ぶらぶら人生

心の呟き

急がず生きる

2016-08-31 | 身辺雑記
 この月末、エアコンなしで過ごせる日が、5日も続いた。
 しかし、7月、8月の2か月は、異常な暑さの連続であった。

 当地ばかりではなく、各地で、格別な暑さや大雨など、異常なことが多かった。
 月末には、台風10号が長く停滞し、移動し始めると暴風雨となり、大被害をもたらした。
 未曽有の豪雨であった。
 岩手県の小本川(おもとがわ)、北海道の空知川や札内川が氾濫。
 家屋が流れたり、農作物や果物など、実りの季節だけに、被害は甚大である。
 亡くなられた方も多い。

 地震や水害など、自然災害があるごとに、その破壊力の大きさの前に、人間の非力を感じる。 


 春のころから、ボツボツ始めた<断捨離>のピークが、暑さの日々と重なり、かなり疲れた。
 捨てること、片付けることは、なかなか大変な作業である。
 (想像していた以上に。
  つくづく思った。
  身辺整理とは、追懐の場であると同時に、過去との決別の場でもある、と。)

 最近、なんとなく体調に不安を感じる。
 体がだるいとか、足が重いとかではない。
 頭が、異常に疲れている感じだ。
 左脳が不快だったり、後頭部や右脳が不快だったり…。

 一晩休むと、爽やかな朝が来る。
 ただ、頭が、ひどく疲れやすい。
 これが、<本物の老い>なのかもしれない。
 
 書斎の本の並べ替えも、完璧とはゆかなかった。
 分類は、私が取り出しやすいよう、考えつつ整頓する。
 (「日本十進法」とは関係なく…。)

 途中、死蔵の本を手にとって眺めたり、読み直したりするので、なかなか捗らない。
 9月に持ち越しとなった。


       

 上記の3冊は、絵本作家・葉祥明さんの本( 『急がない』 『比べない』 『いのち あきらめない』 )である。
 付箋がたくさんついたまま、無造作に置いていた。
 その付箋を外しながら、もう一度読み返した。

    大切なことは
    ゆっくりゆっくり
    少しずつ少しずつ。
       
       ……

    急がない。
    急ぐことは、ない。
    ゆっくり、ゆっくり、
    ゆっくりでよい。

       ……
   
    急がない。
    急ぎそうになったら
    自分に言い聞かせなさい。
    急がない、急がない、と。

       
       ……

    急いでも
    急がなくても
    その時(3字には・・・が付してある)が来れば
    人は生まれ
    そしてこの世を去る。   
            
『急がない』より)


 日々、急かされるように生きている私へのメッセージとして、上記の詩句を読む。      

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書棚の片づけ

2016-08-30 | 身辺雑記
 27日来、異常な涼しさが続いている。
 こんな日にこそ、書斎の片づけをすればよいのだと、昨日、思いたった。

 書斎に入ると、掃除用具の一部が棚に置いたままになっているし、書棚のドアは開けっ放しである。
 過日、かなりの本を資源ゴミとして出した。

 空いた本棚が、そのままになっている。
 あちらこちらに山積みしている本を収めようと、作業にかかる。 
             
    
                         
          

 
 しかし、長続きしない。
 本を引き出してページを繰ったり、別の書棚を眺めたり…。

 と、星野富弘さんの本に気づく。

 『風の旅』『速さのちがう時計』『鈴の鳴る道』『愛、深き淵より。』『かぎりなくやさしい花々』の順で並んでいる。
 さらに、 『対談 銀色のあしあと』がある。
  
           

 かつて読んだことは確かだが、内容が思い出せない。
 書棚から、その一冊を抜き出し、居間にもどった。

 片づけより、読む方が愉しい。
 『銀色のあしあと』を、感慨深く再読した。

 再び、書斎には戻らなかった。
 片づけは、なかなか捗どらない。

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朝日新聞 「古都 さんぽ」より

2016-08-29 | 味わい深い表現
 8月27日(土)の・b版に掲載の記事、「古都 さんぽ」   里中満智子 が歩く  唐招提寺より。

 <魂の静けさ表す和上像>と題されたエッセイ中に、下(赤字)の表現があった。

    …無私の魂の静けさを表した名作… 

 唐招提寺を訪れた日のこと、そして、その折に見た鑑真和上の像を思い出しつつ、うまい表現だな、と思った。

 <無私の魂の静けさ>とは、作者が、鑑真和上の像を目の当たりにしての感想である。
 その像を刻んだ仏師の偉大さ、和上その人の精神の崇高さを、見事に表現している。

 執筆者の里中満智子(1948年生まれの著名な漫画家・大学教授)を知らなかった。
 記事を読み、名文家でもあると感心した。
 上記の表現は、作者の鋭い感性が書かせた言葉だと思う。

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シュウメイギク 咲き始める

2016-08-28 | 小庭の四季
 雨の一日となる。
 朝の庭に、一つ目のシュウメイギクが咲いた。
 この夏は、暑さが厳しかったせいか、蕾が少ない。
 貴重な花の一つである。

              (4枚の写真は、一つの花と、その周辺の蕾)
  

  

                  (秋海棠の花も、数が少ない)
        


 (午後3時過ぎ、雷鳴が響いた。
  カーテンを開け、空を見上げると、重い雲が、勢いよく南へ向かって流れていた。

  4時過ぎ、市からメールが届いた。
  <大雨警報・洪水警報>が発表された、と。
  28日の宵から29日の明け方まで要注意、とのこと。)

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秋の気配

2016-08-27 | 小庭の四季
 今日は、猛暑が一変し、清涼の秋の気配となる。

 ただ、雲が多くて、天高く…というわけにはいかないけれど。
 南に停滞する台風10号や列島の北側に存在する寒冷渦の影響なのだろうか。

 いずれにしても、今日は、エアコン不要の日。
 暑さ嫌いの私にとっては、ありがたい。

 ただ、単純なことでも、一時間も継続すると、すぐ頭の加減がおかしくなる。
 その傾向は、今日も変わらない。

 (その不快感さえなければ、もっと能率的に時間を活かせるのに! と残念である。
  頭をすっきりさせる薬はないものか?)


 肌に心地よい風を感じながら、庭を歩く。

                       四つの実
         
                      ムラサキシキブ

         
                       シロシキブ 
    
         
                       マンリョウ

         
                        白山吹

  
   ノボタンの再生(確かな命)                 百日紅の小木
   来年は、花を楽しめるだろか?

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ベニアオイの花芽

2016-08-27 | 小庭の四季
 庭の植物で、今一番気になっているのは、ベニアオイである。

 妹から、花芽がついたと、メールをもらった。
 過日24日のことである。
 下の写真を添えて。

          


 その日以来、毎朝、わが家のベニアオイはどうかしら? と、花芽探しの観察をする。
 3本の苗を妹にもらい、前庭・裏庭・花壇の3か所に植えたことは、すでに書いている。
 それらは、三者三様の成長をしていることも。

 今朝、花壇のベニアオイの、一番か細い木の先端に、花芽に似たものをみつけた。
 
 さて、これは花芽かしら?(下の写真)

      

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「折々のことば」より

2016-08-26 | 味わい深い表現
 8月24日の朝日新聞 <「折々のことば」鷲田清一(498)>には、猪木武徳さんのことばが紹介されていた。

   「自由の獲得」は劇的な政治変化を伴うのに
   対し、「自由の喪失」は音もなく徐々に、ほと
   んど人の気づかぬうちに進行することが多い  
「自由と秩序」から。

 上記の文章も、それに添えられた鷲田清一さんのことばにも、深く肯いた。

 早速、 『自由と秩序』をアマゾンに注文した。

            
 
 届いた本は、中公文庫・2015年9月刊であるが、前身は、2001年7月、中公叢書から上梓された『自由と秩序 競争社会の二つの顔であったと知る。
 とりあえず、<プロローグ><エピローグ><謝辞><文庫本あとがき>(作者・猪木重徳)と、解説(二〇世紀を振り返る英知の書 宇野重規)を読んだ。
  (内容は、一見むずかしそうであるが、一表題の文章は短く、読みにくい本ではなさそうだ。)

 猪木重徳(1945年生まれー)の経済学者。
 宇野重規(1967年生まれー)の政治学者。

   二十世紀は人間を「過信の檻(おり)」に閉じ込めた世紀であった……。
   二十世紀の人間を覆ったのは、……懐疑の精神、問い続ける姿勢の喪失であった。

                             (プロローグより…猪木重徳)

   思えば二〇世紀というのは、あまりに人間理性を過信した社会主義体制の時代に始まり、
   逆にむきだしの競争や規制緩和にあけくれる時代へと向かった一世紀であった。これを
   著者は社会主義という「理性の野蛮」から、競争の激化という「本能の野蛮」への移行として
   捉える。その両者に欠けているのは、「懐疑の精神」と「問い続ける姿勢」であった。
 
                                (解説より…宇野重規)

 『自由と秩序』は、解説者の言葉どおり、<英知の書>であろう。
 二十世紀(私の生きてきた時代)をふり返るのには、貴重な参考の書となるに違いない。

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新たなカテゴリー

2016-08-23 | 味わい深い表現
 新たなカテゴリー『味わい深い表現』を設けることにした。

 本や新聞を読んでいて、心に深く残る表現がある。
 一瞬の感動だけで忘れてしまうのは、もったいない。
 その思いから、ブログに書き留めることにした。

 カテゴリーを追加するにあたって、<味わい深い>という語の持つ<意義素>を調べてみた。

     ※ 物事に深みが感じられるさま
     ※ ある種の趣を感じさせるさま
     ※ 物事に独特の趣が感じられるさま
     ※ 高尚でおちついた情趣の感じられるさま
     ※ 上品さが感じられるさま
     ※ 味わい尽くせないような奥深さが感じられるさま
     ※ 十分堪能できる味わいがあるさま
     ※ ものによい味があるさま
     ※ 物事に深い魅力があるさま


            (以上 タブレットで検索)

 <味わい深い>という語彙の内包する意味は、実に多様である。

 最近、文章を綴ることを億劫だと思う日が多くなった。
 が、今のところ、読書は楽しい。
 新カテゴリーの命名には、味わい深い言葉との出逢いを、長く楽しみ続けたいとの願いも、込めている。

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バナナの皮

2016-08-21 | 身辺雑記
 長い歳月を生きると、持ち物も増えるばかりだ。
 その上、整理下手な私は、どこへでも、ひょいと物を置く癖がある。

 溢れるもののうち、旅に関わる本の処理から始めようと、とりかかったのは6月のことであった。
 ガイドブックを初め、旅に関する本の多いこと。
 (現在は、旅の回数も減ってきたし、PCがあるので、本を求める必要も少なくなったけれど。)
 
 それらを資源ゴミに出すため、まとめているとき、全く種類の違う1冊を見つけた。

 黒木夏美著『バナナの皮はなぜすべるのか』 (2010年4月20日・水声社刊)である。

       
            
 買い求めたまま、1ページも読んだ気配がない。
 発行日から考えると、2010年の4月以降に、山口の書店で、買ったのだろう。

 『バナナの皮は…』を読んだのは、旅の本を処理したころである。
 読み始めると、先へ先へと読み進みたくなる本であった。
 ブログで紹介しようと、本の写真と題名を記したまま、日が過ぎてしまった。
   
 
 この本を求めた背景には、父の思い出が絡んでいるように思う。

 私の頭の中に、父がバナナの皮を踏んで滑ったという記憶があるのだ。
 (小学校の運動会の折、来賓としてトラックを走っていた父の見事な転倒!)
 しかし、この出来事がいつのことかを考えると、非常にあいまいなのである。
 疑問符だらけである。

 単なる私の思い込みなのかもしれない。
 あるいは、父が語った昔の思い出話を、いかにも目にした現象のように、錯覚しているのか? 
 というのは、そんな事実を目にする機会など、あり得ないからだ。

 私が小学校に入学したのは、昭和14年の4月で、国民学校の卒業は、20年の3月である。
 その時代背景を考えると、校庭にバナナの皮が落ちているはずがない。

 そうだとすれば、私の記憶は、一体どこから生じたものなのか?
 不思議で仕方がない。
 (妹たちに、父からそんな話を聞いたことがあるか、訊いてみようと思いながら、まだ果たさずにいる。)

 
 この本は、題名から考えると、科学的なエッセイのように思える。
 が、実際は、むしろ文学的なエッセイであった。
  (この本に限らず、エッセイの題名は、<名が体を表す>とはいいがたい場合がよくある。)

 それはともかく、内容は非常に面白かった。
 <バナナの皮>について、こんなに豊かに表現した本を知らない。
 作者は、頭脳明晰で、博識でもあり、筆力抜群の人である。

 <バナナの皮はすべる>という事実から生まれた多くのギャグが紹介され、<笑いの本質>にまで書き及んでいる。
 バナナと関連して、古今東西の様々な有名人も登場する。
 蓄積された知識の豊かさだけでなく、調べることも、著者自身が楽しんでおられるように思う。

 その結果を、読者の私も、大いに楽しませてもらうことになった。
 面白さの中身について、書きたいことがたくさんある。
が、逐一書いてゆく気力がない。
ただ、読書を通して、久々に<質の高い楽しさ>を味わったことだけは記しておきたい。        

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エアコンの取り替え

2016-08-18 | 身辺雑記
 お盆前から、居間で使っているエアコンの動きがおかしくなっていた。
 オレンジ色が絶えず点滅し、異常を発信している。
 スイッチを切った後もなお、点滅は続く。
 さらに、今までのようにクリーニングをしてくれない。

 2年前にも一度、同じような異常が起きて、みてもらった。
 技術者が来られたことは憶えているけれど、その時、部品を取り換えたかどうかは、記憶がおぼろである。

 お盆前、同町内のM商店にみていただいた。
 昔から、電気器具に関しては、一切、相談に乗ってもらっているお店である。

 部品交換で直る可能性もあるけれど、年月も経っているし(National時代の製品)、新しいものに替えらるのも手だと、言ってくださる。
 お金はかかるけれども、余生はそう長くない。
 日々快適に過ごせることを選択し、新しいエアコンに取り換えてもらうことにした。

 (洋間のエアコンも、10年近くにはなるだろう。
  しかし、寝室のそれは、平成の初め<あるいは昭和の終りごろ>から使っている。
  一度も、故障したことがない。
  使用頻度にもよるのだろうけれど、電気製品の寿命も様々。ものみな、一様とはいかないらしい。)

 今日、Mさんが取り付けに来てくださった。
 エアコンのない部屋での仕事なので、Mさんは汗びっしょりだ。
 私は、昔のように汗をかかなくなり、長椅子に座り、大変な作業を眺めているだけである。

 一方、テレビでは、甲子園の高校野球・準々決勝の第2試合・明徳義塾と鳴門高校の熱戦を伝えている。
 四国同士の対戦だ。

 「Mさんは、運動、なになさっていたの?」
 と、仕事の邪魔にならないよう、頃合いを見計らって訊ねた。
 「もっぱら応援団でした。H高の…」
 「H高?」
 「そうです」
 「じゃあ、後輩ね」
 ということで、プロ野球関係で活躍中の、楽天の梨田監督やソフトバンクホークスの和田投手の話となった。
 (戦後、学校制度が変わり、市ごとに県立高校が設立された。私は大昔の、H高校2期生である。)

 12時過ぎ、室外機も含めて、すべての取り付け作業が完了した。
 新しいエアコンからの風が、思い做しか、涼やかである。

      
 

       
          午前9時半の空(秋雲と飛行機雲と)


   
          夜10時過ぎ(8月の満月に会う)

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