている。

 しかし、若者言葉としての<絡む>には、どうやら嫌悪感は含まれていないらしい。
 私が予想したとおり、上記の意味で使用されている言葉らしい。
 訳も分からない相手と、そんなに繋がり合って生きたいのだろうか?
 そのあたりの心情も、よく分からない。


 メールアドレスを変更すれば、いやなメールを拒否できるのかもしれない。
 が、その変更の手続きも厄介である。
 
 そのうち、詐欺まがいのメールのように、収束してくれるのを期待するばかりだ。
  


                                    
                                     昨日の雨の中に咲いていたヒデリソウ

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ドクダミの季節

2014-05-26 | 身辺雑記
 庭に生える雑草の中で、好きな植物が幾つかある。
 その一つが、ドクダミである。
 白い四枚の苞葉が目立ち始めた。
 中心部分の、棒状に突き出たところに、淡黄色の小花がついている。
 蕾も、小人のように愛らしい。

 子どものころは、湿地に生えるドクダミを好きになれなかった。
 なんだか陰気な植物に思えた。
 抜き取ろうとしても根深く、手に残る匂いも嫌いだった。

 大人になって、いつのころからか、ドクダミの風情が好きになった。
 葉も花も蕾も、趣がある。
 個性的で、見過ごしがたい植物である。


         

 ぺんぺん草(下の写真 左)も、か細く涼やかな雰囲気が好きだ。
 しかし、この雑草は抜かないわけにはゆかない。
 見逃してしまうと、庭中、この草で覆われてしまうだろう。

 アザミ(下の写真 右)も、野の花としては、好きな方だ。
 茎や葉と違い、紅紫色の頭状花が、優しい。
 が、<刺草>の別名通り、トゲが他を寄せ付けない。
 うかうかとは触(さわ)れない。
 子どものころ、痛い思いをした経験が、今に生きているのだ。

 


 今日は、雨。
 その止み間に庭に出て、雑草を眺めた。

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長い名前の花

2014-05-25 | 身辺雑記
 あちらこちらで、よく見かける花なのに、名前を覚えようとしなかったり、その名を上の空で聞いて、記憶にとどめなかったりするものがかなりある。
 人の名前も同じである。
 俳優や歌手の名前など、特に。
 結局は、関心の度合いにもよるのだろう。

 近所へ用があって出かけ、鮮やかな花が咲き満ちているのを目にし、名前を尋ねた。
 「アルストロメリアとか…」
 と、教えていただいた。
 「哲学者の名前みたいですね」
 と言いつつ、古代ギリシャの哲学者の名前を思い出していた。
 よく見かける花なのだが、一度聞いただけでは、この長い名前を覚えられなかった。

 アリストテレスのお蔭で、帰宅後、『花の名前ポケット事典』の索引<ア>の部を調べ、<アルストロメリア>という名前にゆきつくことができた。

 また忘れるだろう。
 が、アリストテレスは、多分忘れないであろうし、事典に付箋をつけておいたので、調べなおしも可能である。

 <アルストロメリア>の和名は、<ユリズイセン>とのこと。
 こちらは、<百合水仙>の漢字をイメージできるので覚えやすい。

 この種の花は、色さまざまらしい。
 近所の庭だけでも、3種類の色違いの花があった。


           

 
                                    アルストロメリアとキンギョソウ(黄)

 その他、庭に咲いていた花。

 
            バラ                            シャクヤク

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植物のすごさ

2014-05-22 | 身辺雑記
 今、読んでいる本『植物はすごい』(田中修著・中公新書)が、なかなか面白い。
 自ら動くことも、声を発することもできない植物たちは、それぞれに想像を絶する生き方をしている。
 題名通り、植物はすごい。
 <生き残りをかけたしくみと工夫>のすごさ!

 【第二章 味は、防衛手段!】
 に、カタバミの葉に含まれる「シュウ酸」のことが出ていた。
 確認するには、その葉で、10円玉を磨いてみればいい。
 ピカピカになる、と。

 さっそく、庭からカタバミの葉を摘んできて、こすってみた。
 瞬く間に、ピカピカになった。(写真 左)

    


 カタバミの葉は、わが身を害虫から守るために、シュウ酸を蓄えているらしい。
 植物の葉や茎、そして実などが持つ渋み・辛み・えぐみ・苦みなどの成分は、すべて保身の具であるという。

 身近にある植物について、ずいぶん無知であることを改めて知る。
 この本は、その無知を、知に導いてくれる楽しさに満ちている。
 植物に親しむ目も、変わってくるだろう。

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再々読の楽しみ

2014-05-21 | 身辺雑記
 現在、朝日新聞では、夏目漱石の『こころ』を、連載中である。
 100年前の連載を記念して。
 意義深い試みである。

 一読、心に強く訴える内容の小説であった。
 若い時に、再読した作品である。

 長い長い歳月を経て、再々読の機会が与えられたのはうれしい。
 連載の形で、眼の前に出現するのでなければ、多分読み返す機会はなかったであろう。
 月曜日から金曜日までの五日間は、朝日新聞を開く、別の楽しみが増えた。
 読み返しつつ、決して古くささが感じられない。

 漱石の『こころ』に、初めて接する読者も結構多いだろう。
 私のように、再読、再々読の機会を得ている人も、また多いに違いない。

 解説(補足説明)の欄が設けてある。
 時代背景や漱石特有の用語を理解する助けとなっている。

 一昨日(19日)の欄には、漱石のスケッチが載っていた。
 猫の絵である。
 『吾輩は猫である』のモデルの猫であろうか。
 左耳をピンと立てて、あたりの気配をうかがっているかのような表情をしている。

 切り取って、用紙に貼り付け、栞として使っている。(下の写真)


     

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不思議な出来事

2014-05-20 | 身辺雑記
 19日の朝日新聞が、門扉の傍に、ビニール袋に入れて置かれていた。
 なぜだろう?
 と、不思議に思った。

 いつもは、玄関横のポストに入れてくださるのに。
 朝日新聞は、毎朝、未明の3時ごろには届いている。
 (やや遅れて配達される読売新聞は、いつものように、ポストに入っていたのだが…)
 多分、配達人が、新しい人に替わり、ポストの位置がわからなかったのだろう。
 そう判断するしかなく、夕方、販売所に電話した。

 返事は、思いがけぬことであった。
 門扉に鍵がかかっていて、中に入れなかったのだと。
 配達人から相談を受け、販売所の人も来宅し、試案の挙句、ビニール袋に入れ、地面に置いて帰ったとのことだ。

 鍵をかけたことのない私は、驚いた。
 まさかと思いつつ、子機で話を聞きながら、門扉を確かめに庭に出た。
 販売所の方の言葉どおり、門扉は開かない。

 どうして、自動的に鍵がかかったのだろう?
 不思議千万である。
 その時、私は、鍵がない限り、開閉はできないものと思い込んでいた。
 平素使うことのない鍵を探して、いつもの状態に戻し、朝日新聞販売所に、断りの電話を入れた。

 それにしても、鍵はどうしてかかったのだろう?
 <朝日>より遅く配達される<読売>の配達人は、どうして中に入られたのだろう?
 その二点が、腑に落ちなかった。

 幸い、門扉の取り付けをしていただいたのは、隣家の方である。
 昨夕、仕事から戻られた時、鍵の一件を話し、相談した。

 <鍵>がなければ開閉できないというのは、私の思い違いであった。
 今日初めて、教えてもらって気づいたのだが、屋敷内からは、鍵はなくても開閉できる構造になっている。(下の写真) 

     

 ただ、外から閉めるには、かなり上背が必要である。
 さらに、二重の操作(押して回す)ことをしなくてはならない。
 そんな厄介なことを、どなたがなさったのだろう?
 (もしかして、子供のいたずら? とも思ったが、幼い指では無理なような気もする。)

 内から閉めて、外へ出られないわけではないが、そんな手の込んだことをする必要もあるまい。
 門扉は、大抵の家がそうであるように、<どうぞ自由にお入りください>という状態にしてあるのだから。

 隣家の人と話しているとき、郵便局の配達人が来られた。
 通常の配達時間には、鍵がかかっていて入れなかったと、再配達してくださったのだ。
 朝日新聞と郵便局の配達人に、迷惑をかけたことが分かった。

 依然として、門扉に鍵のかかった理由は分からない。
 読売新聞の配達人が、どうして中に入られたかも。(多分、裏口?)

 朝、庭を一回りする時、門扉が開けっ放しになっていて、閉めることは折々ある。
 出るとき、閉め忘れる人がいるのだ。
 門扉の半開きは、落ち着かない。
 が、これからは、鍵をかけられた状況になっていないかも、点検しなくてはならなくなった。

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サクラウツギとホトトギス

2014-05-19 | 身辺雑記
 花壇のサクラウツギが、開花し始めた。
 数年前、妹に植えてもらったものである。

 花は咲かないらしいと諦めていたのだが、時間をかけて、開花に備えていたのだろう。
 今年は、蕾がたくさんついている。
 その名のとおり桜に似た、かれんな花が次々咲いて、しばらく目を楽しませてくれるだろう。

 花を眺めて庭にたたずんでいるとき、ホトトギスの声が耳に届いた。
 ずいぶんけたたましく、

   キョッキョ キョキョキョ  キョッキョ キョキョキョ

 と、繰り返し鳴いていた。

 ホトトギスの季節到来!
 今年も、その季節に巡りあえた喜びを感じる。
 当分の間、ホトトギスとウグイスの声が、心に至福のときを与えてくれるだろう。


           

           

 シャクヤクも、咲いている。
 が、陽かげのせいか、あるいは栄養分が乏しいためか、華やかには咲いてくれない。
 自慢できるような美しさはない。
 数も少ない。
 それでも、精いっぱい咲いているのであろう。

   



 友人宅に咲いていた白い花。
 大デマリと小デマリ。
 この花の季節も、過ぎ去りつつある。
 地に落ちた花弁が、季節外れの雪のようであった。

   

                 

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