ぶらぶら人生

心の呟き

博多への旅 3 (鷽の座るポスト)

2008-12-31 | 旅日記
 大宰府駅に引き返したとき、駅前のポストの上に鳥の彫刻があるのに気づいた。(写真)
 鷽である。
 鷽については、写真でしか見たことがない。
 歳時記を見ると、春の季語となっている。
 <あたかも口笛を吹くようなやわらかい声で鳴く>とある。
 姿を肉眼でとらえたこともないし、その声を聞いた記憶もない。

 大宰府と鷽は切り離せない鳥のようだ。
 「鷽替」(うそがえ)という神事が行われ、季語になっていることも知らなかった。
 1月7日の夕刻に行われる行事だという。
 鷽替神事について、歳時記には、次のように書いてある。
 <参詣人は手に手に小さい木製の鷽をもち、「替えましょ、替えましょ」と唱えながら交換する。その中に神官たちが十二の金製の鷽を持って紛れ込み、その金の鷽と替え当てると幸運に恵まれるという。鷽は神棚に奉っておくと防災の守りとなると信じられている。>
 と。
 東京江東区の亀戸天神社や大阪北区の天満宮でも、この神事は行われるという。
 全く知らなかったが、なんだか楽しそうな神事だ。
 

 博多に一泊し、翌日は、県立美術館に立ち寄った。
 年末なので、企画展はなく、<福岡県立美術館コレクション展>を見てきた。
 多部門にわたる作品が展示されていて、予想以上に楽しめた。
 中でも、高島野十郎の、「蝋燭」を含む6作品を見ることができたのは幸せだった。
 さらに、受付で、<旅する野十郎>という上質の冊子までいただいて、嬉しくなった。それには、展示されていない作品も載せてあって…。

 短いけれど、いい旅であった。

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博多への旅 2 (<かさや>の鳩)

2008-12-31 | 旅日記

 大宰府では、<かさや>に二度立ち寄った。
 お参りする前には、昼食をとるために。帰りには、名物<梅ヶ枝餅>を味わうために。

 <かさや>の喫茶店には、伝統的な美術品が置いてあって、目を楽しませてくれる。
 喫茶室の趣もいい。
 囲炉裏の前にかけて、コーヒーと松ヶ枝餅をいただく。
 窓辺の百日紅に、一羽の鳥がやってきた。広げた羽が美しかった。
 お店の人に尋ねてみると、鳩とのことだった。よく見ると、確かに鳩である。
 「餌をやっていますので…」
 とのことであった。窓下を見ると、二種類の餌の鉢が置いてあった。
 そのうち、もう一羽が、百日紅の木の枝にやってきた。二羽は適当な距離を保ちながら、互いを意識しあっているようだった。
 間もなく、一羽が餌の鉢に下りてきて、啄ばみ始めた。すると、もう一羽も下りてきて、互いに同じ鉢の餌をひとしきり啄ばんだ。(写真)
 一羽が腹満ちて枝に戻ると、もう一羽もそれに倣った。
 やがて、一羽が飛び立つと、もう一羽も飛び立った。

 「番でしょうね」
 と、語り合う。
 「pigeon とか doveとか」
 と、友人の口から英語が飛び出した。
 「鳩?」
 私の頭からは、英語が見事に消えている。10年間、何を学んだんだろう? 比較的得意な教科のはずだったのに、その学習は身についていない。
 スーザンさんに接するようになって、英語を意識はしているのだが、この年になっては、なかなか定着しない。
 鳩(鳥)が話題になったところで、
 「鳥の糞は、なんという?」
 と、友人に尋ねた。
 先日、鵞鳥の糞公害について書いてある英文を目にしたばかりだったのだ。
 糞尿の言い方は一つではないようだが、それには、geese の dropping と出ていたのだ。友人にその話をした。dropping とは、覚えやすい。
 鵞鳥に限らず、白鷺の糞も山を枯らす。糞害は確かに問題だ。
 梅ヶ枝餅を食べながら、糞話を違和感なくしてしていたのだった。

 毎月25日に限り、ヨモギ入りの松ヶ枝餅が作られているとのことで、私はそれをいただいた。なぜ25日に限ってなのだろう? 天神様と関係があるのだろうか。


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博多への旅 1 (大宰府の大楠)

2008-12-31 | 旅日記

 「今年最後の小さな旅に出かけましょう」
 話は簡単にまとまって、友人と博多に出かけた。
 「それまでに、年賀状は書き上げましょうね」
 ということになり、今年ほど、早々に賀状を書き上げた年はない。

 博多に出かけたのは、25日。
 新幹線のおかげで、博多は近い。
 その日は、大宰府天満宮にお参りし、翌日は、福岡県立美術館に立ち寄るという大まかな予定を立てて。
 寒波が来ると言われていたわりには、いい天気だった。吹く風に、冬の寒さが潜んではいたけれど。
 
 大宰府には、楠の老樹大木が多い。参道の入り口で、まず大樹に出会う。(写真)
 命永らえたものの威風堂々たる姿は、実に立派である。傷ついた痛ましささえ誇らしげである。大樹も老いれば、支えが必要らしく、それが少々悲しい。

 太宰府天満宮にお参りした後、長いエスカレータで、大宰府裏の小高い丘に上り、九州国立博物館にも行ってみた。が、前日が祝日だったため、残念ながら休館日。建築家、菊竹清訓の設計になる、波打つ建物の外観だけを眺めて下山した。建物自体も、独特な雰囲気がある。松江の県立美術館も、同じ建築家の設計だったと思う。
 この博物館で伊藤若冲展を観たのは、昨年のお正月だった。
 前回は、梅がちらほら咲き始めていたが、今回は固い蕾のままだった。
 菅原道真ゆかりの<飛梅>も、無数の蕾をつけているだけだった。


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片づけをしながら (アメリカ柘榴の実)

2008-12-30 | 身辺雑記
 今年も後二日。
 師走の月末は、それまでの月とは、気分の上で大いに異なる。
 何もかも一応きちんと処理しておきたい気分になる。
 年が改まるということが、そんな思いを掻き立てるのであろう。

 片付けの下手な私の周辺には、いずれ捨てることになるはずのものが、いつまでも大事なものに混じって片づかない。
 が、年末ということで、今日は思い切って、身辺の片付けをした。

 柘榴の実も、その中の一つであった。
 色の美しさに惹かれて、スーパーで求めたアメリカ柘榴。
 捨てる前に、手にとって改めて眺めた。
 買い求めて、随分の日数が過ぎ去っている。硬い皮質も、さすがに鮮度が落ちたし、色の美しさもくすんでしまった。そのまま屑箱に入れかけたが、柘榴の中が気になり、包丁を入れてみた。
 実と実の間に緊張感がないのは、日が経ちすぎたせいであろう。(写真)
 それでも、白い俎板の上に、赤い水分が滴り流れた。
 中身を確かめた後、長い間、形状と色を楽しんだ柘榴を屑箱に入れた。

          ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 お昼過ぎ、来客があった。
 同じ町内のA さんである。30日に引越しされることは、すでに聞き知っていた。
 今日がその日であった。
 お別れに立ち寄ってくださったのだ。
 近くに住んでいても、偶然にお会いする機会は非常に少ない。それでも、住まいが遠ざかるというのは、やはり寂しいことである。
 A さんは若い男性なのに、心配りの行き届いた人である。
 挨拶に添えて、私の好物の三隅羊羹まで届けてくださった。
 お世話になったのは、むしろ私の方である。回数は少ないけれど、車に便乗させてもらったり、草花舎で求めた作品を運んでいただいたり……。
 住まいは遠くなったけれど、以前のように、草花舎でお目にかかることはあるだろうし、スーザンさんのつどいには、必ず参加されるはずだから、またお会いできるチャンスはある。それが、せめてもの慰めである。

 人と交わることに消極的な私だが、ここ数年は、草花舎を基点に、出会いあり別れありの歳月だった。
 ふと、一昨年の暮れのことを思い出した。
 気品のある、Y さんのご母堂に初めてお会いし、コーヒーを飲みながら、90余歳の来し方について、お話を伺った日もあった。
 その直後に、ご母堂が逝去されることになろうとは……。お別れのためにお会いしたような、悲しいお別れであった。
 (そのことについては、一昨年の暮れのブログに詳しく書いた。)

 年の瀬は、回顧の季節でもある。
 生活面で心忙しいだけでなく、内面にも様々な思いがめぐる……。

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12月の庭 (庭の作業用具)

2008-12-29 | 草花舎の四季
 草花舎の庭は広い。
 広さのゆえに、庭の作業道具が邪魔にならない。むしろ庭の一風景として、楽しむことができる。(写真)
 わが家の狭い庭では、そういうわけにはいかない。片づけ忘れた雑物としての存在価値しかないであろう。

 スーザンさんと、今年最後の食事を共にした。
 考えてみると、不思議なご縁だ。
 まるで接点のなかった異国の人と、しかも、魅力ある芸術家と、言葉の壁はありながら、4月以来、お付き合いを重ねてきた。
 
 「ヨイ オトシヲ…」
 「アケマシテ オメデトウ ゴザイマス」

 この二つは、スーザンさんが今日、覚えられた日本語の挨拶用語。

 いつ、私に、「アケマシテ オメデトウゴザイマス」を言えばいいのか、ぜひお正月にお茶を飲みにきてほしい、と言われる。勿論、T ちゃんの通訳を介しての話であるけれど。
 お正月の午後2時に訪問することを約束して、お別れした。

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12月の庭 (赤い南天の実と臘梅)

2008-12-29 | 草花舎の四季
 草花舎入り口の鉢に、赤い実をつけた南天や蝋梅が活けてあった。(写真)
 年の瀬、お正月を待つ風情である。

 わが家の蝋梅は、まだ固い蕾のままである。黄色を輝かせるのは、年を明けてすぐというわけにはいきそうにない。しかし、蕾の膨らみゆく変化を、日ごとに眺めるのは楽しみである。

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12月の庭 (夏みかん)

2008-12-29 | 草花舎の四季
 草花舎の庭を彩る夏みかん。(写真)
 今日は、スーザンさんと、今年最後の食事をする日と決めていた。
 到着を待ちながら、庭を散策する。
 コートは、室内に脱いできたのに、寒くない。
 冬の子は、どこに潜んでいるのやら?

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12月の庭 (アゲラタム)

2008-12-29 | 草花舎の四季
 今、草花舎の庭には、冬季の庭らしく彩が少ない。
 そんな庭で、地面に這うような形で咲くアゲラタムの薄紫の花が目に入った。
 この花の名は、以前にも、Y さんに尋ねた。
 今日また、その名を尋ね、<アゲラタム、またの名をカッコウソウ>と、幾度も呟いた。ネットで確認したところ、花がアザミに似ているので、<カッコウアザミ>ともいうそうだ。
 今度こそ、脳の記憶棚に収まったかに思えるけれど、怪しいものだ。
 情けない話だが、記憶力の急速な低下を否めない。

 今朝も、今日は、草花舎で食事をする今年の最後の日なので、Y さんにお借りしていた『夢見つつ深く植えよ』(メイ・サートン著)をお返ししようと思っていた。
 数日前に読み上げた感想を、出かける前、ブログに書き残し、その上で持参しようと考えていたのだが、それどころではなくなった。
 本のカバーが見つからなくなったのだ。
 私はいつも、本を読み終わるまではカバーを外す癖がある。(大方の人がそうするのかどうか?)
 したがって、私の身辺には、本から外されたカバーが幾冊分も置いてある。みな読みかけである証として。
 『夢見つつ…』は、お借りした本だから、カバーを傷めないようにと、置き場所を変えたことまでは記憶にあるのに、あり得そうな場所にそれがない。
 憂鬱な気分になっているとき、友達から水仙を受けとりに来るよう電話があり(この件については、前々回のブログに既述)、カバー探しを中断した。
 帰宅後も、思い当たる場所を行きつ戻りつ探したが、見つからない。
 カバーなしでお返しするわけにはいかない。新しい本を注文するしか仕方がない。困惑の果てにそう決断し、パソコンからアマゾンに注文した。
 お借りした本は、私の蔵書として保存しよう、そのうちカバーも出てくるだろう、と。
 注文を受け付けたとのメールが、アマゾンから折り返し届いた。
 そこで、お返しの時期が遅れることをY さんにお断りするだけ、そう気持ちを切り替えたはずなのに、また椅子から立ち上がって、ごそごそ探し始めるのだった。ないはずのないものが、存在不明であることを、容易に受け入れられないのだった。

 ふと、もしかして、と足を向けたのが、書斎の机だった。パソコンを洋間で使うようになってからというもの、書斎の机は、無用の長物と化している。冷暖房の要らない季節だけでも、書斎の机で読書をしたいというのは、以前からの夢なのだが、机の上がなかなか片付かないのだ。今は、本を広げる場所もないほど、書籍が山をなしている。明窓浄机とはいかないのである。

 が、その山の一つに、カバーは紛れ込んでいたのであった。背が傷まないようにとの配慮はして、置いていた。
 なんという時間の浪費! おまけに心も疲れる。
 物探しをしないための対策、これは生き延びる日々にとっての、大事な課題である。
 Y さんには、ことの顛末をお話し、借りていた本をお返しした。

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12月の庭 (金のなる木)

2008-12-29 | 草花舎の四季
 草花舎の入り口近くに、<金のなる木>の鉢が置かれていた。
 葉の縁取りの深紅がいい。(写真)

 実際に、金のなる木があって、この年末、不況に喘ぐ人たちの救いになるといいのだが……。私のような年金生活者は、収入は自ずから決まっている。<入るを量りて出ずる制す>ことで、何とか雨露をしのぐことはできるけれど、最近のニュースを見ていると、気持ちが暗くなる。<量る>に足る収入のない人たちも、その数が増えているようだ。
 最低であっても、衣食住に事欠かなければ、一葉の美しさに、さらに心を慰めることもできる。しかし、寒風の中、それどころではない人もかなりいると思えば辛い。

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この冬の水仙

2008-12-29 | 身辺雑記
 朝からもの探しをし、憂鬱な気分になっていたところへ、携帯電話が鳴った。
 近所の同級生からであった。
 「今から、水仙を持って出かけるけど、国道を通って受け取りにきて…。歩けなくなったから…」
 と。いよいよMさんも、歩行困難ということだろうかと、不安がはしった。
 <国道を>というのは、旧道を通らずにという意味であった。
 友達の家まで、どちらの道を辿っても、1キロあまり。どこの辺りで出会えるのだろう? と思いながら、久しく歩くことのなかった国道を東に向かった。
 今日からお天気は下り坂だというのに、寒くもなければ、雨の降り出す気配もない。
 遠くにMさんの姿が見えてきた。歩みが緩やかである。
 近づくと、水仙の入った袋を即座に私に手渡し、
 「物を持っては歩けない…」
 とのことである。胃のないMさんは、見るからに病身である。さらに老いが深まった感じでもある。昨年までは、もっと大きな水仙の包みを提げて、来宅が可能だったのに。
 出会ったところで、東西に別れるものと思っていたのだが、Mさんは私の帰る方向に歩き始められた。小学校の前を通って旧道を帰るから…と。歩く努力は、私より立派だ。もう歩けないといいつつ、日々のノルマは8千歩とのこと。
 ただ以前に比べ速度が遅い。
 Mさんの歩調に合わせて、ゆっくり歩く。
 受け取った袋は意外に重い。私が不審そうにすると、
 「中に鯛と烏賊が入っているから…。」
 息子が折に漁に出て、捕ってきた魚類は冷凍保存されるらしい。
 「家の者に、礼を言わなくていいからね。ばれないように、冷凍庫からこっそり抜き取ってきたのだから…」
 「これ、盗品?」
 「そう、戦利品」
 <戦利品>という言い方が、Mさん独特だ。
 Mさんの家族は(奥さんも、子ども夫妻も、さらには孫も…)、よく知っている人たちなのに、今回は誰にもお礼を言ってはいけないらしい。水仙の二束も、出荷品として、きれいに揃えられたものだった。これもあるいは、こっそり抜き取られたものかもしれない?
 今年初めての水仙の香を身近に嗅ぎ、大きな花瓶に挿した。(写真)
 今冬は、水仙の咲きが遅いようだ。夏の暑さと関係があるのだろうか?

 帰宅後、しばらくして、Mさんから再び携帯に電話があった。
 「烏賊は、解凍して刺身にしても大丈夫だから」
 と。

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