ぶらぶら人生

心の呟き

2月は逃げ、ロウバイは落花

2016-02-29 | 身辺雑記
 <閏日>のおまけのついた2月も、逃げ去るように過ぎてしまった。
 身体のあちこちに、少々不安はあるけれど、まずまず無事に、ひと月を過ごすことができた。

 長く咲き続けたロウバイの落花が始まった。
 椿同様、ぽろりと大地に落ちてゆく。
 咲いても落ちても、ひそやかな花である。(下の写真)

  

 花の少なくなった木に、午前中、メジロが来ていた。
 果物を置けば、しばしば訪れてくれるかもしれないと、昼食に食したリンゴの一部を枝に刺しておいた。
 その後、しばしばのぞいてみたが、今のところ、メジロの来る気配はない。

           


 一昨日、アオキに、赤い実を見つけて喜んだのも束の間、今日、その実は葉陰から消えていた。
 地面に落ちた気配もない。

 きっと、ヒヨドリが食べたのだろう。
 南天や万両、藪柑子などの赤い実は、みなヒヨドリに食べられた。

   (庭にやってきては、人目をかすめて、赤い実を食べてゆく。
    そのヒヨドリのずうずうしさが、どうしても好きになれない。)


 今日はまた、雪のハラハラ舞う日となった。
 昨日は春、今日は冬。

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春風に誘われて 3 (土田海岸)

2016-02-28 | 散歩道
 海辺まで辿り着くことができた。
 久しぶりに、浜辺を歩いた。
 
 浜が広くなった感じだ。
 トベラの群生が、刈り取られている。
 どんな不都合があったのだろう?
 私は、その花や実を楽しみにしていたのだが…。
 

          
                      波穏やかな土田海岸

         
                     波止場で魚釣りを楽しむ人

  
             沖の高島                      小岩のある磯


            
                  山陰本線を走る、二輌編成の電車

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春風に誘われて 2 (N邸の椿ほか)

2016-02-28 | 散歩道
 海辺にくだる途中、N邸に寄ってみた。
 車庫に、車がない。
 チャイムを鳴らすまでもなく、主の不在は明らかである。

 昨年、12月の初旬に訪れた時と同様、黙って庭に入らせてもらった。
 「いつでもどうぞ! 花が喜ぶと思います」
 と、許しを得ているので。

 手入れの行き届いた庭。
 雑草もなく、落花や落ち葉もない。

 庭のたたずまいに、椿を大事に育てておられるNさんの人柄がうかがえる。

 ひととき、花見を楽しませてもらった。
 以下、N邸の、見事な椿。

        

        

        

        

        

        

              

  

  

  

 
 沈丁花も咲き始めている。
 ほのかに、かおりつつ…。

  

 木瓜の花も、可憐に咲いていた。

                 

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春風に誘われて 1 (空と野の花)

2016-02-28 | 散歩道
 昼過ぎの庭に出てみると、風がやさしい。
 散歩に出かけてみよう! と決断した。

 土筆の坊やを探してみよう。
 自然の声も聞いて来よう。
 鶯が囀り始めているかもしれない。
 急に、心が浮き立ってくる。
 外出の目的ができると、さっさと支度した。

 最近、室内の歩行中、両足首が痛くなったり、足裏の指の付け根に痛みが走ったり、歩けなくなるのでは? と、不安を感じることがしばしばある。
 足ばかりではなく、両手の親指の付け根も痛い。
 <これは、何病?>
 と、不安はあるけれど、<老人病>であろうと、自己診断。

 万一に備えて、お金を少々ポケットに入れた。
 歩けなくなったら、タクシーを呼べるように。
 土田海岸まで行くことができれば、海岸近くの<うどん屋>に寄ってみてもいい。


 土筆の坊やは、見つからなかった。
 鴬の声も、聞けなかった。
 <うどん屋>は、閉店中であった。

 ないない尽くしだったが、足の着地に気を付けながら、今年、二度目の散歩を楽しむことができた。
                                       (4500歩の散歩)


         
                           今日の空

  
            椿の木と空                      小梅の花

  
             ハコベ                     ペンペングサ(ナズナ)

  
           オオイヌノフグリ                  シロバナタンポポ

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小さな発見

2016-02-27 | 小庭の四季
アオイの葉陰に、赤いものが見える。
はて? と覗き込むと、大茱萸のような実がなっている。
熟した赤い実二つ、未熟な青い実一つ、ひっそりと。

心にも、喜びの灯が点る。
幸せな気分の後に、花の時期を見逃した無念さを覚える。

(今までは、ただ斑入りの葉を楽しむだけのアオキだったのだが…。)



            

        

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心穏やかな最期を

2016-02-26 | 身辺雑記
 最近は、哀しいニュースが多すぎる。
 特に、殺人に関するニュースが増えているのではないだろうか。

 母親や父親が、幼児(おさなご)を殺めたり、子が、父母や祖父母を殺めたり。
 また、遊び仲間が、いきなり殺人者になったり、被害者になったり。

 愛ややさしさの欠如としか思えない、死に関わる哀しい事件が、実に多い。

 さらに、高齢化が進み、老人ホームで晩年を生きるより仕方のない人たちが、介護者に虐待されたり、ごみを捨てるかのように、施設の高所から突き落とされたり。
 昨年、川崎の施設で起きた転落死が、元職人による殺害だったと、過日の新聞が報じた。

  
 高齢者の、晩年の不幸を思うとき、他人事とは思えない。
 <明日はわが身>かと、考え込んだりする。
 <ピンピン、コロリ>は願望で、そんな恵まれた最期を迎えられる人は、ごくごく僅かだろう。

 命のある限りは、何とか自立して生きたい。
 それは、誰しもの願いであろう。
 しかし、願いどおりにならないのが現実だ。

 「老いては子に従え」という慣用句がある。
 私自身は、自らの意志で、あえて従うべき子どもを持たぬ生き方を選んだ。
 それは、自らが選んだ道であり、悔いは微塵もないけれど、自らが選択した人生行路の果てには、いずれ施設でお世話になる日が来るのかもしれないと、考えている。
その際、惚けていれば、介護者の意にそわぬ、憎たらしいばかりの、手のかかる老婆になっている可能性がある。
 ただ、惚けた私は自意識を喪失しているから、傷つくことは少ないかもしれないけれど。

 (ふと思い出したが、かなり昔、認知症になられた老女に接したことがある。
  正常者からみれば、確かに問題行動が多かった。
  が、心穏やかに接すれば、その優しさは通じることを感じた。)

 介護者の人数が少なく、介助の必要な老人がますます増え続けば、老人ひとりひとりの気持ちに寄り添うことは難しくなるのだろう。
 そこで、さまざまな悲劇が増え続けかねない。

 かつて(2009年~2010年ころ)読んだ、帯津良一著『達者でポックリ。』を思い出した。
 同じ時期に、同著者の『死を生きる』や『生きる勇気 死ぬ元気』(五木寛之・帯津良一対談集』も読んだ。

 達者は、ひとりでに得られるものではなく、<死を見据えた「攻めの養生」>が大切である、と帯津さんは言われる。
 それを心がけて日々暮らしているつもりではあるが、なかなか心身が思うようにはゆかない。
 つくづく<老い>は、人生行路、最大の難所である、と思う。

 厄介をかけるだけの老人にならないように、私自らが、最後まで人生を楽しめるように、それを心に願って生きるしかない。
 性格的には、おとなしい類の人間だと思っているが、<我>は、相当に強い。
 果たして、その<我>を抑制し、<無我>の境地に生きられるか、どうか?
 
 念ずれば、そうなるというものでもあるまい。
 が、穏やかな最期に向かって、日々、心や体に上手に向き合って生きたいと思う。
 
 帯津良一さんの、数多い本の中には、

 『ピンピン、コロリ』
 『めでたくポンと逝く』
 『ポックリ名人』

 などの題名をつけられた本がある。

 夢のような題名にあやかって、夢のような最期が迎えられるといいな、と思うのだが…。

                                 
                                       純白の美

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この冬、最後の雪?

2016-02-25 | 小庭の四季
 家にいて、今年ほど雪景色をカメラに収めたことはない。
 海辺の雪は、淡くはかない。
 激しく舞っても、積もることは少ない。

 それでも雪好きの私は、心を躍らせる。
 今朝また、見る見るうちに一面が白くなった。
 おそらく、今年、最後の雪ということになるのだろう。


  
                          朝、7時半の雪 

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芽吹き

2016-02-24 | 小庭の四季
 日差しの注ぐ午前であった。
 散歩に出かけようかと、庭に下りてみたが、ひどく寒い。

 健康志向が、あだになってはいけない。
 庭木の新芽を子細に眺めて、家に入った。 
   

        
                  木斛の冬芽(色も形も愛らしい。)

                          4個の蕗の薹
         
                  1号                  2号
                           (低温のため、新芽のみどりが傷んでいる。)

         
                  3号                  4号



     <余禄>

 未明、市内の一部に突風が吹き、建物の一部が破壊されたり、車の窓ガラスが壊れたりする
 被害がでた。
 早朝、市役所から送られてきたメールで、そのことを知った。
 停電している家もあると。

 時間を追って、被害の状況が明らかになった。
 全国ニュースでも、大きく報じられた。
 想像以上の被害である。

 突風か竜巻か?
 市内のごく一部にもたらされた災害である。

 今回、家の周辺には、何の異常もなかった。
 (20数年前、新築から間もないころ、屋根瓦の飛んだことがある。
  おりしも大雨も降って、廊下の天井に染みまで残した。)
 
 災害はいつも、予告なしにやってくる。
 しかも、予想をはるかに超えて。

 (近年、災害らしい災害のない平穏が続いていたのだが…。)

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2月の満月

2016-02-23 | 身辺雑記
                宵の8時、裏庭に出て、月を眺める。
                   冴え冴えとした冬の月。

    


                       白い椿の花増えて。

    

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精彩のない貌

2016-02-22 | 身辺雑記
 美容院へ行った。
 大きな鏡の前に座る。

 間違いなく、鏡の中にあるのは私なのに、なんとなく目をそむけたくなった。
 精彩のない、老女の貌。

 帰宅して、気づいた。
 美容院へ出かけるのに、化粧を忘れていたのだ。
 顔色のすぐれない訳が分かった。

 大げさな化粧をするわけではない。
 3分で終わる化粧。
 口紅や眉墨を添えるくらいのこと。
 それだけでも、多少は生気が蘇るらしい。

 貌だけではなく心の方も、なんだか間が抜けているのが嫌になった。
 化粧の途中で、着て出るコートのことを考え、それに合う手袋を捜すために、場を移したのだ。
 そして、化粧は終えたと錯覚したのだろう。

 家の鏡の前に立ち、<画竜点睛を欠く>という言葉を思い出していた。



 次々咲いてくれる庭の椿は、そのままで美しい。

  

  

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